第23話 カタストロフィー突破せよ

(1)

 「自爆装置のロックが解除された!?」

これまで戦っていた魔王軍の戦士達は、戦いを忘れ、その場に立ち尽くしてしまった。

「そんな……アレス隊長は?」

戦士達の動揺を無視して鳴り続けるサイレン。狼狽の声、それを叱責する怒号。現場は混沌としているが、自ら囮となって敵の攻撃を一手に引き受けていたリナも、戦士達同様、気がかりでならなかった。

「こういう場合、撤退が定石だろ?」

リナは戦士達に問いかけた。

「基地が陥落するのだ。此処での戦いは意味はない」

司令官らしき者がそう言うと、あちこちで溜息が漏れた。

 総員撤退の声が上がった。

 およそ五十名の人波は次々と飛空艇で南へと逃れていく。戦士個々の表情は見えないが、どんよりという音まで聞こえてきそうな程、重苦しい空気が漂っていた。

「結局、お前に振り回されたな」

先程の司令官がリナに声をかけた。

「是が非にでも、復軍させたかったところだ」

この司令官は、此処に留まるつもりであるようだ。

「何故脱出しない? 此処はもう……」

問うてしまった後になって、リナはこれが愚問であることに気付いたが、司令官は、少し笑っただけだった。

「私は隊長にこの命を救われた。隊長の愛したこのチームさえ永らえば、私はなるべく悪あがきをするまでだ」

魔王軍自体が戦災孤児の集合体のようなものだ。

 貴族上がりで金のあるものは商業や土地収入で暮らせていける。

「敵ながら、その忠誠心には敬意を表するが、賢明だとは思わない。アレスに何があったのか、確認しなければ」

リナはその司令官にこう残すと、羽を広げ天空に舞った。ここまで言って彼女が応戦しようものなら、「叩き潰しても惜しくは無い愚者」だったと割り切るつもりだが、当の彼女は直ぐに踵を返してくれたので問題ないだろう。

 ふと、リナは睫毛を下げた。

「忠誠心か」

そういうもので生きていると言うならば自分もまた同じか――改めて、そんなことを思い出していたリナは、思いつく限りの脱出ルートに双子達の姿は無いか、探し回ることにした。


 月が隠れた所為か、少ない星がやけにギラギラと輝いてみえる。東の空が再び光を取り戻すまでには、まだ若干の時間がある。

(2)

 サテナスヴァリエ首都・アンドローズにて。

 ブロンドの女が一人、丘の道を歩いているところだった。目的地は、首都特別区に聳え立つ、城(パレス)である。

「(もう基地は爆破した頃かしら? これであの忌々しいアレスも終わりね)」

貴族上がりで士官学校を主席で卒業し、エリートコースをひた走っていた彼女だったが、突如現れた修道院出身のアレスとアリスという双子の姉妹に、その地位を脅かされ続け、とうとう魔王軍をも追い出されてしまった。

 しかし、ツェルスの暇でしかない官吏生活もそれは今日までとなろう。

 アレスが主君から直々に授かった“水の加護”と四天王の地位は、次点位と言われていた彼女が引き継ぐことで、先ず間違いない。ツェルスは愉快で堪らなかった。彼女の口元は自然と緩み、城へと向かう足どりは軽い。しかし、

「ゴキゲンだな、ツェルス」

背後からこのように呼び止められたツェルスはぎょっとするまま立ち止まり、振り返った。いつの間にか、ツェルスの周りが炎の渦で覆われ、高温の風がツェルスの皮膚を撫でた。

「誰?!」

ツェルスはその炎の威圧を受け、身を竦める。

「オレだよ。この顔をお忘れかい?」

暗く沈んだ声がふっと消え、やがて、その炎の渦の中心部分に暗く歪みができた。その空間の隙間から、垣間見えたのは亜麻色の髪。それを一目見るなり、彼が何者か直ぐに判ったツェルスは、慌ててその場に跪いた。

「ヴァルザード様!」

ヴァルザード・ラダミーラ・リノロイヅ――闇の民の頂点に君臨するのが魔王なら、その次の位に属するのが、この青年である。その名の通り、魔王の息子、次期魔王だ。否、「次期魔王だった」という方が今は正しいかもしれない。彼は現在失踪中というのが、世間一般の理解であるからだ。

 そんな人物が、突如ツェルスの目の前に現れたのだ。マズイ、とツェルスは肌で感じた。「お久しぶり」などと、ヴァルザード皇子は口元に笑みを浮かべている。が、その瞳まで笑ってはいない。

