第五話 絆の猫巫女 後編

「ウウッ⋯⋯アアァ⋯⋯」


 空き教室で作戦を決めた後、憑依された沙莉が屋上から降りて私達の元へ移動してきた。鈍い呻き声と共に、空き教室の扉を壊して入ってきた。


「来たね沙莉⋯⋯ねえ、綾乃も見てあげなよ、沙莉。私ばっかり見るんじゃなくてさ」


 入ってくるや否や私だけを凝視して他を気にかけようともしない。ただひたすらに顔を険しくさせて私のみを睨んでいる。


「語りかけても無理そうね⋯⋯じゃあ、ラオシャさん」


「うむ。小夏よ、やってしまえ」

 紬先輩に抱き抱えられたラオシャの言葉を聞いて、私は動かせる右手で光の輪っかを作り、沙莉目掛けて投げつけた。

浄化の枷ピュリカフス⋯⋯!」


「ウウッッッ! ⋯⋯ガッ!?」


 投げつけられた光の手錠を、沙莉は人間離れした動きで勢いよく後退し、叩き落とそうと手を振りかざす。


 しかし振りかざす動作を私は見逃さず、輪っかから連ねて作っていた鎖を沙莉の手に巻き付かせた。

「残念、それ鎖付きなの。さあ追いかけっこの時間だよ⋯⋯綾乃!」


「うん⋯⋯! せーの⋯⋯!」


 合図に合わせて綾乃は、光の手錠から伸びた鎖を私と一緒に手に持って、沙莉を教室から廊下へ投げる様に引き摺り出した。


「アアアッッ!!」


「私はこっちだよ! 沙莉!」

 引き摺り出した沙莉を誘導する為、綾乃と共に屋上から反対の廊下を走り抜けた。沙莉もそれに続いて私達を追いかけ始める。


 空き教室に残こされたラオシャと紬先輩は作戦通り、私達が沙莉を誘導している間に屋上へ向かい始めた。

「さあラオシャさん。私達も行きましょう」

「うむ」


     ✳︎


「はぁ、はぁ⋯⋯。取り敢えず隠れられたけど⋯⋯いくら認識されないって言っても⋯⋯」


「職員室はまずい⋯⋯よね⋯⋯」


 沙莉から逃げて、飛び込む様に職員室へ入り息を整える。

 それにしても遅い時間とはいえ、まだ先生達が居るというのに、私達に気付く気配は一切無い。流石こういう時は頼りになる相棒だ。


「まあでも電話の件もあるし、丁度良いんじゃない⋯⋯ちょっと調べちゃおっか」


「うーん⋯⋯ざ、罪悪感⋯⋯」


     ✳︎


 少し戻って、沙莉が私達を見つける前。


「まず⋯⋯これは学校を走り回る前提での作戦じゃ。はじめに小夏よ、お前とワシでこの学校全域に対してワシらと沙莉の気配を断って、身体も見えぬ様にする。ワシの手から流れる力をそのまま使え」


「了解。その後はラオシャが屋上に行って、神衣を使う為の力を貯める訳だけど、独りじゃ絶対危ないから⋯⋯紬先輩⋯⋯お願いしてもいいですか」


「分かったわ。力が貯まるまでは一緒にいる⋯⋯でも私は何一つできる事が無いから、ちゃんと沙莉を誘導してよね」


「任せてください! 私と綾乃で、沙莉と追いかけっこしてやりますよ!」


「うん⋯⋯体力は自信ないけど⋯⋯頑張ります⋯⋯」


「じゃあ⋯⋯やりますか。よし、ラオシャ」


「うむ。ああそうじゃ、小夏よ。沙莉を誘導するまでの間に力を全部使い切っておけ。神衣の発動条件みたいなもんじゃ」


「なるほどね⋯⋯? 分かった。良き様に力を使いながら誘導していくよ」


     ✳︎


 私達が立ち上がって、堂々と先生のデスクの前を歩いても、気づかれる様子は全くない。言われるままラオシャの力を使ったが成功している様だ。透明人間がまさにこんな感じなのだろうか。確かにイタズラ心が芽生えるのも頷けてしまう。


