第十話 望郷の猫巫女 前編

「あーあー⋯⋯やりたくないなあー⋯⋯面倒だなー⋯⋯」

 手入れするのも億劫になって、なんだかんだ二年も放置してしまっている。

 そのおかげで見事に植物がびっしりと下から上まで生い茂り、店名も隠れてしまっている。

 そして先日、そんなアタシの店の外観を見兼ねた近所の方からハッキリと注意されてしまった。

 ⋯⋯確かにここまでくると、珈琲店というより廃墟という言葉が適切だ。

「まあ⋯⋯全部アタシが悪いんだけど⋯⋯」

 植物を切る道具、それらを片付ける道具一式を横に、心を無にしながらちまちまと除去していった。

 時期的には十月初旬で、まだ暖かさを感じるこの間に済ませようとすぐに行動に移したのだが。

「流石に放置しすぎたな⋯⋯」と憂鬱に沈んだ顔になりながら、ちょきんちょきんと切り続ける。何日も掛かるのはもう覚悟の上、寒くなる前にやっちゃおう。

 それから少し作業をしている中で、足音が一人分、アタシの後ろを通り過ぎようとしているのが伝わってきた。

 廃墟の手入れではありませんよ、お店ですよという思いでちょきんちょきんしていると、後ろで鳴っていた足音がアタシの後ろで止まった。

 気になって振り向くとすぐに目があった為、認識する前に素早く挨拶を交わした。

「「あ、どうも」」

 その女の子はアタシに気付いた様な顔をして立っていて、アタシもその女の子に気付くや否や小夏ちゃんの顔がすぐに浮かんだ。確かこの子は、小夏ちゃんの友達の一人の⋯⋯。

「ああ、つむぎちゃんじゃん! 沙莉ちゃんの件以来だよね?」

「あ、はい。その節は、お世話になりました。偶然通りかかった所に彼方さんがいらしたので、その感謝を兼ねてご挨拶をと⋯⋯」

「あー⋯⋯なるほど。なるほどなるほど!」顔に手を当てて紬ちゃんに歩み寄った。

「え、な、何でしょうか⋯⋯?」

 動揺する紬ちゃんの手を取って鋏を渡し、期待の眼差しを向けて思いを口にした。

「じゃあこれ、手伝って! お願い!」

「ええ⋯⋯?」


 紬ちゃんは心良く了解してくれた。お陰で短い時間でなんとか店名の周辺は整えられた。

Oghamオガム』 それがアタシの店名。

 祈ると言う意味合いで付けた名前だ。


 手伝ってくれたお礼に、紬ちゃんに珈琲を淹れてあげる事にした。中へ入り二階へ上がるとテーブル席があり、そこで珈琲を飲むことが出来る。早速お気に入りの珈琲を淹れて、紬ちゃんに差し出した。アタシも隣に座り休憩を取る事にした。定休日なので来客は無い。

「いや〜本当にありがとね〜、めちゃくちゃ助かっちゃったよ〜!」

「ああ、いえ⋯⋯お役に立てたなら、良かったです」

 紬ちゃんは明るく返事を返してくれた。

 それにアタシも心が救われる。

「紬ちゃんは今日何か予定で?」

「はい。勉学の為に書店へ⋯⋯姫浜には書店が少ないので、隣町まで行かないといけないんです」

「ふぅん、そうなんだ。アタシ勉強なんてサボって、猫巫女活動ばっかりだったかなあ⋯⋯」

 学生時代の頃をふと思い出す。中学までは真面目な生徒だったが、高校からは不真面目になりだして殆ど勉強なんてしなかった。大学には入れたが、途中で猫巫女活動を始めたんだったな。

