18:ストレ
薄暗い洞窟の中で少年が力なく横たわり、小さく身悶える。
その少年は、自分自身だった。
雑巾を貼り合わせたようなみすぼらしい服。骨と皮だけの体。淀んで光の無い瞳。
奴隷。
かつての自分が、濁った瞳で今の自分を見上げている。
やがて大きな音が響き、地面が揺れた。
檻の鍵が開けられ、自由への扉が開かれた。
奴隷の少年はしばらく戸惑い、そして結局は、檻の中に留まり続けた。
すべてがぼんやりと白く薄れ、消えていく。
ストレは背後に佇む少女を振り返り、言った。
「あのまま留まる事を選んでいたら、今頃どうなってたかな?」
少女が、それに応える。
「でも、あなたはそうはしなかった。自分で決断し、自由になる道を選択した」
「そして、お前と出会った」
白い空間のそこかしこに、これまでの光景が浮かぶ。
それを眺めながら、ストレが言う。
「俺、どうなったんだ?」
「機体の緊急生命維持機能が、辛うじて貴方の命を繋ぎとめている。でも、長くは持たない」
「そうか」
「見つかりました!」
ヴァストレムのブリッジで、メニスが小さく叫ぶ。
オルスは舌打ちをする。
エリオスとハシュエルを出すべきか迷うが、二人とも既に発進していた。
オルスは、ただ祈るしかなかった。
「いくぞ、バーダネオン! ここが踏ん張りどころだ! 武人としての意地をみせてやろう!」
エリオスは勇ましく吠え、ベリテンティスに向く。
バーダネオンの片足を失い、これまでと同じように跳びはねての移動は難しい。
それでも残る片足と飛行能力でどうにか敵の光線を掻い潜り、接近する。
「懐に飛び込まれてしまえば、光線は使いづらかろう!」
しかし肢での殴打も脅威ではある。ギリギリの距離を維持し、攻撃を加える。
「ストレが戻るまでの時間稼ぎぐらいは!」
エリオスはストレを信じ、戦う。
ガリオンデュアの突進を、ファシュトカがギリギリでかわす。
片腕を失ったファシュトカは、大剣を思うようには扱えない。
全身で勢いをつけ、慣性で敵に振り下ろす。
しかし、敵はそれを微動だにせず受け止める。
ファシュトカは勢いのまま転倒し、そこにガリオンデュアがかかとを勢いよく落とす。
すんでのところでファシュトカは後転し、回避。そのまま距離を取り、態勢を整える。
「早くしろストレ! そんなヤワな男ではないだろう!」
ハシュエルもストレを信じ、戦いを続ける。
仲間が戦っている。
それが分かっていても、今のストレにはどうする事もできない。
「二人を助けにいかなきゃいけない。どうにかして戻れないのか」
ストレは少女に尋ねる。
「戻ったところで、勝てるとは限らない。勝てても人々は貴方をより強く憎む。戦いは何処までも続く。それでも戻りたいの?」
「そんなこと!」
「貴方は何の為に戦うの? 何の為にそうまでして、何に対し抗うの?」
ストレは答えを探す。
それは、すぐに見つかった。
エリオスもハシュエルも、善戦してくれてはいるが、状況は決して好転してはいかない。
絶望が全てを覆う。それでも。
「ストレ」
オルスは思わずポツリと呟く。
一かけらの希望。
こういうとき、いつもあいつが突破口を切り開いてくれた。
あいつがこんなところで死ぬはずがない。
オルスは、皆は、ストレを信じる。
「そんなの決まってるだろ」
ストレが、はっきりとした声で言う。
皆が自分を信じて待ってくれているのが分かる。仲間の為に。
そして皆がその価値を信じ、その為に戦っているもの。自由の為に。
人々の自由を阻み、世界を縛り、支配するもの。それを打ち倒す為に。
そして。
リリが必死に涙をこらえて、自分を見つめているのを感じる。リリの為に。
「俺はあそこにもどらなきゃいけない。できるんだろ?」
少女が静かに答える。
「あなたを治す事はもうできない。でも、手が無いわけじゃない。イレギュラーな手段だから、危険もある」
