第五話 Ms.blue sky
その白いローブの人物は私を一点に見つめ、笑っていた。
何かを私に託しているかのような、そんな笑み。
「今回は随分と予定が狂っているみたいだ。やっぱり、鍵はキミなんだ」
「カギ⋯⋯?」
「どうしてアンタがここにいるんだい? 禊猫守の一番さん」
「え⋯⋯!?」
禊猫守の一、前方の人物はそう呼ばれると、そっとフードを脱き始め、再びこちらを見つめ直した。
声からして女性だが、外見は美麗であってとても中世的だった。艶のある黒い長髪、身長は私よりも大きい。そして頭の上には猫耳が付いていて、それは私たちの味方と指し示すには十分な要素で、少し安心を覚えた。
「ああ、姫李⋯⋯」
私を見る目とは違う、切なそうな表情を浮かべて姫李さんに顔を合わせた。
その一方で姫李さんは気持ちの悪い物を見るような表情を浮かべて一歩引いている。
「な、なんだその顔は⋯⋯きしょくのわるい」
「ああ、ごめんね。こちらの話だよ。無事でいてくれてよかった」
「あ、あの⋯⋯この人は?」
姫李さんに聞いてみると、嫌そうな顔のまま答え始めた。
「こいつは禊猫守の一、ソラ。小夏、気をつけろ、こいつの口車には絶対に乗ってはいけない」
「ああ、そうじゃ。決して信じてはならんぞ」
ラオシャも姫李さんに便乗してソラさんを罵り始めた。
「ラオシャもソラさんを知ってる風だったけど、知り合いなの?」
「知り合い、そうですね。今はそれくらいの関係値だ。昔は苦楽を共にした仲なのだけどね」
「えってことは、ラオシャの、元契約者⋯⋯!?」
「ああ、そうとも。ベルカナとは五十年程前の関係になるか」
「え、ええ!?」
五十年前!? どういう事だ!?
ラオシャもソラさんも、そんなに前から生きてるの!?
「おや、どうやらベルカナは過去の事を話していないらしい。秘密主義なのは相変わらずか」
「話す必要が無かっただけじゃ。それに、お前の事なんぞ忘れておいた方が得じゃからな」
「ふーむ、やはり気が合わない、か」
ラオシャが見たことのない顔で、ソラさんを会話をしている。
まるで他人みたいで、ラオシャの事をまだよく知らないんだと実感してしまう。
「おい、立ち止まってる場合か。まだやる事があるだろう?」
姫李さんの言葉でハッとなる。
そうだ、今は立ち話をしている時じゃない、神社の奥に進まなければ。
「ソラさん、ごめんなさい。話も聞きたいですけど、今は急いでいるので」
ラオシャを抱え、ソラさんに一礼する。
ソラさんはまたあの、託す笑みを浮かべて口を開いた。
「ああ、知っているとも。この後キミは神社の奥へ行く⋯⋯ふむ、少し賭けてみようかな」
「な、何ですか、何を言って、うわあ!!?」
ソラさんは何故か私に向かって歩き始めた。
このままではぶつかる、そう思った瞬間、身体はお互いすり抜けて、私は思わず尻餅をついた。ソラさんは気が付けば背後まで歩いていて、後ろを振り向く頃にはソラさんの姿は既にそこには無かった。
しかしその一瞬の出来事の中で、自分の中に刻まれた言葉を感じたような感覚があった。
《狐だけではない》
「大丈夫か、小夏!?」
「へ、平気⋯⋯。狐だけじゃ、ない⋯⋯? ううん、とにかく今は行かないと」
意味深な言葉に動揺しながらも、私は更に神社の奥へ進んだ。
神社の奥には鬼子母神堂と書かれたお堂まで着いたけど⋯⋯この辺りに狐に関する物があるだろうか。
「管理されていないのか、この辺りだけやけに古臭いねぇ。建物に伸びた植物や腐った木材なんかも多く見られる、足場も少しばかり悪い」
⋯⋯確かに、ここまでの道中、道も小綺麗だった気がするし、森も鬱蒼とは行かないまま保たれてる感じがあった。
なのにここに足を踏み入れた途端、一気に古くなってるというか⋯⋯。
この違和感、姫李さんの部屋に入った時も感じたような⋯⋯まるで、そこだけ切り取られてて⋯⋯。
その予感を頼りに、少し戻って入り口を見てみると、微かに境目から急に石造りの新しさが違う。
なんだかこの辺りだけ、意図的に放棄されている?
