第8話 赤い花の咲く町
(1)
魔族専住地・サテナスヴァリエの中央に位置する「ザークエリオ」という地方都市に、ソニア率いる魔王軍第四部隊は基地を置いている。第四部隊は、魔王軍の主力補助部隊である。魔法攻撃に長けた女性の術者(ユーザー)が構成員の中心である為か、何とも華やかな部隊なのであるが、この日は何時にも増して騒々しかった。
「まぁ! ディスト様よ!」
「キャーッ! こちらをご覧になったワ!」
この日、前線指揮のアレスを除く『四天王』達は、当該第四部隊基地に招集されていた。
「第四部隊は士気が高くて良いですね。ソニアさんの人望ならではですね」
見習わなければ、とディストがフィアルに話し掛ける。贔屓にしているソニアからの誘いということもあり、ディストの機嫌も今日は良いようだ。
「ホントそうっすね」
フィアルは横目で周囲に群がる女達を見遣る。彼女達は、ディストを一目見ようと群がっているのだ。このディスト、身長こそ高い方ではないが、彼の美しく長い金髪や白い肌はまるで人形のようであり、遠目から見ても、どこからどう見ても端正で麗美という他無い容姿であることが分かる。このような派手な容姿故に、機密に関する仕事が多い彼は、通常殆ど表に出ない。それが、軍内での彼の神秘性を一層高めてしまっているのだ。
「(できれば並んで歩きたくはないんだけど)」
最早、フィアルは引き立て役に甘んじるしかなかった。
「まぁ! 御二人とも、ようこそおいで下さいました!」
ソニアの腹心・アデリシアという女性が、二人(というかディスト)を迎えた。
「アデリシア殿、お久しぶりです」
勿論、アデリシアもディストに思いを寄せる女性の一人である。ディストと同系の金髪を持ち、この魔王軍で一番の美少女と噂される彼女が、ディストと並ぶと最早絵画のようだった。
「さ、隊長がお待ちですわ。こちらです」
アデリシアが二人(というかディスト)につくと、周囲はたちまちに静まる。皆が一目を置いている美貌の二人が並んで歩いているのだから目を引くのは当然ではあるが、
「仕事しろ仕事ォ!」
フィアルの心は荒んでいくのだった。
「仕事?」
ディストはふて腐れているフィアルを不思議そうに見上げた。当のディストには、まさか自分が羨望の的となっていることなど分かりはしないだろう。それにもそれなりの理由があるのだが、それをも知っているフィアルは、
「何でもないよぉ」
と顔面に満面の笑顔を作り、心の中で泣くしかなくなっていた。
ふと、向こうの方がざわめいた。気付いたフィアルとディストが行く手を見遣る。既にソニアが控えていた。
「こんなに人がいるのなら、第三部隊の遠征に帯同するメンバーを増やした方が良かったかしら」
隊長・ソニアのこの一言は、つい最近まで第一部隊に帯同して疲労困憊していた部下達を震え上がらせ、人払いの効果に一役買った。
「全く。隊長が一番お疲れだというのに」
副隊長の立場であるアデリシアは苦笑交じりで部下達を見送ると、部隊隊長3名(というかディスト)に敬礼し、自分も配置へと戻っていった。
「成程、部隊の士気を上げる為にディストを呼んだ訳か」
フィアルは小声でソニアを詰ってやった。
「人の上に立つってのは大変なのよ」
ミーハーな隊員ほど扱い易い、とソニアは豪語する。
「それより、本題に移るわね」
ソニアは自分のディスクのすぐ後ろの窓のカーテンを閉め、スクリーンに映像を映し出した。
「これが例のプロジェクトの?」
ディストは息を呑んだ。紅い小さな無数の花が荒地に咲き乱れている。シミュレーション映像かと問うたところ、「いいえ」と首を横に振ったソニアは薄く笑ってみせた。こんな風にソニアが笑うのは、光の民相手にジェノサイダー(大量殺戮)を行使する時だけだ。
「これは、レニングランド州東部・セラフィネシスという町の現在映像。一週間後、実地調査する予定よ」
小さな町を蝕む赤い花の映像は圧巻であった。スクリーンに跳ね返る赤い光が、ソニアの白い肌まで赤く染めていた。
「この花から毒が出るんだったっけ?」
フィアルが尋ねる。ソニアは頷いた。
「花粉症みたいなものよ。もっとも、“伝染症のある”、ね。」
「では、毒というより、ヴィールスですか?」
「そうね。ちょっと複雑な子なの。ま、光の民共がどう思ってるかは知った事じゃないケド」
ソニアは説明を続けた。
(2)
イザリアはリョウに白い麻袋を渡した。
「これ、少ないけれど、食糧とお金です。旅先ではお金よりも携帯食糧の方が役に立つでしょう。なるべく街に沿って旅をなさってくださいね」
「ハイ。色々お世話になりました」
リョウは深く頭を下げる。セイもリョウに倣って少し頭を下げる。
「恐らく、戦火は時をおいてレニングランドをも巻き込むでしょう。でも、僕とイザリアとマオでこの街を守り通しますから、どうか、こちらのことは心配しないで」