 そして私達は綾乃のクラスの担任のデスクに近寄り、沙莉に関してのメモがないかコッソリと観察し始めたのだが、特にこれといった物は見当たらなかった。


「天眼から分かったりしないかな⋯⋯」

 綾乃はそう言って眼鏡の上からモノクルをかざして確認をする。既に私から余った力をモノクルに移動させているので、天眼は発動されている状態だ。

 どうやらラオシャの力という事であれば、私から流した力であっても綾乃でも扱えるようだ。


「何か⋯⋯電話の周りがパチパチしてる⋯⋯」

「パチパチ?」


「うん⋯⋯電気みたいなのが⋯⋯迷魂のイタズラかな⋯⋯」

 どうやら綾乃の視点からは、デスクに設置された電話から伸びている電話線が電気のような物をパチパチと帯びて見えているらしい。

 

「赤い迷魂はイタズラするってラオシャが言ってたね⋯⋯それで電話の件で矛盾があったのかも⋯⋯」


「憑依した状態でどこまで出来るかの実験⋯⋯だったりして⋯⋯」

「手を踏まれた時から思ってたけど、ちょっと立ち悪いな〜⋯⋯」


 そうして気配を絶っている中でデスクの前で話し合っていると、綾乃がいち早く沙莉に気付いて、咄嗟に私の手を引っ張ってデスクの下に隠れ出した。


「はっ、こ、小夏ちゃん、沙莉が⋯⋯」

「おっと⋯⋯流石にこんなとこで暴れられたらヤバいし、移動しないとね⋯⋯綾乃」


「うん⋯⋯?」

 お互いしゃがんだままで顔を合わせて、この先の作戦を練る事にした。


「沙莉は絶対私を追いかけるはずだから、綾乃は先に屋上に行ってラオシャ達と合流して。私はまだ手錠一発くらいは作れるから、上手い事誘導してみせる」


「一人で大丈夫⋯⋯?」

 確実性がない為、私は目を泳がせながら答える。

「⋯⋯まあ、多分⋯⋯最悪の場合、無理して力使うかもだけど⋯⋯」


「絶対乗り切ってね⋯⋯約束」

 私に顔を近づけて真剣な表情で囁きかける綾乃を、私は肩を掴んで安心させた。


「ち、近い近い⋯⋯大丈夫、無理はなるべく控えるから⋯⋯」


「じゃあ、行こう⋯⋯!」

「おっけ⋯⋯」


 私達はお互い立ち上がって職員室を後にする。タイミング良く二人左右別々の扉を、沙莉を挟み撃ちにする形で開けて見せた。

 沙莉はやはり後ろにいる私の方を振り向いて、赤い眼を光らせて睨み付けて来た。今にも飛びかかって来そうな沙莉を私は距離を取りつつ、向かい側にいる綾乃に逃げるよう相槌を打つ。


 綾乃も相槌に合わせて反対側から屋上へと向かっていった。


 憑依された沙莉と二人きり、じりじりと寄ってくる沙莉に対して距離を保ちつつ、様子を伺う時間が流れた。

 沙莉の手をよく見てみると、空き教室で放った浄化の枷の手錠が外されている。


「ていうか手錠、いつの間にか外されてるし⋯⋯憑依って凄いね沙莉⋯⋯顔怖いよ沙莉⋯⋯」


 私が思わず軽口を開くと沙莉はさらに顔を険しくさせて、真っ直ぐこちらに走り出してきた。私もその動きに反応して走り出す。何も対策していなければ、暗くなり出したこの校舎の中音を響かせて追いかけっこをしているだろう。

 私は追いつかれない様、必死になって廊下を長い距離を駆け抜けた。

「やっば⋯⋯もう屋上行っちゃいたい⋯⋯!」


 前だけ見て走っている為表情は読み取れないが、憑依された沙莉の声色からして確実に人間離れした形相で後ろについているのだろう。唸り声が常に私の背後から聞こえてくる。

「ウアアアアァァッッッ!!!」


「叫びたいのこっちだから⋯⋯!」

 走ったまま廊下を右に曲がり、階段を登る。こんなに段を飛ばして登ったのはいつぶりだろうか。そろそろ足が痛くてしょうがない。


 そんな時、階段を登り切る所で後ろからの唸り声が急接近し、私の頭上を通り過ぎたと思ったら、瞬きをした次の瞬間、後ろにいた沙莉は私の目の前へ移動していた。

「えええっ!? それ反則!」

 私の頭上をひとっ飛びで跳躍したというのか、あまりにも人間離れした跳躍力を見せつけられて、一気に心拍数が跳ね上がる。驚く間も無く私は次の階段を登ろうとしたが、背後から沙莉に手を掴まれて思い切り引っ張られた。

