第五話 絆の猫巫女 中編

「ええ!? 沙莉なら今日の朝普通に学校に通っていったわよ?」


「え⋯⋯?」


 私達は動揺を隠せず、お互いの顔を見合わせた。


 一体どうなっているのか⋯⋯。

 

「すみません、お母さん。沙莉さんの朝の様子を伺ってもよろしいですか?」

 私達が戸惑っている中で紬先輩が切り出し、とりあえず沙莉のお母さんから話を聞いてみることにした。


「うーん⋯⋯いつも通りだった筈だけど⋯⋯」

「でしたら、昨日はどうでしたか⋯⋯? 些細な事でも良いんです⋯⋯」

 綾乃も深刻そうな顔を見せて、少し前のめりに沙莉のお母さんに尋ねる。


「昨日、昨日⋯⋯そう言えば、いつもなら帰ってすぐ友達の事を話してくれるのに、静かに自分の部屋に向かって行ってたかな⋯⋯本当にそのくらいで、後はいつも通りだったのよ」

 

「そうですか⋯⋯」

 綾乃は昨日の事を思い出しているのか、顔を俯かせて小さく言葉を返した。


「とにかくお母さんは、一度学校へ連絡してもらえないでしょうか? 私達も心当たりのある場所を回ってみます」


「そうね⋯⋯そうしてみる。あなた達も気を付けてね⋯⋯無理はしなくて良いからね」

 

「はい⋯⋯! ありがとうございます! 綾乃、絶対見つけよう」


「うん⋯⋯」


「それでは失礼します⋯⋯ありがとうございました」


 お母さんとの会話を終え、沙莉の家を後にして間も無く私達は、沙莉を探す為に行動を起こす事にした。


「じゃあ、手分けして探します?」


「私は沙莉の寄り道しそうな場所を当たってみるわ。何かあったら、スマホで連絡して」

「分かりました」

「はい⋯⋯」


 紬先輩はすぐにその場を移動して、沙莉を探しに走って行った。

 

 二人きりになって私は、途中から感じていた違和感を綾乃に伝えながら場所を移動していた。


「綾乃⋯⋯私ちょっと違和感があって⋯⋯」

「違和感⋯⋯?」

「うん。私達は、沙莉が学校に来ていない事を何で知った?」


「あっ⋯⋯私が先生から聞いて、連絡が来てなくてって⋯⋯」

 

「そう。先生側も、絶対沙莉の家に連絡を入れてる筈だよね。でも沙莉のお母さんは、それを知らされていない様な素振りだったの」


 綾乃は真剣な表情のまま、私と肩を並べて歩きながら話を聞いている。

 

「用事があって電話に出ていないとしても留守電はある筈だから、こんな事あり得ないと思うの」


「それはそうだね⋯⋯あり得ないことが起こってる⋯⋯ラオシャ君に、相談してみる?」


 綾乃は歩みを止めて、私に提案を渡してきた。

 確かに少し現実的じゃないこの一件は、猫巫女の私達とラオシャが適役なのかもしれない。

 

「ラオシャか⋯⋯なるほど。じゃあ一度私の家に行ってみよう」

「うん⋯⋯!」

 

     ✳︎


 沙莉の捜索と疑問解決の為、自室からラオシャを連れて、お盆祭りの時と同じく私のリュックの中で顔だけ出して、話をしながら学校まで向かう事にした。


 そういえば家からラオシャを連れてくる際、私の部屋の奥にある机の横にある普段のラオシャの定位置から蓋の開けられたツナ缶が匂いを発しており、ラオシャもそのツナ缶を前にしていたのだが容赦なく私が連れ去った為、予定なら今頃ツナ缶パラダイスだったのだろう。

 ずっとジト目のままラオシャは表情を動かさないでいる。ごめんよラオシャ。許さなくて良いけど、今は沙莉が最優先なのだ。


 一応紬先輩にメッセージを送り、学校で合流してもらう事にした。


「まあそんな訳で、私はもしかしたら怪異っぽい案件かなと」


「⋯⋯まあ、あり得ん話ではないな⋯⋯人間側の犯行でない場合、迷魂かもしれんしな」

 リュックから顔を出したままラオシャは会話に応えている。

 

「迷魂って⋯⋯人に干渉したりするの⋯⋯?」

 隣の綾乃が口を開いて言った。

 確かに今まで見てきた迷魂は逃げる事や隠れる事はあっても、襲ってきたり、害をなす事はしてこなかった。

 

「迷魂とは死者の魂が現世にさまよう存在、しかしその中でもわざと現世に留まり、悪戯や悪さをする迷魂だって勿論おるぞ。なんてったって元は人間が大半じゃからな」


「そんな迷魂も居るんだね⋯⋯でも沙莉の件で悪戯した所で、何か意味あるのかな⋯⋯」

 

