第34話 アンチテーゼ―勇者と反勇者―

(1)

 温い雨がリョウの頬を叩く。

 誰かに呼ばれたような気がして、リョウは周りをよく見回してみた。

 視界にあるのは、父の仇・ディストと弟の激しい攻防、為す術がなく戦いを見守るリナとソニア。雨。草木も疎らな大地。その大地に転がる岩々――声をかける者があっただろうか。

「ん?」

ふと、何かを掴んでいるような感覚に襲われたリョウは、視線を左下に落とした。

「んん?!」

何と、いつの間にか彼の左手は剣の柄を握りしめていた。鳥の翼のような奇抜な装飾

のされたその柄や鎬(しのぎ)にも、扁平で広い刃にも何だか見覚えがあったが、勿論、リョウの剣ではない。

「(これは何だ?)」

そういえば、とリョウは気が付いた。状態回復呪文(リカバー)の練習中、稀に剣のような形のものが現れることが度々あったが、今、この状況でリョウはその「剣」を握りしめているのだ。

 リョウとしては単なる状態回復呪文の失敗魔法の分子結晶だと思っていたのだが、此処まで「剣」として実体的に完成されていると、何だか現状打開のための「光」であって欲しいと期待もしてしまう。

 見目形は「剣」であるため、攻撃呪文の一種かとも思ったが、感じるのは回復呪文(ヒール)にも似た微弱な正のチカラである。状態回復呪文の練習をしていて現れたのだから、当然といえば当然だが。

「(これも状態回復呪文の一種か?)」

何となくそう思ったリョウは、両手で柄を握り締め、目を閉じた。

「あ……!」

刹那、瞼の裏に長髪の人影が飛び込んできたため、リョウは思わず声を上げて目を開けてしまった。しかし、こちらには心当たりがあったリョウは、何とか冷静に再び瞼を閉じる。

 そこに現れた色白の美人は、リョウと正式に“光の加護”の盟約を交わした明護神使その人であった。

「(できることなら、セイもディストも救ってやりたい!)」

どうすれば良いんだ?――リョウはすがるように願いを告げた。声にしたかどうかも覚束無い。感覚としてはそのくらい曖昧な、不気味な錯覚のようであり、まるで無辺無音の彼方に放り込まれたかのようでもあった。

 明護神使は相変わらず、穏やかな微笑みをたたえている。今、彼の口が開いた。

「虫の良い望みですね」

その言葉はごもっともだが、思わず苛立ったリョウは目をこじ開けた。しかし、今度は視界が覚束無い。辺りの景色も人影もその輪郭ごと白く爛れてしまって居り、その不慣れに目眩すら感じた。そんな最中、リョウは次なる声を聞いた。

「まぁしかし……ボク、そういうの好きですよ」

「え?」

と、確かに口にしたが、声が出ない。思わず取り乱したリョウの意識とは全く関係なく、体が勝手に動き始めたのだった。

「(え!?)」

リョウは焦ったが、まるで金縛りのように全身動作不如意に陥っており、どうしようもなかった。

『光よ……その定義に従い、ここに浄のチカラを示せ』

自分が唱えた詠唱だったが、これから何が起こるのか、リョウには全くわからない。身体は勝手に光魔法分子を集約し始め、強く発光し、更に輝きを増した。魔法分子の異変に驚いたリナとソニアがリョウの方を振り向く。

「リョウ?」

攻撃性も治癒性も感じられない不思議な光魔法分子の結晶が、不気味な形をした剣先目掛けて集まり、真っ直ぐに天を指していた。

 その光が気になったのか、ディストが動きを止めてこちらを向いた。そのおかげで、リョウは魔法を放つタイミングが分かった――天に伸びた神々しい光は、リョウが、所謂「剣」を振り上げた瞬間にディストへと伸び、彼を飲み込んで淡く輝いた。