「クッソ⋯⋯ッ!」

 負けじと引っ張られた反動で身体が後ろに傾いしまうのを利用して、浄化の枷ピュリカフスを身体を捻りながら沙莉の足に向けて放った。

 今度は放たれた勢いで沙莉が転び、私と同じく隣に倒れ伏した。

「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯。もうっ⋯⋯バトル漫画じゃ、ないんだから⋯⋯」

 すぐさま息も絶え絶えのまま身体を起こして、目の前の屋上に続く階段を手摺りにもたれかかりながら登る。沙莉はまだ廊下に伏しているが、間もなく足の枷を外して私を再び狙うだろう。

 

 呼吸を整えながらゆっくりと登り、屋上に続く鉄製のドアを開けた。

「はぁ⋯⋯着いた⋯⋯」


 外はすっかり夕方も落ちて空は暗くなりかけている中、見渡すと奥の方でラオシャと紬先輩、綾乃も合流しているのが見えた。紬先輩と綾乃が駆け寄って、私を左右で支えてくれた。

「ラオシャ〜⋯⋯どう? 貯まった?」


「後もう少しじゃ⋯⋯おい、おいおい来とるぞ!」

 集中していたラオシャが眼を見開いて声を上げた。

 後ろを振り向くと、恐らくそのまま這いずって登って来た沙莉の姿がドアの近くで確認出来る。そんな状態でも私を睨むのを止めてくれない。


「怖くなってきた⋯⋯ラオシャ⋯⋯」

「まだじゃ⋯⋯もう少し⋯⋯」


「何か無いの綾乃!」

「わわ、私も力使い切っちゃいまして⋯⋯」

 紬先輩が慌てて綾乃に頼るも、私と同じでガス欠になっていたらしい。

 焦っていると、沙莉が立ち上がり、また私の方へ走りだしてきた。


「止めて、沙莉っ⋯⋯!」

 私達は逃げる事もままならず、襲ってくる沙莉の手から顔ごと背けて目を瞑った。


 しかし瞑っていた瞬間、横からガシャンとフェンスを踏む様な音が聞こえて、更にその次には沙莉の鈍い声が私の前から遠ざかっていった。



 私は恐る恐る眼を開くと、目の前には黒のブーツにオーバーサイズのシャツ、栗色の長く綺麗な髪が目に入って、それは、私の理想のファッションを着こなした姿の──


「相変わらず、憑依した迷魂は人間に対して偉そうだね。ね、後輩ちゃん♪」


 女神がいた。私の目の前に女神がいた。


「か、か⋯⋯彼方さぁん⋯⋯」


 私は思わず涙ぐみ、崩れ落ちながら彼方さんの名前を呼んだ。

 彼方さんはこんな時でもいつもの調子で私の肩に手を置いて話しかけ始めた。左右の二人は崩れた私を支えてくれている。


 沙莉はというと、後ろの方でなにやら地面から伸びた赤い鎖の様なもので見事に縛り付けられている。あの一瞬でここまでやってのけたのか。


「いや〜、隣町の方から人の気配が何人か消え出したからさ、それを急いで空から走って来たんだけど〜⋯⋯」


 予想外な駆け付け方に驚いたが、それよりも助けにきてくれたことが何よりも嬉しい。彼方さんが今は眩しくて仕方ない。

「本当にありがとうございます⋯⋯あ、ああ、そうだ。ラオシャは⋯⋯」

 

 少し落ち着いて涙を拭って、ラオシャの方を振り返った。すると遠くにいるラオシャはこちらに駆け寄って来た。

「うむ。完了じゃ! 貯まったぞ!」


「よし⋯⋯じゃあ行こう⋯⋯彼方さん、見てて下さい!私、神衣を使います⋯⋯!」


「お、良いじゃん神衣、使ってみ♪」

「やってやりなさい、小夏!」

「小夏ちゃん、頑張って⋯⋯!」


「ラオシャ!」

 私の言葉を待っていた様にラオシャは私の身体を登り、私の後頭部に身体をモフっと寄せた。最初もこの姿勢で始まったよね。ラオシャは高らかに声を上げて、私の額に肉球をグッと押し付けた。