「どうじゃろうな。その辺は直接聞いてみなきゃ分からんの」


「とにかく学校にもう一度向かおう⋯⋯」

 

     ✳︎


 会話を交わしながら学校まで着いて、紬先輩とも校門の前で合流した。

 部活動に勤しむ生徒もチラホラと帰り始めている。既に町はオレンジに包まれて暗くなっていく時刻だ。

 

「⋯⋯で、なんで猫連れてきてるの、小夏は⋯⋯」

 紬先輩は当然私の背中にいる猫を指摘した。

「紬先輩にもいずれ話さないと駄目だと思ったので話すんですけど、私達、実は猫巫女って言うのをやってまして⋯⋯」


 こんなタイミングになってしまったが、紬先輩にも猫巫女活動について打ち明ける事にした。後にも先にも迷魂が関わる以上、もう隠す必要はないだろう。


 しかし猫巫女について説明しようと私が話そうとした矢先、綾乃が声大きく張って、屋上の方へ指を指した。


「⋯⋯ああっ⋯⋯! こ、小夏ちゃん! 紬さん! お、屋上に⋯⋯!」


「え⋯⋯?」

 綾乃の指した方向へ見上げると、確かにその屋上に人が居るのが見えた。


 その人物の顔を見て私達は言葉を失いかける。


 視線の先、学校の屋上に、なんと沙莉が居た。


 私達は顔を見合わせた後、一目散に屋上まで走って向かった。


 二階三階四階と駆け上がって、屋上に続くドアを開けた。


「沙莉!!」

 息を整えながら屋上の真ん中で佇む人物を少し近付いて確認する。

 そしてすぐにその異常さが空気を一変させた。

「あれ⋯⋯沙莉⋯⋯その格好⋯⋯」

 

 確かに沙莉で間違いないはずだが、黒髪だったのが金髪に変化し、眼の色も赤く輝いており、制服のまま顔だけを動かして、私達を視認している。


「どうなってるの⋯⋯」

 沙莉の異様な変容に紬先輩が思わず言葉を漏らした。

 

「ウウオオオオアアァァァァッッ!!!」

 するとその瞬間、変容した沙莉が空気を裂く様な叫びを上げて、私に向かって走り出してきた。

 異変を察知したラオシャはリュックから避難する。


「な、なに、沙莉、ねえ沙莉!どうしたの!」


 私の言葉には耳も傾けず両手を前に向かってきて、そのまま私は両肩を掴まれ、壁に背中から叩きつけられて膝をつき、その場で地面に突っ伏した。

 

「ぐううっっ!⋯⋯さい⋯⋯り⋯⋯」

 叩きつけられた衝撃で身体が痺れ、鈍痛が全身を駆け巡る。


「小夏ちゃん!」

「小夏!」

 綾乃と紬先輩の声がかなり遠く感じる。


 視界も少しボヤける中で、徐に何とか左手をリュックまで持っていきモノクルを取り出した。


 しかし沙莉の足がモノクルを掴んだ私の左手に目掛けて振り下され、掴んだモノクルは音を立てて地面に滑り落ちた。

  

「ったぁ! ぐっ! ⋯⋯ラオシャッ! 綾乃に投げてッ!」


 私の叫びにラオシャは咄嗟に反応して走り出し、モノクルを口に咥えると綾乃へ思い切り投げつけた。

 

 沙莉は険しい表情のままラオシャには目も向けず、私の手を踏み付けて睨みつけている。

 あの元気でひょうきんな沙莉からは想像も付かないほど冷たく痛い視線が、私に突き刺さって離れない。

 