穏やかな、しかし力強いラディンの言葉はリョウに安心感を与えた。
すぐにリナがリョウの肩に止まる。
「それじゃあ、お元気で!」
再び彼等の旅が始まった。
(3)
レニングランドを南へ抜けるのには、大体半日かかる。そこからは延々と草原が広がる。以前は広い道だったのだろうが、戦乱の今となっては獣道である。
「本当にこれは正しい道か?」
あまりの草木の多さに、思わずセイがグチを漏らす。
「ああ。確か、オレがレニングランド来た時もここ通ったし」
リョウが以前住んでいた街からあのレニングランドへ来るまでで、確かに覚えていることと言えば、マオからの使者だと言う女性にくっ付いて歩いて来たということだけである。
「次に行くセラフィネシスって町は薬草の名産地で、病気がちだった母さんが父さんと一緒になるまで住んでた事もあるんだってさ」
リョウは7年も前に使者から聞いた話をセイに話した。何が、記憶の封印を解くか分からない以上、闇雲でも昔話をした方が良いと思ったからである。
「母さんも、レニングランドに?」
ただ、話せば話すほど、己の身の上が如何に頼りないものかを、リョウ自身も実感せざるを得なくなっていた。
「母さんはオレ達を産んで、すぐに病気で死んだらしい。父親は、魔王軍に殺された……って事はもう言ったかな?」
努めて客観的にリョウは実親の話をした。幸か不幸か、これ以上の実親の情報は、リョウだって知らない。やおら、セイは立ち止まって兄の顔をじっと見た。
「どうかしたか?」
記憶を失ったセイは、少し挙動不審なところがあった。こんな時は、必ず“神使”によってかけられた呪いが発動しているのだった。
「何か思い出す寸前だったんだ」
セイが押さえた額の位置に、記憶に封をかけている闇魔法分子の結晶が纏わり付いていた。
「思い出す寸前、か。そりゃそうかもな」
リョウは小さく溜息を吐いた。そう、父・セレスの仇を憎んでいたのは、どちらかというとこの弟の方だ。気は進まないが、この話題に触れ続けた方が、セイの為にはなるかもしれない。しかし、
「まあ、折角だから、ついでに薬草でも買っていくか」
やはり気は進まないので、リョウは自然と話題を変えた。
道は延々と続き、果てしないかとも思えてくる。草木を掻き分ける作業には慣れてきたが、背の高い草ばかり生い茂る周りの風景には飽きてきた頃だった。
「あ!」
セイが声を上げる。
「今度はどうしたんだ、一体?」
兄の問いに答えるよりも早く、セイは向こうの木々の間から何かを引きずって出てきた。しかし、
「あ……」
リョウはそれを見て、青ざめてしまった。
「人、発見」
などとセイは言ったが、それはむしろ人とは呼べない魂の亡き身体であった。セイは人の亡骸を見つけてきたのだ。
「セイ、あらぬ嫌疑がかかるから、それはそっとそこに置いててくれ!」
常識がある分、得がたい現実に戸惑ってしまうリョウだったが、セイの記憶が封じられた今、いくら苦手な状況分析であっても自分がしなければならないと思っている為、努めて平静を心がける。
「それにしてもこの死に方は」
その死体は、外傷は無く、見た目はきれいだった。
「毒かな? それとも何かの病気かな?」
きっと、その遺体は、旅の途中に行き倒れてしまった人に違いない。少なくとも、近くに凶暴な魔物がいるということではなさそうだったので、リョウは一先ず安心した。それはそれとしても、その遺体は土に埋めてその死を弔ってやった方が親切だろうか。
「いや、いちいちそれをやっていたらキリがない」
セイは、更に前に進んで、死体を2つ、3つ持ってきた。
「ああ、そう、だ……な……」
正直、薄気味悪さを感じたリョウは、思わず傍らのリナを抱きしめてしまった。
「セイ、それ、その辺に置いといてくれ。優しくな、やーさーしーく!」
あまりにも多くの死体に直面して呆然としてしまったリョウとは対照的に、セイは行く手を遮る死体に対してあまりに無造作だった。記憶の有無に関わらず、他人にとって他人の死などは客観的なものにしかなり得ないのだが、少なくとも“勇者”である以上、そう言って逃れる事は許されない。
――今、老婆が双子達の前に、倒れ込むように入ってきた。
「大丈夫ですか? どうなさいましたか?!」
リョウの呼びかけに、老婆は蚊の羽音のような細い声で、事実だけを伝えた。
「セラフィネシスに、毒が……」
彼女はそう言ったきり、静かに息をひきとった。
「また一つ増えたか」
一体幾つ墓が要るだろう、などとセイは嘆息をもらしている。その一方、
「行ってみないか? セラフィネシスに」
これは殆ど間違いなく魔王軍の仕業だと判ったリョウは、事態に強い憤りを感じていた。それは、レニングランドで魔物に襲われたときの気持ちと同じだった。
――どうして、彼等魔族は、寄って集って人間を滅ぼそうとするのだろう?
