第5話 マゾクとの出会い

(1)

 知らなくても良いことがなんと世の中には多いことか。

 しかし時として、知らないことは罪作りである。

 昨晩早く眠った甲斐もあり、早朝にチェックアウトした双子達は、昼前にはレニングランドの郊外へと出られた。

「昨晩は宿があったから良かったケド、」

リョウはリナにパンの切れ端を与えつつ、セイに訊いてみた。

「やっぱ、野宿も有り?」

正直、リョウは野宿の術など何一つ知らない。相変わらず弟から返事が無いので、リョウは質問をより具体的にしてみた。

「見張りとか、どうする?」

こんなことくらい、例によって素っ気なく決まると思っていた。が、弟からは、意外にも感情的な答えが返ってきた。

「朝に弱ェ奴が必然的に先行だろ? 明らかにオマエだ」

セイは嘆息を漏らした。実は、セイは今朝リョウを起こすのに小一時間かかっていたのだ。リョウの寝起きは最悪らしい。

「覚えてねェよそんなモン!」

知らない本人には罪悪感など無いから、この手の罪は性質(タチ)が悪い。

「言ってろ低知能」

しかし、被害者も泣き寝入りをするわけにはいかないのだ。

「低知能とかお前に言われたかねェよ!」

「喋んな。低知能が伝染る」

静かなはずの森がざわざわと音を立てている。それはこの双子達の殺気だろうか。

「決めた。お前はここに埋めて行く!」

リョウが光魔法分子を召喚する。右の掌に攻撃的な負のチカラを帯びた光魔法分子の結晶が発現した。

「愚図なお前が埋まってろ!」

セイも剣を鞘から抜いた。怒気でも凶気でもない純粋な殺気が、やたらとリアルだ。

 そこへ、

「ったく、朝っぱらからウルサイ奴らだなぁ」

リョウ達の頭上から声がした。

「へ?」

気配すら感じていなかった二人は、先ず、自分達の頭上に人がいるのに驚いてしまったのだが、降りてきた者が何者か判ってしまったセイは、半身を後ろに向けた。

(2)

 「魔王軍第一部隊隊長 フィアル・エド・ラスだ!」

セイは眉を顰め、世間知らずの兄に小声でそれを伝える。

 よりにもよって、光の民の脅威である「四天王」が、リョウが初めて見る魔族となってしまった。しかし、弟曰く“低知能”でしかないリョウの抱いた印象はというと……

「(何か、耳が長いだけで、容姿は普通の人間と大した違いはないんだなァ)」

彼自身不思議なくらい、リョウは冷静でいられた。

 亜麻色の髪、深い碧の眼の色、長くて尖った耳にはピアスだらけ。魔王軍の制服である黒いマントにも、何物かのロゴマークが帖りめぐらされているというふざけた格好をしたその青年は、とても人間の恐怖の対象である「四天王」には見えない。

 あえて驚くことがあるとすれば、6尺はあるリョウとセイよりも、彼の方が、背が高いということくらいか。それにしても、リョウは、魔族には「化物のような存在」という先入観を持っていた為、どうしても眼の前の彼が“勇者”の殲滅の対象であるようには見えなかった。

「あれ? 同じ顔だァ!」

フィアルという名の男は、面白そうに双子のリョウとセイを眺め回して笑った。

「だって双子だし、……認めたくないケド」

リョウは呑気にそんな返事をしているが、セイは咄嗟の敵に為す術もなく溜息をついた。物珍しいのだろうか。男はこの兄弟仲の悪い双子をしげしげと見つめている。

「成程ねェ。兄弟かァ。いいなァ。そうかァ」

それにしても、何ともゆるい口調の魔王軍幹部である。セイも彼の態度に面食らってしまい、密かに剣の柄にかけていた手を離す。

「しかし、ケンカはダーメ。兄弟たるもの、助け合ってこそじゃないか。ねえ」

説教に欠伸と背伸びを織り交ぜ、フィアルは“兄弟相互扶助”を高らかに謳う。

「この状況下で言いたい事はそれだけか?」

あまりに調子を狂わされ、とうとうセイは尋ねるしかなくなった。彼自身、この緊張感の無い四天王との対面に戸惑っていた。戦う気が無いならそれに越したことは無いのだが……

「あァ。お兄さんは今、サボリ中なの。働くのは1日の3分の1までと決めてるの。働き方を改革してるの」

対して四天王・フィアルは終始リラックス状態である。今はのんびり関節を伸ばしている。

「軍役にサボリって有り?」

このヒト、面白い!――恐怖感はあるにはあるが、初めて見る魔族ということもあり、リョウは彼に興味津々だった。

「常人を超越して我が道を貫くのが男の美学ってモンでしょ?」

それにしても、笑ってポージングをしてみせる彼の仕草などは、光の民・人間と全く同じだった。

「(違う……コイツじゃない)」

最早、セイも別の事を考え始めていた。

「皆々様は、これから徴兵されるのかい?」

フィアルは軽いノリでそんなことを尋ねてきた。

「まァ、そんなトコ」

リョウもあえて彼にノリを合わせた。こういう時の、リョウのバランス感覚は優れたものがあった。構わず、彼は続ける。

「やっぱ、オレ等と戦うことになるんだろうなァ。お兄さんは悲しいよ。こんな若いのに早死にさせちゃうなんてなァ」

あっさり彼は核心をつくので、リョウとセイは思わず顔を見合わせてしまった。

「何とか死に損なってみせるよ」

苦笑交じりでリョウが言いかけた言葉を、フィアルは遮る。

「おや、甘いよ? 戦線で死んだ人達も皆、まさか自分が戦没者になるとは想像もしないで戦に出てたんだろうし」

彼はそんな事を言って深く溜息をついた。表情に陰が差したように見えたのは気のせいだろうか。思わず、目を合わせてしまったリョウとセイが、慌てて目を逸らす中、

「そうだ!」

と声を張ったフィアルが、やおら立ち上がった。

「これ見て恐怖を感じたら、大人しくお家に帰るんだよ?」

彼の明るい口調とは裏腹に、周りの空気が穏やかでは無い。彼の一挙手一動に、双子達は警戒しなければならなかった。フィアルが1つ呼吸を置くと、刹那、負のチカラのプレッシャーがそこら一帯に広がる。

「(この殺気の中にいたのか!?)」

長く修行を積んだリョウとセイでさえも、身動きすらできない威圧感であった。これが、マオの指摘していた“実力の差”というものなのだろう。

 空気そのものが震え、周囲の小動物もそこから逃げ出す。逆に、リナがまだリョウの肩に普通に留まっていることが不思議である。

『炎属性魔法球(ブレイズ)!』

詠唱と共に、熱が集約されていくのが二人には分かった。あまりにもゆるいトークしかしなかったので確信が揺らいでしまっていただ、やはり、彼こそが、“四大元素”の炎属性を授かりし者にして、魔王軍第一部隊隊長を任された男――フィアル・エド・ラスに間違いないようだ。彼が殺意を持って双子達に魔法分子結晶を解放しさえすれば、この旅はこの森の中で終わってしまうのだ! 

 冷や汗を握り締めた双子達であったが、そこに、

 ピピーッ… ピピーッ…

と森には聞き慣れない音が鳴り渡り、その緊張に水を差した。

「ん、何だ何だ?」

フィアルは、懐から機器(無線通信機であろうか)を取り出し、見、すぐにまたしまい込んだ。

「あー、忘れてた。これから、お兄さん会議あるんだわ」

それにしても、この男の呑気加減は何なのだろう? 既に双子達は緊張の感覚が麻痺していた。

「会議仕切ってる女知ってる? やっぱオレと同じ四天王で、アレスってのが居るんだけどさ、おっかねえのよ。遅刻したら半殺しだよ? あんまりだよなァ?」

フィアルの口からは仕事仲間への愚痴すら出てきた。こうなると、リョウはもう、親しみすら感じた。

「意外と苦労人なんだな」

特に何の気も無く、ポン、と肩を叩いてリョウはフィアルを労った。それが彼にとっては嬉しかったのだろう、

「分かってくれるか少年達!」

フィアルはリョウとセイを力一杯抱きしめてくれた(100kg重)。痛みに呻く双子達に、律儀に詫びた彼は、肩や背中を摩ってくれた。そして、気管を圧迫されて咳き込んでいるリョウとセイが落ち着くのを待って、漸く思い出したように尋ねるのだった。