 ラオシャはモノクルを綾乃に渡してすぐ、綾乃の頭に乗って基本スタイルを取った。

 綾乃も即座にモノクルをかけて天眼の準備をする。


「綾乃、天眼じゃ。時間が無い。早くしろ!」

「うん⋯⋯! つ、石蕗⋯⋯!」


 綾乃は花模様の天眼を発動させて、沙莉を凝視した。


「な、何がなんだか⋯⋯」

 紬先輩は咄嗟の出来事に身体を動かせずにいる。無理もない、こんな事は日常ではあり得ないのだから。


「沙莉の身体に⋯⋯赤い反応の⋯⋯迷魂が⋯⋯!」


 綾乃は沙莉の中にいる赤い迷魂を捉えて、ラオシャに報告する。それに聞いたラオシャは表情を強張らせ、私に声を上げながら注意を促した。


「やはり赤色の⋯⋯よく聞け小夏! そこにいる沙莉は迷魂に憑依されておる! しかも赤色じゃ!」


「憑依⋯⋯憑依って⋯⋯こんな時に初めてのパターン⋯⋯ヤバイじゃん⋯⋯ラオシャ⋯⋯」


 倒れたままの私は危険を察し、ラオシャの名前を零してしまった。

 鈍痛がまだ身体を駆け巡っており、上手く思考が定まらない。


 憑依された沙莉に踏まれた左手も、痛み以外の感覚が分からなくなってきた。


「仕方ない⋯⋯小夏! ワシの鈴に触れろ!」


 そう言うとラオシャは綾乃から離れ、私に向かって走り出した。


 それを聞いた私は右手の指を微かに動かそうとする。


 憑依された沙莉は、接近してくるラオシャを両腕を振り回して妨害するが、ラオシャは何とかそれらをかわして私の手の元へ近寄った。


 私は近付いたラオシャの首輪の鈴に何とか手を動かして触れてみせた。


 すると鈴から光が放たれ私とラオシャを包みこんだ。沙莉はその光を腕で遮り、その場から距離を取った。


「一時凌ぎじゃ⋯⋯」

 暫くすると光は消えて、私とラオシャは綾乃の近くまで移動していた。


「よし、紬よ! 小夏を抱えて一時撤退じゃ、くせんか!」


 しかし動揺したまま紬先輩は身体を動かせずにいた。

 私も必死に声を出して、紬先輩に助けを求めた。

「せんぱい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯ちょっとだけ、助けて⋯⋯」


 紬先輩は身体を震わせながら、痛みで身体を起こせない私を見て立ち尽くしている。


「ああ⋯⋯ああ⋯⋯」

「紬さん⋯⋯!」


 綾乃達の呼びかけで紬先輩は顔をハッとさせ、自分で顔を両手で叩いて何とか奮起させて、私を抱きかかえてくれた。

「⋯⋯全然何にも分かんないけど⋯⋯今は逃げるしか無いのね⋯⋯!?」


「とにかく今は隠れられる所まで行くんじゃ⋯⋯!」

 

 私達は急いで屋上を後にして階段を降り、空き教室まで身を隠す事にした。


     ✳︎


 急いで鍵の掛かっていない空き教室へ駆け込んだ私達は、机を退かして私を優しく床へ置いてくれた。


 そこから少し経過して、少しだけ身体の痛みが引き動ける様にはなった。踏まれた方の手はまだ自由が効かないが、片手で浄化の枷ピュリカフスくらいは作れるだろう。


 そして私が動ける様になるまでの間に、ラオシャと綾乃が紬先輩に猫巫女に関して話してくれていた様で。


 紬先輩もようやく落ち着きを取り戻したのか、いつも通りの冷静な顔に戻ってくれていた。


「さて⋯⋯沙莉の状態じゃが⋯⋯」

 ラオシャの言葉に全員が耳を傾ける。


「現世で悪さを働く赤い反応の迷魂が、よりにもよって沙莉に憑依までしよった⋯⋯。こうなると、迷魂を引き剥がさねばならんぞ⋯⋯」

  

「引き剥がすには、どうしたら⋯⋯」

 食い気味に私が口を出す。


「小夏ちゃん⋯⋯その状態じゃ⋯⋯」

「⋯⋯ラオシャ⋯⋯」

 

神衣かむいを⋯⋯使わねばならん。小夏なら耐えられるであろうが⋯⋯」


 私は迷う事なくラオシャの提案を呑んだ。

「じゃあ、それで行こう」

 

 綾乃が私に近寄って静止しようとする。

 紬先輩も近寄りはしないが、困った表情を浮かべて私にやめて欲しそうに訴えている。


 そんな二人を見て、私は顔を横に振った。


「⋯⋯沙莉は絶対に助けるし、私も無事でいますから⋯⋯それに、こういう時のパートナーの意見は信頼出来るので」


「ふふふ、分かっておるではないか。ツナ缶の件はチャラじゃな」

 ラオシャと顔を見合わせて、お互い笑顔で信頼を刻む。

 

 そんな私達を見て、綾乃と紬先輩も何かが解ける様に笑みを見せてくれた。


「ラオシャくん⋯⋯神衣っていうのは⋯⋯」

  

「うむ。神衣の使用には、それなりに力を貯める時間が必要じゃから、沙莉から上手く逃げ切って、時間を稼いで欲しいのう」


 ラオシャの提案に紬先輩が一番に反応した。


「じゃあ、ラオシャさんだけ屋上に置いて、沙莉を私達で誘導して行くってのはどう?」


「学校中を⋯⋯追いかけっこするって事ですか⋯⋯?」


「最終的にまた屋上まで誘い込んで、神衣を使って引き剥がすって感じかな。良いですね、それで行きましょう⋯⋯!」


「ふむ。ならまずは⋯⋯」


 日も暮れて、夜が差し掛かる頃。


 私達は一致団結し、憑依した赤い迷魂を沙莉から引き剥がす作戦を立てるのでした。

 


 

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