第十話 望郷の猫巫女 後編
迷魂の反応がある場所まで向かい、天眼で空から見渡すと、そこは人里離れた森の中。
道は無いが、廃墟になった建物だけが見える。
迷魂の反応は恐らく廃墟から。ゆっくり降りて着地し、靴から生えた魔力の羽を畳む。風で木々が揺れ、耳障りの良い音が鳴っている。そんな中を一人、ぽつぽつと歩みを進めていると、廃墟の中からゆらりと二つ、青い迷魂が揺らめいているのが発見出来た。
その廃墟の形は空からは緑に覆われていて分からなかったが、目の前まで来てようやく木造の建物だと分かる。入り口の扉はすぐそばの地面に倒れており、完全に錆び切っている。倒れた扉を踏み越えて中へと入るが、その中までびっしりと緑で覆われていた。手前の草を掻き分けて歩き続けていると迷魂が先にアタシの存在に気付いたが、逃げる気配は無い。なら後はこのまま迎えて、空に還してやるだけだ。
そう思い指輪を嵌めて、迷魂に語りかける。声に魔力を乗せて、言葉を伝わる様にする。
「お二人さん、こんなとこで何してんの。早く帰ろっ?」
そんなアタシの言葉に驚いたのか、二つの迷魂はゆらっと揺らめいて、一つ距離を置かれた。
天眼に魔力リソースを割く。
天眼を使用時、夜空が瞳を覆い、その真ん中に星の模様が浮かぶが、その模様こそが芒星であり、この天眼における重要な基盤の役割を果たしている。
この芒星の上からルーン文字を刻むことで、天眼の性能に個性を付けられる。しかしそれが全員の猫巫女に可能かと言われるとそうではない。
綾乃ちゃんが良い例だ。彼女は天眼を自分なりに扱える段階に持っていく為に、ラオシャ君から本来貰う天眼の魔力の半分以上を受け取らずに本人に返し、残った少ない分で上手く工夫している。
適性はあっても、最初から基礎を満足に扱う事の出来る猫巫女はあまりいないだろう。
最初から上手く出来る猫巫女がいても、魔力という未知の力に身体が耐えられず、持続が続かずにバテてしまう。
才能があろうとなかろうと、努力と成長を積み重ねなければ迷魂に弄ばれて、最悪の場合憑依されることもあり得る。
そうなれば禊猫守から直々にお祓いがあるらしいが、その辺はイズンに聞いても話してはくれなかった。
早速天眼を工夫して、ある程度生前の姿を見える様にすると、その二つは少年と少女の魂だった。久々に生きている人間を見た、という様な顔をするのは、迷魂になってしまった人達特有の反応だろう。ゆっくりとしゃがみ、目線を子供に合わせて、明るく声をかけた。
「アタシは、梵彼方。大丈夫、何もしないから、元いた場所に戻ろうよ」
すぐに右の少年の迷魂が怒ったような表情で言い返してきた。
『だ、だまされないぞ、またオレたちを食べようとするに決まってる⋯⋯!』
「食べるって⋯⋯? どういう事?」
予想外の言葉で返された。首を傾げて口に出した疑問に、少年はすぐに返事を被せた。
『すっとぼけてもムダだ! どうせこの前きた奴らのなかまだろう! オレたちをつかまえる気なんだ⋯⋯!』
少年は怒りに身を任せてアタシに言葉をぶつけてきた。隣の少女もアタシを怖がった表情をしながら、少年の後ろに隠れている。
何故そんな事になってしまっているのだろう、それに食べるとはどういう事だ⋯⋯?
「ゴメン、本当に仲間とかじゃないの。アタシはアタシで、キミ達を迎えに来ただけで──」
『ぜったいしんじてやるもんか! いくぞ、かなえ』
アタシに聞く耳を持ってくれず、少年と共に廃墟から離れて行ってしまった。かなえと呼ばれた少女もすぐに少年の背中を追って向こうへ行ってしまった。
「どういう事⋯⋯この辺で何かあったのかな⋯⋯」
立ち上がり、考えながら建物の中を出る。
⋯⋯食われるという言葉は、あの強張った表情からしても本当の事だろう。そして生前の記憶を話してもいない。
少年はハッキリと「この前きた奴ら」と言っていた。
「全然分かんないけど⋯⋯」
全部本当だった場合「この前きた奴ら」は、少年少女の迷魂を視認した上で食べようとした、という事になるが⋯⋯。
無論そんな猫巫女も居ないし、流石にケットシーでもそんな事はしない。
⋯⋯。
「考えてても仕方ないかな〜。取り敢えず、二人を探さないと⋯⋯」
道の無い森の中、アタシは天眼の目で探し始める。少年少女を追って。
✳︎
途中で少年少女の反応を拾ってかなり深い所まで走って来たが、問題は無い。いざとなれば飛んで帰れる。
走って来た先には何やら祠の様な物があり、最近お供えをされた形跡もある。
そして周囲を見渡すと道が微かに存在し、民家も遠くない位置にあったのを確認出来た。
ただ、少年少女の迷魂は居なかった。
もう一度天眼で確認しようとすると、足音が変化したことに気付いた。慌てて目線を下げると、足元には新聞が捨てられていた。
新聞の日付が目に入る。天眼じゃなければ見えていなかった。
『二〇二一年 四月二日』とあった。
今は二〇二二年の十月二十二日で、去年の新聞に当たる。
そして、次に目に入ったのは一面の見出し。天眼を解き、恐る恐る新聞に顔を近づける。
