19:神星輝


 赤く燃えるベリテンティスとガリオンデュアが、オルヴァニスへと襲い掛かる。


 それに対しオルヴァニスはゆっくりと手の平を向け、爆発的な衝撃波を見舞った。


 ベリテンティスはそれに吹き飛ばされながらも態勢を整え、周囲の赤く燃えるアルカナをかき集める。


「調子に乗るな! さっさと死ねよ!」


 アリオが叫び、ベリテンティスは極大の光線を放つ。

 光線の放射が終わった後、地面には抉られた跡以外、何も残されてはいなかった。


「そらみろ。やっぱりただのこけおどしじゃないか」


 アリオが喜びの声をあげる。


「馬鹿、アリオ! 後ろだ!」


 突然、オリアの声が響き、咄嗟に後ろを振り返る。






 傷つき地に伏したバーダネオンとファシュトカの間に、オルヴァニスは悠然と立っていた。

 星の煌きが二機を包んでいく。


「す、すごい」


 エリオスが思わずこぼす。

 バーダネオンの損傷がみるみる修復されていく。

 ファシュトカも同じようだ。左腕と大剣が元通りになっている。


 エリオスは機体を軽く屈伸させてみる。完璧だ。


 傍らのオルヴァニスを見やる。これまで以上に頼もしく感じる。勇気づけられていくのを確かに感じた。


「いけるぞ。勝てる!」


 エリオスはバーダネオンを敵へと飛ばした。






「なめるなよ! バーストもできない雑魚が!」


 オリアが叫び、バーダネオンを迎えうつ。

 敵の突進攻撃を、そのまま通常防壁だけではじき返す。


「だからさ、無駄だって言ってるだろ。そんなつまらない攻撃しかできずに、どうやって勝つつもりさ」


 敵を嘲りながら、悠然と近付く。

 その瞬間、突然の衝撃。

 モニターに見た事の無い表示が踊る。機体に損傷。


「馬鹿な!」


 慌てて絶対防壁を張り、状況を確認する。

 莢だ。オルヴァニスの莢。それが三基、バーダネオンを援護している。


 ちらりとファシュトカの方を見る。そちらにも三基。


「いいよ、分かったよ」


 オリアが静かに呟く。


「全力で潰してやるよ。後悔するなよ?」


 ガリオンデュアが、全ての肢を大きく広げる。






 オリアが熱くなっている様子を見て、アリオが笑う。


「らしくないね。だっさいの」


 ファシュトカと、その周りに漂う莢に向きなおる。


「こんなのただ、的が増えただけじゃんか」


 ベリテンティスが、敵に光線を浴びせかける。

 それに莢が機敏に反応。防壁を展開し、それが光線を飲み込み、無力化する。


 アリオは、何が起きたのか理解ができない。


「な、なんだ、あれ」


 アリオが大声で叫ぶ。


「ベリテンティスの攻撃は絶対なんだぞ! なんでそれが効かないのさ! おかしいでしょ!」


 映像の中で莢が形を変え、光線を発射した。


 アリオは瞬時にベリテンティスに回避行動を取らせるが、間に合わない。

 光線が機体の脇腹をかする。


 アリオの足の下からスピーカーからの作られた音ではない、”本物の音”が聞こえ、コクピットが揺れる。


 アリオの本能が、恐怖を訴えた。

 アリオはそれを、必死で否定しようとした。


「ふっざけんなよ。インチキだろ。インチキ、って言うんだぞ、そういうの! 私はそんなの認めないからな!」






 激しい戦いが繰り広げられるなか、オルヴァニスはただ立ち、一点を見つめていた。


 地平線の向こう、小さく白い姿が見える。


 ヘゼルファイン。


 カオン。






「どうして。どうしてまだ、そこにいるんです」


 ヘゼルファインの中で、カオンが苦しげに呻く。


 オルヴァニスの姿。ストレの生存に一瞬喜びかけるが、すぐにそれ以上の絶対的な絶望に心を縛られる。


 もう一度やらなければいけない。もう一度、ストレを、この手で。以前の感触がまだ手に残っている。吐き気を必死に抑える。


「どうしてまた、立ち上がるんです。どうしてまた」


 ヘゼルファインを一歩、また一歩とゆっくり前進させていく。


「今や世界中の人々が貴方の死を望んでいる。貴方が救おうとした人々が。そうですよ。ずっと世界の平和の為に戦ってきた。だったら貴方はもう立ち上がっちゃいけないんだ。貴方が死ななきゃ世界は平和にはならない。貴方の存在が……」