「これ、本当に町があったんだよな?」
リョウの呟いた先には、小さな赤い花で覆われた廃墟が広がっていた。
「人一人居ないな」
セイはガラクタになった街を見回した。風の音と自分達の足音だけが聞こえる、ガランとした静かな街だ。それにしてもこの赤い小さな花は一体何なのだろう。閑散とした風景に蔓延る赤い残像が不気味だった。
「手遅れじゃないのか?」
どうやらセイはそう判断しているようだ。
「ここはもう放っておいて、さっさと行くぞ」
この状況でもドライで居られるセイは、ある意味逞しいのかも知れない。
「そんなワケにはいかないだろ」
この赤い花は魔王軍のものに間違いない。魔王軍は、しばしば光の民の土地・サンタウルスに大量殺戮兵器を持ち込み、「実験」の名目で、このような侵攻を行うのだという。それにより何の罪もない光の民達が虐殺されているのだ。リョウにはそれが許せなかったのだ。
突然、町の向こうで火の手が上がった。
「何だ?」
二人は、炎のもっと先を見た。防毒マスクを付けた人間達が、小さな赤い花に火を点けている様子が見てとれた。
「ほら、やっぱり人がいるじゃねェか」
リョウは安心した。少なくとも、この町の全員が死滅してしまったのでは無いようだ。
「チッ、無駄足になった」
セイは舌打ちをした。記憶喪失中であるにもかかわらず、彼の無干渉主義は相変わらずであった。良い機会なのでリョウは弟を矯正すべく咎めようとしたが、町の住人達も旅人に気付いたのだろう、こちらへ向かってやってくる。仕方はないが、リョウはセイへの説教を後回しにした。
「旅の人か? この町の様子を見て、さぞ驚いたことだろうな」
防毒マスクの下をよくよく見れば、リョウ達と同じ歳くらいの青年だ。セラフィネシスという町は、かつては炭鉱で栄えた場所でもある。口調はぶっきらぼうだが、情に厚い人間が多いという。それだけに、リョウはなおさら助けたかったのだ。
「やっぱり、あの花が毒のモトなのか?」
リョウは遠くで人々が燃やしている小さな赤い花を指差した。
「ああ、オレ達はそうじゃないかと思ってる」
どうも、赤い花の出現時期と毒による死者が増えた時期が同じらしい。だからここの住民は皆、防毒マスクを装着しているのだと言う。
「ところで、アンタらはマスク無しで平気なのか?」
果たしてマスクで防ぐことのできる毒なのかも分からないが、と彼は付け加えた。
「今のところ何ともねぇよなぁ、セイ」
「ああ、別に」
リョウ達が“毒”を受けつけない理由は“光と闇の加護”のお陰なのだが、本人達がそれを理解するのは、まだずっと先の話である。
「タフだな、お前らも。ま、丈夫に越した事はねえ」
こんなにも悲惨に溢れた町で暮らしている彼の気丈な笑みが防毒マスク越しに覗く。余りに健気で、リョウの胸を打つ。
「オレの名はウルヴィス。この町を迂回する道まで案内するよ。少しの間、ヨロシクな」
「こちらこそ、ヨロシク。オレはリョウで、あっちがセイ。んで、これがリナ」
リョウはそう言うと、“毒”を避ける為に予め麻袋に詰めていた妖鳥・リナを紹介した。
「……この鳥もタフだな」
ウルヴィスには心なしか、リナが袋の中を嫌がっているように見えた。
「それで、その火炎銃まだある?」
リョウは麻袋を背負い直した。心なしか、リナの悲鳴が聞こえた気がした。
「いやいや、アンタ達まで労働する事ぁねぇよ。それに、」
ウルヴィスが素早く断ったのは、通りすがりの旅人をワザワザ危険にさらさない為の配慮である。加えて、彼は次のように補足した。
「明後日までにここを出ねぇと、魔族の軍が来ちまうぞ」
リョウは、弟の方をちらっと横目で見た。「好きにしろ」と、諦めたように笑ったセイは、すぐに兄から顔を背けた。
「それについて、詳しく聞かせてくれねぇか?」
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