21:それぞれの道
衛星軌道上を今尚漂流し続ける、船の残骸からの超高出力光線攻撃。
それをオルヴァニスは見事に防いで見せた。
船に積まれていた全二十二機のアルタモーダの内、アルゼリーゼだけは特別だった。
障害物の排除や、船殻の補修などの船外作業目的ではなく、純粋に敵性体との交戦のみを念頭に入れて設計された、唯一の完全なる戦闘用。
アルカナを直接取り込み、あるいは放出し、自在に操作するための、特殊装甲材による漆黒の躯体。
その本能が疼く。
「急場しのぎの擬似覚醒でしかないその形態で、どこまでやれるのかしら」
視線の先で戦闘準備を整えるオルヴァニスを見つめ、アルゼリーゼが笑いながら言う。
体内でカオンが必死に抵抗しているのを感じるが、気にはしない。
無謀にも、オルヴァニスが突進してくる。
「いいわ。私も久し振りに遊びたい。少しだけ構ってあげましょう」
アルゼリーゼはその翼を広げた。
オルヴァニスが高速でアルゼリーゼに迫る。
莢が二本しかなかったときとは違い、今では翼と、剣と、砲と、盾は、それぞれ同時に、柔軟かつ複雑に使い分けられる。
機体自体の本体性能も桁違いに向上している。
ストレと、少女と、マシンの連携もこれまで以上に密に繋がっている。
敵がどれだけ強力だとしても、ストレは負ける気がしなかった。
「やってみせる!」
二体の巨人が激しく衝突する。
アルゼリーゼはすかさず翼の一枚をオルヴァニスへと向ける。
羽根の一枚一枚が赤く光り、振動し、奇妙で耳障りな音を響かせる。
アルカナの結合を強制的に引き裂く、絶対攻撃。
ストレは咄嗟にその危険性を察知。
翼の数を増やし、回避。
そのまま全ての莢を砲に変え、渾身の一撃を放つ。
猛烈なエネルギーがアルゼリーゼを完全に飲み込み、全てが閃光に包まれる。
周囲の大気がプラズマ化し、妖しく輝く。
気圧の流れが変わり、突風が吹き荒れる。
衝撃に大地が震え、轟く。
やがて放射が終わると、歪んだ大気の向こうに、傷一つないアルゼリーゼの姿が見えた。
アルゼリーゼは羽根を重ね合わせ、オルヴァニスへのお返しとばかりに、同じように極大の光線を放った。
オルヴァニスは盾を駆使し、防壁を前面に重層展開しつつ、回避行動をとる。
一方で、放射された光線から燃えたぎる励起アルカナが飛び散り、街へと落ちそうになる。
バーダネオンとファシュトカはすかさず防壁を広範囲に展開し、街を護った。
最早これは神の化身ではなく、神々そのものによる戦いだった。
バーダネオンとファシュトカにはもはや付け入る隙はない。
それでも流れ弾から街を、人々を護るぐらいはできる。
「気にせず全力でやっちまえ、ストレ」
エリオスは歯痒さを感じつつ、そう言うしかなかった。
「すっげーな」
遠くの空で神々の放つ光が踊る。
その光景に目を奪われ、マリネが呟く。
リリは今、後から追いかけてきたマリネと合流し、そのギアに運ばれ移動している。
あの一見すると綺麗な輝きは、戦いの中で他者を否定し、拒絶する為に生み出されるものだ。
リリはそれを恐れた。
「急ぎましょう、マリネ隊長」
「あいよ。飛ばします。しっかり掴まっててくださいよ、姫様」
ギアが光に背を向け、地を疾走する。
「カオン! そこに居るんだろ? 何とかできないのか? そいつを止められないのか?」
ストレの声が、黒い空間に響く。
カオンは勿論そうしようと必死に抗っていた。
しかし、どうにもならない。
アルタモーダは勝手に動き、それにつられて自分の体も操られ、動かされる。
自分の意思とは関係なく。
「本当に?」
アルゼリーゼの声が、妖しく響く。
「貴方は心の片隅で、人の愚かさを認識している。それを嫌悪している。そんなもの、滅びてしまえ、と思っている」
「そんなわけがあるか! 僕を自由にしろ!」
「私が貴方を操っている? 本当に? そう自分で自分を偽り、信じこませているだけではなくて? 貴方は本当は自分の意思で、自分の手で、人を滅ぼそうとしているのではなくて?」
「ふざけるな!」
アルゼリーゼが嗤う。
「だって私は、ただの道具なのだから。人の意思を具現化するための物でしかない。貴方の、意思を」
「嘘だ!」
聖堂会本部前。
オルスとサリエルはエトルの操るギアに乗り、ここまで来た。
前方に黒いギアが立ちふさがっている。
その冷たい金属の顔が笑っているような錯覚をおぼえる。
中に居るのはもちろん、あの男だろう。
エトルの操縦桿を握る手が小さく震える。
その肩に手を乗せ、オルスが言った。
「大丈夫。落ち着け。お前なら、俺達なら、やれる」
エトルが唾を飲み込み、大きく頷いた。
山の中の邸宅で、アルムナント・ヘリントが身を小さくし、怯えながら端末に映し出される映像に見入っている。
神々の熾烈な戦い。
人に罰を、滅びを与えると宣言した真聖姫と、かつて自分を陥れた少年の戦い。
ヘリントは勿論、後者を心の底から応援していた。
死ぬのは怖い。
それを免れる為なら、なんでもする。
これまでの愚行を償い、誠実に生きる事を誓う。
ヘリントはただ怯え、少年の勝利を祈った。
突然に館の外から大きな音と衝撃が起こり、ヘリントは悲鳴を上げた。
何が起きたのかは当然気にはなるが、それを確かめる度胸はなかった。
すぐさま部屋の隅の机の下に逃げこみ、身を小さくし、ガタガタと震える。
階下から人の騒ぐ声が聞こえる。
何が起きているのだろうか。
ヘリントは更に怯え、震える。
唐突に部屋の扉が乱暴に蹴破られ、人が入ってくる音が聞こえてきた。
ヘリントはもう、失神寸前だった。
「どうぞ、姫様」
「はい。ありがとう、隊長」
聞き覚えのある声が響く。
「おいヘリントさんよ。居るんだろ、出てこいよ」
で、出たら殺される。きっとそうに違いない。
ヘリントは息すらも止め、できるだけ気配を殺そうと無駄な努力をする。
「いいから早く出てこいよ。別に危害を加えるつもりなんかないんだから」
う、嘘だ。嘘に決まっている。出たら殺される。
「あーもー、じれってえな」
いきなり厳つい女の顔が飛び出し、ヘリントは、強引に体を引っ張り出された。
頭が真っ白になり、生きた心地がしない。
女に首根っこを掴まれたまま、見覚えのある少女へと、正対させられる。
「リ、リリシュティン殿下?」
「アルモニアを、使わせて頂きたい」
黒いギアが短剣を構える。装備はそれだけのようだ。
エトルは盾を構え、銃を狙い撃つ。
敵は小刻みなステップでそれを軽やかにかわし、間合いをつめてくる。
もうそれほど距離はない。焦りが銃の狙いを雑にする。
「落ち着け、エトル。もう銃の間合いじゃない。こっちもナイフで応じろ」
艦長の指示を受け、それに従う。
銃を放り捨て、腰の後ろからナイフを抜き取る。
盾で胸を護りつつ、ナイフを前に構える。
敵はもう目の前だ。
敵が勢いよく、ナイフを飛び込ませてくる。
エトルが咄嗟によけようとした瞬間、艦長の指示が飛んだ。
「足はそのまま! 上体だけを反らしてかわせ」
エトルは、瞬時に機体をその通りに動かす。
敵のナイフが目の前ギリギリをよぎり、空を切る。
「今だ! そのまま左手を真っ直ぐ思い切り打ち込め!」
自機の左拳が勢いよく、敵の胸を殴りつけた。
敵はそのままよろよろと数歩後退する。
左肩を前に、手で胸を押さえている。
コクピットを護る自動反応だが、まるで痛みに呻いているように見える。
とりあえず一撃。
一撃が決まったのなら、二度だって、三度だって、いけるはずだ。
何度だって。勝つまで、やる。
背後から艦長と副長の緊張した息遣いが聞こえてくる。
画面の向こうで黒いギアが態勢を立て直し、また突っ込んでくるのが見える。
こちらも真っ直ぐに勢いよく駆け出す。
「アトル。お前も一緒に戦ってくれ!」
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