「小夏、これはどういう事じゃ⋯⋯」
「うん、私も同じ感想。この場所だけ、忘れ去られてるのかなんなのか⋯⋯」
「まさかボク達と同じ⋯⋯? いや? そんな事は⋯⋯」
「姫李さんはどう見ますか? この切り取られてる感じ」
姫李さんは腕を組み、思考を巡らせながらも答え始めた。
「⋯⋯ボクの部屋のシステムに酷似している、と言わざるを得ない。こんなにも意図的に放置される事なんて、まず普通ではあり得ない事だ」
「そのシステムって、何なんですか?」
「いやなに、ボクの部屋は非常にシンプルな仕掛けだ。そもそもあの地下に置かれた空間は、ボクの部屋だけが物理的に繋がっていない。あの部屋は直接、フランスの時計塔の、とある一室にあるからね」
「⋯⋯はい?」
「言葉通りの意味だよ小夏。あの空間だけが、時計塔の一室と空間共有している、という事さ」
「そのままの意味で、捉えられるとでも?」
「半信半疑だねぇ? そうなるのも致し方ない、なにせ証拠が無いからね。でも信じていいよ、ボク、フランス生まれだし」
「ラ、ラオシャはどう思う?」
「⋯⋯全部真実じゃよ」
「知ってたなら言ってよ⋯⋯」
「信じぬじゃろう」
「確かにっ」
フランス生まれ⋯⋯流石に嘘でしょ、姫李さんは確かに私より小さくて可愛いけど、外国人顔ではないし⋯⋯。
「ゴホンっ、とにかく、ここがボクの部屋と同じルールなのであれば、ここは世界の何処かと共有されている空間であるか、もしかしたら、昔の背景を投影させているかだね。まあどちらにせよ、ボクたちにとっての猫カフェと同じ、皧狐にとってここは重要な場所だという事が分かるねぇ」
「それなら遠慮はいらない、よね。あのお堂の中、入っても良いよね」
「うむ。如何にも何かありそうな場所じゃ」
「い、行ってみよう」
私たちはお堂の中へ足を踏み入れた。
下は一面畳、上は金の装飾が施された、特に変わりのないお堂の中。
古びた外装から来る想像とは裏腹に中は小綺麗にしているみたいようだ。
足を踏み入れても畳の軋む音も無く、木の柱は所々褪せていて年季を感じさせるが、まだまだ新しいように思う。
そして、探し物は意外にも、入ってすぐに見つかった。その部屋の真ん中に、無造作に数冊の本が置かれていたからだ。
⋯⋯いかがわしい本じゃ、ないよね?
