第30話 ジャンクション・ダン

(1)

 リナがレニングランドの戦線に合流した。

 ダーハからレニングランドの間を全速力で飛び続けていた彼女はかなり疲労していたが、甘えている場合ではない。主であるマオとの再会の挨拶もそこそこに、リナは戦況を確認した。

「それが――」

マオは今なお煙が立ち昇っている方を横目で見る。レニングランド郊外の草原地帯に積み上がる屍の山が、この地で起きた激しい戦闘を物語っていた。

「並みの魔物の数じゃない」

そう切り出し、マオは現在持久戦を強いられている旨リナに伝えた。

 状況を正確にリナに伝えれば、的確な対処法が見えてくる。心強い助っ人に、マオは感謝した。

「厄介ですね」

リナは分析を始める。

 魔王軍のことだ。このレニングランドにランダの同志が潜伏している事くらいは調査済みだろう。だとしたら、こちらの体力消耗の頃合いを見計らって、魔王軍の兵士を大量に送りつけてくるに違いない。レニングランドなど、瞬く間に入植されてしまうだろう。

 もう疲れた――それが皆の素直な感想だ。

 

 遠く、怒号が聞こえる。

 レニングランドのピースキーパー達が魔物の群れを退けている。セラフィネシスやダーハでのリョウとセイの活躍は、少なからずレニングランドの光の民達を勇敢にしてくれていた。

 ランダの同志達にとっては、それが何よりも有り難かった。

「リョウとセイは大丈夫なのか?」

このタイミングでリナが来てくれたという意味はマオもよく分かっていたが、聞かずにはいられなかったのだろう。主の気持ちがよく分かったリナは口元を緩めて頷いた。

「リョウもセイも、それぞれ“光”と“闇”との盟約を無事完了しています」

兄弟仲は相変わらずですが、と結んだリナからの報告に、マオも口元を緩めた。

「……馬鹿共め」

つい、昨日のことのように思い出されるリョウとセイの喧嘩沙汰――リョウがあれもこれもと逐一世話を焼き、セイが「面倒臭ェ」などとぼやいているのだろう。リョウの寝起きはあまりよくないから野営のシフト組みは気をつけなければいけないとか、町中でセイを一人にすると公共の福祉のためにならないから極力避けるべきだとか、色々言っておきたいことはあったのだが、マオとしては後悔していない。

「世話をかける」

リナを労ったマオは、消耗し切った体力を回復させるため、前線から外れる。マオの代わりに、リナが前線に立った。

「少し、あの子達を誤解していました」

マオの去り際、リナはマオにそう声をかけた。


「――あの子達は、真逆なようでいて、実は、同じなのですね」


例えば、光と闇のように。例えば、表と裏のように。

例えば、親切な嘘と残酷な真実のように。

(2)

 ベルシオラスに滞在した5日間で、セイは情報収集と物品調達と大陸横断許可申請手続きを済ませていた。

 正直リョウは、この5日という時間について、弟からは「足止めを食らった」と言われざるを得ないと覚悟していた。ところが、現在のところ、その件で彼からは一切愚痴めいた言葉が聞こえてこない。多分、恐らく、リョウとしても自信はないが、セイはセイなりに、リョウやリョウの”家族”に気を遣ってくれたのだろう。