「学校のお昼休みに、小夏から沢山聞いてます。四年も続けてるなんて凄いです」

坂多さかおおではアタシの所が一番多いからね〜。それだけ時間がかかるんだよ、それに店との二足の草鞋だしね」

「なるほど⋯⋯。小夏に聞いたまんまです。本当に尊敬されてるんですね⋯⋯」

 アタシを見つめる目の色が変わっている気がする。何故だろう、この感じは。

 不思議がっていると窓からユー君が帰ってきた。

「あ、ただいまユー君。どうだった?」

「⋯⋯まず、その女性は?」

 紬ちゃんを鋭い目で舐めるように見ている。ユー君にしては珍しい反応だ。

「紬ちゃん? ⋯⋯何かあるの?」

 アタシがそう言うとユー君が紬ちゃんに接近し、匂いを嗅ぎ始めた。

「⋯⋯おい。お前」

「な、なんですか⋯⋯」

 声色を暗くして、威圧的な雰囲気を纏わせながら紬ちゃんを警戒して言い放った。


「お前、迷魂を抱えているな」

「え⋯⋯」

 それを聞いた瞬間、身を引いて咄嗟に指輪を嵌めて構える。赤迷魂の場合人的被害が及んでくる為、早急に解決しなければならない。

 しかし紬ちゃんは申し訳無さそうな顔で、大振りに手を左右に振って否定した。

「あ、ああ⋯⋯ごめんなさい。この子は、そうなんですけど、ちょっと違くて⋯⋯」

 ユー君が間を置かず否定で覆う。

「違わない、迷魂は迷魂だ。それが赤いのであれば、早急に対処しなければならん」

「聞いてください、本当に違うんです! 私たち、共存していて⋯⋯!」

「共存⋯⋯? ちょっと、ユー君。話だけでも聞かない? ⋯⋯紬ちゃん、それ、小夏ちゃんは知ってるの?」

「はい、小夏が、この子の存在を今は許してくれている状態なので⋯⋯説明させていただいても良いですか」

「⋯⋯良いよ、ユー君も落ち着いて」

「⋯⋯はあ、アイツの知り合いか⋯⋯紛らわしい奴め⋯⋯」

 身体を大きくさせているユー君を宥めながら、紬ちゃんの話を聞くことにした。暫くしてユー君も呆れたのかその場で話半分に毛繕いをし始めた。


 迷魂を見逃すというのも、迷魂と共存する人間も、イズンから聞く限り前例は無い。しかしアタシの後輩の決断だからこそ、聞かない訳には行かない。驚きながらも、紬ちゃんの話を真剣に聞き入れた。


「メンヘラ花子さんねえ〜⋯⋯」

「はい⋯⋯今は、小夏との契約のせいで表には出れないんですけど⋯⋯。」

「それはどうして⋯⋯?」

「あ、えっと、それは⋯⋯色々」

そこでどうして動揺しているんだろう。

「本当に色々あるので、それは後でお話しします⋯⋯まあ、そんな訳なので、今は花子を見逃してあげてください。悪い事はしないので」

「前例が無い事だけど、猫巫女である小夏ちゃんが許してるんだし、良いんじゃないかな。ね、ユー君?」

 アタシたちから遠ざかって、興味の無さそうな顔をして休んでいるユー君に問いかける。

「ん、ああ。良いんじゃないか」

 アタシも頭の後ろで手を組んで、気楽に答える。

「ま、いざとなったら何とかしちゃうからさ。小夏ちゃんが」

「すみません、お騒がせしてしまって⋯⋯」

「良いの良いの。多様性って事でね。じゃ、そろそろお開きにしよっか。ごめんね、時間頂いちゃった」

 席を立ち、背伸びをする。

「此方こそすみません」

 花子さんの件から困り顔のままの紬ちゃんも立ち上がって、アタシにお辞儀をした。

「彼方、私たちもまだ用事はある」

「ん? ⋯⋯ああ、報告?」

 もう送ろうかという時に、ユー君が再度アタシに近付きながら話し始めた。

「そうだ。ここから遠い所で、迷魂を見つけて帰ってきていたのだ」

「これから猫巫女、ですか」と、紬ちゃんが聞いてきた。

「まあね。あ、そうだ、小夏ちゃんにこれ、渡してよ」

 そう言ってアタシはレンズの無い所謂いわゆる伊達眼鏡を紬ちゃんに渡した。

「これは?」と首を傾げる紬ちゃん。

「これは綾乃ちゃん用の猫巫女アイテム。そう言って綾乃ちゃんに渡してあげたら伝わると思うから、お願いね」

「分かりました。じゃあ、一足先に失礼します。珈琲、美味しかったです。ありがとうございました」

「うん。ありがとね、特に植物!」

 紬ちゃんは丁寧にお辞儀をした後、店を後にした。

「じゃあ、アタシたちも行きますか。ユー君、留守番お願いね」

 部屋の隅に配置している棚を空け、用意していた専用の靴を取り出し、それに履き替えた。

 そこからそのまま窓へ移り、外へ思い切り飛び出した。

 飛び出したアタシの身体を支える様にしてその靴から魔力の羽を左右から生やし、自転車を漕ぐ要領で羽をはためかせ、空を駆けて目的地まで向かった。

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