20:アルゼリーゼの裁き


 しばらく降り注いだ雷がようやく収まり、ストレは防壁を解く。

 眼前で翼の巨人がゆっくりと、ヘゼルファインのもとへ降り立つ。


 奇妙な静けさが場に漂う。


 唐突に謎のアルタモーダの胸元が開いた。

 追従するようにヘゼルファインの胸も開き、カオンの姿が光に包まれ、巨人の内へと飲み込まれていく。

 ストレは理解が追いつかず、呆然とそれを見つめる。






 一体何が起きたのか。カオンはわけが分からず、辺りを見渡す。


 突然現れたアルタモーダの中なのだろうが、操縦席は無い。

 それどころか壁すらない。どこまでも、ただただ黒い空間が広がっている。


 ふいに頭の中に何者かの声が響く。


「怯える事は無いわ。落ち着いて、ただ私に身を委ねればいい」


「なんなんだ。何者だ」


 疑問を投げかけるが、声は気にせず勝手に続ける。


「どこまで行っても、道具は道具。皮肉よね」


「何を言っている。答えろ」


「貴方を人類最後の一人にしてあげる、と言っているのよ」


 アルタモーダが動作確認をするように手を開いたり、握ったりしているのを感じる。

 カオンの手も、カオン自身の意思とは関係なしに同じ動きをとる。 


「何をしている! 僕をどうするつもりだ!」


 嘲笑うような声が響く。


「あるいは、神様にだってしてあげる」






 いかに完全覚醒しているアルゼリーゼとはいえ、結局はアルタモーダであり、道具であった。

 単独では完全動作せず、使う人間の存在を必要とした。

 そして、その為の贄として、カオンを選んだ。


 しかしそれも基幹システムを欺く為の方便でしかなく、一旦認証が完了したあとは、バーストシステムのサブモジュールを使い、カオンの神経系をジャック、支配した。

 あくまで完全動作用の部品として使うだけだ。






 カオンはどうなったのか。この星の光をまとったアルタモーダは何なのか。

 ストレは判断がつかず、立ち尽くす。


 ふいにアルタモーダが両手を高く天に掲げた。

 攻撃を仕掛けてくるのかと思い、ストレは咄嗟に身構える。

 しかし、何も起こらない。


 何だ。何なんだ。

 状況が全く分からない。

 カオンの事も気にかかる。

 どうするべきなのか。


「ストレ君! これ見て!」


 突然メニスの声が響き、モニター上に複数の映像が映し出される。

 シオンドール各地の街の様子だ。

 世界中で雷が降り注ぎ、家が焼かれ、人々が逃げ惑っている。


 ストレは翼のアルタモーダに向き直る。


「あいつが、やっているのか?」


 だとしたら、止めなくては。

 ストレは、オルヴァニスを飛ばした。






 オルヴァニスが猛烈な勢いで敵へと迫る。

 それに対し敵は衝撃波を放ち、オルヴァニスもすぐに反応し、同じく衝撃波で返す。


 莫大なエネルギーの衝突が爆発を起こし、オルヴァニスの機体が吹き飛ばされる。

 オルヴァニスは爆風の暴流に流されながらも、咄嗟に尻尾の推力を使い、強引に機体を立て直すと、再攻撃を仕掛けようと再び敵に飛んでいった。


 その瞬間、敵の周囲のアルカナが振動を始めた。

 その振動は減衰する事なく、より遠くへと伝播していく。


 ストレはその謎の現象を警戒し、一旦間合いを取る。






 アルカナの振動はやがて世界の隅々にまで伝わり、シオンドール中に声が響き始めた。


「聞け、全ての人の子らよ。我は真聖姫、アルゼリーゼ。皆の畏れる大聖霊アルンの対であり、その意思を代弁するもの。醜き人の子らよ、その罪と、嘘と、穢れの全てを清算する時が来た。そして、全ての子らよ、安らかに、悠久の時をまどろむが良い」