 その代わり、リョウには衝撃の宣告があった。

「何だって?!」

リョウの声がベルシオラスの町に響く。

「もう一度説明しろってか?」

セイは煩そうに兄をあしらった。「繰り返せとは言ってねえよ」とリョウは溜息をついて再び地図を見た。

「二ヵ月半……」

セイの話によると、ベルシオラスからサンタバーレまで、二ヵ月半も歩かなければならないらしい。リョウは絶望していた。

「食料は?」

「だから、町に沿って進むっつってんだろ」

セイはいつものように素っ気ない。

「そしたら……これ三ヶ月くらいはかかるんじゃねぇの?」

リョウは恐る恐る尋ねた。

「だろうな」

「“だろうな”じゃあねえよ! その間、ずっと野宿すんのかよ?」

「そういう事だ」

「“そういう事だ”じゃあねえだろう!? 魔物とか獣とかに遭遇したらどうするんだよ?」

「戦うまでだ」

「……何か、オレ一人で騒いでないか?」

リョウはうなだれた。

「オイ、うなだれている暇があるなら歩け」

セイは淡々としていた。

 セイは何とも思わないのだろうか。この戦いに明け暮れる日常を――リョウが溜息をつきかけた時だった。

「……一つ、頼みがある」

珍しくこの弟がそう切り出したので、リョウは何とか溜息を飲み込んで聴いた。

「お前は、戦わなくて良いから、回復呪文を極めろ」

すれ違う町の人が、双子の剣士を珍しがって声をあげた。それが面白くないのか、先を行くセイの足が少し速くなった。

「それってさ、……“頼み”じゃなくて、“命令”って言うんだけど、知ってた?」

弟がガン飛ばしたであろう強面の町民の幾人かに侘びを入れながら、リョウは弟に並んだ。言いたいことは他にもあるのだが、言葉にはしたくなかった。

「甘チャンには取って置きのポジションだろ? 甘んじて引き受けやがれ」

セイが言いたいことはそれではないのだが、やはり、言葉にはしたくなかった。

「上等だよ。幾らでも診てやるよこの野郎!」

 共に戦う仲間(パーティ)の中において、セイもリナも回復呪文が使えず、このリョウのみが簡易の回復呪文を持っている程度である。セイのこの提案は、この超攻撃型パーティの行く末を憂慮しての判断なのか、それとも戦いそのものに迷いを来たしている兄を気遣っているのかは分からない。

「命令ついでに、今ヒールくれ。肋骨ヤってんだ」

「そういうことは早く言いやがれ、バカ野郎!」

「オレに命令するな、低能」

「怪我人のセイ様、無駄口叩いてないでじっとしてていただけませんでしょうか?」

「チッ、低能!」


 これからの二ヵ月半、思いやられることばかりが続きそうであることは確かだった。


 ベルシオラス交通局の通行許可証を大橋の管理人に交付した。双子の戦士と見るや否や、セラフィネシスのジェノサイダー駆除や、ジェフズ海の沖にあった魔王軍第三部隊基地の陥落に成功した“勇者”ではないかと問い詰められたが、双子達はその度に「人違いだ」と言ってはほくそ笑んでいた。

「嘘では無いから良いんじゃねえの?」

セラフィネシスの植物ジェノサイダーを片付けたのはソニアであり、ジェフズ海の基地を爆破したのはツェルスだ。


 サンタバーレのある本大陸へと続く大きな橋を渡ると、小さな宿場町があり、双子達はそこで水と干し肉と薬を買った。

 戦争の所為か行き交う人々は少なく、それでも先日復興したばかりのダーハの商人層が、かつての取引先との縁を頼りに貿易再開への準備に東奔西走している。商人達のキャラバンが遠ざかるのを横目で見送りながら、サンタバーレへと続く道に出た。


 さて、宿場町を出てしばらく、何故ベルシオラスがわざわざ本大陸への通行を制限していたのか、理由が明らかにされた。

「面倒だな」とセイが呟く気持ちも分かる。リョウにいたっては頭を抱え込んでしまった。湿地帯が広がっているのかと思いきや、マンイータープラント(食人植物)の群生地帯だったのだ。

 闇雲に駆除しようとした者が沢山いたのだろう。この辺りのマンイータープラントは人を襲うことに味をしめているようだ。リョウとセイに向け、複数の触手のような茎が伸びて来る。

 少なくとも、向かってくる茎は刈り取らねばならないだろうと剣を抜こうとしたセイだったが、背後からの殺気に阻まれた。いや、殺気というよりも、強烈な威嚇というべきものか。

「マモノやケモノは素直なもんだよ」

リョウがポツリとそんな事を呟いた。

 攻撃魔法の詠唱をしたわけでもないのに、息を詰まらせるほどの大量の負のチカラを帯びた光魔法分子が原野に立ち込める。成程、人魚が彼を恐れて彼の魔法を一部封じていたワケだ、とセイはいやに納得した。

 二人に伸びてきていたマンイータープラントの茎はピタリと動きを止め、やがて収斂していった。それどころか、人を飲み込まんばかりに開いていた茜色の花弁が一斉に閉じ、次々と防御態勢と変容していく。それを見て、「みんな良い子だね」などと言い放ったリョウは、閉じた花弁の巨大な緑色のクチクラ物質を撫でるなどしている。