その新聞の一面には、『姫浜での行方不明事件、府警で捜索にあたるも見つからず』とあった。
悪い予感を感じつつも、その新聞を手に取り、その記事の一部を読んだ。
『先月3月2日午後16時ごろ、
「⋯⋯これかな」
行方不明の子供二人、片方の名前が花苗ちゃん。悪い予感は、ほぼ的中していた。
静かに髪をかき上げて、深呼吸をして気持ちを整える。大体察しは付く。子供が見つからない理由も、姫浜に迷った理由も。
つま先で地面を叩き、靴に羽を生やし、浮上する。天眼を全力で発動させて、空からこの森全域を見る。
ここまですれば見つけるのも一瞬だった。そう遠くはない。洞穴になっている所に隠れていた。
「そこだね⋯⋯」
鷹が獲物を獲る時の様にといえば聞こえは悪いが、それ程に、速く、急降下し、森の中へその迷魂の目の前まで一気に着地した。
当然、少年少女たちはそんなアタシを見て跳ねる様に驚いた。
『なっ! お、おまえどうやって、つーか、やっば! はやっ!』
「⋯⋯ごめんね。時間かけるの、ダメだと思ったから、手短にと思って。真守くん、花苗ちゃん。遅くなっちゃったけど、迎えに来たよ」
『え⋯⋯わたしのなまえ⋯⋯』
『なんだおまえ⋯⋯! おれらのこと知ってんのか』
「うん。誰かが新聞を意図的に祠の近くに置いたのかは知らないけど、お陰で詳細はハッキリしたよ」
『ほこら⋯⋯よく、勝手に入って遊んでたところ⋯⋯』
その少年の一言で、あの新しいお供物の意味を理解した。恐らく他の場所にも、なにかしら添えられているのだろう。
「⋯⋯なるほどね⋯⋯細かい事は聞かない。でも、食われるっていうのだけはどうしても分かんないから、それだけ教えてくれる?」
なるべく笑顔で話しかけると、少女がようやく話してくれた。
『えっとね、からだがういてね、まいごになった後ね、キツネのお面をした人たちが、おそってきたの』
「狐の⋯⋯お面⋯⋯?」
『おう、そいつらの一人が、いきなりおれらに噛みつこうとしたから、食われる! と思って、こうして隠れたりしてたんだ』
「う〜ん⋯⋯ごめんね、全く心当たりが無いや⋯⋯でも」
ゆっくり近付いて、二人の手に触れた。
まだ少し、二人の表情は固い。
『お姉ちゃん⋯⋯?』
「アタシがキミたちを食われない様にする。そして、もう悲しませない様に、キミたちの背中を押す。⋯⋯良いかな?」
『もう、かくれないですむのか⋯⋯? ほんとに?』
「うん!」
少年は少し照れつつも納得してくれた様だ。
『おむかえ、やっときたね、おにーちゃん!』
少女は少年に微笑むと、そっとアタシに手を合わせてくれた。
「じゃあ、お姉ちゃんが今から送るからね⋯⋯!」
『『うん⋯⋯!』』
少し開けた場所に移動して、嵌めていた指輪を青白く光らせる。青白い光は形になって、アタシの前に集合する。収束し、形を変えて、その光は、列車の形に変化した。
『姉ちゃんすっげえ! これに乗るのか?』
『おねえちゃん、てんさい!』
目を輝かせて、その乗り物に触れる二人。アタシはそこに二人を乗せて、少し離れて準備をした。
「⋯⋯それじゃ、出発するよ!」
指輪を光らせながら、別れゆく二人に手を振った。
後はこれを、起動させるだけだ。
「守人術式、特別式。ハッピーカエルムトレイン、発車ー!」
列車を起動させる。列車に乗った二人は、空へと登っていく。アタシに手を振りながら。
『ありがとうなー! 姉ちゃん! 姉ちゃんは、ちゃんと生きろよー!』
『お姉ちゃん、ありがとう⋯⋯!』
「あはは⋯⋯!」
純粋な心が見せるその笑顔に、思わず私も頬が緩む。
見えなくなるまで、手を振り続けた。
「⋯⋯さて。帰りますか」
これで、少しは救われたら良いと、あの子達の両親へ願う。
空を飛びながら、アタシもいつもの珈琲豆店へと戻る。子供からアタシに伝わった、微かな記憶の一部を感じながら。
結局、狐のお面をした人間には会わなかったが、今はもう大丈夫なはずだ。この辺りにもう迷魂は居ない。ただ、念の為ユー君に一応報告だ。得体が知れなさすぎる。
✳︎
「⋯⋯とまあ、そんな事がありました」
ユー君にさっきの事を報告した。
しかしユー君にも分からない様で、迷魂を食べる存在など何処にも存在しないと言われてしまった。
「サッパリだ。聞いた事がないな」
表情一つ動かさず、ユー君は答えた。
「ユー君でも分かんないか〜。じゃあ、今度猫集会でも言ってみてよ、イズンならなんか知ってるかもだし」
「そうだな。検討はしておく」
「ありがとね〜。さてと⋯⋯」
存在しない狐、この先出会うかは知らないが、迷魂に迷惑をかけた罪は、その時に晴らさせてもらおう。
そして、魔術を久々に瞬発的に使ったお陰で腹ぺこだ。ピザでも頼んで楽しよう。
「明日も店の前、整えなきゃなー⋯⋯面倒だなー⋯⋯」
✳︎
森の中、空を飛ぶ人間を、狐の面を被る三人の少女は見上げていた。
一人は冷静に。
一人はどこか憎む様に。
そして一人は、涎を垂らして。
いつか来る、その時まで。
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