第九話 姫浜の猫巫女
正直、ソーシャルゲームのキャラクターの様な容姿の方だ。そんなイズンと名乗ったその女性は、確かに私を指名して言った。
「禊猫守⋯⋯?」
「そうです西野小夏。貴女の能力が評価された結果、その候補に入れる事になったのですよ」
私の疑問に間髪入れずにイズンさんが言葉を挟んできた。そして格好に似合わず、抑揚の無い平坦でどこか冷たく感じるその声は、場の空気を一層冷たくさせる様な⋯⋯。
「もしかしてそれって、猫を守る猫巫女っていう⋯⋯」
「⋯⋯なるほど、梵彼方が話したのかな。四年もやってると緩いな、彼女は。⋯⋯その通り。禊猫守とは、猫を守る使命を課された、優秀な才能ある猫巫女の事。そしてより多くの迷魂が点在する都心部へと活動拠点を移してもらって、そこで更なる浄化活動に勤んでもらうんだ」
「つまり、小夏ちゃんは⋯⋯」
「うん。願わくば禊猫守として活動してもらいたくて、ワタシが代理として伺う事になったんだよ」
「綾乃、イズンさんとは何処で⋯⋯?あ、そういえばラオシャは?」
全く話に参加してこないと思って部屋を見渡しても、何処にもラオシャの姿は無かった。
「小夏ちゃん、ラオシャ君は、王様の所に一足先に向かってるらしくて⋯⋯ごめんね。小夏ちゃんが彼方さんのとこに行っちゃったって、ラオシャ君寂しがってたから、私が代わりに猫巫女活動をしてたの。そしてその帰りの神社で、イズンさんと出会って⋯⋯」
「そして今に至る、ということです。標に従って貴女を探していた所で野尻綾乃を見つけたので、勝手ながら貴女の家まで上がらせてもらって⋯⋯けふっ」
唐突にイズンさんの言葉尻から空気音が漏れた。よく見ると、イズンさんに隠れるようにお菓子の詰まった袋が無造作に置かれている。なんならそのお菓子の袋は、私が風邪を引いた時に綾乃たちから貰った物だった。量が多いので取っておいたのだが、半分くらい開けられた形跡がある。
「お、お腹、空いてるんですか⋯⋯?」
「⋯⋯今は魔術によって人の装いを形成している状態なので、ケットシーであるワタシも同様に、魔術との等価交換でお腹が空く仕組みなの。面目ない限りですね」
と、新しくチョコを一口頬張ってもむもむと咀嚼した。
「ケ、ケットシー⋯⋯? ケットシーって、あのゲームとか神話とかに出てくる⋯⋯?」
私にとってその名称は、ゲームの中で時折出てくる物だった。まさかラオシャたちも同じ存在なのだろうか。てっきり魔術かなにかで人の言葉を話していると思っていたので、ケットシーとは全く想像もしていなかった。
「おや、あなたの猫から何も聞いていないんだね。猫巫女を操る猫というのは全て、ワタシたちケットシーと呼ばれる妖精の猫なの」
「ラオシャも⋯⋯ケットシー⋯⋯」
ゲームの中でしか聞かない様な名称を、イズンさんは平然と言ってのける。しかしあの人から発せられる言葉には嘘は無い、紛れもない事実なのだろうと直感で伝わってくる。そんなイズンさんがチョコを食べ終わると急に立ち上がって、平坦な声のトーンそのままに、私に近付きながら話しかけて来た。
「まあ、そんな訳だから明日、ワタシと行動を共にして下さい。王の元へご案内した後、禊猫守についての是非を問わせて頂きます故」
「ちょっと待ってください。色々話が急だし、王様ってのもよく分かんないし、禊猫守についてもちゃんと考えることが──」
最後を言いかけた所で、イズンさんの人差し指が私の唇まで伸びて発言を静止させられてしまった。真っ直ぐな眼差しでこちらを見つめて、イズンさんが言葉を並べ立てる。
「ご安心を。魔術による移動は使わずに、人の姿のまま貴女をご案内するからね」