 「お前なら、」

半身ほど出した刃を鞘に収めたセイは、少し笑っただろうか。

「――魔王を倒せるのかもな」

セイのその台詞にはいくつか省略された言葉がある。リョウは目ざとくそれを見つけた。だから、少し、返事に戸惑ったのだ。察したセイも直ぐに「“甘チャン”じゃなけりゃあな」と毒を混ぜたので、リョウはとりあえず「“甘チャン”は余計だろ!」と正答を返す。

 このような罵り合いが漫然と続いて、問題は有耶無耶になるのかと思われた。

「お前さ、」

やはり、訊いていいものか迷ったリョウは言葉を選ぼうとしたが、自分の乏しい語彙力にすぐに限界を感じ、やむなく直接問うことにした。

「親父(セレス)の仇討った後、どうするんだ?」

しかし、何時までたっても、返事は無かった。

(3)

 魔王軍第四部隊本部基地が置かれているザークエリオと呼ばれる地方は、漸く日が昇る時刻になった。ソニアが座っているソファーから見える南向きの窓は、薄紫色の空を映し込んでいる。何と無く、ソニアはそのピントのずれた朝焼けを見ていた。

 朝もまだ早い時刻なのだが、多忙の隊長との連絡が希薄にならぬよう、副隊長アデリシアが、基地に帰還したばかりのソニアを待っていてくれた。セラフィネシスに投入した植物ジェノサイダーに関する最終報告書が元帥兼魔王・リノロイドに昨日付けで受理されたといった報告が続いた後、

「第三部隊の出動は再び延期となったようですよ?」

という親友・アレスに関する情報も教えてくれた。

「アレスも順調にはいかないようね」

ソニアは溜息をついた。

「副官不在が影響しているのでしょうか?」

実は、第三部隊副隊長のポストはまだ空いたままだった。そこを狙って今、軍事官僚達が勢力争いでもしているのだろうか。一度、ソニアは首を横に振った。

「アレスの怪我、治りが悪いみたい。傷口にタチの悪い毒が仕込まれていたそうよ。まだ前線に立てるほど回復していないのよ」

彼女が受けた傷は周りの予想以上に深い。致死量の毒が身体の中に入っていたとも言われている。しかし、アデリシアの指摘通り、アレスの代わりとなって指揮を取るべき副隊長も欠落したままである。

「せめて、副官を置くようにとは言っているんだけれども、やっぱり、アリスちゃんの代わりなんて――今のアレスには残酷過ぎるのかナァとも思って、なかなか強くは言えないのよね」

かく言うソニア自身も前線から戻ったばかりである。傷を負っているわけではないが、どうも、ココロに何か痞えた気がして胸が詰まる。

「隊長?」

不意にアデリシアに呼びかけられて、ソニアは慌ててそちらの方を見た。

「何か、あったのですか?」

どうやら、ここ数日隊長の落ち込んでいる様子を見かけた部下達が心配して、アデリシアのところにも幾つか相談があったらしい。

「有り難う。心配は要らないわよ。みんなに迷惑かけたわね」

空元気なソニアの返事では、まだ納得いかぬようだったが、アデリシアは一つ礼をして隊長室を後にした。

悩みなど無い――気がかりなことがいくつかあるというだけ。

「(“幸せ”、か)」

ソニアはまた溜息をついた。洗練された魔法使い(ウィザード)の部隊である第四部隊は、主力は女性戦闘員である。嫌でも耳に入ってくるディストについての噂――即ち、第二部隊の前副隊長がアンドローズのスラムで変死体となって発見された事件に、彼が大きく関与しているのではないかという噂が、彼女を不安にさせていた。そういえば、ディストの消息が未確認だった時期はその前後と重なる。

“――誰よりも、お幸せに”

「(あれは、別れの挨拶だったのね)」

アンドローズからこのザークエリオの基地までは、飛空艇ですら半日はかかる。それは、丁度彼女が彼に感じている距離感と相似している。

「(会えなくなると分かっていたら……)」

言いたいことの一つや二つ、あっただろうか――ソニアは束ねた髪を解いた。午前中に会議があった筈なので、それまで仮眠は取れるだろうか。

 ソファーに横になろうとしたその時、急に背筋に冷たい風を感じ、ソニアは思わず後ろを振り向いた。

「アデリシア、か。貴族出身のお嬢様って聞いてたけど、結構できた娘だな」

そこにいたのは、亜麻色の髪の男だった。

「フィアル! いつの間に!?」

ソニアは驚いた表情のまま窓枠に駆け寄る。

「こんな朝方に突然来て悪いな」

フィアルはさっと床に降りた。一日の殆どを眠って過ごしている彼がこんな時間にやってくるということは、緊急事態が発生している。ソニアはそっと窓を閉めた。フィアルは、周りに人がいない事を確かめてから、いつもより小声で話し始める。案の定、「新情報だ」と切り出された。

「ランダの子孫暗殺指令が、ディストに下されたらしい」

それを聞いた刹那でソニアは鳥肌が立ってしまった。

「そう……」

可能な限り素っ気無く返事をしたが、腕を組んでいた手が思わず頭を抱えてしまっていた。

「――私に何ができるって言うのよ?」

先例があるだけに、今度戦いに勝利してディストが戻ってきたとしても、彼は魔王軍から追放されるだろう。ただ、今回はアレスの件とは違い、「暗殺命令」である。ランダの子孫が、自らの責務を果たそうとするなら、確実にディストを抹殺しなければならないだろう。まして、彼はリョウとセイにとっては父親の仇なのだ。

 つまり、ディストにはもう二度と会うことはできない。

「それで、良いの?」

フィアルは首を傾げた。

「彼が自ら選んだ道を、私が変えるべきではないと思うのよ。だって……」

近付こうとすると、逆に遠ざけられてしまう気がするのだ、と彼女は言う。フィアルにも、それは思い当たるフシがある。だけどそれには理由がある。言うか言うまいか、フィアルは暫く悩んでいた。

「救えないよね、そんなんじゃ誰も」

ソニアの脳裏に、いつかのディストの辛そうな表情が焦げ付いて離れない。きっと彼は、この日が来る事を知っていたのだろう。ソニアは泣き出してしまいそうになった。

「ソニア……」

沈黙が続くのかと思いきや、急に、フィアルはケラケラ笑い出してしまった。

「ちょっと、私は本気で……」

結構真剣に悩んでいただけに、彼のその失笑はソニアにはショックだった。

「イヤ、ゴメンゴメン。安心したから、ついね。だから、お詫びとして、ディストの悪友かつ大親友のワタクシが特別に解説してあげましょう」

「え?」

ソニアは呆気に取られてフィアルを見た。

 魔王軍に入隊した当時、フィアルとディストは寮の部屋を共有していたこともあり、互いの利益と円滑な職務遂行の為、持っている機密を共有することにしていたのだという。

「勿論、今回の件の一部も含めて洗いざらい知ってもらうよ。その方が、ディストの為になるかもしれない」

そう前置きしたフィアルに、ソニアは自然と頷いていた。

「よろしい! で、さて何から話すかなァ……」

つくづく、秘密の多い友人だとフィアルは思う。そうまでして自分を守らなくても大丈夫である旨、一緒にいた間にせめて彼に伝えておけば良かったかも知れない。こんなに頼もしい仲間がいるのだから――

「第二部隊の副隊長がヤカちゃんになった経緯とか、この間の失踪の件とか……できれば食べ物の好みとか好きな女性のタイプまで!」

ついさっきまでは泣き出しそうになっていた彼女もまたノリが良く、テンションが激しいタイプである。フィアルは苦笑しながら突っ込むべきところは突っ込んで、混沌とした頭の中を整理し始めた。

一瞬だけ、ぞっとするような沈黙の間があった。それはフィアルが意図したものである。驚いた表情をこちらに向け、

「大丈夫。此処は誰が来ても良いという場所じゃないわよ」

と説明したソニアの言葉を信頼し、フィアルは説明を始めた。

「ヤカちゃんの身の上は、オレらと同じ戦災孤児だが、」

フィアルは落ち着かないのか、ソファーから立ち上がって続けた。

「実は、彼女は闇の民と光の民のハーフなんだ」

「え?」

ソニアは息を呑む。彼女が驚いたのは、ヤカが混血種だったからではない。少ない時間とはいえ彼女と同じ時を共有していたのに、誰もそれに気付けなかったことに驚いたのだ。

「(でも、そう言えば……)」

ソニアはハッとした。ヤカは会議に出席する時も常にニットのプロテクションを頭に被っていた。顔にある大きな傷を隠す為だと思われているのだが、あれは、ハーフの特徴的な形をした耳を隠す為のものだったのだ。混血種であるということは、悲しいかな、迫害の対象である。組織で戦う魔王軍にとって、大きなハンデとなるからだ。

