第四話 Always rising after a fall
ゆっくりと瞼を開き、眼前に広がる景色を確認する。
知らない天井、窓から差し込むオレンジ色の夕陽の光に照らされた一面、白の一室。
何の雑味も無いこの空間に私の吐息と、動く度に擦れるシーツの音がもう一度と眠気を誘ってくる。
私はどうやら病院に運ばれたようだ。
しかしこんな場所で二度寝出来るほど私は出来ていない。
重い身体をゆっくりと起こしながら、真っ白いシーツに包まれた布団を退かす。
「⋯⋯病院、だよね」
ポツリと呟いて、これまでの状況を振り返ってみる。
奇襲を仕掛けてきた皧狐に背後を打たれて、あまりの痛さに私は気絶して、意識が途切れて、そこから変な夢を見て⋯⋯とにかく、誰かが運んでくれたのだろう。
そうして状況の把握をしていると、前触れ無く向こうの扉が開いて、見知った顔が入ってきた。
「ふむ、ちょうど目を覚ましたねぇ、小夏」
そろそろ起きるだろうと踏んでいたのか、そんな口調で姫李さんがいつもの冷たい笑みを浮かべて入ってきた。
白衣を着てるから、見ようによっては天才ドクターに見えなくもない。
人を心配してやってきた態度が微塵も感じられないが、それでも来てくれた事が嬉しかった。
「姫李さん」
「お礼ならキミを運んだ
「緋咫椰さんが?」
「ああ。なにやら行きつけの病院だそうだが⋯⋯彼女が怪我をしている様子など伺ったことが無い。どういう繋がりがあってここが行きつけなのか、非常に興味が湧いてくるねぇ」
「あ、あはは⋯⋯」
「ああそうだ、小夏が寝てる間に身体を調べさせて貰ったよ。不意打ちを受けたキミの
「そうだったんですか⋯⋯身体中が焼けるような痛みを感じたけど⋯⋯」
「まあ、そこまで意識がハッキリしているなら、今日中に退院しても問題なさそうだ。医師もそれほど心配になる事は言っていなかったよ」
なるほど、祓命真依のお陰で最悪は免れた状況だったのか。
肩を回しながら、身体の感覚を確かめる。
鈍い感覚は多少残っているものの、確かにそれ以外は至って不自由なさそうだ。
「そうですね。身体は重いけど、ほら、全然、動かせ、ますし」
「ああ、その様だね」
「あ! そういえば、菜々さんは? 無事ですよね?」
「勿論だとも。ただ顔を見てやろうとしたら面会謝絶と断られてしまったよ。彼女のプライド的な問題だろうね」
「姫李さんにちょっかい掛けられるのが嫌だっただけじゃ⋯⋯まあ、元気なら良かったです」
急な襲撃で怖くなって何も出来なかったけど、みんな無事みたいで良かった⋯⋯。
「さて、ここからが本題なんだけどね」
姫李さんから笑みが消えていくのを見て、同時に緊張感が走る。
「どうしたんですか?」
「あの時、助けられた緋咫椰とモモは表にいるイズンを呼びに行ったんだが⋯⋯どこを探しても、見つけられなかった。更にそれだけじゃない、他の地域にいる猫巫女にも犠牲者が出ていたようだ」
言葉を聞く度に、フラットだった身体の芯が冷えていく。
「ええ!? じゃあ、イズンさんは今、行方不明⋯⋯? それに、猫巫女まで狙われだしたって⋯⋯一体どうして⋯⋯」
「どうだろうねぇ。緋咫椰が今被害にあった猫巫女の所へ向かってくれているが⋯⋯そこで皧狐と交える可能性も十分に考えられる」
「⋯⋯勝てるんですか」
不意に出てしまったその言葉に、姫李さんは静かに答えた。
「緋咫椰の魔術の代償は、記憶だ」
「き、記憶⋯⋯!?」
「ある程度察せられるかい? 多分キミの考え通り、緋咫椰という禊猫守は、戦う事で己の存在を証明される。そんな彼女が選んだ記憶という大きい代償により生み出される魔力は、前線でボク達を支えてくれるに足る器と言えるのだろう」
記憶、という事は、緋咫椰さんが魔術を使う度に自身に関する記憶が一つ一つ消えていく、っていう事⋯⋯?