「うっ!」

額を押さえたまま、ディストはその場に崩れた。激しい頭痛に苦しむディストを見て、いたたまれなくなったソニアは、よく現状を飲み込めぬまま彼に駆け寄った。

「(何だ、一体?)」

一番困惑していたのは、当のリョウである。何せ、突然変な形の「剣」を握っていて、知らない魔法を、何となく良いなと思ったタイミングで放っただけなのだから。

「彼に仕込まれていた副脳だけを取り除きました。今は反動で、少し精神状態が不安定になっているだけです」

リョウの頭の中で、明護神使がそのように答えをくれた。

そっか、と安心し、「でもどうやって?」と疑問に思ったリョウであったが、それ以上、明護神使は何も答えをくれなかった。在るべき場所に戻ったようだ。


 希望はよく光と例えられるが、丁度雨が止み、陽が差してきたところだった。「希望の光」とは、よく言ったものである。

「アイツが、明護神使というヤツか」

セイが徐に呟いたのは、そんな事だった。

「お前、見えたのか?」

少なからずリョウは驚いたのだが、弟から返ってきたのは舌打ちだけだった。

(2)

 現(うつつ)に馴染むまでにやや時を要したが、ディストは意識を取り戻した。

「ディスト、大丈夫なの?」

不安そうに尋ねたソニアに、せめて微笑を返し、ディストはゆっくり立ち上がった。

 殆ど無意識的にディストの傍らに控えたリナは、言葉を失ったまま、俯いているようにも見える――そんな彼女の姿を見たことがないリョウは戸惑ったまま、かつては主従関係だったという二人のやり取りを見守った。

「姉さんはお元気ですか?」

ディストが先に切り出した。

「はい」

リョウの案じた通り、リナはかけるべき言葉を失っているようだった。彼女は一度、望みを放棄したのだ。罪悪感めいたものがあるのだろう。構わず、ディストは続けた。

「自分が、姉さんと違う道を歩んでいたのは気付いていました。そうと知りつつ、オレは、多くの光の民を殺めてしまった。彼等の父親を含めて……」

――ソニアが首を振り、リナが顔を上げた。

「そして貴方達をも」

ディストがここまで言い終えた。誰一人何も言えなかったのは、皆、彼が何を言わんとしているのか分かってしまったからだ。

「姉さんに会わせる顔がない。それよりも、許される罪ではない」 

覚束ない足取りで、ディストはセイの前に歩み出た。しかし、当のセイは、完全に彼から顔を背けた。

「貴方は、復讐を果たすべきだ」

ディストは装備していたプレートアーマーを外し、ぬかるんだ大地に放り投げた。漸く、セイの視点がディストを捉えた。

「セイ、」とリナが止めにかかる。「ディスト、」とソニアが止めにかかる。

 一方、リョウはというと、たなびく雲の絶え間から漏れ出でた陽の光を眺めながら、すっかり雨にずぶ濡れた荷をまとめにかかることにした。

 セイは強引にリナを振り切り、剣を取ると、剣の切っ先をディストに向ける。

「……!」

セイはディストを睨みつけ、しかし、その刃先は宙に留めたままだった。迷いに震える剣先の向こう側で、ディストは顔色一つ変えずに死を待ち望んでいた。

 だから、それ以上、リナもソニアも二人を止めることが出来ずに立ち尽くすしかなかったのだ。

(3)

 暗い雲の隙間から、青空が見えた。陽の優しい光が大地を照らしている。

 セイは地面に叩きつけるように剣を下ろし、鞘に収め、そして再び彼から目を逸らした。

「(セイ――)」

ソニアはホッと溜息をついた。ディストが無事に助かったという事もそうだが、彼女はランダの子孫という光の民の「人柱」もとい「勇者」に一目を置いている。それを裏切られずに済んだということも大きい。