「いや、そういう事じゃあ、無いんですけど⋯⋯」
「では西野小夏。また明日お迎えにあがるから、それまでに良く考えて下さいね。あとお菓子、ありがとう」
そう言うとイズンさんはいきなり光に包まれ出して小さくなると、クリーム色の猫に変化した。そしてチョコの包み一つ咥えると開いていた窓へ向かって走り去っていった。残された私たちは唖然と見合わせて数秒、部屋の中に沈黙が流れた。
「えっと⋯⋯小夏ちゃん⋯⋯私、どう言ったら良いか、分かんないけど⋯⋯あの⋯⋯」
「あ〜⋯⋯綾乃はそんなに気にしなくて良いよ⋯⋯。私の問題だし」
すぐに沈黙は無くなったが、ぎこちない会話が続いた気がする。私は半ば強引に切り上げて、すぐ綾乃とも別れる事にした。そしてその日の晩御飯は、ぽっかりと埋められない空虚感を感じながら空腹を満たしていった。ラオシャに関しては、両親には綾乃の家が気に入って今日一日泊まっていると嘘をついた様な、うっすらとその記憶だけは覚えている。とにかく私の頭に浮かぶ今後の事が、どうしても拭えなかった。
お風呂に入っても考えはまとまらず、自室に戻ってゲームをしても、思考が上手く回ってくれることは無かった。
「禊猫守、か⋯⋯なんも浮かばないな〜⋯⋯ラオシャと考えたいな⋯⋯」
余りにも唐突過ぎる通達。そして明日には迫られる選択。そんな挟み撃ちにあいながらも、私は考える。今後の事、未来の事を。
✳︎
翌日の朝、イズンさんは猫の姿で、私を迎えに開けていた窓からやって来た。既に起きて、ベッドの上で気分が落ち込んだままの私に気にかける事なく、手を差し伸べて言葉をかけてきた。
イズンさんの方に目をやると、いつの間にか昨日見た人間の姿に変わっていた。
「おはようございます。では早速向かいましょう、王の元へ」
「⋯⋯随分早いですね⋯⋯」
「すいません。大変申し上げにくいのですが、その⋯⋯昨晩迷子になってしまいまして⋯⋯」
「は⋯⋯?」
イズンさんの顔色が徐々に悪くなって、口調も昨日より段々と畏まっている。そんな大人ロックな容姿なのにどんどん真逆にイメージが流れていっている。私に向けた手を納めてもじもじとしながら顔を赤らめながら、昨日の出来事を報告してくれた。
「窓から出たは良い物の、この町の地理を把握出来ておらず⋯⋯なのでこの近辺で野宿を⋯⋯」
「チョコを食べて夜を過ごしたんですね⋯⋯」
「はい、チョコを食べて夜を過ごしました⋯⋯」
含んでいた笑いを漏らしてしまった。こんなにも見た目と中身が乖離しているのを見たことがなかった為、我慢が出来なかった。
切り替える為身体を起こし、身体を震わせているイズンさんの手を握って小さくフォローしてあげた。
「私の服貸してあげるから、今後その服装は止めときましょう⋯⋯ホンマに」
「あ、はい⋯⋯」
イズンさんの身体つきを私に合わせてもらう事で、何とかイメージ通りのファッションを身に付ける事に成功した。
大人ロックとは変わって、インナーは野宿を見越して、私が着る予定も無いのに買ってしまった黒の縦セーターを着せて、アウターは私が着崩しまくった小麦色のオーバーサイズのジップパーカーを肩落としのスタイルで着てもらった。ボトムスは元々着ていた黒のスキニーが似合っていたので、これもそのままにしてもらって、ようやく私が思うイズンさんのファッションが出来上がった。
下着は嫌だと言い張ったので着けていない⋯⋯。本人からの要望なのでそれには言及しない。
着替えている間に話を聞くと、どうやら道すがら見かけた人を真似てその時の身体を形成していたらしい。そういえばイズンさんが猫の姿の時には首輪がされていなかったので、そういう風に魔術を使う事が出来るのだろう。