どうして、何でそれほどの物を背負ってあの人は戦おうとするんだろうか⋯⋯。
「緋咫椰は元より、皧狐と戦う為だけに禊猫守に選ばれている。事情はどうあれ、緋咫椰は戦うしか役割が無いんだよ」
「そんな⋯⋯そんなのって⋯⋯」
悲しい、と素直にそう思った。
「だから言っただろう、代償の話は繊細なんだ」
なんて大きすぎる代償⋯⋯。
私の空腹なんか、蟻のような小さいものなんだと、惨めにさえ思ってしまう程に大き過ぎる代償。
「私も、もっと必死になるべきなのかな⋯⋯」
「どうしてそういう話になる。あれは別格という奴だ、比べても意味がないのさ」
《仲良くするのも良い、強くなるのも良い。でも、今のままじゃ皧狐という奇怪は祓えない。いずれあなたは霊魂になってしまう》
夢の中での言葉⋯⋯。
姫李さんなら何か知っているだろうか?
「ねえ、姫李さん。霊魂って⋯⋯何の言葉か分かる?」
「残念ながらボクに造語の知識は無い」
「そうですよね⋯⋯」
やっぱり駄目か。
私も霊魂というのは、生まれてこの方聞いた事もない言葉だ。
でも迷魂と響きが似ていて、少し気になる感じがしたのだけど⋯⋯いや、問題はそこじゃないか。
戦いでは私はまだ役立てない、なら策を練る為に、まずは相手について調べなければ。
「私、これから皧狐の事について調べてみようと思うんです」
「⋯⋯ふむ。それについてはボクも賛成だ。情報は多いに越した事はないからね」
「ありがとう、姫李さん」
「しかし小夏、本題はまだ終わっていないんだ。ご丁寧な置き土産の分がね」
「え⋯⋯?」
「皧狐の置き土産という奴だよ。落ち着いて聞いてほしいのだが、どうやら小夏の、魔力を操作する器が壊されてしまっているようだ。どういう意味か分かるかい?」
「魔力を操作する、器⋯⋯?」
「ベルカナに送られる魔力を受け止める役割を果たしている器だよ。素質によって決まるソレが、狐によって崩壊していた。つまり、魔術を扱える身体じゃなくなっている、という事だ」
「⋯⋯」
暫く、空いた口が塞がらなくて、言葉が出て来なかった。
どうして、そんな事に⋯⋯。
「身体の中が焼ける感覚があったと言っていただろ。恐らくそれは、器が崩壊していく感覚なのだろうね」
確かにあの時、その痛みに耐えきれなくて⋯⋯そのまま意識が無くなって⋯⋯。
「世界に取り残された、という顔だね」
「治す方法は⋯⋯ありますか?」
「ブラギの元へ赴き、崩壊してしまった器を戻せば良い。が、ブラギの元へ行くには皧狐にバレている猫カフェに行かねばならないし、イズンの力も必要だ」
ああ、だから姫李さんは行き場が無くなったって⋯⋯。
「じゃあ、まずはイズンさんを見つけ出さないと⋯⋯」
「それはモモとバナナがやる。お前は皧狐の情報を探し出す事に専念していたまえ」
「⋯⋯っ! 私一人だけ、何も出来ないって事じゃ!!」
自分の無能さを呪う様に、声を荒げてしまう。
らしくない事をしてしまったと、力の込もった拳を解いて我に帰る。
「戦わなくて済む、とは考えないのだな」
「それは⋯⋯今は、状況が違うから⋯⋯」
「考える時間が出来たと思いたまえ。自分は今何をするべきなのか、今お前に必要なのは魔術を扱うことなのか」
「⋯⋯はい」
渋々返事を返すと姫李さんは背中を向けたが、部屋を出ようとした寸前で立ち止まり、ポツリと口を開いた。
「⋯⋯済まなかったね。ボクの盾は、ボク以外を守ろうとしない。故にボクだけが最強となれる力なんだ」
「その白衣⋯⋯神衣だったんですね」
後ろ姿の白衣を見て、記憶が掘り起こされる。
思えば姫李さんは出会った時から常に白衣姿でいた。
日常だろうと戦いだろうとそれは同じで、猫耳すら隠して分からないようにしていた。
「ああ。力を抑えているが故の白衣だが、常に神衣状態だから、ボクの眼は誰よりも研ぎ澄まされている。東都全体を見ることだって、見たものを共有する事だって不可能では無い。だから⋯⋯まあ⋯⋯次は必ず守ってやれる、という事さっ」
つまり姫李さんの猫は常に同化している状態になっている⋯⋯?