 一方、リナもまた安堵の溜息をついたところであった。ディストが無事であることも、副脳が除かれたこともそうだが、四天王・ソニアを敵に回さずに済んだということもある。

 なお、始めから心配などしていなかったリョウは、「水よこせ」と例によって上から声を掛けてきたセイに、水筒を投げてやったところである。


 その周囲の安堵とは対照的に、ディストは戸惑いを隠しきれなかった。

「オレは貴方の父親をこの手にかけた。そして貴方達にも、同じ事をしようとしていた。オレへの報復が、貴方達の望みではなかったのですか?」

ディストが最後に副脳を引き受けた理由は、せめてランダの子孫達に復讐を遂げさせる為だったのだ。しかし、ランダの子孫達はそれをしなかった。

「そんなに……死にたいか?」

口の中に残っていた血と泥を濯いだ水を吐き捨て、セイは鋭い眼差しをディストに向けた。矛先はともかく、怒りに満ちた彼の表情は、彼自身の言葉足らずも日頃の素行も手伝って大変誤解され易い。案の定、

「それで、貴方の気が済むのなら」

と、ディストは応えてしまった。「あーあ」と小さく呟いたリョウは、水を含んで少し重たくなってしまった荷を抱えて天を仰いだ。そのもう次の瞬間には、骨と骨が皮膚を挟んでぶつかる、鈍くて嫌な音がしたのだ。

「!」

――セイの右の拳が、ディストの左の頬を強か打ったのだ。

「とんだ道草くらったな」

そう言い捨てたセイは、リョウから荷を受け取ると、そのままネプスヘレジアへと向かって歩き始めた。


 誰もセイを追いかけようとしないのは、全てが丸く収まっているからだ。ならば、リョウにはいつもの役目が待っている。

「ディスト、」

リョウは俯いていたディストに、声をかけた。

「あの……あれは、あんまり気にしない方がいいと思う。アイツ、感情表現苦手でさ、多分、『ガンバレよ』の裏返しの表現だと思うんだ」

要するに、弟の撒き散らした毒の後始末である。ディストは驚いたのか、顔を上げた。それは父親の仇にかける言葉でも、口調でもないと思われるほど温かくて……

「ディスト様、リョウの言う通りです」

と言うより、リナは、リョウがディストにかけた言葉が優しくて、嬉しかったのだ。

「セイは、貴方に別の償い方を求めているのです」

リナはリョウと笑みを交わした。

「別の償い方?」

そう聞き返したディストはリナを見たが、「そうだ!」とひらめいたリョウの声にもう一つ驚くまま、彼の方を振り向いた。リョウはソニアを見てニヤリと笑うと、そのまま続けた。

「ソニアさぁ、レジスタンスになったって言ったよな?」

「えぇ、まぁそうだけど、実は、私も何をしていいのやら全く……」

正直なところ、ディストに会いたい一心で、その勢いのまま、ある日突然魔王軍を脱退してしまったソニアは、照れ臭そうに笑って向こう見ずを誤魔化した。

「じゃあさ、二人共、レニングランドへ行って、復興の手伝いするってのは?」

リョウの提案にリナは頷いた。

「是非そうして欲しい」

レニングランドの戦力に魔王軍四天王の二人が加われば、マオ達の負担を軽くできる上、何より、弟との再会を絶望していたマオの喜びは計り知れない。

「オレはレニングランドに行きます。そして、今までの贖罪のつもりで、姉さん達と戦います」

それは、姉との再会を絶望していたディストにとっても、思いがけない打診であった。勿論、レジスタンスになるとは言え、これまで敵対していた光の民と戦うことは大きな危険ではある。ただ、この恩に報いるには、その危険も余りに些細であった。

「贖罪なら、アタシもそうね」

ソニアは、正直、恐怖を感じた。レニングランド州については、セラフィネシスに撒いた“毒”の件もあり、彼女に恨みを抱く光の民が数多い地区の一つであることを承知していたからである。

「二人共、末永く、頑張れよ」

2人の空気感で何となくディストとソニアの関係性を掴んだリョウは、詰るように笑って彼等を送り出した。


 「ランダの子孫、か」

黒い外套を纏った亜麻色の髪の男は口元を緩めた。丁度、天馬が西へと飛び立ったところである。男は天馬へ向け、一つ敬礼を送ると、クヌギの木を飛び降りて、そのまま、また何処かへと消えてしまった。

(4)

