23:心


 ストレの心を、焦りがよぎる。


 苦戦はしていない。むしろ善戦できている。


 しかし、何処か遊ばれている感覚がある。

 こちらは必死に、全力で戦っているのに、向こうはあくまで遊び半分で力の全てを出し切ってはいないような感覚。

 そのつもりはないが、弱気になっているのだろうか。だからそう感じてしまうのだろうか。


 敵の光線の猛攻を避けつつ肉薄。

 肩の莢と手に持った剣を連動させ、長大な刃を形成、敵に向けて振り下ろす。

 しかし、敵はその攻撃を絶対防壁をまとった翼で、あしらうように弾き返した。


 ストレは小さく舌打ちし、すかさず反対の腕で、莢の数を増やし更に強化した剣の一撃を打ち込む。


 結果は同じだった。


 アルゼリーゼの機体の、表情の無い顔が嘲笑ったように見え、ストレはひるむ。






 戦闘のさなか、突然にリリの声が響き渡った。


『リリシュティン・デュナンス・セシルより、シオンドールに生きる全ての皆様へ』


 アルゼリーゼの光線が無数に襲い掛かり、オルヴァニスは莢を駆使し、防ぎ、避け、反撃する。


『私達フォルシュニクは、ずっと戦い続けてきました。世界を、我々皆を支配し、抑圧する事で、己の我のみを満足させようとする者達と。そうすることで世界が解放され、皆が等しく、平和に暮らせる時代が来るものだと信じて』


 二柱の神々が互いの翼と剣を激しくぶつけあい、その度に大地が震え、大気が悲鳴を上げる。


『六大公家と戦いました。敵、味方に多くの犠牲が出ました。その悲しみの先には、束の間の勝利がありました。そして、その更に先には、卑劣な罠が待ち構えていました。心通わせた友人同士が殺し合いをする事態に陥りました。そしてついには、そうした人の愚かさ、醜さを断罪すると言う、神を騙るアルタモーダが現れました』


 アルゼリーゼが大地に光の柱を打ち立てる。

 オルヴァニスが光の刃を敵に振り下ろし、空が裂ける。


 神々の熾烈な戦いは、続く。






『この「神」こそが、人を縛りつける最大の枷なのでしょうか。この敵の存在を否定し、滅ぼせば、それで戦いは終わるのでしょうか』






 アンディエル領のはずれ、静かな林の中の小さな小屋。

 その中から、ケーレスタス・アンディエルとアルシス・オーディオが、遠くに光る戦いを見つめつつ、リリの声に耳を傾ける。


「以前君をオルヴァニスにぶつけたときに、姫に賭けを持ちかけたのだが、断られた、という事があった」


「へえ」


「その賭けは成立しない。だってストレが勝つに決まっているから、ときた。あの時は腹を抱えて笑ったが、今では何となくそれが理解できる」


「ええ、私もです」


「ストレは、勝つ」






 リリは緊張と恐怖で頭が真っ白だった。


 上手く伝わらなかったらどうしよう。

 伝わったとしても、受け入れられなかったらどうしよう。


 台本なんて用意していない。

 話が脈絡無く前後し、意味無く重複する。


 それでも、思いのままを言葉にして、語り続ける。

 どうしても人々に伝えたい事、伝えなければいけない事がある。


 リリはただ信じて、言葉を紡ぐ。






『それは、違います。ここに至り、私はようやく理解したのです。真に私達、人を支配する存在を』






 ヴァリオント・トトールを拘束している部屋の扉が、勢いよく吹き飛んだ。


「遅いぞ」


 体当たりで扉を吹き飛ばしたエトルが、勢いそのままに部屋に飛び込んでくる。

 続いてオルスと、それを支えるサリエルの姿。


「そうか? 忙しいお前だからな。たまには一人の時間も欲しいんじゃないかと、気をきかせたつもりだったんだが」


 オルスが疲れた顔で、笑いながら言う。

 ヴァリオントはその表情から大体の出来事を察した。


「冗談だ。すまないな、感謝する」


 拘束を解かれ、手首を揉みながら言う。






『それは、やはり、私達自身なのです。私達一人一人の心に巣食う弱さ、愚かさ、そういったものが、人を縛り、腐らせるのです。腐った人は、世界をも腐らせ、殺す』






 オルスが、ヴァリオントに拳銃を渡す。


「行って、ケリをつけてこいよ。俺は流石に疲れた。ここで一息つかせてもらう」


 ヴァリオントが、拳銃を見つめて言う。


「俺に、殺せ、と言うのか?」


「知るか。それぐらい自分で考えて決めろ」


「ふむ。いや、分かった。行ってくる。エトル、付いてきてくれ。サリエルはそのままオルスに付いててやれ」


「はい兄さん。気をつけて」


「ああ」


 ヴァリオントは、賢人達のもとへと向かった。






『そうではいけないのです。私達は皆、己の弱さと向き合わなければいけないのです。英雄のように強く、賢者のように賢くはなれないとしても、己の弱さ、愚かさとは、向き合うのです』






 天からの雷によって瓦礫の山と化した世界の街々で、人々がリリの映像に見入る。

 支配され、押し潰され、振り回され続け、疲れ果てた彼らの心に、リリの言葉が沁み込んでいく。






『そして、一人一人の知恵と勇気はたとえ小さなものだとしても、助けあうのです。隣の人と、近くの人と。そうして、繋がっていくのです。遠くの人と、世界中の人と。そうして全ての人々が助け合う事が叶えば、世界は間違った支配者や、都合のいい英雄など、必要とはしないはずです。私達は、皆で作っていかなければいけないのです、そうした世界を、これから!』






 リリは一旦言葉を切る。


 ちゃんと伝わっているだろうか。

 もっと言葉が必要だろうか、それとも、これ以上は蛇足だろうか。


 人々は自分の顔を見ているが、自分は人々の顔を見る事はできない。

 皆、自分の話を聞いて、どういう顔をしているのだろう。


 リリは不安になり、俯く。

 気弱になりそうになり、自分を叱咤する。


 言い出しっぺがそんな事でどうするのか。

 まず最初に、自分自身が今言った事を実践してみせなければいけないのに。


 リリは呼吸を整え、再び真っ直ぐに顔を上げた。






 ヴァリオントとエトルが警戒しつつ、長い通路を行く。

 しかし、なんら妨害するものは無い。

 静かに、足音だけが響く。


 目的の場所へと行き着き、ヴァリオントは扉に手をかけた。

 軽く力をこめると、それは何の抵抗も無く、あっさりと開いた。


 老人達の目が、ゆっくりと向けられる。


「来たか」


 ヴァリオントは素早く銃を構えたが、老人たちの表情を見て、すぐにそれを下ろした。


 老人達一人一人を見ていく。

 誰も彼もが死んだ目で、魂の抜けたような表情をしている。


 この者達は、もはや生きているとは言えなかった。


 ヴァリオントは感情のやり場に困り、銃を持つのとは反対の拳を堅く握り締め、壁に打ち付ける。


 大きな音が部屋に響いたが、誰一人反応する者は無かった。






 リリは、画面の向こうで戦うストレの姿を見つめる。

 この光景は、世界の人々も同じように見ているはずだ。


『私の大切な友人達が今、戦っています。どうか皆様も一緒に戦ってください。あの偽りの”神”を恐れないでください。あの敵を恐れれば、それはあの敵の正義となってしまう。それを否定するのです。これは、そういう戦いなのです。皆様、お願いいたします』


 リリは、ストレの無事を祈った。






 世界中の人々が、神々の戦いを見つめる。


 人々は、平和を求め、祈った。


 その心から、体から、光が零れ始める。

 まだ誰もその存在には気付いてはいない、目には見えないほど、小さく、弱々しい光。


 しかし、確かに人々が輝かせている光。






 アルゼリーゼは笑う。


 この小娘は何を言っているのか。

 どうせ人々の心には、そんな空虚な綺麗事は届かないし、響かない。


 人は、変わらない。

 変わらず、愚かだ。ずっとそうだった。


 オルヴァニスが性懲りも無く、光線を撃ってくる。

 それを翼で一薙ぎし、かき消す。


 もう十分に遊んだ。満足した。

 終わりにしよう。すべてを。


 オルヴァニスが全ての莢を砲に変え、光線を乱射する。

 それを相手にはせず、真っ向から受け止めながら、アルゼリーゼはオルヴァニスへと向かう。


 オルヴァニスは逃げようとするが、そうはいかない。

 右手を鋭く、その胸へ、コクピットへと、突きたて、貫く。






『ストレ!!』


 リリの絶叫が、シオンドールの大地に響き渡った。


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