去り際に暖かみのある笑みを見せると、姫李さんは病室を後にした。
一人になって、夕陽を見つめる。
私が倒れている間に起きていたさまざまな事と、私に起きていた事が頭の中でぐちゃぐちゃになって、仕方ないとは思えずに、自分の力の無さを少し恨んだ。
*
退院は姫李さんの言ってた通り物の数分で承諾された。
本当に一瞬だったから医者の人に尋ねたけど、殆ど寝ている状態と変わらず、身体は至って健康だと言われ、
禊猫守、というフィルターさえ無ければ、私はただの一般の大学生でしかない。
家に帰るまでの時間は長くて、魂の無い抜け殻の様になるしか時間の使い方が分からなかった。
「ただいま⋯⋯」
「おお! 帰ったか! 心配しておったのじゃぞ!」
暗い顔しか出来なかったが、ラオシャの声を聞いた途端、少しだけ頬が和らいだ気がした。
ラオシャはずっと玄関の前で待っていたのか、扉を開けてすぐに迎えてくれた。
抱っこしてみると足が少し冷たくて⋯⋯結構な時間待っていたのだろう。
早く暖かくして、今日はもう寝てしまおう。
「ねぇ、ラオシャ」
「ん?」
「えっと⋯⋯」
私、力を⋯⋯。
「んーん、あとで話す。ご飯、早く食べよ」
「⋯⋯分かっておる」
「え⋯⋯」
「力が使えなくなっておるのじゃろう⋯⋯? でも、それでも今は、帰ってきてくれただけで、ワシは⋯⋯っ」
「!! ラオシャっ!」
ほんのり暖かいラオシャの身体を、そっと抱き寄せる。
感謝ではなくて、今はただ、ただひたすら悔しかったから。
「っ⋯! ごめ、んね⋯⋯ごめんね⋯⋯」
目の奥が痛くて、鼻の奥が痺れて⋯⋯それでもラオシャは私を許すみたいに、子供のように泣く私を、ずっと胸の中で見守ってくれていた。
沢山泣きじゃくった後は泥みたいに眠って、これからの事は落ち着いてから考える事にした。
✳︎
そして不安を拭いきれない私は、通っている大学の図書館で狐に関しての電子資料を読み漁っていた。
「これも参考にはならないか⋯⋯」
しかしどれも皧狐に繋がるような物は無く、本の虫になるだけの時間が長く続いた。
⋯⋯逆に考えてみると、どの資料にも載ってないっていうのはどういう事になる?
興味本位でケットシーに関する資料を漁っていた過去を思い出す。
確かその時も同じように、どの項目を見ても一般的な猫の事しか見れず、ラオシャやイズンさんから聞く話でしか情報は得られなかった。
この点を鑑みるに、やはり皧狐というのは私たちと近しい存在で、別の目的の遂行の為に人間を襲ってる⋯⋯?
相手はどうして私たちの情報を掴んでいるのか?
