第十一話 変遷の猫巫女 前編

 十月三十日の朝、日曜日だっていうのにラオシャは聞かず、私は頭にラオシャを乗せて、迷魂を追いかけて坂を走り続けている。

 ここ最近はなんだかんだ猫巫女活動かつどうをあんまり出来ていない。

 彼方さんとデートした後で迷子の子猫イズンと出会い、迷子の子猫イズンを連れて猫の王様とも出会い、とにかく猫巫女の今後の事がかさなり、迷魂のおくむか自体じたいはしていなかったのだ。


「小夏よ、逃げている迷魂はそのまま雑木林ぞうきばやしの中へ行きそうじゃ。見失わないように天眼を発動しておくぞ!」

「オッケー、たまには直接やってみますか!」

「じゃな! 行くぞ!」


 走りながら、ラオシャのぷっくりした肉球がひさしぶりに、私のひたいに押し当てられる。そこから魔力が流れるのを感じながら、私は天眼を発動する。

「天眼発動⋯⋯! それと、浄化の枷ピュリカフス!」

 

 目を変化させて、手錠てじょうほどの大きさのかせを手の中をひからせて呼び出した。

 ラオシャの予想通り、迷魂はそのまま雑木林の方へ移動した。天眼を駆使くしして、そのまま私も中へ入り、追いかけ続ける。


「⋯⋯よきように投げたいね」

「うむ。長期戦はワシらが不利じゃ」


 逃げ続ける迷魂に向けて、枷を投げようとかまえをとる。

 今よりも早めに走り、迷魂との距離を詰めて、深呼吸を一つ。そして握った枷を全力で投げた。


「ほい!」くカシャンという音と共に、逃げていた迷魂は枷にはさまりその場で静止した。捕まった迷魂はすぐにラオシャの首輪の鈴の中に収められた。

「捕まる時はあっさりじゃな」

「ふぅー。これで五体ごたい目。もう随分ずいぶんれたモンだね。さ、早く帰って、シャワーでも⋯⋯」

「おい、待て小夏。なにか音がするぞ」

「え?」


 迷魂を捕まえて息をついていたところに、遠くの方からカサカサと草木が揺れる音が鳴り響く。すぐさまそこへ目をやると、もう一つ迷魂の反応がそこにあった。

 しかし今まで見てきたどの迷魂よりも挙動が違うのがすぐに分かる。

「なに⋯⋯?」

「小夏、天眼を強めるか?」

「うん、お願い」


 ラオシャはスッと頭に乗り、再び額から魔力を送る。

 私は天眼をより鮮明せんめいに、姿まで認識できるように強化した。

 再び迷魂の姿を見る。しかしその姿を見た瞬間に、向こう側で騒がしくしていた迷魂が今度は真っ直ぐ、私に襲いかかってきた。

 