 支離滅裂だった。分かっていた。

 それでも必死にストレと戦う理由、ストレを殺さなければいけない理由を探し求めた。

 ただひたすらに空虚な言葉を並べ立てていくが、それは一向に見つからない。


「僕が、貴方と戦う理由なんて」


 セス。


 カオンは嗚咽し、ヘゼルファインの足が止まる。


 ふいにカオンは自分を取り巻く存在を感じた。

 自分を慰め、なだめようとしている存在。


 カオンは、絶叫した。


 耳を塞ぎ、心を、殺した。






 ヘゼルファインが剣を構え、突進してくる。


「カオン」


 ストレが小さく呟く。

 オルヴァニスは腰の横の莢を剣に変え、構える。

 そして、ヘゼルファインの突撃を真っ向から受け止めた。


「カオン! 何がお前をそうさせてるんだ? お前はそんな奴じゃないだろ。何がお前をそんなに縛り付けてるんだ」


 ヘゼルファインの姿が透明のベールに消える。

 そして、オルヴァニスの背後から再出現、死角から攻撃を仕掛ける。

 ストレはこれにすぐさま反応し、もう一度受け止める。


「僕は!」


 カオンが叫ぶ。






 僕は。

 僕は、何なんだ。その続きが出てこない。

 僕は、一体何をしているんだ。


 ストレが尚も語りかけてくる。


「俺達は仲間だろう? 仲間同士が何故戦わなきゃいけない? 何が俺達をそうさせてるって言うんだ。そんなのが何だって言うんだ。目を覚ませ、カオン!」


「家族の居ない貴方には分かるはずが無い!」


 言ってから、しまった、と思った。なんて事を口走ってしまったのか。

 しかしそれでストレが自分を恨んでくれれば、戦いやすくなるのかもしれない。

 もう自分でも何を考えているのかが分からない。


 とにかく、ヘゼルファインに攻撃を続けさせる。

 しかしオルヴァニスはその全てを的確にさばいてくる。


 そして、ストレの言葉は続く。


「確かに俺に家族はいない。でも仲間ならいる。お前のおかげで。あの時お前と出会えたから、オルヴァニスと出会えて、フォルシュニクの皆とも出会えた。全部お前のおかげなんだ。お前が俺を救ってくれたから!」


 またヘゼルファインの姿を隠し、一旦距離を取る。


「だから今度は、俺がお前を救う!」






 オリアが焦る。

 莢が防壁を破り、バーダネオンが攻撃を重ねる。

 被弾を警告する表示がひっきりなしに視界にちらつき、いらだちを加速させる。


「雑魚は雑魚やってりゃいいんだよ! いい加減にしろよ!」


 肢を使って莢を潰そうとするが、あっさりと防壁に阻まれる。


「ずるいんだよ! そんなの!」


 オリアが叫んだ瞬間、コクピットが衝撃に揺れた。

 バーダネオンの銃剣が肢の一本を切り落とした衝撃。


 オリアは悪態をつき、間合いを取りつつベリテンティスの姿を探す。


 バーストの残り時間が少ない。


「アリオ! 来い!」






 アリオは恐怖に飲まれそうになりながら、必死になっていた。

 こちらの攻撃はもはや絶対ではなく、敵の攻撃は的確にベリテンティスの機体を傷つけ、自分の命を脅かす。

 パニックに陥る寸前だった。


 そこにオリアの声が響き、少しだけ冷静さを取り戻す。

 急いでガリオンデュアの姿を探す。


 見つけた。すぐさま機体をそちらへ飛ばす。


 合流した二機は背中合わせになる。

 攻撃も防御も絶対ではなくなったとしても、依然、標準以上ではある。

 互いに補いあえば。


 アリオとオリアが同時に叫び、敵へと全力で襲いかかった。






 形勢は逆転している。ストレのおかげで。

 ハシュエルはそう思う。


 赤く燃えていた戦場は、今は星の煌きに満たされ、輝いている。


 莢がファシュトカを護ってくれ、同時に砲で敵の防壁に穴を開けてくれている。

 その隙間に大剣をねじ込む。またも肢の一本の切断に成功する。

 少しずつ敵を丸裸にしていく。


 ふいに敵の姿から赤い光が消える。


「今だ! エリオス!」


「おうよ!」


 ファシュトカとバーダネオンで同時に渾身の一撃を放つ。


 ベリテンティスとガリオンデュアの二機は衝撃にきりもみしながら、地に叩きつけられた。






 カオンが絶叫し、ヘゼルファインがオルヴァニスに猛攻を続ける。

 しかし相変わらず、その全てがあしらうように受け止められる。

 そして逆に蹴りの一撃が打ち込まれ、ヘゼルファインは大きく地に倒れこむ。


 そこにオルヴァニスがゆっくりと近付き、立ち止まった。


 カオンはもう立ち上がる気力も無かった。呆然とオルヴァニスの姿を見つめる。


 オルヴァニスが手を差し伸べる。

 胸のハッチが開き、中からストレが姿を現し、ストレも手を差し伸べる。


 久し振りにストレの姿を見た。毅然と立ち、こちらを真っ直ぐに見ている。

 初めて会ったときの、怯えた雰囲気は何処にも無い。


 オルヴァニスも、ストレも、そのまま身動きをとらない。

 自分を待っているのだろう。自分の意思で、選択するのを。


 親が友を殺せ、と命じる。

 それは正しい事なのか。従うべきものなのか。

 今更に疑いを抱く。

 何もかもが今更なのかもしれない。


 でももし、まだ間に合うのなら。

 カオンはためらいながらも、ゆっくりと、ぎこちなく、手を伸ばす。






 ストレが安堵の笑みを浮かべたその瞬間、空から雷が降り注いだ。


 ストレは何が起きたのかも分からないまま、咄嗟にオルヴァニスの中に戻り、防壁を張る。


 空に黒いモノが浮かんでいるのを見つけた。

 何枚もの巨大な翼を持つ、黒い巨人。


「アルタモーダ?」


 その巨人もまた、星の光に身を包んでいた。


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