引っかかる物があるとすれば、姫李さんの言葉⋯⋯。
『やっぱり、居るのかな⋯⋯内通者』
内通者。
文字通り、私たちの中にいる裏切り者を示す言葉。
検討なんて全くつかない⋯⋯と言いたいけど、禊猫守の集まる場所を知られていたり、禊猫守でしか入れないとされるアンダーへ入られていたり⋯⋯どれも猫巫女が手に入れられる情報ではない事は明らかだ。
あまり信じたくない、禊猫守の中に裏切り者がいるなんて事は⋯⋯。
つい脱線してしまった。
狐の他にも、夢の中で聞いた霊魂という言葉も、案の定辞典に記載すらされていない。
ここまで色んな電子資料に目を通したが、気になる点があるとするならば、狐を祀っている神社はもう日本のごく僅かな場所にしか存在していないという事くらいだった。
というか、そもそもそんな事は子供の頃に習う事だし、今ある神社なんてほぼ全部猫が祀られているのは一般常識だ。
狐を祀っていた神社は東都に一箇所残っていて、今は駄菓子屋になっているらしい。
大学が終わり次第、早速その神社まで向かってみよう。
✳︎
そのままの脚でラオシャを連れて早速神社へと向かったが、やはり随分と荒れ果てている。
場所は今でも境内とされてるのだろうと、名残として残っているような錆切って色すら抜け切った鳥居や寺院がそう思わせる。
周りの木々は整備されているのか、鬱蒼と表現するにはやや綺麗な景観として目に映る。
「それを加味しても、めっちゃ怖いんですけど、ここ⋯⋯」
「小夏が毎年夏にやっているホラゲーくらい怖いぞ⋯⋯」
あのラオシャがパーカーのフードに収まり切って怖がっている。
私も丸まれるなら丸まりたい。
「取り敢えず駄菓子屋さんを目指そうか」
「そうじゃな、早く行こう。ここは特別風が冷たい、ワシの冬毛でも耐えられんぞ」
「ラオくんは最近またお太り遊ばされてるから大丈夫だよ⋯⋯」
中へ入り、少し進んでみると『鬼子母神』とギリギリ読める古びた看板が立て掛けてあるのを見つけた。更に『駄菓子屋すぐ左』と書かれた紙がその上に適当に貼られている。
「行ってみよう」
目を奪われる程に大きな大木を背にして、更に奥へと進んでいく。
そして、いかにも時代を感じさせられる小さい屋根の駄菓子屋はすぐに見つかった。
「結構早く見つかったね」
「ふむ、道中人の気配などしなかったが、ここだけは空気が違うのお」
「いーややっば〜! 懐かしいやつしか並んどらんやん!」
「上川口」と掘られた看板を掲げて、確かにそこには私が子供の頃にお世話になった駄菓子たちが列を揃えている。
胸の奥が温かくなる感覚に、怖がっていた私の表情が一気に晴れていって足取りも軽くなった。
気付けばもう駄菓子屋の前で好きな駄菓子を抑えつつ、今度は知らない奴を手に取ってみようかと吟味するあの頃の私になっていた。
「このヨーグルトの偽物みたいなやつとか懐かしい〜⋯⋯あっ! ホワイトライトニング、ホワイトライトニングやんけ⋯⋯!」
「小夏のやつ、今年一番喜んでおるな」
「最終的に珍味ばっかり買ってたんだよね〜、ああ、子供の頃の思い出がどんどん蘇ってくるよ〜!」
「あら⋯⋯先客がいらしたのね」
と、自分の世界に入って夢中になっていると、後ろから声がかかった。
「え、ひ、ひと!?」
飛び跳ねるみたいに驚いてからスッと振り向くと、見知った人と猫が髪を揺らしてこちらを見ていた。
「む、ナウシズ、という事は」
「あ、馬場園菜々さん⋯⋯あれ」
菜々さんとセバスチャンと呼ばれる白猫が居たのだがかなり様子が違っていた。
いつもは鼻を高くして高飛車な態度を纏っている菜々さんなのだが、私の菜々さんのイメージからは相反する質素な服を着ていて表情も何処か痩せていた。なにより驚きなのは車椅子に乗っている事だ。それを見て嫌な予感が過ぎる。
「なんなのよ、その顔は。私が居ては駄目だった?」
「い、いえ、そうじゃなくて⋯⋯その車椅子⋯⋯もしかして、前の戦いで⋯⋯?」
「ああ、これ? これは生まれつき。私は元々、歩けない人なのよ」
菜々さんは優しい手つきで自分の脚をさすりながらそう言った。