 思わず私は持っていた浄化の枷を盾にしたがほとんど間に合わず、そのまま吹き飛ばされてしまった。

「⋯⋯ッ!」

 襲いかかってきたのは人の姿では無い。

 ぶつかってきたのは、明らかに動物の頭だった。そして四つの足で着地し、身体を震わせている。

 頭突きをされたのだと、身体を起こして姿を再確認した時にようやく理解した。

 見た事のない四足歩行の獣、それがその迷魂の姿だった。シルエットは犬に近いが、姿形が犬の何倍も大きい。

 痛みを我慢して起きあがった所にラオシャも駆け寄って、私たちはあの獣に警戒を取りながら目をらす事なく言葉を交わした。

「ラオシャ⋯⋯神衣かむいでいこう⋯⋯」

「分かっておる、しかし短時間しか使えないぞ。魔力を貯めておる余裕がない」

勝手かってったるよ⋯⋯!」

 神衣をとなえ、目の前の相手を警戒しながら、獣が襲ってくる前に神衣をまとって反撃はんげきの準備をする。青い迷魂なのにここまで理性もなく攻撃的なのは初めてだ。

 ラオシャが私の身体に入り、目の前の脅威きょういに対する言葉を口にした。

「とにかく浄化の枷ピュリカフスを大きくさせて、アイツを抑え込むぞ。身体はワシが動かしてやる、判断はお前に任せたぞ」

「⋯⋯! ありがとう、流石分かってるね〜ラオシャ」

「馬鹿! あんなに吹き飛ばされて平気な訳が⋯⋯な、お前、傷が治ってるのか⋯⋯?」

「え? 神衣のおかげで治ってるんじゃ──」

 話の途中、しびれを切らしたけものが私たちに飛びかかってきた。

 咄嗟とっさななめに飛んでかわし、両手にチャクラムほどの大きさの浄化の枷ピュリカフスを展開して、それを獣に投げつけた。


「いけた?」投げた枷は獣の身体を通ると、ぐんっと収縮しゅうしゅくさせてしばげる。

 しかしほどなくして獣は己の力で枷を引きちぎり、再度私に向かって襲いかかってきた。


「ウッソ、通じてないの!」

「もっと強力な枷でないと駄目らしいの!」

「こんな状況で閃かないよ!」

 そんな私たちを待ってはくれず、獣は飛びかかり、今度は噛みつこうとしてきている。必死に避けるがギリギリだ。背中を見せる余裕すらない。


「見つけましたよ、薄汚い獣」

 逃げ回っていると、横から声と同時にいくつものこおりやりが飛んできて、獣を突き刺していく。

 不意打ふいうちに獣は驚き、一瞬で大きい身体を揺らしながら反対方向へと去っていった。

「た、助かった⋯⋯」

「全く、こうなってはならないといつも言っているのですが⋯⋯。西野小夏、お久しぶりですね。氷の槍、早速採用してますよ」

 この声と私の古着を着こなすポンコツ猫はまさしくイズンさんだ。一気に警戒心が解かれて安堵あんどした私は崩れ落ち、尻もちをついた。

「はあー⋯⋯良かった⋯⋯イズンさんありがとう⋯⋯」

 イズンさんはゆっくりと私の元に寄って、表情を崩さず口を開いた。

「いえ。姫浜ひめはまの方へ落ちたと聞いて、急いで向かったのですが⋯⋯足止めしてくれていたようで、こちらも助かりました」

「イズンさんは知ってるの? あいつめっちゃ凶暴だったっていうか、なんかゲームに出てくるようなヤツだったよ! ケルベロスみたいなヤツだった!」

「はい。アレはそもそも、この世界の迷魂ではなく⋯⋯こことは違う別の世界で、魂を食べるとされる獣、名をアーガルミット」

 イズンさんと話すと毎回知らない言葉が出てくる気が⋯⋯いや、今回はそうでもなかった。

「アーガルミットは聞いた事あるかも。まあ、私はレグメンティアってゲームに出てくる敵の名前だけど⋯⋯」

「ふむ。ワシは聞いた事はないな。で、何故この世界にそんな奴が来ておるのですか?」

「まあ、答えから言うと⋯⋯アレです」


 そう言うとイズンさんは少し歩き、空を見上げ始めた。

「空から降って来たんですか?」と腰を上げて近付き、キョトンとしながらイズンさんに質問する。


「はい。迷魂をかえす際、くだの中へ通し空へ昇るというのが基本なのですが、通った先では迷魂を管理している者がおられるのです」

「そういえば、空に繋がってる透明の管ってなんだろうと思ってたんだよね」

「⋯⋯まあ、次期禊猫守みそぎびょうしゅになら話しても良いでしょう。何故なぜ管が必要かと言いますと、あれはただ迷魂を還す為だけの道ではなく、転生権てんせいけんが与えられた魂を地上へ再誕さいたんさせる道でもあるのです」

 

 続けてラオシャが説明してくれた。

「つまり猫巫女とは、魂を案内し、魂の輪廻転生を果たさせる為の役割として存在しているのじゃ。ま、転生の有無はその魂によるし、再び転生する先は魂の自由じゃがの」


「ええ?じゃあ、結構凄い事してきてたんだね、私たちって⋯⋯じゃあ、今までの猫巫女活動で空に還した迷魂は⋯⋯」

「それぞれ新たな生命として転生するなり、再びここに生まれ落ちたりしとるじゃろうな」

 

「そんな仕組みもありつつ、管は必要なのですが⋯⋯今回は誤って、異世界側の迷魂がこちら側の世界に転生することなく落としてしまったようなのです」

「よりにもよって、魂を食う奴をのう⋯⋯管理者は毎年なにかやらかすな」

「その管理者って人が、今回の原因なの?」

「ええ、そうです。叱りに出向きたい所ですが、まずはアーガルミットを対処してからですね」

「うーん、でも対処法とか分からないし、その後空まで還さなきゃ行けないんだし⋯⋯あ、よし⋯⋯行こうよ、あそこまで!」

 閃いた私は歩き出して、神社の方へ向かおうとした。

「まさか、会いにいかれるのですか⋯⋯」

 軽くポーズをしながら背後を振り向いて、答えてみせる。

「もちろん! イズンさんも行こうよ! 聞きたい事あるし、弱点とか、対処法とか!」

 そう言って歩き出すが、すぐにイズンさんに腕を掴まれて静止させられてしまった。

「ま、待ってください。どう行かれるおつもりですか」

「管の上を滑って⋯⋯行けないかな? イズンさんの氷とかで、ほら⋯⋯シャーって」

 シャーっと身振り手振りで表現するが、イズンさんに普通に呆れられてしまった。ポカンと口を開けて呆然としている。

「イズン様よ、諦めてくれ。こうなると小夏はやってみないと気が済まんのだ」

「そうそう! なんでも挑戦! やってから後悔した方が絶対に良いんだよ!」


「ブラギ様⋯⋯小夏はなかなかの逸材でございますね⋯⋯はあ」

 諦めてくれたのか、イズンさんは渋々と私の後を付いてきてくれた。


 かくしてアーガルミットの捕獲に向けて私たちは管の近い神社へと向かった。

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