「本⋯⋯」
手に取った一冊のタイトルには『日本大妖怪集』とあった。
「ねえラオシャ、姫李さん。『妖怪』って何か分かる?」
「聞いた事がないのう、『妖怪』とは何の言葉じゃ?」
「ボクは日常的にネットの海を潜る事があるけど、そのような造語は見た事がないな」
やっぱりそうだ。
あの夢を見てから、皧狐の事を追う度に知らない言葉に行き着いている。
それも世間一般では知られていない言葉という物ではない、そもそも「妖怪」という言葉自体は存在していないんだ。
この本には当たり前のように『日本の妖怪を特集』と売り文句が書かれているが⋯⋯個人によって製作されて出来た物、という線もあるけど⋯⋯。
「全く分かんないね⋯⋯」
「全く分からないからこそ調べる価値があるのではないか。取り敢えずこれらに関して、今考えるのは時間の無駄だ、持って帰ってから調べるぞ」
「ふむ、確かにそうじゃな。小夏よ、ここに長居するのは良くなさそうじゃ、皧狐がここに戻ってくるやもしれん」
「うん。ここに置いてある分だけでも持って帰ろう。緋咫椰さんとも合流しなきゃ」
✳︎
「お前ら、嫌い!」
皧狐のチビが、オレたちに向かって吠え続けて、腕から泥をドロドロと溢れさせている。
前回オレが受けた魔力を溶かすアレは毒ではなくて泥だと姫李が言ってたが⋯⋯。
「毒も泥も一緒だろ⋯⋯」
「全然違いますわよ⋯⋯!」
《お嬢、油断なさらずに》
「分かってる⋯⋯先手必勝だっ」
引き上げられた身体能力を存分に使い、一歩踏み出す勢いで、一気に皧狐に近づく。
「セバスチャン、銃に弾を」
「了解しました」
オレが危険に晒されてもバナナならやってくれるはずだ。だからオレはリスクは考えず、突っ切ってぶっ倒す。
跳躍し、鎌を大きく皧狐目掛けて振り下ろした。
「このー!」
案の定、皧狐は鎌を手で防御して、鎌を妙な泥で溶かしてきた。
それで良い、そのまま溶かしてくれれば次に動ける。
オレは鎌を捨て、拳を構えて後ろを取った。
「あ、ずるい!」
「ずるくねえよっ!」
思い切り振りかぶり、皧狐の後頭部に直撃させた。
そして怯んだ皧狐の肩を引っ張り、もう一発溝落ちに向けてぶん殴った。
「っ!?」
しかし攻撃は既の所で受け止められていた。
皧狐はオレの拳を掴み、嬉しそうに笑っている。
「お前らなんかに負けてられるか⋯⋯!」
「いいや、お前には二度目も負けてもらう。聞きたい事が山ほどあるからな」
「うるさいっ!!」
皧狐の拳がオレの顔へ飛んできた。
オレは咄嗟に鎌を召喚し、拳を防いで後退した。
後退した先には銃を構えているバナナが立っていた。
変な顔をしてオレを見つめている。
「おい、コイツ倒せなきゃオレら負け犬だぞ、さっさと撃ってオレをサポートしてろ」
「貴方がいたから、撃てなかったのよ」
「ああそっか。そりゃ悪かった」
「それにアンダー以外で銃を扱った事が無いわ、銃声で関係ない人たちを怖がらせてしまうかもしれないし、容易には撃てないのよ」
「⋯⋯考えてみりゃそっか!」
《お嬢⋯⋯愛すべき戦闘狂っ》
自然な流れで戦闘に突入したが、ここはアンダーではないから銃声が周りに響いて面倒な事になる。
子供の頃から銃声聴いて育ったからその辺全然考えてなかったな。
「ひ、緋咫椰さん、前っ! 前っ!」
とか考えてたら皧狐が向かってきてた。
「お前らふざけ過ぎだぞっ!」
「うっせえ! こちとらお前らのせいで、やっと、重い雰囲気、なんだよ!!」
皧狐の攻撃をいなしながら鬱憤を叫んでしまった。
戦えるって言うから禊猫守に入ったのに、いざ活動してみれば、最初は亡くなった禊猫守の引き継ぎだとかでずっと迷子の猫探し、猫カフェのバイト、イズンの人間慣れに付き合うだけの一日とか、とにかく退屈で、どうでも良くて、忘れたい出来事まみれで散々だったんだ。
戦う時くらい、ストレス発散しなきゃもう割に合わねえんだよ!!