「生まれつき⋯⋯」
不安は解消されたが、驚きが倍増した。
「ええ。だから貴方が気を使うことなんて何もないわ。今となってはコレも問題ないもの」
「となると、お主の代償は⋯⋯」
「もちろん、一生足が使えない事を代償に契約したわ。どう? ずる賢いでしょう? それで得た魔術のおかげで、私はもう治る見込みのなかったこの足を魔術で動かす事が出来るの」
得意げに菜々さんは話すけどとんでもない事だ。
やっぱり他の禊猫守みんなそうだ。
どうしてそこまでして大きな代償を払う事が出来るんだ。
「どうして⋯⋯そこまでの事が出来るんですか」
「⋯⋯悩んでいる顔をしてるわね」
その言葉につい顔を落とし、地面を見つめてしまう。
「そりゃあ⋯⋯私の代償に比べたら皆、覚悟が違うといいますか⋯⋯私なんて、ただの空腹ですし⋯⋯」
「そう、貴方、空腹が代償なのね。でも決して軽い代償では無いんじゃなくて?」
「そんな事は⋯⋯」
「お腹が減る、と言えば聞こえは良いけれど、それは、使い過ぎれば身体は飢えに塗れ、最後には餓死してしまう、そうじゃなくて?」
「そうはならんよ。使う分の魔力はワシが制御しておる。小夏が勝手に使い過ぎるという事はあり得ない」
私が言うよりも先にラオシャが口を開いた。
ラオシャが前に出た同タイミングで、菜々さんの白猫のセバスチャンも前に出てきた。
「ベルカナ、と言いましたわよね貴方。貴方はセバスチャンよりも年配と聞いていますけど」
「んなっ!? 年配とは失礼なっ! 確かに他のケットシーより長く生きとるが、まだまだワシは子猫の範疇じゃよ!」
菜々さんの言葉にラオシャはいつになく強く反応を示してプンスカし始めた。
「年長者なベルカナ様は、今の若い世代のケットシーとは会話もついていけないのですよね」
「ラオくん⋯⋯私と出会うまでぼっちだったの?」
急なセバスチャンからの追い討ちに、少しだけかわいそうになった。
「⋯⋯小夏には言われとうないぞ。いや、ワシの話はええんじゃ。お前さん達は何しにここへ訪れたのじゃ?」
「ああ、そうだ。確かになんで菜々さんが?」
「何って、駄菓子を買う為に決まってるでしょ」
「ええ!? お嬢様なのに!?」
私が驚くと、菜々さんは口籠って、すこし照れながら喋り始めた。
「⋯⋯っ。そ、そうよ、悪い? 私、駄菓子というものが大好物ですの」
「⋯⋯もぐもぐしてんなよ、とかも?」
「箱買いなさっておりますよね、お嬢様」
箱買い⋯⋯大人になったら一度はやってみたい奴だ⋯⋯そんなに駄菓子が好きなのか、お嬢様なのに。
菜々さんに対して一気に親近感が湧く、距離感が物凄い縮まってるかも!?
「い、言わなくて良いのよセバスチャン⋯⋯。どんなお店に行っても絶対に食べられないのに、こんなにも安くて、しかも美味しい⋯⋯ああ、本当に、最高ですわよね」
「本当に駄菓子が好きなんですね⋯⋯」
「ところで、貴方はどうしてここに?」
「ああ、私は、狐の情報を得るためにこの神社を訪れたんです」
「ふぅん。狐を祀っている神社を調べてる、といった所かしら」
「はい。皧狐の事、もっと調べたくて」
「へぇ。力を失ったと聞いてたから、落ち込んでいると思っていたけれど⋯⋯その様子だと大丈夫そうね」
「一頻り、大泣きしましたけどね⋯⋯えへへ⋯⋯」
「元気そうでなによりだわ。なら駄菓子の一つや二つ買っていきなさい、ほら、でかカツもあるわよ」
でかカツを指に挟んで私に差し出す菜々さんの優しさに、少しだけ安心を覚えた。菜々さんだって、あの時怖い思いをしたはずなのに⋯⋯菜々さんは強い人だ。
せっかくだし、私も何か買うか。ついでに少しでも仲良く出来ればいいが。
「駄菓子が好きって事は、ここの常連なんですか?」
「ええそうよ。いつも年配のおばあ様が⋯⋯あら、今日はまだ出てきてませんわね」
「ああ、私が呼びますよ」
駄菓子を吟味する菜々さんを後ろに、私はこのお店のおばちゃんを呼んでみる。
「あのー、誰かいませんか?」
「ん⋯⋯ああ、寝ちゃってたー。ごめんごめん、今出るから⋯⋯」
ん? 若い女の人の声だ。娘さんだろうか?