 ディストとソニアを見送ったリナは、リョウを見た。それに合わせてリナと目を合わせたリョウも、今、リナが何を考えているのか分かっているようだ。

「行ってきて良いよ。放っておけないんだろ?」

目的語が無くても明白だった。セイのこと――何も言わないから分かったものではないが、彼の心の内には相当な葛藤があっただろう。自分よりもずっと前からセイのことを知っているリナの方が、多分、彼の今の気持ちに敏感だろうとリョウは思っている。なぜなら、

「オレは別に心配していないから」

というのが、リョウの本音なのだ。何とも遣りきれず、リョウはとりあえず笑ってみせた。弟にかけてやりたい言葉もあるにはあったが、自分が言うと弟の神経を逆撫でするだけだという事くらいは分かる。

「私は、アンタ以上にお節介なんだろうな」

そう言って苦笑したリナは鳥の姿となり、そのままセイを追って飛んでいった。「ヨロシクな」と空に呟いたリョウは、後からゆっくり二人を追いかけることにした。

(5)

 聞き覚えのある声に呼びかけられ、セイは足を止めた。

「お前か」

セイの目の前にはリナが立っていた。

「リョウは?」

「後で来る」

「そうか」

などと取り留めのない言葉を交わした他は、口をききたくなかったセイは、先を急ごうとした。が、勿論、彼女は放っておいてはくれなかった。

「何だ?」

往く手を遮るように立ちはだかるリナに、セイの声が思わず苛立つ。

「先ず、有りがとう。あの方を生かしておいてくれて」

リナはいつも以上に尖っているセイの挙動に怯まず、言っておきたかった事をハッキリと彼に伝えた。

「お前の冷静な判断で、余計な戦いを避けることが出来たんだ」

と。

 案の定、すぐに鋭い視線が返って来た。  

「別に。抵抗してない者を切っても、何も楽しくないからな」

セイは薄く笑ってみせた。「父親の仇までも救った」などという美辞麗句では片付かないくらいに、彼の心の中で芥のような感情が淀んでいる。

 何の為の剣だったのか。何の為の修行だったのか――それはさっきからずっと、自分自身にも苛(さいな)まれている事なのだ。それでも何かを肯定してまた剣を握り続けるしかない、と彼だって分かっている。しかしだからこそ、余計に彼は苛立つのだ。

 セイはリナを振り切るようにそのまま歩き出した。そこへ、

「嘘だ」

リナの言葉が鋭く突き刺さった。あまりにも痛烈で、セイは立ち止まらざるを得なくなってしまった。

「あ?」

セイはリナを見た。リナもまた、セイを見つめていた。一体何が見えているというのか。

「まあ、好きに解釈すればいいさ」

しかし、舌打ち一つで、すぐにセイは彼女から目を逸らした。全てを見透かされそうで、でもそれは許したくなくて、彼は何とか牙を向いた。

「何、ボサッとしてんだよ! 早くしないと日が暮れんだろ?」

威嚇と呼べそうなくらい、獣臭いセイの所作には、「放っておいてくれ」と聞こえてきそうなくらい分かり易い期待が込められていた。しかし、彼のささやかな望みは天にもリナにも届かず、彼女の理知的な双眸は依然としてセイを見つめたままである。

「お前は、他人を傷つけてまで楽しめるような奴じゃないだろうに」

リナが近付いて来る。逃げ出したい、と彼が思ったのは本当だった。

「知った風な口を……」

思わず後ずさりした体の向きを誤魔化すために、セイは後ろに視線を送る。

 この女の言いたそうなことはセイにも分かる。では、彼女に自分の何が分かるというのか。

「お前に何が分かる?」

セイは率直に問うたが、答えを知りたいわけではない。

「“勇者”など、偶像だ。オレにとっても、お前達にとっても……」

これ以上は背負えない――セイは言いかけて止めた。自分の本音など、“勇者”の到来を望む人々の誰からも理解され得ず、口にしたところで虚しさがこみ上げてくるだけだ、ということを、彼はよく知っていた。

 先刻の戦いは、“勇者”として正しかったのかも知れない。“勇者”ならば、父親の仇

を討つ為に剣を取るのではなく、戦いに苦しむ人々を救済する為に剣を取るべきである――誰もが口を揃えてそう言うだろう。しかし、当のセイは「バカな」と思っていた。

 戦おうとさえしない者達が口々に「平和を」「救済を」と訴えてくるのだ。そんな奴等ほど“勇者”にはなれなかった彼の父・セレスを愚弄して今日の酒の肴にしていることも、彼は知っているのだ。

「オレは最初(ハナ)から、光の民の為に戦うつもりなどない」

致命的なアンチテーゼを背負っていても、父の仇、ひいては魔族を殲滅するという目的があったから、これまでは自己矛盾を何とか解決し、セイは剣を取り続けて来られたのだ。

 それなのに……

「確かに、私はお前のことをよく知らないな」

やや間延び気味に応えたリナの言葉は、どこか諦めているようにも聞こえた。一旦、目線をセイから外して夕暮れの黒い森が覆う空を見上げた彼女が見つめているものは、勿論、空ではない。

「だから、」

今、彼が使命と向き合う事はとても苦しいだろうし、何よりも虚しいだろう。ともすれば彼は自分を追い詰めてしまいかねない。だから――

「だから、教えてくれないか?」

 例えば、殺したい者を殺せなかった時の気持ち。

 例えば、剣術に打ち込む決意を固めた時の気持ち。

 例えば、愛する者を殺した時の気持ち。

「うるせぇよ」

セイは拳を強く握りしめてその言葉に耐えた。しかし、今の彼にはもう盾が無い。リナは尚も続ける。彼がこの戦いと正面から向き合う事ができるようになる為には、どうしても必要な荒療治だからだ。

「セレス様の墓を荒らした人間に出くわした時の気持ち――」

思えば可哀想なくらい、彼は矛盾だらけである。それも絶望的なまでに深刻なレヴェルで。リナは、とうとう耳を塞ぎその場に座り込んでしまったセイを見て、溜息を一つくれた。

「顔を上げなよ、勇者」

「違う! オレは……」

もはやリナではない他の何かに抗い始めたセイを救い上げるべく、リナは彼の両手首を握ってやった。睨むどころか、怯えて凍てついたセイの大きな眼にも見えるよう、リナは空を指差した。

「――てっきり、知ってて此処に来たんだと思っていたが、違ったんだね」

リナの指が示す其処には、秋も半ばというのに山桜の木が花を付けていて――


 “幼少から復讐の為に剣を握っていたらしい”

そうセイを語る人々は皆、彼の「強さ」を肯定した。そして、彼も強くなりたい一心で戦い続けてきた。

 痛みを見せることや優しさなどは「弱み」に分類してきた彼が、リョウを真っ向から否定してきたのは成り行きだったのかもしれない。

 しかし、これまでの旅は、今までセイが作り上げて来た価値観を少なからず書き換えてしまっているのだろう。

 多分、リョウはそれに気が付いたから「別に心配していない」と言い切ったのだろう。大なり小なり、“勇者”がどう世界と向き合うべきか――もしかすると、セイはもう、早々と彼なりに“答え”を見つけているのかも知れない。

「(やはり、随分お節介だったかもな)」

とリナは思いもしたのだが、それでも、山桜を見上げたまま動けなくなってしまった彼が、わざわざ威嚇や暴力や痛烈な言葉を振りかざしてでも守ろうとしたものを、今だけは認めてやりたかったのだ。

「これから寒くなるんだろうに、わざわざ花をつけるなんて、どうかしてるよな、この桜」

リナは山桜の儚い色をした花弁から、蒼が差した夕の陽の色を頬に映したまま切なそうに桜を見上げている“勇者”に視線を移した。

「お前によく似た桜だよな」

つくづく、リナはそう思うのだ。

「辛ければ、泣けばいいんだよ」

リナは言ってやった――もっと楽に生きられるんだよ!

「リナ、肩、貸せ……」

――セイはリナの肩に顔を押しつけた。

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