《心中、お察し致します、お嬢》
《お嬢は止めろってオレ最初に言わなかったかあ!?》
「偽物の癖に、僕らに抵抗するな!」
「ああ!? じゃあテメェは頭で考えて今オレらに挑んでるのかぁ!? オレと、一緒の顔してるぜ、お前!」
戦う度に、なんとなくコイツの事も記憶に刻まれてきていた。
最初は嫌そうに、狂ったように戦い始めるが、数十秒も拳を交えていると、オレだけには見え始める。
意味合いはオレと違うだろうが、この笑顔は、心の底から戦う事を楽しんでいる時の笑顔だ。
コイツにも何か、訴えたい何かがきっとあるんだろう。
──なら、入ってみるか、コイツの中に。
「お前たちと一緒にするな! 僕たちは! 僕たちはっ!!」
《おいダエグ、久しぶりにシンクするぞ! 目の前の狐の化けの皮を剥がすっ!》
距離を取り、バナナにも訴えかける。
「おいバナナ! 隙を作る必要がある、だから──」
バナナはオレの提案を聞き、渋々小さく頷いてくれた。
「おいなんか企んでるだろ! させないぞ!」
させまいと、皧狐は先手を打ってバナナの方を狙う。
しかしバナナを狙った攻撃はオレの鎌で中断された。
「はあ!? お前それズルいぞ!? 鎌なんて、持ってなかっただろ!?」
「フフッ⋯⋯交換、してみましたのよ」
綺麗にかかったのを見て、オレは思わず笑みをこぼす。皧狐の背後を取った。
「そういう事」
「──ッ!?」
皧狐の後頭部に銃をあてがうと、モノの正体に気付いたのか皧狐の動きがピタリと止まった。
「予想出来なかっただろ? 武器の交換だ」
「クソ⋯⋯!」
「んで、ここからが本番だぞぉ」
シンク!!
実弾ではない、という事実一つはオレに遠慮なく、躊躇なく銃の引き金を即座に引かせてくれた。
恐ろしい程森中に響いた銃声と共にゼロ距離から放たれた魔弾は、無慈悲にも皧狐の頭を貫いていく。
オレが込めた魔弾の効力は直ちに発揮され、オレの身体は粒子の光みたいになって、皧狐の中へ吸い込まれるように入り込んでいった。
無限に続くような白い空間をかけていき、オレは地に足をつけた。
見渡すと周りには古い校舎⋯⋯だけど、そこかしこに亀裂が走っていて、空間全部が破けているみたいだった。
「なんだ? どうなってる?」
《おかしいっす⋯⋯普通、こんな状態で人間の記憶は保たれてない筈っす》
「ああ、やっぱコイツら、普通じゃあなかったな」
それにこの校舎⋯⋯オレが知ってるのよりももっと古いものだ。
丁度さっきまでいた古ぼけた神社くらい古ぼけてて、所々触れただけでぶっ壊れそうな箇所がある気がする。
シンクで入ったこの空間に作り出される全ては、本人の記憶や思い出から参照されて作り出される、要は心象世界ってヤツだけど⋯⋯それがこんな、引き裂かれた様に破れているのは異常でしかない。
「記憶が壊れてる、て表現が合ってんのか知らないけど⋯⋯」
《治してみます?》
「馬鹿。オレは小夏みたいにお人好しじゃない。それより、何か正体を暴けるようなもんは⋯⋯ん?」
背景が動き出し、程なくして教室の中へ来ていた。
「皧狐のいた教室かな」
やたら年季の入った木の机と椅子が並ぶ、古い教室。
一つの机に目をやるとその上には、ある白い紙が置かれていた。
《お嬢、机の上、何かあります》
「ほんとだ。これは⋯⋯?」
白い紙には赤い文字で書かれた何かと、オレたちのよく知る銅色の硬貨。
全然予想が付かない、パシられてた記憶かなんかか?
《⋯⋯お嬢、そろそろ時間切れです。抵抗されてて、これ以上は潜ってられません》
「チッ、あっという間だな」
記憶の中にある物は持ち込めない。
だがそこの心配は考えなくていい、オレたちはすぐにシンクを解いて、現実へ戻った。
潜った時間が短かったのか、まだ皧狐は頭を抑えて怯んだままだった。
「何か分かりましたの!?」
焦った声でバナナが聞いてくる。
「結局分かんなかった。けど、後で話す⋯⋯おい皧狐、お前、あの白い紙で、何を──」
「ううっ⋯⋯うるさい、僕たちは、お前らを倒して⋯⋯世界を救わなくちゃ⋯⋯」
一瞬何を言っているのか、理解が追いつかず、数秒、時が止まったような感覚が身体を覆った。
「世界、救う⋯⋯?」
「おーい! なんか、すんごい音しましたけど!! 大丈夫ですかー!?」
時が動き始めたのは、小夏の声が聞こえてから。
皧狐の今言った事は現実だったのか疑う程に、理解に及ばなかった。
それと同時に、少しだけ、オレたちの存在に疑問を持った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます