15:つくられる英雄
遅れて、フォルシュニクも声明を出す。
賢人会議こそ十五年前の国王暗殺の黒幕であり、今回の一件も彼らの自作自演である、と。
しかし後手に回ってしまった以上、民衆の支持は思いの外集まらない。
世論は割れ、世間は混乱する一方だった。
そうして人々は混乱の中、神の威光に安息を求め、聖堂会への支持の機運は少しずつ高まっていった。
今やフォルシュニクこそ世界の敵、と見るものも少なくはなかった。
「こうもあっさり覆るとはな。これではやはり面白みに欠ける」
「まあ仕方あるまい。娯楽に耽り、世界の秩序を乱しすぎるのも良くはない」
「しかしこれで次へ進めるな。アンディエルを前座に、ストレ、そしてトトールとリリシュティンの処刑」
「英雄カオンシュによる、な」
トトールにそそのかされフォルシュニクに与していたが、パーティーでの賢人暗殺計画を察知、阻止した衛士。
カオンシュ・ティレー。
彼は正義の為、かつての仲間達を討つ。
聖堂会はその存在を民衆に対し、大いに脚色し、喧伝した。
民衆はこの悲劇の英雄を受け入れ、持ち上げた。
三機のアルタモーダがアンディエル領の都のはずれに立つ。
カオンのヘゼルファイン、アリオのベリテンティス、オリアのガリオンデュア。
カオンは傍らの二機を観察し、思う。
パイロット同様、二機もまたよく似ている。
またこれまでに戦った、公家に貸し出されていたアルタモーダとは、見た目から大きく違ってもいた。
本体部分は他のものと大差ないが、背面から大きく太い肢のような装置が無数に生え、機体を囲んでいる。それにより他の機体よりも見た目のボリューム感が増し、より巨大に見える。
ふいに少女の声がする。
「隊長。まだですか。早くやっちゃいましょうよ」
はしゃいだ声が耳に障る。
「アリオはせっかちだな。まだ時間じゃないじゃないか。すぐに暴れられるんだから少しぐらい待てよ」
少年と少女は、声までそっくりだった。
性格と口調の僅かな違いでしか区別がつけられない。
カオンは暴れるような事態にはならないでくれよ、と思う。
全てはアンディエルの返答次第だった。
時間だ。
アンディエル邸への通信回線を開く。
「聖堂会の意思を、カオンシュ・ティレーがケーレスタス・アンディエルに告げる」
「さて、どうします? ケール」
アルシス・オーディオが、友の領主に聞く。
ケーレスタス・アンディエルは黙って答えない。
要求は領主の身柄の引渡し。
フォルシュニクに協力した逆賊として断罪するつもりだろう。
要求に従わない場合は、街を焼き払うとまで言ってくる。
流石に神の威を借る狸どもは、言う事成す事無茶苦茶だ。
「どうもこうもないさ。私は私の命が何より大切だ」
「民を見捨てるんですか?」
アルシスが大げさに驚いてみせる。
「彼らは彼らなりに、こうした有事の際の対応や備えは用意してあるだろう。心配はしない。この街の人間達はしたたかだからな。君だって知っているはずだ」
アルシスは肩をすくめてみせる。
「で、君はどうするんだ?」
「私は私のしたいようにします」
窓の外、聖堂会のアルタモーダが居るであろう方向を見て言う。
「そうか。その内気が向いたらまた会おう」
「ええ」
二人は、別れた。
時間を過ぎても返答は無い。カオンは迷う。
街に人影は見当たらない。避難は済んでいるのだろうか。
「隊長?」
アリオが楽しげに訊いてくる。
自分は間違った事をしている。それは分かっていた。誰かに止めてほしかった。
ストレ。
しかし、ストレ達が止めに来ても、彼らに勝ち目は無い。
自分達の手で彼らを殺める事になってしまうだろう。
「もう十分に待ちました。もういいでしょう、いきますよ」
オリアも今度ははしゃいだ声でそう言ってくる。
「……許可する。街を、焼き払え」
カオンは、搾り出すように、言った。
その瞬間、ベリテンティス、ガリオンデュアの二機は勢いよく飛び出していった。
それぞれ街を縦横に飛び回り、光線を撒き散らす。
まるで子供が砂場で遊んでいるような光景だった。
それをカオンは人死にが出ていない事を祈りながら、ただ見守る。
そのとき、瓦礫の中から白い影が飛び上がり、ベリテンティスへと突撃した。
「あれは、オルゼンディム」
カオンが呟く。アルシス・オーディオのアルタモーダ。
どうして出てくるんだ。勝ち目なんて無い。無残にやられてしまうだけなのに。
カオンは苦悩し、立ち尽くす。
ベリテンティスは軽くかわし、敵を確認する。
無数のオルゼンディムの姿。
「ああ、そういえば、そういうヤツなんだっけ」
ベリテンティスの中で、アリオが言う。
「でもそんなごまかしは効かないよ。全部撃てばいいだけなんだから」
そう言うと、ベリテンティスの無数の肢のそれぞれから、光線が放たれた。
撃たれた幻が霧消するが、本体の姿は見えない。
「ふーん。こざかしい、って言うんだよね、こういうの」
アリオはつまらなそうに言いながら、本体の姿を探す。
突然、瓦礫の中からオルゼンディムが飛び上がり、ベリテンティスの背後へと迫った。
しかし、ベリテンティスはそれを振り返りもしないまま、肢の一本ではたき落とす。
「だからさ、なめてる、って言うんだよそういうの。目が前にしか付いてないってなめてかかってる。馬鹿にしないでよね」
アルシスは焦っていた。ここまでとは思わなかった。
「流石は聖堂会の虎の子か」
全力を尽くしてはいるが、こちらの攻撃は全てかわされ、代わりに手痛い反撃を食らい続け、もう機体は限界を迎えつつあった。
更に一発、反撃を食らい、瓦礫の中に墜落する。
敵が肢の全てをこちらに向けている。そこに、光が集まっていく。
「時間稼ぎにもならなかったか。悪いなオルゼンディム。さようならだ」
もうここまでだ。アルシスはハッチから這い出て、駆け出す。
その直後、オルゼンディムに極大の光線が注がれ、地に大穴が穿たれた。
アリオが玩具に夢中になっている間、オリアは本来の仕事をきっちりとこなしていた。
今や街の全ては、瓦礫の山と化していた。
アンディエル領に潜んでいた逆賊は全て討ち倒され、領土は解放された。
この狂気の報を、民衆は喜びで迎えた。
「無茶苦茶だ!」
エリオスが握った拳で机を叩く。
「もう我慢ならん。俺は一人でも行くぞ。こんな馬鹿げた行い、今すぐに止めてみせなければいけない!」
「私も行くぞ」
ハシュエルが静かに同調する。
オルスはそんな逸る若者達を見つめ、悩む。
気持ちは痛いほど分かるが、どう転んでも勝ち目のある戦いではない。むざむざ死ににいくようなものだ。
かといって、ここでじっとしていても大して違いは無い。遅かれ早かれの問題でしかない。すぐ死ぬか、あとで死ぬか。そんなものは選択肢でもなんでもない。
「行こう」
そのとき、ストレが静かに言った。
「カオンは好き好んでこんな事をやるやつじゃない。止めてやらなきゃいけないんだ。行こう、カオンを救いに」
カオンを救いに、か。
選択肢が存在しないのなら、逆に道は自由なのかもしれない。いっそ開き直ってしまえばいい。理屈を捨て、感情で動く。
オルスは、腹をくくった。
「よし。それじゃあ、フォルシュニクは解散だな」
オルスが突然宣言し、皆が驚く。
「な、何を突然言い出すのです」
サリエルが驚きながら、訊く。
「こうなれば最早組織としてはドン詰まりだ。どうもこうもない。ここからは皆好きなようにすればいい。自分の信念に従い、選択し、決断し、行動すればいい。俺はそうする。じゃあな」
オルスはそのまま部屋を去り、皆は呆気にとられ、立ち尽くす。
「まーーた適当な事を……」
サリエルの声が、空しく響く。
しばしの沈黙の後、続いてリリが宣言した。
「私も、ストレと共に行きます」
「でもアルタモーダ全機に姫様まで居なくなったら王都はどうするんです?」
ヴァストレムの操舵担当のアレトが、疑問を投げかけた。
「それについては私がどうとでもしよう」
マグノリスが名乗りを上げる。
「信用できないだろうが、信用してもらうしかない。なんなら娘を人質として扱えばいい」
「それは妙案だな」
マグノリスが冗談で言った事に、エリオスは真顔で感心してみせる。
リリはハシュエルの方を向く。ハシュエルは無言でリリを見つめる。
「分かりました。お願いいたします」
リリはマグノリスに向かい、言った。
そうしてそれぞれがそれぞれの道を選び、決断していった。
「で、結局こうなるんですよね。皆ここにいる。何も変わっちゃいないじゃないですか」
ヴァストレムのブリッジでメニスが明るく言う。
「変わったさ」
オルスが応える。傍らには、サリエルの姿。
ただ一人、エトルだけは艦を降りていた。
病院に移ったマリネの傍に居るために。
マリネはエトルを叱ったが、エトルは決して考えを改めはしなかった。艦の皆もその選択を尊重した。
マリネもエトルも、気持ちは一緒だ。皆ここにいる。
「よし行くぞ。ヴァストレム発進。前進微速」
オルスが宣言し、艦がゆっくりと動き出す。
幹線道を進むその姿を、王都の民衆がそれぞれに見送る。
罵声を浴びせる者、失望し嘆きの声をあげる者、少数の今尚フォルシュニクを信じる者、それぞれだった。
ストレはオルヴァニスの中にいた。
少女にも選択してもらう必要を感じたからだった。
「お前はどうしたい?」
少女に問いかける。
「私はストレの、皆の力になる」
少女がはっきりとした声で答えた。
ストレは、頷いた。
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