ガラガラと戸が開けられてその瞬間、背筋が一瞬にして凍り付いて、その場から動けなくなった。
嘘だ⋯⋯どうしてそんな事が。
「あー、猫だっ」
「お前は⋯⋯!!!」
白い髪の、どこか気の抜けている感じの女の子。
見間違えなんかしない、皧狐だ! とんでも展開過ぎる。
「何事ですの⋯⋯っ!? 貴方はっ!」
少し遅れて菜々さんも気付いたようだ。
「うーん? いつもなら感知できてたはずなのになー⋯⋯あ、お前が能力使えなくなったからかあ? あはは、あは、あはははははは」
何かしらの疑問の後に、無造作に笑う皧狐。
私はその不気味さに当てられ、すぐ駄菓子屋からすぐさま距離を取る。
なんなんだこの子、白いローブも仮面も付けないで壊れた人形みたいに振る舞って⋯⋯。
「おばあ様は何処に?」
「そ、そうだっ! おばあちゃんっ!」
「うちのおばあちゃんなら今日も休みだよー?」
「⋯⋯本当にお前のおばあちゃん?」
「何かあれば、貴方を始末して差し上げますわよ⋯⋯!」
「なんでお前らにそんな事言われなきゃいけないんだ⋯⋯なんかむかついた。良いよ、二人がかりでも、お前らなら余裕だからっ」
「ラオ⋯⋯。ああ、くそっ⋯⋯」
咄嗟に神衣を備えようと身体が動くが、発動動作手前で、自分の無力さを思い出す。
「小夏、今のお主は戦えない。だから」
「で、でも! 菜々さんを一人には!」
⋯⋯はぁ。と、ラオシャと言い合う後ろで、菜々さんがため息を溢す。
振り向くと既に車椅子から立ち上がって、神衣を羽織った菜々さんがいた。
「それはこっちの台詞です。貴方が退避していなさい」
「菜々さん⋯⋯」
「それに、前回の屈辱も晴らせそうですわっ!」
菜々さんは声と共に銃を召喚し、皧狐に銃口を向けた。
皧狐は笑みを絶やさず、駄菓子屋の外へ出た。
「僕なら倒せる、とでも?」
「ええ。貴方は一度負けて、正体を暴かれている。それに前回は姫李さんに歯が立たなかったみたいですから」
皧狐の挑発に、菜々さんは臆さなかった。むしろカウンターとして今度は菜々さんが煽り始めた。
「言ったなクソ猫このーー!!
偽物⋯⋯?