「この度は、ご苦労だったな」

皇子から出たこの言葉は決定的だった。ツェルスは、彼が自分に何をしに来たのかをすぐに理解した。

「ヴァルザード様、申し訳ございません!」

彼女が必死で責を逃れようとしてもそれは逆効果で、ヴァルザードの表情は今までと一転して冷たく、そして厳しいものになった。彼はおもむろに自らの腰に差していた剣の鞘を手に取った。ツェルスは堪らず、地面に額を擦り透けた。

「ヴァルザード様! どうか、どうか御慈悲を!」

ツェルスとて、四天王にさえ成り上がれば、アレスよりも軍や魔王ひいては闇の民の全体に奉仕できる自信ならあった。更に小賢しい彼女は、この皇子が、封建的な圧制を合理的に展開する現魔王・リノロイドと政治的に対立していることも利用した。

「私をお使いください! 必ず皇子が政(まつりごと)を治められるよう尽力いたします!」

夏の終わりの風が丘の下から吹き上げる。不気味な静寂が、ツェルスの頬を撫でて鳥肌を立てた。

「面を上げよ、ツェルス」

皇子の優しく穏やかな声に、ツェルスは会心のままに顔を上げた。しかし、この皇子の台詞までは聞こえただろうか。


「――首を落とし難(づら)い」


ヴァルザードの引き抜いた剣の刃が露になり、ツェルスの首を切り落とした。もはや民でもなくなったその残骸は、彼が剣を収めたと同時に、剣気で圧縮されていた炎魔法分子が焼き尽くし、灰に変えていった。

(3)

 基地内の振動と基地の消滅をカウントするサイレンの音で、気を失っていたアレスは意識を取り戻した。しかし、この部屋に妹・アリスの姿が無いことを確認した彼女はうつ伏せになったまま、全く動くことができなかった。

 ツェルスから受けた傷の所為もあったが、それよりも、絶望感が強く彼女の心を支配し、生きる意欲をも失わせていた。


 起爆装置作動まで、あとカウント100を告げるアナウンスが聞こえる。アレスは“その時”を静かに待つつもりだった。

 ところが、

「アレス!」

そのアナウンスの合間に、自分の名を呼ぶ男声がアレスの耳に飛び込んできたのだ。

「アレス! 何処だ!?」

聞き慣れた声にはせめて応えておくべきだろう、と判断したアレスは、何とか体を起こしてその声の主を見た。

「フィアル、」

彼は此処に居てはいけない人物であるが、それは咎めず、アレスは彼を呼び寄せる。

「ひっどい傷……」

アレスの傷から吹き出した血液が床を染めている。その深手に息を呑んだフィアルに、

「残った隊員を、安全に退避させてください」

アレスは伝えるべきことを伝えた。やおら、貧血から来る強い眩暈に襲われて体勢を崩したアレスの体を、フィアルは何とか支えた。

「動くな! 傷が広がるだろ」

あまりの事態に、彼は彼なりに打開の方法を考えていたが、何とか思いついた呪文の詠唱は、これだ。

『召喚・炎鳥(フレアフェニックス)!』

フィアルの目の前に円陣が現れ、青白く光る。詠唱の完結と共に、真紅の羽を持つ大きな鳥が二人の前に姿を現した。フィアルは、それを確かめると、アレスの傷口を動かさないように、そっと抱き上げた。

「何を?」

助かる見込みが薄い自分を助けるメリットは無いだろう、とアレスは説明しようとしても、身体も口も上手く動かない。ただ、言いたい事は伝わっているのだろう、困った顔をフィアルは向けた。

「オレは治癒魔法を心得てない。とにかく此処を出よう」

何とか生き延びる方法を模索するフィアルの提案を、アレスは拒絶した。

「私は、残ります」

此処に捨て置きなさい――アレスがそう告げるのを妨げるかのように、途端にあちこちが崩れ始めた。

「マズい! 急がねぇと……」

フィアルは有無を言わさずアレスを炎鳥に乗せると、自分もその後ろに飛び乗り、強引に強化魔法球(ブラスト)で非常用扉を突き破って、外へ脱した。

 

 二人が脱出して間もなく、基地は爆破され、ジェフズ海に沈んでいった。

 フィアルもアレスも、為す術なくただその様を見つめていた。

「(意識を手放した方がマシだったのかもしれない)」

この無様を見届けるくらいなら――アレスは目を閉じた。冷静になろうとすればするほど、妹・アリスの顔が脳裏に焼きついて離れない。

 いつかはこういう日が来ると知っていたなら、絶対に彼女を魔王軍に入隊させなかっただろう。しかし、もう、アリスは戻っては来ない。

「(もっと早く、気付いてあげるべきだったのに)」

どうする事もできない現実を認めて、漸く、アレスは、声を殺して泣いた。

「アリスちゃんのことで、伝えなければならないことがある」

このフィアルの言葉は決定的だった。最早、何も失うものは無いと察したアレスは、踏ん切りがついた。

「私も、直ぐに――」

アレスは、両腕に力を込めた。此処から飛び降りる気だ!

