第五話 絆の猫巫女 前編

 楽しかった夏休みも過ぎ去って、学校が始まった今日の放課後。夕陽のオレンジが差し込んで、町を包み始める時間帯だ。

 私と綾乃は迷魂を送り迎えする為に、町から少し外れた人目の無い雑木林まで足を運んでいた。


 夏休みの間に鍛え続けた綾乃の成果が見れる事もあって内心ドキドキしていたが、私以上に綾乃の方が緊張しているだろう。


 既に浮き足立って表情を固めた綾乃はラオシャを両手で抱えて、私と足並みを揃えて迷魂の元へ歩いている。


 そして数分歩いた先で迷魂の反応が近くなったので、私達は足を止めて辺りを見渡した。


 今回の迷魂はやけに反応が明滅しており、私の天眼でも捉えにくい。ラオシャは口を開いて、綾乃に指示を出し始めた。


「綾乃よ、練習の成果を見せる時じゃ。お前だけの天眼を使用するぞ。」

 

 『おまえだけの』という特別感を感じさせるそのフレーズを隣で聞いて、私の中で少し期待が募った。


 綾乃の猫巫女練習は私の自室で夏休みの課題消化のついでで行っていた為、当然私もその場に居て、ゲームのロード中にチラチラと練習風景も見ていたはずなのだが、何か特別な事をやっている様には思わなかった。


 そして綾乃もそれに応える様にラオシャを頭に乗せて、天眼の準備をする。


 綾乃の天眼で見つけた迷魂を、私の浄化の枷ピュリカフスを使って確保するという作戦を予め立てていたので、私も両手を添えて、その間に光体を作りながら綾乃の天眼発動を待った。


「よ、よし⋯⋯ラオシャくん、やろう⋯⋯! 天眼⋯⋯」

 『うむ』といういつもの返事から肉球に力を流し始めて、綾乃も合わせて天眼の名前を口に出した。


「天眼⋯⋯石蕗⋯⋯!」


 少し気になって綾乃の顔を覗いてみると、私と同じ天眼の星模様が溶けて、花模様へと変化していた。花模様の周りには花びらが舞っていて、とても美しい。

 恐らく綾乃自身の応用を効かせた技だろう。


 花模様の眼を動かして、迷魂を探し始めた。そしてすぐに綾乃が声を上げて私に報告した。


「えっと⋯⋯居た、居たよ! あそこの草むらの所に⋯⋯!」


 僅かな時間で私でも見つけにくい迷魂の反応をいち早く感知して、綾乃は迷魂の隠れた草むらへ指を指した。


「す、凄い、綾乃⋯⋯! よし! 私も行くよ〜⋯⋯狙い定めて⋯⋯」


 驚く間も無く私は、その草むらに隠れているであろう迷魂に向けて、既に作っていた浄化の枷ピュリカフスを更に投げやすくする為に手錠とそっくりに形作って、思い切り投げつけた。


浄化の枷ピュリカフス!」


 七メートル程離れた草むらに向けて放った光を帯びた手錠は、カチャッという音と共に、私の元へ迷魂と共に引き寄せられた。


「こんなもんですよ⋯⋯」

 私は自信たっぷりに鼻を高くさせて、ふんすふんすと鼻を鳴らして自身の猫巫女力を見せつけた。

 

「ふふふっ⋯⋯ホントに凄いね、小夏ちゃん」


 綾乃はそんな自慢を塗りたくった私の顔を見て、クスッと笑いながらも軽く褒めてくれた。


 綾乃の頭の上にいるラオシャに目をやると、猫特有の『なんやこいつ⋯⋯』みたいな顔でジッと私を見つめていた。


 素直に褒めてくれない時には時折こんな顔を見せる様になったのだ。多分、恐らく、概ね心の中では拍手喝采くらい褒めてくれている、と思いたい。


「それほどでも⋯⋯。綾乃だって凄かったよ、あれが無かったら私も捕まえられてないから⋯⋯で、どういう仕組みになってるの?」


「あ⋯⋯えっと、私の天眼はね⋯⋯」


 綾乃が説明しようとした矢先、ラオシャが口を挟んで話を乗っ取った。


「綾乃の天眼は、全方位では無く感知に特化した省エネ版なのじゃ」


「えっと⋯⋯例えば私の使う天眼が基本の全方位型だとしたら、綾乃のは感知型、って事ね?」


「そうじゃ。あらゆる物体を見通して迷魂を探すというのが天眼の基本の骨組みじゃが、綾乃には全くそれが扱えなかった。なので物体を見通すのでは無くて、迷魂の反応にのみ集中する様、実はコッソリと綾乃に教えておいたのじゃな」


 続けて綾乃が説明をする。

「物を見透かしたりする事は出来ない代わりに、さっきみたいに見つけにくい反応でも拾うことだけは出来て⋯⋯逆にそれにしか対応してないから、長持ちするんだって⋯⋯ラオシャくん曰く⋯⋯」


「ま、ワシの力じゃから当然じゃな⋯⋯腹もそんなに減らんし」


 そう言うと綾乃が愛らしい上目遣いで私を見つめてきた。ラオシャは別にいつも通りである。


「綾乃の素質あってこそだよ⋯⋯うんうん。流石⋯⋯私以上に迷魂を探せる時点で十分だよ」


 綾乃が照れて眼を逸らす。

「小夏ちゃんあってこそだから⋯⋯でも、ありがとう⋯⋯。さ、早く送り迎え、しよ?」


「うん、じゃあ神社まで行こっか」


 そうして神社を目的地にして私達は、雑木林から抜ける為歩き出した。

 確保した迷魂はラオシャの鈴の中に入れている。

 

 思えば私一人から始まった猫巫女活動は、短い間で色んな出会いと縁を紡いできた気がする。

 ラオシャとの出会いはそれこそ唐突だったけど、今は何一つ後悔していない。いつも通りの日常は次第に変化して、私達の人生を彩っているのだと思うと、今は楽しくて仕方がない。


 そんな事を微かに思い、綾乃と談笑を交わしながら雑木林を抜けていると、前方から物陰が動いて私達の方へゆっくり近づいて来た。


 その物陰がハッキリと人の姿になったのは一瞬で、そして私達には見慣れた姿だった。


「そんなとこで何してんの〜! お二人さ〜ん!」

 

 沙莉から発せられる訛りの入った元気な声が、私達に向けてかけられる。

 

「沙莉ー! あー、えっと⋯⋯」


 間違っても猫巫女活動してましたとは言えないので、少し目を泳がせながら私から言い訳を述べた。

「な、何でもないよ。ただ二人で遊んでただけだから⋯⋯ね、綾乃」

「うん⋯⋯」

 

 こんな下手くそな言い訳は確実に沙莉の手のひらで転がされる、と思ったのだが、今回は反応が違った。沙莉は私達の言い訳を聞いた後、表情を変えずに口を開いた。

「そう⋯⋯楽しそうやな。二人で、ホンマに⋯⋯」


 いつもの沙莉と違う事は、この一言で分かる。

 綾乃が気遣って、沙莉を心配する様に優しく手を肩に当てて声をかけた。


「沙莉⋯⋯? 何かあった?」

 続けて私も声をかける。

「そうだよ。こういう時、何時もなら弄って来てくれたりするのに⋯⋯」


 沙莉は綾乃の手をそっと退けた。顔を下に向けて表情があまり読み取れないまま背中を向けて喋り始める。

「ちゃうねん⋯⋯二人一緒で、楽しそうなんは別に⋯⋯」

 

「だったらいつもみたいで居てよ、そんな暗い顔似合わないって」


「ごめん⋯⋯ちょっと調子悪いだけやから⋯⋯声掛けたんが不味かったわ⋯⋯ほな⋯⋯」

 背中を向けたまま沙莉は走り出して、私達から離れていってしまった。


「ねえ沙莉! ねえってば!」

「沙莉⋯⋯」

「ごめん!」

 

 私達の声は沙莉を止める事は出来ず、雑木林の中を寂しい空気が私達を包んで暗くさせる。


「どうしたのかな、沙莉」

「うん⋯⋯心配⋯⋯」

 

    ✳︎

 

 何でもない帰り道、私は姉の事を考えてしまっていた。姉は私より九歳年上で、小さい頃は良く遊んでくれていた。

 でも数年経って姉が大学生になった時から、私にあまり構ってくれなくなった。

 子供ながらに距離を感じた私は姉を自分から遠ざけて、段々話す事も無くなって、姉の事を徐々に嫌うようになってしまった。

 そしてまた暫くすると姉は上京して、最近飼い始めた猫と共に実家を離れてしまい、仲直りする間も無いまま時が流れて今に至る。


 私の後悔といえばそのくらいだ。

 そのくらいだった。

 近くの雑木林を走り抜けて、二人との距離に既視感を感じる前までは。


 走り続けた私は流れそうな涙を堪えながら町を駆けて、気付けば家の近くまで来ていた。


 姉と重ねてしまった私が悪い事は分かっている。声をかけた時はそんな事思わなかったのに、話していく流れで、私はまた同じような後悔を生んでしまった。


 私は立ち止まって、両腕で溢れそうな涙を抑える。小夏達は何も悪くないのに。


 ピタピタと零れ落ちて、涙がアスファルトを濡らす。寂しさで心に穴が空く。


「ごめん⋯⋯ごめん⋯⋯」


 そんな私を横から何かが囁きかけて来た。

「それだ⋯⋯」

 

 私は驚いて、抑えた涙を流しながら、声のする方向へ顔を向けた。

 しかしそこは家と家のほんの僅かで、たまに猫がそこに居るのを見つける程度の隙間だ。人が入れるような幅では無いのだが、そこから囁く声だけが私の耳に入ってくる。私は怖くなって、身体を震わせてそこから離れようとした。


「共鳴したな⋯⋯その心の隙間、借りるぞ⋯⋯」

 囁く声がそう言うと、その僅かな隙間から生暖かい風が私を包んで、ワタシハ──


    ✳︎


 翌日、沙莉との一件から送り迎えを済ませた私達はその場で解散して、お互い沙莉と電話やメッセージを送ったのだが、一つも返事は無かった。

 心配になりながらも何時もの様に準備をして登校し、授業を受けていたのだが、その休み時間、私の居るクラスから綾乃が慌てて入ってきた。


「こ、小夏ちゃん⋯⋯!」

 私も察して席を立って、扉越しの綾乃に駆け寄った。

「どうしたの⋯⋯! 今日沙莉は⋯⋯?」

 

 綾乃は首を振って。

「来てないの⋯⋯先生にも聞いたんだけど、連絡もまだ入ってないらしくて⋯⋯」


「なんで⋯⋯と、とりあえず放課後、沙莉の家に行ってみよう」

 

「うん⋯⋯」

 沙莉への心配が募り、その後の授業はあまり耳にも入っていなかった。


 昼休みには紬先輩にも沙莉の事を話して、放課後三人で沙莉の家へ赴く事にした。


     ✳︎


 沙莉の家は綾乃の家の隣にある、三階建ての黄色を基調とした家だ。

 私達は着くや否や、『香山』と書かれた表札の横にあるインターホンを押して、沙莉を呼び出そうとした。


「沙莉⋯⋯出て来て⋯⋯」

「はーい、あら、綾乃ちゃんに、沙莉の友達の⋯⋯」

 扉が開いて、中から沙莉のお母さんが出て来たので、沙莉がどういう状況なのか聞こうとした。


「どうも⋯⋯お母さん⋯⋯」

「突然済みません、小夏と言います」

「紬です、沙莉さんが今日、学校に登校されていなくて⋯⋯心配で来たのですが⋯⋯」


 すると沙莉のお母さんは驚いた表情を見せてこう言った。


「ええ!? 沙莉なら今日の朝普通に学校に通っていったわよ?」


「え⋯⋯!?」

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