17:クオレ
太古の昔。
大地に、星を渡る船の残骸が降り注いだ。
そして、その残骸からは、全能の量子構造体群が溢れ出し、不毛だった大地を、実り豊かな世界へと、造り替えていった。
やがて長い時間が過ぎ、造り変えられた環境の中から、二本の足で立ち、器用に火や道具を扱う動物が現れるに至った。
彼らは自らを、”人”と呼んだ。
そしてあるとき、原始の人々は大地の中から巨大な像を掘り出し、発見した。
それは単なる船外作業用の機械だったが、原始の人々はその姿に神の存在を見出し、崇拝した。
やがて、人と人との間で争いが起き始めた。
支配者と、それに抵抗する者達との間で。
その争いの中、アルンと呼ばれる奴隷の少年は、偶然から一柱の神と出会い、それと一体となり、圧倒的な力で支配者を打ち倒した。
人々は、彼を英雄と讃えた。
しかし、中には彼の存在を好ましく思わない者達もいた。
その者達は罠を仕掛けた。
アルンの友がそそのかされ、アルンを裏切った。
アルンは陥れられ、一転して人々の罵声を浴びる立場となった。
アルンは、失意の内に友を討った。
アルンは疲れ果てていた。人間の醜さに倦み、心は淀んでいた。
その絶望が、神を悪魔へと変えた。
道具とは人が使うものであり、アルタモーダは自分を道具だと認識している道具だった。
アルタモーダは人と接触すると、その人に尽くす為に、その人を理解しようとする。
その為にまず、自らの内に人の似姿を形作り、観察を開始する。
やがて似姿は人を模倣し、その内に心を、魂を宿すようになる。
それを、クオレと呼ぶ。
クオレを宿したアルタモーダは、アルカナの全機能への無制限アクセスを実現する。
それは万物を自由に作り変える事ができるということであり、まさに神と呼ぶに相応しい力だった。
アルンのアルタモーダ、アルゼリーゼは、アルンの絶望を反映したクオレを生み出した。
アルンはその力で、不死となり、世界を支配した。
シオンドールの王となったアルンは、なけなしの希望を振り絞り、世界をよき方向へ導こうとした。
しかし、それも結局は人の欲に呑まれ、失敗に終わった。
やがて彼は、彼の存在に利用価値を見出した者達によって、宗教的な象徴として祭り上げられた。
その宗教組織は瞬く間に肥大化していき、やがて聖堂会を名乗るようになった。
この頃にはもうアルンは、完全に絶望に呑まれ、人々の前から姿を消していた。
ある時、アルゼリーゼが言い出した。
人を滅ぼそう、と。
こんな醜い生き物に、存在価値などない、と。
アルンは反対した。
そして後悔した。
アルゼリーゼがそうなったのは、自分の心の闇のせいだ。
自分のせいで人が滅びるような事など認められない。
アルゼリーゼは嘲笑し、譲歩した。
ならば、人の存在価値を証明してみせろ、人の心の輝きを見せてみろ、と。
そうして神々の試しは始まった。
かつてのアルンと同じ境遇の者を生み出し、その者が絶望に染まる事なく世界を正しく導き、同じ時代を生きる人々もそれに呼応し、世界を輝かせて見せれば良し。
最初の試しは失敗に終わった。
奴隷は英雄となり、そして、暴君となった。
アルンは食い下がり、もう一度試しは行われる事となった。
しかし、それも失敗に終わった。
英雄は信じた者達の欲に呑み込まれ、非業の死を遂げた。
アルンは再び食い下がった。
それから何度か同じ事が繰り返され、ストレの出番が回ってきた。
「そしてまた失敗した。それもこんな中途半端なところで。期待はずれもいいところね」
アルゼリーゼが嗤いながらそう言い、立ち上がろうとするのを、アルンが止める。
「まだだ。まだ、ストレの戦いは終わってはいない」
二人の間には大きな水の張られた盆のようなものが置かれ、その水面に戦場の風景が浮かぶ。
アルゼリーゼが立ち上がった影響で、水面が揺れている。
それを見下ろしながら、アルゼリーゼが言う。
「まあ、いいでしょう。余韻に浸るぐらいの時間はあげる」
アルゼリーゼは静かに腰を下ろした。
「うおおおおおお!」
エリオスが雄叫びをあげ、バーダネオンを飛ばす。
ヘゼルファインを突き飛ばし、オルヴァニスを抱きかかえ、地を蹴る。
そこにベリテンティスの光線が注がれるが、ファシュトカもバーダネオンの横に付き、推力を重ねる。
全力での敗走。
「追うぞ、アリオ」
オリアが楽しげに言う。
「でも、隊長動かなくなっちゃったよ」
「ほっとけよ。早くしないと逃げちゃうぞ」
「うん」
アリオはもう一度ヘゼルファインを一瞥し、オリアと共に敵を追った。
エリオス達はどうにかヴァストレムと合流し、ヴァストレムは最大推力で一気にアリオとオリアを引き離す。
「逃がさないよ!」
ベリテンティスが光線を収束させ、ヴァストレムへ向けて放つ。
ヴァストレムはそれに対し大きく舵をきり、回避運動をとる。
光線が艦体の一部を抉り、艦は煙をあげ、速度が落ち始める。
すかさずガリオンデュアが距離を詰める。
ヴァストレムはそれに対し火器の集中砲火を浴びせ、必死に応戦する。
「だから無駄だって言ってるだろ」
ガリオンデュアはそれをものともせずに、突進する。
しかし、その視界がすぐに土煙に覆われる。
「ちっ、目くらましが本命かよ」
辺り一体が濃い土煙に覆われ、それが晴れたときにはヴァストレムの姿は無くなっていた。
「どうする?」
アリオがオリアに訊く。
オリアはすぐには答えず、ガリオンデュアを静かに上昇させる。
一帯を俯瞰するが、敵艦の姿はどこにも無い。
この先の一帯は開けた荒野だ。ヴァストレムの巨体を隠せる場所は少ない。
「しらみつぶし、しかないか」
オリアが面倒臭そうに呟く。
ヴァストレムは巨大な岩の陰に身を隠していた。熱や音、あらゆる気配を殺し、じっと息を潜める。
その中の格納庫に、皆は集まっていた。
どうにか台座に乗せたオルヴァニスの前に。
その胸には痛々しく穴が穿たれている。
装甲が歪み、ハッチが上手く動作しない。
ブレント整備士はやっとの思いで、それをこじ開ける事に成功した。
開かれたハッチの向こう、コクピット内の光景に皆が絶句する。
「なんだ……こりゃ」
ブレントがやっとの事で声を出す。
コクピットの内壁からは無数の触手のようなものが伸び、ストレの体があるべき場所を完全に包み込んでいた。
まるで繭のようだ。よく見ると、小さな隙間から肌のようなものが見える。
「どいてくれ」
セロン女医がブレントを押しのけ、僅かに見える肌におそるおそる手を触れる。
「冷たい。脈は……分からないな。これがどういう状態なのか。生きているのかそれとも……。これだけじゃ何とも判断しかねるね」
セロンはオルスの方を向き、たずねる。
「どうする?」
「どうするったってな」
オルスはしばらく黙り、オルヴァニスの顔を見上げる。
「こいつを信じてしばらく様子をみる、しかないだろ」
英雄の勝利は瞬く間に人々に伝わり、人々は英雄カオンシュに喝采をおくった。
カオンはひとり、泣いていた。
「これから、どうしましょう」
最低限の機器の灯りだけが光る暗いブリッジで、誰に訊くでもなくメニスが小さく呟く。
いつもは陽気なメニスも、流石に憔悴している。
誰も応えるものはいない。
オルスは考える。
ストレとオルヴァニスは状態不明。バーダネオンとファシュトカは中破。パイロットも疲労著しい。ヴァストレムももう走れない。
そして、敵はまだその辺を捜索している。
八方塞がりだった。
「もう気は済んだでしょう。何度やっても結果は同じ。これが、人間よ」
アルゼリーゼはアルンを見下して言う。
アルンは水面をじっと見つめたまま応えない。
「行くわ。さようなら、アルン」
アルゼリーゼは立ち上がった。
アルゼリーゼはそれから少しの間だけ、アルンの反応を待ったが、アルンはそれきり黙り、何の反応も無い。
アルゼリーゼは去った。
アルンは静かに目を閉じ、世界に別れを告げ、生きる事を、止めた。
リリがオルヴァニスの胸の前で一人佇み、じっとその中の繭を見つめる。
リリは涙が溢れそうになるのを必死でこらえた。
だって泣く意味、理由なんてないのだから。
ストレが居なくなるなんて、あるはずがない。
リリはストレを信じた。信じて、待ち続けた。
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