「ダメだ!」

間一髪、フィアルがアレスを抱き留めた。その衝撃で、彼女が負った傷から血が噴き出し、フィアルの黒い軍服の袖に沁みる。

「せめて傷を塞いでくれ。皆、お前の帰りを待っているんだ!」

幾つか波の音を聞いた。内心とは裏腹の、穏やかな音だ。

「頼む……」

立てば頭二つ分くらい身長差のある二人である。フィアルの祈りは、随分高いところから聞こえてきた。観念したアレスは、ぽつりと回復呪文の詠唱を唱えた。


 二人は、暫く黙ったまま沈む基地を見ていた。


「分かったような事言うつもりじゃないけどさ、」

随分丁寧にそんな前置きを入れて、フィアルから切り出した。しかし、言葉を選んでいるのか言い泥んでいるのか、なかなか次の言葉が出てこないので、アレスは何とか彼を振り返った。そこには、初めて見るフィアルのどこか悲しげな瞳があった。

「オレにも、妹がいてさ、」

こんなに苦しそうな表情をするような彼を、アレスは今まで一度も見たことがなかった。いや、彼がそれを望まなかったからだろう。

「でも、この戦争のどさくさに巻き込まれて、殺されちまったんだ、母親に」

何年も共に仕事をしてきたが、いつも飄々としているこの男に、そんな過去があるなんて、アレスは全然慮ったことはなかった。

「こんな悲劇、もう、オレ等で終わらせてしまおうな」

思えらく、アレスが何を言っても何をしても、フィアルという男はただ許してくれた。今はその優しさに頼りたかったからだろう。

「ツェルス殿は私の目標としていた先輩だった……」

アレスは許されるままに、思いの丈を彼にぶつけた。

「アレス…」

フィアルは初めて見る彼女の涙に動揺することもなく、懐を貸した。

 そのまま暫く無言を守ってから、フィアルは漸く切り出した。

「リノロイド様には、今回の顛末、ちゃんと報告しといたよ」

サボタージュの功名か、フィアルは、アレスの失脚を目論んでいたツェルスの動向に気が付けたので、彼女を追っていたのだという。

「え……」

アレスは戸惑う。自分でも何がどうなっていたのか上手く説明できないのに、と。

「お前には何の落ち度がないことをリノロイド様も理解している。魔王軍にちゃんと居場所はある。お前にもそれを早く伝えてやろうと思ってな。来てみたらこんな事になってたけど……」

フィアルは、少しだけ笑ってみせた。

「たまにはゆっくり休んで、早くオレをど突きに来いよ」

胸が締めつけられる感じがしたが、“言わなければなるまい”とアレスは思った。気恥ずかしいケド正直に――

「……首を洗って待っていなさい」

――アリガトウ、と。

(4)

 少し時は戻る。

 リョウが地下へと辿り着いた時点で、地下は既に海水によって浸食されていた。膝下まで水に浸かって歩きにくい。仕方が無いので、リョウは叫ぶ。

「オラァ! セイ! 何処にいやがるんだ?!」

地下といっても相当な広さである。セイはアリスと戦っているとツェルスから聞いていたので牢にはもう居ないだろうが、それにしても、一人の人間を見つけるのは至難と思われた。しかし、