「とりあえず、徴兵されるんなら、名前聞いていい? 登録しときたーい」

まるで自治会の住所録にでも登録するかのようなフランクさに、セイは唖然としてしまった。

「オレがリョウで、コレが弟のセイ。二人共これからウィザード志望ってところかな」

呆れ顔のセイの代わりにリョウが自己紹介した。

「ウィザード? オレと一緒じゃん。お互いぼちぼち頑張ろうな」

フィアルは二人の名前だけをメモして懐に仕舞い込んだ。彼は本当にそれだけで済ませる気のようだ。

「お兄さんの名前は、……まあ、知ってると思うけど、フィアル。一応、魔王軍第一部隊隊長とかやってんの。ヨ、ロ、ピ、ク、ね」

フィアルは双子達と強引に握手を交わした。

「あァ、ヨロシクね!(すんごいイイヒトじゃん、実際)」

「……。(さてはただのアホだな、コイツ)」

リョウとセイの歯車は今日も見事にズレていた。

「じゃあ、また何処かで会おうな、皆の衆!」

フィアルはそう手を振ると、振り向きざまに消えていった。

「え?!」

双子達は再び絶句してしまった。

「あれ、確か瞬間移動呪文(テレポート)っていう、超上級呪文じゃ?」

リョウは途端に青ざめてしまう。彼なら、自分達をいとも簡単に殺せただろうに。

「あーもう、バカしかいねえ」

セイは忘れることにした。これから何度となくあの男とは会うことになろう。剣を交える日もやってくるかもしれない。

 もう何度目かという溜息をつくセイの視線上に、丘が見えた。

「……件(くだん)の屋敷だ」

セイが指差す丘地の奥に、家屋があるようだった。

(3)

 半日ほどを費やして、目的の屋敷の前に到着した。

 その屋敷は、リョウ達が住んでいた家よりもずっと大きかった。一度来たことがあると言われたセイだったが、記憶は朧げ。見覚えがあるような、無いようなという程度だ。赤いレンガも、白い壁も、碧緑の扉も……


 「もういらしていたのね。お待たせしたかしら?」

背後から不意に女性の声がしたのでリョウとセイは振り返ったのだが、その姿を見るなり、二人はまた、声を失ってしまった。今来た後方から女性と男性が歩いてくる。

 女性はセミロングの黒髪で、鋭く切れた目じりがエキゾチックで、それでいて品のある麗女である。

 男性は、両耳にピアス、そして左腕全体に呪詛用のタトゥーを入れていて、やや近寄りがたい風貌だが、顔は柔和でいかにも優男である。彼は買い物袋を両手両腕に持てるだけ持っていたが、勿論、双子達はその買い物の多さに驚かされたわけではない。リョウとセイを困惑させたのは、この男女の尖った耳が、彼らが魔族である事を示していたからである。

 幻か、とリョウが思わず目を疑ってしまうのも無理はない。少なくとも、今日はこの屋敷に泊まらせて貰わねばならないのだ。

「厄日か」

思わずそう呟いたセイはこの現実を悲観していた。彼は魔族が嫌いなのだ。

「マオから話は聞いています。どうぞお入り下さい。詳しい話は中で致しましょう」

女性はそう双子達に促した。まだ戸惑う彼等の内心を見透かしたか、

「大丈夫ですよ。取って食いはしませんから」

男性は微笑んでそんな事を言った。気後れしたまま、二人は屋敷へ入れてもらった。

(4)

 勧められるまま、ソファーに座っている事が二人には信じられなかった。

 闇の民・魔族は、光の民・人間と敵対する存在ではなかったのか。

 魔族の望みは人間の殲滅ではなかったのか。

――正直、リョウとセイは困惑していた。


 「紅茶をお持ちしました。お砂糖はどうします?」

黒髪の女性の勧めに、

「下さい」

「要らない」

と双子達が同時に返事をした為、彼女は何を言われたのかが一瞬分からなくなったようだ。彼女は苦笑いをして、リョウの方のカップにだけ角砂糖を2つ、入れてくれた。そんなやり取りを背中越しに、左腕にタトゥーを入れた男性の方は、買い物袋の中身を黙々と収納庫に収めていた。

「自己紹介からしましょうか」

そう切り出した彼女の名はイザリア。男の方は、彼女の夫でラディンというそうだ。魔族ではあるが、この夫婦は、百余年前にランダと共に戦った、いわゆる「ランダの同志」の一人だというのだ。

「驚くのも無理は無いと思います。まさかランダの同志が魔族だなんて」

イザリアは、事実を受け止めて放心状態の双子を見て微笑んだ。

「ランダの同志とは、私と、夫のラディン、そして、貴方達のよく知るマオと、そこのリナ。この四人でした」

イザリアが言い終わる前に、リョウはティーカップを机に置いて、イザリアに突っかかってしまった。

「リナも一緒に旅してたの?」

妖鳥・リナがランダの同志と言えるのかどうか――些事といえば些事だが、不自然に過ぎる、とリョウは感じたのだ。

 丁度、整理整頓を終えたラディンも、妻・イザリアの横に腰掛けた。彼の視線は、リョウの肩にじっと留まっているリナにあった。やおら、彼は口を開いた。

「リナ、久しぶりだね」

まるで旧友に話し掛けているかのごとく、自然に会話を始めたラディンに双子達が面食らっている内に、

「そうよ、リナ。暫くぶりなのに随分無口じゃない?」

イザリアまで鳥のリナに話しかける。これは単にこの夫婦がふざけている訳ではあるまい、と判断したリョウはリナを指に留めてみた。すると、

「ソレヨリ、本題」

リョウでもセイでも、イザリアやラディンのものでもない声がしたので、リョウは辺りを見回すが、誰もいない。かの夫婦は、やはりリナを見ていた。「そうね」とイザリアは気にも留めずに続けようとするので、事態の整理と今後の対応の為、リョウは思い切って尋ねることにした。

「あの……リナって?」

どう問うべきか迷った挙句、不完全な質問になってしまったが、夫妻は察してくれたようだ。

「ご存知ありませんか? 彼女は、鳥型でも片言ながら喋れますよ」

イザリアの代わりにラディンが答えた。彼の発した“鳥型”という言葉がセイの頭に引っかかったが、妖鳥にさして興味は無かったのでそのまま受け流すことにした。

「そうなのリナ?」

リョウはリナに尋ねるも、返事は無かった。嘴を動かさずに音を発するようだが、先ほどの声がそうなら、声は篭らず、はっきりと聞こえる。

「ま、小金にはなるか」

と、小さく呟いたセイの溜息がリビングを震撼させた。

「売らねェ。絶対に売らねェ!」

焦ってムキになるリョウがリナを防御した。此処へ来てまで口論を始める双子達の様子に、イザリアとラディンは顔を見合わせ、「噂通り」であると笑った。

 不意に「マオは、」と声がかけられた。表情豊かで饒舌な兄・リョウからではなく、無口な(しかし破壊力のある)弟・セイからである。思わず、夫婦達の方が緊張してしまった。

「マオは、どっちだ?」

弟が何を聞きたいのか、初めリョウは掴みかねていた。マオは魔族か人間か――あえて疑問に思ったことが無いからだろう。イザリアとラディンは、しかし、一つずつ頷きを返して、逆にセイに問うた。

「気付いていたのね?」

漠然とした煩わしさがあり、セイは返事を避けた。この不躾な弟に、リョウは頭を抱えたところだが、イザリアとラディンは回答をくれた。

「マオは、光の民と闇の民のハーフです。外見は全く光の民の姿をしている上、“光属性魔法分子”を扱うので一見判り難いのですが、彼女は光の民よりも遥かに寿命が長い」

「え?」

茫然としているリョウ、片やセイは一口紅茶に口を付けたところである。イザリアは続ける。

「でもマオは、貴方達の母親代わりになろうと腐心しておりました。これだけはご理解くださいね」

 先ず、魔法属性が『光』か『闇』かで民は二つに大別される。この魔法概念は世界を貫く原理的なもの故、“絶対元素”と呼ばれたりもする。

 ただ、育ての母に異種の血が半分混じっていたからとはいえ、思い出の何が変わるわけではない。

「驚いたけど、問題ありません」

ゆっくりと時間をかけてこの事実を呑み込んだリョウは、せめてこの件だけは魔族嫌いの弟にも同じ思いであって欲しくて、傍らを確認した。

「(あ……)」

しかし、リョウの懸念を嘲笑うかのように、セイは平静そのものだった。マオと共に生活していた時間が長い分、思い当たるフシがあったのだろう。こういう時に泰然としていられる弟が、リョウにとっては空恐ろしさを感じさせる一方、羨ましくもあった。

 「属性継承の儀式は明朝行いましょう。今日のところは、術に備えて身体を休めて下さい」

イザリアは微笑んだ。この双子達の戸惑いを、彼女達はよく感じ取ることが出来ていたからこそ、少しばかりでも整理の為の時間が必要だと判断したのだ。

「明朝、私が案内人を召喚します」

“絶対元素”の継承に関してはやや知識不足ですが、と申し訳なさそうに断りを挟んだイザリアが、双子達に菓子も勧めた。

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