✳︎
イズンさんの着替えも無事終わって、何故か私が先導しながら目的の場所まで向かっていた。その途中イズンさんだけ改札で引っかかったり、エスカレーターが怖くて乗れないだの散々あったが、それはもう気にしないことにする。
そういえばこの人は猫なのだから、そんな事になって当然なんだろうと自分の中で納得する事にした。今のイズンさんはというと、人混みから逸れない為に必死に私の手を両手で掴んで付いてきている。そんな姿に我慢出来ず、人混みを抜けた辺りでイズンさんに話しかけた。
「あの、イズンさんはどうやって私を探そうとしてたんですか⋯⋯」
「それは、貴女に刻まれたのを辿ったのです。夢で何か渡されていませんでしたか?」
「夢? ⋯⋯ああ! 迷魂を捕まえた後に出てきた、変な文字が刻まれた、石の?」
「変な文字では無いです⋯⋯まあ、もうすぐ着くので、そこで説明します。ああ、そこですよ、右の⋯⋯」
「左ですよイズンさん⋯⋯。え、ここって」
二人移動した先でまず視界に入ったのは猫と人。そして猫が遊べる玩具や登るタワーだった。どう見てもその中に広がる風景は猫カフェだった。
「間違ってません? 猫カフェですよここ」
「いいえ、合っています。入りましょう」
怪しむ私を置いて、イズンさんがそのお店のドアを引いたが、開かなかった。
「⋯⋯開きません。おかしいですね」
と、ガチャガチャとドアノブを引き続けるイズンさん。そうしているとその店の店員が気付いてくれて、中からドアを引いて開けてくれた。
トマトみたいになっているイズンさんを後ろで見守りながら、私もそのお店に入っていった。
そしてそこからはトマトじゃなくなったイズンさんに案内されて、奥にある扉の前まで来た。
「⋯⋯えっと、ここです⋯⋯ここに王が居られます」
トマトになっちゃった反動でリコピンを摂取し過ぎたのか、呼吸を少し乱しながらイズンさんは言った。それにしても、猫カフェの奥に、王様とは⋯⋯。そしてここの店員さんも、殆ど何も聞かずに私たちを通したけど、この人たちも繋がっているのだろうか。
「本当にこんな所にいるの⋯⋯?」
「勿論です。では開けますよ」
不思議がりながら、その扉が開くのを待った。ワンクッション、ガシャンという引っかかった音が聞こえてから、その扉が押し開かれた。
その扉の中は真っ暗で、進むのに躊躇したが、イズンさんはその中を恐れる事なく進み始めて姿が暗闇に消えていった。一人残された私も着いていくように、思い切ってその中へ目を瞑って飛び込んだ。
✳︎
目を開けても暗闇が続くその中でイズンさんの背中を追いかけていると、途中で足元から放射線状に光り出し、一気に視界が広がって見る見る内に暗闇が晴れていった。一変してそこは遺跡のような場所で、周りには幾つもの火の燭台と、幾つもの洞穴があり、その入り口には無数の猫、猫、猫。
そして正面を見上げると、そこにはとんでもなく大きな玉座、そしてそこに居座る、巨大な猫の姿が一匹。
それはあまりにも巨大で、火の燭台だけでは全容が掴めない程。そんな巨大な猫が片手に巨大な杖のような物を持ち、頭には巨大な王冠を身に着けていた。
まるで異世界にでも来たんじゃないかと圧倒されていると、前にいたイズンさんが口を開き、目の前の巨大な猫に対して話しかけた。
「お待たせしました、王、ヴェルム・ブラギ様。ワタシの後ろに居られるのが、西野小夏でございます」
「ブラギ⋯⋯あの巨大な猫が⋯⋯」
「そうです。しかしブラギ様は直接話す事が叶わず、今はワタシを通して、ケットシーたちに伝達をしております」
「へえ〜⋯⋯よく分かんないけど⋯⋯多分、私に夢で語りかけてきた方、だよね」
「はい。貴女に刻まれたルーン文字が標となり、それを頼りにワタシが今日、ここに集わせる役目を受けたと言うのが真実ですよ」
「ルーン文字⋯⋯」
「そうじゃ」
と、洞穴から見慣れた声と姿の猫が降りてきて、私の隣まで走ってきた。
「ラオシャ!」
「すまんの。呼び出されてしまい、昨日はお前と共に居れんかった」
「それはお互い様⋯⋯! 綾乃から聞いてるよ」
「役者は揃いましたね。では、ブラギ様からの言葉を、改めてお伝えします」
二人共王様の方へ向き直って、真剣な面持ちで言葉を聞くことにした。
『まずはじめに⋯⋯西野小夏。お前には、ケットシーが扱う力について説明をしておこう』
「はい」
イズンさんの口調が大きく変わって、少しだけ背中に緊張が走った。
『ケットシーの扱う力、すなわちルーン魔術という文字を用いた魔術を、我らケットシーは人を器とする事で扱ってきたという時代があった。そして現代までケットシーは進化を続け自ら魔術を操るまでに至ったが、そうなる事で生まれる争いがあった為、我がケットシーに枷を付け、一時的に封印するようにした。ここまでは分かるな』
「な、なんとなく」
「おい小夏、ワシの肉球をよく見てみろ」
ラオシャが私の胸に飛びかかってきたのでキャッチすると、咄嗟に肉球を目の前まで差し出した。確かに、一見皺にしか見えないが、よく観察すると何か文字っぽくも見える。
「これがルーン文字?」
「そうじゃ。これを額にあてがう事で条件は整い、魔術は発動される。しかし魔法と違い、魔術には等価交換が伴われる」
「等価交換⋯⋯それが、魔法と魔術の違い?」
「他にも幾つかあるがそうじゃな。そしてワシがお前に求めた等価交換は、空腹じゃ」
「空腹⋯⋯だからラオシャ、すぐお腹空いたり、サバ缶カーニバルとかやってたの?」
「ま、まあな⋯⋯空腹を条件にした事で太ってしまったが、これはこれで楽しく──」
「あの、良いですか」
「あ、ごめんなさい⋯⋯」
イズンさんが私たちの会話を静止させ、本題に切り替わった。
「と、とにかくその、ケットシーと、ルーン魔術の事は分かりました。そして、私に禊猫守の誘いを出したのは、貴方なんですね」
『そうだ。その類稀なる才能を、あの小さな町に収めておくのは惜しい。禊猫守となり、都心部へ移り、更なる活動をして欲しいのだ。迷魂の中には我々を狙う者も少なからず存在している。だからこそ協力して貰いたいのだ』
「小夏、悪い話ではない。禊猫守となる事で、お前の身にも幾つか加護が授かられるのじゃぞ」
「ラオシャは賛成、なの?」
「⋯⋯ああ」
私から顔を逸らし、小さくラオシャは返事をした。
「加護っていうのは⋯⋯?」
『我からのささやかな物として、今あるお前の潜在力を更に強め、そして死後には転生権も与える」
「て、て、転生⋯⋯?』
転生なんて、小説やゲームでしか聞いた事がない。ルーン文字は大体呑み込められたが、転生は良く分からない。
『その身を滅ぼし世界から消える事になろうとも、転生権の加護によりお前は別の世界で別の生を受け、その後の暮らしも豊かにする事が約束される。という事だ』
「そこでもしも貴女が反則的な力を持ったとして、それでその世界を謳歌するも蹂躙するも自由。貴女だけのハーレムを作ろうが、はたまた敢えて辛く苦しい状況から成り上がる事もまた自由なのですよ」
死後約束された異世界転生と、その自由。それが、私に与えられようとしている。でもそれは、本当に私のしたかった事なのだろうか。
「分かったか。悪い話ではないのじゃ小夏よ。ワシと共に、更なる活動をして行くだけじゃ」
「⋯⋯どうされますか、西野小夏」
「私は⋯⋯」
本当に私のしたい事は。
「小夏⋯⋯」
本当の私の未来は。
「⋯⋯ごめんなさい。今は、断らせて頂きます」
「は⋯⋯?」
私の言葉に、大きく口を開けて驚いているラオシャ。イズンさんも、口に手を当てて目を大きく広げている。当然だろう、得ばかりあるこんな話は、もう二度と来ないかもしれない。
「ただ、今ある問題をちゃんと消化出来たら、数年後に禊猫守になっても良いですよ。助けになるなら、私も手伝いたいです」
「小夏よ⋯⋯」
「でも⋯⋯」
「でも⋯⋯?」
「転生権に関してですが、私にはその加護は必要ありません。ラオシャの居ない世界は、寂しいので」
私は暗い空気の中、笑顔を作ってそれを言い切った。
「⋯⋯そうみたいですよ、ブラギ様⋯⋯」
「納得、してくれました? 王様」
「ええ。貴女の人生は、貴女が決めても良いのでしょう。しかし」
「⋯⋯っ!?」
いきなり全身に風が通り、危険が走った。本能的に両手で防ぐが、飛び出してきたソレは、私の腕の間を通り、奇跡的に当たらずにそこで止まっていた。
「⋯⋯どうしても、ワタシだけは、貴女を許せないので⋯⋯」
飛び出して来たのはイズンさんの腕だった。イズンさんは振り向き様に私に手を出して、攻撃をしかけたのだ。
「な、なんで⋯⋯! イズンさん!」
「王の命に対し返事を曖昧にするなどと、王が許しても、ワタシは許容出来ませんので。⋯⋯今からやるのは、私の八つ当たりですので、精々耐えろ」
イズンさんは身体を離し、もう一度手を突き出そうと構え始めた。手の先をよく見ると、そこに氷の結晶のような物が収束して槍の矛先の様に形作られていっているのが分かる。
一発目が当たっていればどうなっていたかなんて考えたくもない。それに、猫とはいえ私にとって二人目の対人だった。
「ラオシャ!」
「無駄です、ここでは私以外の猫は魔術を扱う事も、人へ流すこともできませんよ。だから、受け止めて下さい!」
「なにそれ無茶苦茶⋯⋯!」
「ふっ⋯⋯!」
イズンさんは全力で氷の槍の矛先が収束した手を放ち、私目掛けてぶつけて来た。考える間も無く、私は大きく横にこける様に避けた。
「やっば⋯⋯」
放たれた氷の槍の矛先は何とか避けられたが、当たった箇所は徐々に凍り始め、私の逃げ道を無くしている。
イズンさんの方に目をやると、既に三発目を用意している。そして二発目よりも明らかに大きい。
「今度は避けられませんよ⋯⋯」
必死に頭を回すが、ルーン魔術が扱えない以上神衣も使えない。絶体絶命。あんなに静かに怒ったイズンさんを鎮める方法は、今の私には、無い⋯⋯。
「王様が止めるべきだと思うんだけど、全然反応せえへんし⋯⋯! どうしよう⋯⋯なにか⋯⋯」
ラオシャを見つめながら対策を考える。何か、一つだけでいい、何かあれば⋯⋯。
「方法⋯⋯」
ある一つの方法を求めて、私はラオシャの方へ全力で駆け寄った。しかしもう、三発目が近い。
「三発目、受けて下さい⋯⋯!」
イズンさんの、手から放たれた氷の槍の矛先が、私とラオシャに放たれた。
私は決死の覚悟でラオシャを持ち上げ、氷の槍の矛先が首輪にぶつかる様にして構えた。
矛先は奇跡的に首輪にぶつかったが、首輪共々私たちは凍りつき、大きな結晶の中に閉じ込められてしまった。
「ブラギ様に無礼な事をした罪をそこで償って下さい⋯⋯。な、なんです⋯⋯何が起きて⋯⋯!?」
瞬間、氷の結晶は割れ、私たちはすぐに解放された。息苦しさからも解放され、衝動的にむせてしまう。
「がはっ⋯⋯ごほっ⋯⋯。せ、成功した⋯⋯!」
「馬鹿者⋯⋯当たりどころが悪けりゃ死んどるぞ⋯⋯! しかもワシが先に!」
「な、なんで、結晶が割れて⋯⋯何をしたんですか!」
冷静なイズンさんも焦っているのか、声色も赤くして私に問いかけている。
「ハァ、ハァ⋯⋯首輪を、断ち切って⋯⋯ラオシャも、魔術を扱える様にしたんですよ」
ゆっくり身体を起こしながら、起こした状況を話した。
「しかしそれだけでは、魔術は使用出来ない筈⋯⋯」
「確かに、ラオシャは魔術を使えませんし、流せません。だから、私が魔術を使ったんですよ。逆に、私からラオシャの魔力を奪って私が⋯⋯。見えませんでしたか、結晶の中、私たちがお互い手を合わせていたのが⋯⋯」
「かなりの博打じゃがな⋯⋯というかめちゃくちゃ怖かったぞ小夏⋯⋯」
氷の槍の矛先が来る直前、私は首輪を盾にする時に抱えたラオシャの手を握りながら、
「そんな事が⋯⋯はあ、流石、禊猫守に選ばれるだけはありますね⋯⋯」
「というか、槍の形を全部作って武器にすれば良かったんですよ。イズンさんが抜けてるんです」
「⋯⋯流石に、冷静になりました。申し訳ございません、王の前で⋯⋯」
「それはもう良いです。とにかく、私の話、もう一度聞いてください」
場を仕切り直して、再度私の口から禊猫守を断った件を説明する事にした。
『改めて、我に説明せよ、西野小夏』
「はい。今は友達と、ラオシャと、私の夢が最優先なので、今すぐ禊猫守になれと言われても了解は出来ません。でも迷魂を鎮めたい気持ちは私も同じなので、いつかは禊猫守になって、ちゃんと役目を果たしていきたいと考えています」
「本当に加護は受けなくても良いのですか⋯⋯? 異世界転生後も、貴女は存在し続けられるのに⋯⋯」
「私はそれじゃ駄目なんです、イズンさん。私は、今いる私の日常を大事にしなきゃ駄目なんです。その向こうで辛い事も悲しい事も経験すると思うけど、それが生きてるって事だと思うし、それが人だって思うから」
「それが、人⋯⋯」
「今の私って、挑戦し続けている途中なんです。だからこそ、今を大事にしながら、夢に向けて走らなきゃいけないから⋯⋯だから、加護は必要ありません。未来の事は、未来の私が考えるし、来世の事は⋯⋯神様が勝手に決めてくれるんじゃないですか」
「分かりました⋯⋯。では、貴女達を元の場所へ返します」
「すまんの、ブラギ様、イズン様」
✳︎
王様たちと話し合いの後、イズンさんと一緒に猫カフェまで戻り、私たちを入り口まで送ってくれた。正確には私が入り口で大丈夫ですと、迷子にならない様に気を遣っただけだが。
時刻を見るとすっかり昼間になってお腹もかなり空いてしまっていた。
「ぺこぺこ⋯⋯」
「そうじゃな。早く帰って、ワシも腹ごしらえしたいぞ」
「そうね⋯⋯ん?」
スマホの通知音が鳴ったので、取り出して確認してみると、綾乃たちからのメッセージで一杯になっていた。ホーム画面からでも伝わるくらい、私を心配する文章が、上から下までびっしりとスマホが知らせていた。
「早く帰って、一杯食べよう。ね、ラオシャ」
「じゃな!」
ラオシャを抱え、真っ直ぐ足を運んで家へ戻った。
今だから、今の私だから織りなせているこの日常を、私は大事にしたい。
特別な事の連続であってもこの日常は、色褪せる事を知らないのだから。
✳︎
「貴方なら理解できるのでしょうね、西野小夏の、あの幸せに満ちた真っ直ぐな瞳を」
『⋯⋯』
「貴方も今、幸せですか⋯⋯? ブラギ様」
『フフフッ⋯⋯』
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