「何処ぞの回し者だテメエ?」

捜索からものの数分で、呆れ顔の弟・セイとばったり出くわすことが出来たが、こういう時に感動的な再会とは行かないのが、彼等の残念な仕様である。

 およそ6日ぶりに会うセイの姿は、若干疲れているように見えた。瞳の感じが一層険しくなっている気がするのは、気のせいだろうか。

「(でもそれよりも……)」

リョウは、セイの腕に抱かれている女性に目がとまった。

「セイ、その人は?」

彼女が誰なのかは何となく分かるが、何をどう考えても、セイが彼女を抱えて現れる理由が全く分からないのだ。

「アリス、だ」

随分淡々とセイは答える。いや、珍しく、二言目があった。

「墓が要る」

――時が止まったのではないかと思うほど、重厚な一瞬であった。セイからは、後ろめたさもその逆も感じるし、冷たさもその逆も感じる。

「そうだな」

多分、アリスの亡骸を抱くセイの腕は何処か優しげで、アリスのその表情も安らかであったせいだ。

「……そうしよう」

リョウは全て受け容れた。


 基地の爆破までのカウントは冷徹である。

 どんなに再会が嬉しくても、どんなに脱出に焦ってしまっても、淡々と事実だけを教えてくれる。

「道は分かるのか?」

いちいち引き返している時間的余裕は無い。何とか抜け道は無いものか、セイは兄に問う。

「は……いや?」

リョウが何だかよく分からない意思表示をしてしまったのは、弟に無事出会えた安堵感があった為。そして、彼とアリスの悲しい経緯を慮ってしまっていた為だ。

「ったく! これだから低能は使えねえ」

案の定、弟を苛付かせてしまった。

「仕方ねぇだろ、殆ど洪水状態なんだから!」

リョウも言い返した。

 相変わらず、会えば騒がしい二人である。

「――爆発マデアト三百、二百九十九、二百九十八……」

アナウンスが調子良くカウントまで取り始めた。

「一々うるせえな」

こんな時に冷徹を決め込めるセイは、ある意味超人なのかもしれない。例えば、一般人代表・リョウなどは、

「落ち着き払ってる場合じゃねぇ! さっさと脱出しなきゃマジで死んじまう!」

このようにパニック寸前だった。

「黙れ、低能!」

セイの怒号は混沌をクリアにしてしまう。リョウはびくついたまま固まってしまった。構わず、淡々とセイは打開する。

「一階に戻る時間が惜しい。此処から上がるぞ」

セイは天井に向かって手のひらを挙げ、攻撃呪文の詠唱を始めた。直ぐに詠唱は完結する。

『闇系属性魔法球(コズミックダスト)!』

闇魔法分子の結晶が前方上部に伸び、天井が砕け散って上階の瓦礫が降り注いできた。

「(この生粋の破壊者め)」

リョウは大きく息を吐いたが、ふと、一つの疑問が脳裏を掠めていく。

「あれ?」

そう、セイは今、闇魔法分子を召喚したのだ。光魔法分子ではない。

 これはつまり、セイがきちんと『闇の加護』を引き受けている状態なのだ。そして、彼は今、深手を負っていないように見える。

「セイ、お前、記憶戻ったか!」

間違いなく吉報だった。が、今はそれを祝福している場合では無い。

「それは後だ! テメェは余力があるんなら瓦礫を積み上げて穴によじ登れ」

「成る程。でも、コレじゃ足りな……」 

「働いてからモノを言え低能」

ここまでバッサリ切り捨てられると、逆に小気味良い。苦笑交じりで、リョウは率先して瓦礫を創設し始めた。

『光属性魔法球(スパイラルグレア)!』

結晶化した光魔法分子の帯が、基地二階部分まで貫いた。刹那、一気に爆発が拡がった。負のチカラを抑えて光魔法分子を召喚しなければ、瓦礫どころか、辺りを木っ端微塵にしてしまう。その加減が難しく、思わず唸って眉を顰めたリョウに、

「少しは“チカラ”を使い回せるようになったワケか」

セイが声をかけた。

「ん、まあ、色々ね」

リョウはどうしてもカナッサの事を思い出してしまう。それを隠そうとして、無意識的に声が上ずってしまったのだが、それが不自然に過ぎた。しかし、セイはセイでそれを追究する事はしない。それは、単に当人が全く関心を持たなかったのか、それとも、訊いてはいけないことだと兄を気遣ったのかは、知る由もなかった。

 両腕をかけ、リョウは腕の力だけで一階に這い上がった。先程ツェルスから受けた傷がにわかに痛んだが、リョウは黙って耐えていた。傷付いているのは自分だけでは無いことがよく分かっていたからだ。一階に這い上がったリョウがアリスの亡骸を抱き上げ、監禁されてすっかり腕力を落としていたセイまで引き上げた。起爆装置作動まで、残りカウント40と少々である。

「リョウ、ここの道なら分かるか?」

セイは、アリスの亡骸を再び抱き上げた。

「分かんねぇけど、こうすりゃ良いんじゃない?」

リョウは壁に向かって手をかざした。

『光属性魔法球(スパイラルグレア)!』

リョウの攻撃呪文は壁から調度品から破壊し尽くして消えた。今居る此処から、明け方の空を映し込む海が見える。

「バカの一つ覚えも、たまには役に立つか」

セイがぼそっと呟く。

「くっ……!(やっぱ、記憶戻るとタチ悪過ぎる!)」

リョウのストレスは蓄積される一方だった。


 かくして、2人は何とか海にたどり着き、間一髪、爆発を免れたのだった。


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