 そのタイミングで私の足元から広がる様に魔法陣のようなものが地面に浮かび上がり、私の周りを緑色の光が暗い景色を照らし出した。


「依代司るは神の衣、我、真名の開示により力を解き放つ──」

 その詠唱と共に、私の意識が遠のいて行く。私はラオシャに身を任せ、そこで意識が絶たれた。

神 衣キャット猫魂インクルージョン──の全権限をもって、全ての──を依代に刻む」


     ✳︎


 小夏ちゃんの足元から現れた何かが書かれた輪っかの模様が光り出していたが、今度はそれが収縮し、小夏ちゃんの中に入り、光り出した。


 その眩しさに私達は腕で視界を覆ったが、暫くすると光は消えた。


 再び私達が小夏ちゃんのいた場所へ目をやると、そこには制服の上から巫女服の様な装飾の羽織りを着た小夏ちゃんが猫耳を生やし、エメラルドグリーンの様な眼を輝かせてそこに立っていた。


「小夏ちゃん⋯⋯?」

 いつもおさげにする為に結んでいた髪ゴムが解けて、いつもの小夏ちゃんの纏う雰囲気が無くなっていた。

「なんだか神様っぽいわね⋯⋯」

「成功したね、後輩ちゃん。それが猫巫女。猫巫女小夏ちゃん♪」


 羽織りを着た猫耳の小夏ちゃんは両手を広げ、手の先から自分の身体の半分ほどの大きさの光の輪をそれぞれ作り出し、沙莉に向かって手をかざした。

 かざした手に反応して光の輪は沙莉目掛けて放たれ、赤い鎖の上から更に拘束させた。


 拘束された沙莉は顔を歪め、そのまま光の輪で拘束されたまま小夏ちゃんの元へ手繰り寄せられる。


 小夏ちゃんの元へ寄せられた沙莉にそのまま身体を近寄らせ、お互いの額を重ね合わせ始めた。すると小夏ちゃんは光り出して。

「中の方は任せたぞ、小夏よ」

 小夏ちゃんの口からラオシャくんの様な口調が発せられて、沙莉の中に小夏ちゃんが入り込んだ様に見えた。


     ✳︎


 遠ざかった意識を何とか起こす為、私はゆっくりと指先から起こしていく。


 指先から手を、足先から足を。瞼をゆっくりと開き、意識を徐々に起こしていく。

 眼前に広がる景色を見渡すが、真っ白な空間に私は身体を横にして浮かんでいた。まだ夢でも見ているのだろうか、そのまま身体を起こして辺りを確認する。


 海の中にいる様な感覚で浮いているが、呼吸は出来た。上を見ても、下を見ても、そこは白だけが無限に広がっている様な世界。


「ここ、どこ⋯⋯」


 私は静かに囁くと、浮かんでいた感覚が一気に無くなり、下から急降下し始めた。私は流れに身を任せ、そのまま身体を落とし続ける。

 

『お前のいない世界は寂しいよ⋯⋯』

 

 そんな言葉が微かに聞こえて来た気がするが、私は気にも止めず落ち続ける。


 暫くすると現実の空へ移動しており、それまで虚にしていた私は危険を察知したが既に遅く、そのまま地面へ着地した。

「⋯⋯死んだかと思った⋯⋯てかここ⋯⋯」

 重力を完全に無視したゆっくりとした着地と共に眼前を見渡すと、そこは放課後すぐに訪れた沙莉の家だった。


「どういう事⋯⋯? あっ⋯⋯」

 不思議がってその場から振り返ると、一人の小さな女の子を、遠くから見つめる私と同じ制服の見慣れたショートカットの少女が立っていた。私はそこに近寄ろうとしたが景色が暗転して制服の少女一人のみになった。


「沙莉⋯⋯」

 少女の沙莉は俯いたまま口を開く。

「別に皆んな悪くないねん⋯⋯私のメンタルが弱かっただけ⋯⋯」

 