少女は一旦間を置く。ストレは黙ってその目を見つめ、続きを促す。
「私が覚醒して、アルカナを使いこなせるようになれば。でもこの状況下でそれを達成するには、一度あなたの心と体を分解して取り込んだ上で、無理やり解析する必要がある。そして、覚醒に成功したら、アルカナの力であなたを完全な状態で再構築する」
「覚醒に成功、したら?」
「そう。失敗の可能性もある。その場合、あなたは戻れない。そのまま消滅する」
少女は少し間を置いて確認する。
「どうする?」
ストレは迷うことなく、答えた。
オルヴァニスの胸の中の繭に、変化が起きる。
それにリリが気付く。眼前で繭が揺れ、しぼんでいく。
リリは、何が起きているのか分からず、ただ呆然とそれを見つめるしかない。
やがて繭は、完全に消えてなくなった。
後には空の座席だけが残された。
ストレの姿は、どこにも無い。
「ストレ!」
リリは絶叫し、泣き崩れた。
バーダネオンは敵の猛攻を掻い潜り、何度か攻撃を当てるが、どれも決定打とはならない。機体の損耗も酷い。
「もう持たんぞ、ストレ!」
絶叫するエリオス。
そこに敵の肢での殴打が叩き込まれ、バーダネオンは地に墜ちた。
もう立ち上がる力も残ってはいない。
敵の肢の全てがこちらを向き、赤く光る。
ファシュトカももう限界だった。
全身全霊で最後の一撃を繰り出す。
ガリオンデュアはそれを片手で受け止め、大剣を砕いた。
力なく崩れ落ちるファシュトカに、敵は銃を向ける。
「すまない、ストレ。ここまでだ」
ハシュエルは目を瞑り、最期を覚悟する。
獲物にとどめを刺そうとしたアリオとオリアが、動きを止める。
様子がおかしい。アルカナがざわつく感覚。
突然に、ヴァストレムから閃光が溢れる。
「なんだあれ」
オリアが呆然とその光を見つめる。
様々な光が、複雑に煌いている。
赤、青、黄、緑……、ありとあらゆる色が複雑に反応しあい、強い輝きを放っている。
「まるで」
まるで、星々の煌きのようだ、とオリアは思う。
「オリア! なにあれ!」
アリオが訊いてくる。
「知るかよ。何が起きるか分からない。油断するなよ」
そう言い、オリアは光を睨みつけた。
リリの涙を、色とりどりの光が優しく照らす。
リリはその光に向かって、ゆっくりと顔を上げた。
そこに、ストレの姿があった。
「ただいま」
ストレの声が聞こえる。
リリは何が起きたのか分からず、少しの間呆然とし、すぐに自分がなんと答えるべきかを思い出す。
「おかえりなさい」
笑顔で言い、また涙が溢れ始める。
「少し待っててくれ。仲間を助けに行ってくる」
リリはストレを見つめ、答えた。
「お願いいたします」
リリの声がストレに届き、ストレは頷いてみせる。
胸のハッチが閉じ、オルヴァニスはゆっくりと艦後部ハッチから飛び立っていった。
戦場に、光の巨人が舞い降りる。
段々とその輝きが薄れ、はっきりとした形状が確認できるようになる。
アリオとオリアはその姿を観察した。
以前のオルヴァニスとは形が変わっていた。
本体は細部が細かく変わっているものの、大差は無い。
問題は莢だった。大きく数が増えている。
「ひとつ、ふたつ、みっつ、……。いくつあるんだよ」
アリオが指差し、数を数えていく。
肩の横に大型のものが一対。腰の横に小ぶりなものが一対。以前と同じ場所、腰の後ろに三対と、大型の尻尾のようなものが一つ。計十一基。
「ふん、どうせハッタリだろ」
アリオが瞳を赤く光らせる。
ベリテンティスと、同時にガリオンデュアも、バーストする。
オルヴァニスは覚醒し、アルカナの王者となった。
その内で、ストレが操縦桿を握る手に力を込める。
「いくぞ、オルヴァニス!」
「うん!」
オルヴァニスの機体から、ふたたび強い輝きがほとばしった。
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