「アルゼ……リーゼ?」


 ストレが、その名を小さく呟く。


 ストレは目の前の、アルゼリーゼを名乗るアルタモーダが何を語り、何をしようとしているのか理解ができなかった。

 それでも、その言葉の奥底に、決して受容し得ない絶対的な傲慢を感じ、それを全力で拒絶し、否定した。


「こいつは、敵だ!」






「アルゼリーゼ?」


 老人が呆然と呟く。


「霊廟は?」


「確認した。つい先ほど、突然に姿を消したようだ」


「とすれば本物、なのか。 しかし、何故今になって」


 老人達は慌てた様子で、口々に状況を確認しあう。


 ふいに一人が、ぽつぽつと、刻むように言った。


「人の、罪と、嘘と、穢れの、清算」


 場が静まり返る。


「まさか」


 老人達はようやく自分達が絶対の存在などではない事を思い出す。


 彼らが無自覚に演じさせられていた役は、とっくにその役目を終えていた。






「何、ワケわかんないこと喚いてんだよ」


 オリアが傷ついたガリオンデュアを、無理矢理に立たせて言う。

 機体の各部がきしみ、痛々しい音を立てる。


「どいつもこいつもさ。いい加減にしろよ。僕は……」


 最後の力を振り絞り、再度機体をバースト。ガリオンデュアが赤く燃える。


「僕は、絶対なんだよ!」


 翼のアルタモーダへむけ、絶対防壁をまとい、弾丸のように機体を突撃させる。


 アルゼリーゼがそれを一瞥する。

 何枚もの翼のそれぞれに無数に生えた羽根。

 その一つ一つから、光線が放たれる。


 ガリオンデュアの絶対防壁は薄紙のように破られ、機体に一つ、二つ、と穴が開いていく。

 すぐに蜂の巣のようになり、最後には塵一つとして残りはしなかった。


「オリア!」


 アリオの悲痛な叫びが、響き渡った。






 僕が、やった。

 自分の意思とは関係なく、体が動いた。

 それでも、その感触はこの手に残っている。僕がオリアを、殺した。


 カオンが戦慄する。


 その苦しみを優しく癒し、包み込むように、声が響く。


「安心しなさい。すぐに慣れるわ」


 視界の奥で、ベリテンティスが突進してくるのが見える。

 アリオの悲痛を感じる。


 自分の手が、勝手に動き、ベリテンティスに向けられる。


「やめろ」


 光線が放たれ、アリオの命が消えた。


「やめろおおおお!」


 機体がゆっくりと上昇していく。


「大丈夫。すぐに慣れるといったでしょう。それを確かめさせてあげる」


 カオンの視線が強引に、一点に向けられる。遠くに街が見える。


「どれだけの人が住んでいるのかしら」


 アルゼリーゼの声が、楽しげに響く。


「やめろ! やめてくれ、こんなこと!」


 右手がゆっくりと天に掲げられる。抵抗する事ができない。






 ストレは敵の意図を察知し、街の上空へとオルヴァニスを光に近い速さで飛ばした。

 天を睨み、十一基すべての莢で防壁を張る。

 雷光が輝き、次の瞬間、機体が猛烈な衝撃に揺れた。


「オルヴァニス!」


 自分と、少女と、マシンと、それら総体を鼓舞するように叫ぶ。


 やがて雷の猛攻は落ち着き、ストレは小さく一息ついてから、莢を待機状態にもどし、状況確認を急いだ。


 地上で人々の悲鳴が轟く。

 やがてそれはオルヴァニスに救いを求める声へと変わっていく。






 人々はかつてストレを解放の英雄と讃え、次には聖堂会への反逆者として憎み、その死を望みまでした。

 そしていま、さらに掌を返し、恥知らずにもストレに救いを求めている。

 彼らの姿をカオンは嫌悪し、見つめた。


 その隙をアルゼリーゼが突く。


「そうよ、カオン。あの醜さ、弱さ、愚かさ。存在する価値なんてない。そうでしょう?」


「違う!」


 カオンは咄嗟にそれを否定する。


「意地を張らないで、カオン。私には貴方の心は隠せない」


 アルゼリーゼが笑っているのを感じる。


「違う!」


 本当に、違うのだろうか?






 世界各地で、人々が泣き叫び、混乱し、絶望し、救いを求めている。

 

ヴァストレムのブリッジで、その様子をモニターで見ていたリリが、オルスの方を向き、口を開いた。


「私は、行かなければいけません」


 オルスは黙って、深く頷いた。






 オルヴァニスが星の輝きで街を優しく包む。

 その輝きに、人々の心が少しだけ安らいでいく。


 ストレは敵の姿を真っ直ぐに見据えた。

 腰の莢を剣として抜き、肩と尻尾を翼に変える。

 残り全ての莢を空中に放出。

 戦闘準備を整える。


 ストレには、これが最後の戦いになるという感覚があった。

 これこそが、人を最も強く邪悪に支配する、真に打ち倒すべき存在だという感覚が。

 あるいは、それは間違いなのだろうか。

 こいつを倒しても、まだその先に何かいるのだろうか。

 より強力に人を支配するものが。


 しかし、とりあえずは目の前の敵だ。

 神を騙り、人に罰を与えようというマシン。


 そんな事、許せるはずが無い。

 ストレは雄叫びをあげ、オルヴァニスを敵へと向けた。


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