 とはいえ、まだソニアは小さく感嘆の声をあげただけだった。むしろ、ディストがヤカを守っている理由が見えて、安心すらしていた。彼女はそもそも裕福な家の出身で、身分的な不平等には鈍感な部分があったことが大きい。だから、フィアルも安心できた。

「そしてな、ソニア、」

核心を切り出すに当たって、フィアルの表情が真剣なものになった。彼はもう一度、周囲に人が居ないことを確認して続けた。

「――ディストも、ハーフなんだ」

「え?!」

そこで漸くソニアも驚き、戸惑った。

「ディストはな、昔、デトロマース(サテナスヴァリエ西部中央都市)にあった奴隷斡旋業者の収容施設にいたところを、リノロイド様に拾われて来たんだよ」

彼が他人を拒絶する理由がそこにあった。

「幾年前の遠征で、ディストは、自分が拾われた所と同じ場所で瀕死のヤカちゃんを見つけて、……誰にも内緒で養子として軍内に匿っていたんだ」

ディストには、ヤカを自分の部隊の副隊長にしておけば、権威が迫害から守ってくれるだろうという意図があったのだという。

「何せ、ディスト自身、ここに入隊・昇格するまでは、散々だったみたいだからな」

混血種は“汚らわしきもの”、“神との契りを破るもの”とされ、光の民からも闇の民からも言われ無き迫害を受けてきた歴史がある。数十年前まで続いていた光の民による非合法的な入植で、サテナスヴァリエが混乱していた時代は特に、混血種はそれだけで惨憺たる運命を背負っていたという。闇の民が勢力的に優勢となった今でさえ、宗教に保守的な者が多い権力中枢や地方に於いては誤解や偏見が消えぬまま残っていて、人権上問題ありと指摘されていた。一般常識としては知っていたが、こんなにも身近な問題として直面しようとは、ソニアも思っていなかった。

「ヒドイものね」

この告白は相当ショックだったのだろうか、ソニアの声が震えていた。

「少しくらい、彼と解り合えているって信じていたのよ。これでも」

全然気付かなかった、とソニアは肩を落としていたのだ。少し緊張しながら、フィアルは彼女を見守る。しかし、それは杞憂に終わったようだ。

「これだけ長い間ディストの近くに居たのに、全然気付けなかったのよ! 私達とは些細な違いも無いじゃない!」

そうよね? と詰め寄るソニアに精一杯の同意を返したフィアルは小さく拳を握り締めた。

「ちゃんと言ってくれれば良かったのに!」

教えてくれれば、追い詰めることなんてしなかった。それどころか、もっとちゃんと彼を苦しみから救ってあげられたかも知れなかったのに――ソニアもじっとしていられず、ソファーから立ち上がった。

「アイツは、お前にその事を知られたくないから、っていうか、」

フィアルはソニアの焦りの色が滲む顔を見て、ニヤリと笑った。

「お前には絶対に嫌われたくなかったから、あえてちゃんと言わなかったのさ」

「本当に?」

ソニアは思わず上気してしまう。

「ディストは危険任務が多いから、お前に余計に心配かけてしまうのを気にしていた。結局、お前達は同じことで悩んでたんだよ」

虐げられた過去があるからだろう。ディストは自虐的過ぎるところがあって、他者と自分との間に壁を作ってしまうのだ、とフィアルは説明した。

「お前は、この話を聞いて、アイツの事を軽蔑するか?」

フィアルが念には念を入れて確認したこの質問に、ソニアは首を大きく横に振ってくれた。大事件になるには違いないが、この女性なら親友を救うことが出来ると確信したフィアルは、一つ、決心をした。

 「さ、本題だ」

フィアルはもう一度、念入りに、周囲に人がいないことを確認した。何せ、これから話すことは魔王軍の超機密事項だからだ。

「十余年前の事件、覚えてるか?」

彼はいつになく真剣な顔でソニアを見た。“十余年前の事件”と聞いたソニアは眉を顰めて頷いた。



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