「うん」

「お姉ちゃんと重ねちゃったのが原因で⋯⋯」

 私はそっと身を寄せて、制服の袖で俯いた沙莉の涙を拭う。

「お姉ちゃんの事は後で聞くとして⋯⋯。私達はずっと一緒にいるよ⋯⋯大丈夫⋯⋯」

 そっと抱き寄せて、小さい私の胸に沙莉を包む。

「こなっちゃん⋯⋯」

 現実の様な空間の中が次第に白くなっていき、あっという間に辺りを染め上げた。

 すると抱き寄せていた沙莉が消えて、遠くから小さい女の子が泣き声を上げて蹲っていた。


「もう良いか〜い⋯⋯もーいいーかーい⋯⋯おねえちゃん⋯⋯なんで⋯⋯」


「ホント、沙莉はさ⋯⋯」

 私は少し微笑んだまま女の子に近付いて、肩に手を添えて一言囁くと、その世界は消え去って、私の意識は再び遠のいた。


 『沙莉、み〜つけた』


     ✳︎


 意識が急激に戻った感覚があった。眼を開くと立ったままだったからだ。

 それに頭に変な違和感がある。聞こえてくる音がいつもより頭の上からの様な⋯⋯。


「はっ⋯⋯!」

「あ、目覚めたね〜、今はラオシャなのかな、それとも後輩ちゃん?」

「目も耳もまだそのままですね⋯⋯」


「えっと⋯⋯どういう状況⋯⋯?」

「あ、声が小夏ちゃんです⋯⋯彼方さん!」


 私の目の前で友達と推しが仲良くしている光景が見えるのだけど、何があったのだろうか⋯⋯。

「あ、沙莉! そう言えば沙莉は?」

 辺りを見回して沙莉を探すと、すぐ足元でぐっすりと笑顔で眠る沙莉の姿があった。


「良かった、迷魂、いなくなってる⋯⋯ん? あれ?」

 見回した時に何かを羽織っている事に気付き、そして頭の違和感にそっと手を伸ばして触れてみる。

 

 完全に猫耳が頭から生えていた。感度が良いのか触る度にソワソワする。慌てて私はラオシャを呼んだ。


「え、ええ⋯⋯生えてる!? ラ、ラオシャ⋯⋯!? ラオシャ⋯⋯!」

 ラオシャを呼ぶと、私の意識の横を割り込まれる様な感覚が起こり、私の口が勝手に動き出した。

「聞こえとる。なんじゃ」

「これ⋯⋯どういう事⋯⋯」

「これが神衣じゃ。気に入ったか?」


 私の中で取っ替え引っ替え意識を交代して喋る様な⋯⋯よく分からない感覚が私を固まらせる。

「えっと⋯⋯彼方さん⋯⋯」


「説明してあげよう♪ 神衣はね、一時的に契約者と同化して、猫の全機能を発揮する事なんだよ。その代償に小夏ちゃんは猫耳に常時発動された天眼、意識の中に猫が、そしてその羽織りが付いてくるの。猫巫女の証だね」

 推しに説明されても今の私には殆ど理解出来なかった。取り敢えず今はこの状態を解きたいのだが⋯⋯。


「えっと⋯⋯ラオシャ⋯⋯元に戻ろう⋯⋯? 取り敢えず」

「残念ながら後ニ時間はこのままじゃ」


 限界だった。私はもう意識をラオシャに委ねて眠る事にした。後のことなど知らない。沙莉もこんな面白い寝顔だし、もう夜だし。

「ふむ⋯⋯小夏は眠りよったわ。ではワシは小夏の身体のまま、沙莉を家に届けよう」


「じゃあアタシも責任を持って、紬と綾乃を送り届けてあげる」

「あ、お世話になります」

「ありがとうございます⋯⋯」


「ふふふ⋯⋯小夏の身体はここまで華奢なのじゃな⋯⋯」


     ✳︎


 その日の夜、ラオシャは小夏の身体を借りて、こっそりと沙莉の家の部屋の布団へ移動させ、彼方さんは紬先輩と綾乃を上手い事送り届けたらしい。


 沙莉を返したラオシャはそのまま私の自室の窓から戻って布団で寝たらしい。不思議な事に沙莉に踏まれた手は治っており、何も無かった様に動かせる様になっていた。


 翌日の朝、私はいつも通り準備をして登校したが、学校の様子も変わりなく、沙莉や私達を見かけたという噂は一つも聞かなかった。


 昇降口の靴箱の前で履き替えていると、私の後ろから突進してくるいつもの彼女の重みがのしかかる。しかし今はその重みが嬉しかった。

 昨日はあんな怖かったのに、彼女は満開の笑顔を私に見せながらこう言った。


「こなっちゃん、見っけ!」

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