「子供のような貴方に負ける事なんてないですわ!」
「いーや! 負けてなんかやらないもんね! だからまずは──」
「小夏っ! 下がるんじゃ!」
「ッ!?」
皧狐の魔の手はまず、私に伸びた。
皧狐は瞬きの間に急接近し、姿を確認する頃には私に殴りかかろうとする態勢になっていた。
天眼がなければ、動きを観察する事もままならない。咄嗟に両腕で身体を守った。
しかし、予想とはまた別の展開になった。
皧狐の拳は私に届く前に、私を守っている盾に弾き返されていた。
この盾には見覚えがあった。皧狐にも覚えがあるようで、トラウマを呼び起こされたかのような声をあげた。
「げっ! この盾!」
「いやはや、覚えてくれていたみたいで嬉しいねぇ」
「姫李さん!」
姫李さんはいつの間にか私の隣に立っていた。
「小夏の旅路にはボクが同行してあげよう、それなら安心だろう? それに、次は守るって言ってしまったからねぇ」
「姫李さ〜ん!」
姫李さんのたまご肌に、溜まらず擦り寄る。
「おい、くっつくんじゃない! あ、じゃあ、コイツの始末は任せるよバナナ! ボクたちは先を進むから!」
「バナナと呼ぶのは止めて下さる!?」
「どいつもコイツも〜!! むがー!」
「お前はこの盾の真価を見せるに値しないのさ。大人しくやられる事だ〜! ではな! ハーッハッハッハッハ!!!」
姫李さんは私を引き剥がし、私を連れて一緒に神社の奥へと進んだ。
しかし素直に皧狐が置いていくはずもない。後ろから悲鳴の様な叫びを立てて追いかけているのが分かった。
「シャァアアア!! たった三人に僕が翻弄されるかよぉおお!!」
「おや〜、三人じゃ分が悪いかあ〜」
「あ、煽らないで走ろうよ! 姫李さん!」
「フフフ⋯⋯」
「じゃあ、四人なら?」
「はっ!?」
何処からともなく、この神社全体に届く様な声が響き渡った。
間も無くして、声の主は上空から鎌を持って現れ、皧狐を襲撃した。
なすがまま背後から鎌の先で絡め取られた皧狐は静止し、ガラ空きの脚を蹴られ、姿勢を崩されると、そのまま鎌で身体を引っ張られ大きく倒れ伏した。
そんな見事な奇襲に目を奪われ、思わず立ち止まってしまう。
「ナイス不意打ちだ、緋咫椰」
姫李さんの言葉の後、緋咫椰さんはゆっくり鎌を下ろし、皧狐を下に自分の髪を撫でて一息ついた。
「コイツはオレが引き受けとくから、早く行け」
「緋咫椰さん⋯⋯! というか、み、皆どうしてここが?」
「こういう展開の時、一致団結した仲間の絆を見る場面が定番だが、残念な事に偶然だ。ボクは小夏を監視してたから早く気付けただけさ☆」
「おい、喋ってないで早く行け」
「緋咫椰、キミは猫巫女の元へ行ってたんじゃ?」
「うるさい、記憶に残るような事を言うな」
「なんか、ありがとうございます。緋咫椰さん。皧狐、任せますね」
「⋯⋯ああ」
「クソ猫どもめっ!!!」
怒号をあげて皧狐は瞬間移動し、遠目で緋咫椰さんたちを睨んでいる。
「今のうちに行くんじゃ、小夏!」
「うん! ラオシャ、姫李さん、行こう!」
「もちろんだとも」
✳︎
小夏達は奥へ進んでいっている。
皧狐のヘイトは上手いことオレに集中したようだ。
「⋯⋯」
そして皧狐と見つめ合う横で、バナナが無言でこちらを見つめている。
「⋯⋯どうした」
きまずい。
「⋯⋯貴方はどうしてここが?」
「⋯⋯秘密」
「はぁ? 訳が分かりませんわ」
「いいから、構えてろ」
《一番狙われるリスクがあったのが、能力を使えなくなった小夏だったからな。つけてて正解だったな》
《お嬢なりの、記憶に残らない為の配慮っすねえ。熱いですなぁ?》
《からかうな⋯⋯やるぞ、ダエグ。ここで今度こそ⋯⋯狐を狩るぞ》
✳︎
「はぁ、はぁ⋯⋯結構奥まで進んだ気がするけど⋯⋯」
「そうだねぇ、もう疲れたよ。引きこもりの弊害が出まくっている」
「⋯⋯む、あそこの木の上、誰かおるぞ」
「えっ?」
「おや、今回はいつになく早い展開ですね」
「あの人は⋯⋯?」
木の上には、皧狐が纏っている物とはまた別の、魔術師のようなローブを着た長い黒髪の女性が悠々と私たちの事を見下ろしていた。
「あやつは⋯⋯まさか」
ラオシャが私の肩で口を開けて驚いている。
知り合いなのか? あの人は一体?
「今回は随分と予定が狂ってるみたいだ。やっぱり、鍵はキミなんだ」
「カギ⋯⋯?」
「どうしてアンタがここにいるんだい? 禊猫守の一番さん」
「え⋯⋯!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます