14:影に潜むもの
男は”影”だった。
影とは聖堂会の暗部、黒き私兵を指す。
いつから存在するのかは明らかではない。
それほどの昔から、聖堂会の為に様々な裏工作に従事してきた。
男は先代の影によって拾われ、セスと名付けられ、鍛えあげられた。
セスは育ての親の事を慕い、敬愛していた。
ある時、賢人達からセスに対して直々に命が下った。”親”を殺せ、と。
セスはためらう事なく、それを実行した。
賢人より与えられた命令は、絶対だった。
そう教え込んだのは、他ならぬ親だった。
そうしてセスは賢人への忠誠を証明してみせ、新たな影となった。
しかし、実際にはセスは賢人への忠誠など、これっぽっちも持ち合わせてはいなかった。
ただそう教え込まれた事を守っただけ。それだけだった。
とはいえ、セスは賢人達の命を忠実にこなし、彼らの信頼を勝ち得ていった。
セスは賢人達を自分と同類だと思った。
退屈を嫌い、他者の人生を引っ掻き回す事に悦びを感じる。
いずれにせよ、セスは夢中になって賢人達の力となった。
そうしてある時、賢人会議から特別大きな命を下される。
王家の暗殺。
セスは震えた。
自分の手で、他人の人生どころか世界全体を引っ掻き回す事ができる。
そのことに、心が躍る思いだった。
貴族達によるお膳立てが整えられ、いざ決行、という折、今度はいきなり、”大聖霊”を名乗るものより別の命が下された。
姫は生かせ。
わけが分からなかった。
だからこそ面白いと思った。興味を引かれた。
結局セスは賢人達にはその事は話さないまま、決行日を迎えた。
怯える王と妃の姿。
妃は生まれたばかりの姫を抱いている。
彼らを護る形で、一人の騎士が立ちふさがった。
セスは、その顔に見覚えがあった。
王室近衛騎士隊の新鋭、オルスディン・アークレー。
面白い、遊んでやろう。
アークレーが王達を逃がそうとする。
そうはいかない。
こちらの動きに、アークレーは巧みに対応する。
流石に名声は伊達ではない。
しかし、期待したほどの腕でもない。
アークレーの腹に一撃を叩き込む。
アークレーが苦悶の表情を浮かべ、その場にうずくまる。
そうしてセスは悠然と王達へ歩み寄る。
王達は腰を抜かし、逃げるに逃げれないようだ。
それをセスはゆっくり見下ろす。
セスは歪んだ倫理観の持ち主だったが、決して他人を痛めつけ、命を奪う事に快感を覚えるような手合いではなかった。
一方で、そうした行為になんのためらいも抱く事もなかった。
セスの楽しみは他人を弄ぶ事にのみあった。それ以外の事はどうでもよかった。
だからセスは王と妃の命を、楽しむわけでもなく、ためらうわけでもなく、一瞬で、奪った。
背後で雄叫びが響く。
アークレーが立ち上がり、突進してくる。
剣の一撃を軽くかわすが、それはフェイントだった。
気付いた時には、遅かった。
ナイフが視界に飛び込んでくる。
それがそのまま左目をかすり、セスは絶叫する。
その隙にアークレーは赤子の姫を抱え、走り去った。
セスは獣のような低い唸りをあげ、追った。
セスは怒っていた。
どの道姫は大聖霊の命のまま、見逃すつもりだった。
アークレーもどうでもいいから放っておくつもりだった。
しかし、もうそういうわけにはいかない。
もうこの片目は使えないだろう。その償いは受けてもらう。
しかし、ただその命を奪うだけでは面白くはない。
少し、趣向を凝らすことにする。
暴力と混乱が渦巻く街をセスが疾走する。
そこかしこで暗闇に火の手が上がっている。
調べるとすぐに、アークレー家の住所は分かった。
セスはアークレーの家へと急いだ。その妻と息子のもとへと。
やっとたどり着いたその家は暗く、しんと静まりかえっていた。
気持ちが浮つくのを懸命に抑え、一部屋一部屋、順に探っていく。
奴の家族の待つはずの寝室へ。
ドアノブに手を掛け、気持ちを昂ぶらせ、ドアを開ける。
子供を寝かしつける母の姿。
その表情がすぐに恐怖に染まる。
セスはそれを見て、嗤った。
しばらくしてようやくアークレーが来た。
その顔が絶望に歪む。
セスは望んだものが見れて、また嗤った。
しかし、まだ終わりじゃない。
贈り物はもう一つ考えてある。
アークレーが剣で斬りかかる。
悪くない太刀筋だが、相手をしてやる気分ではない。
その剣を容易く奪い、その体を弾き飛ばす。
床に転がるアークレーに、セスは悠々と近付き、その右膝に、剣を思いきり突き立てた。
アークレーの絶叫が響く。
セスは更に剣をねじる。もうこの足は使えないだろう。
アークレーの家族を奪い、騎士としての道も奪った。
ようやくセスは満足し、その場を去った。
帰り道でセスは、道端で冷たくなった母の体に寄り添って泣く、赤子を見つけた。
見過ごそうと思ったものの、ふいに興味を持ち、その小さな体を抱えあげた。
名札のようなものが目に入ったが、それを取り上げ、地面に放り捨てる。
「お前は今から、そうだな、カオンシュ・ティレー、だ」
単なる思い付きの名前だと思ったが、何か引っかかるものを感じ、記憶を辿ってみた。
そうか。かつて自分を育てた、”親”の名か。
「良い名前だろう?」
セスの腕の中で、赤子が大泣きを始める。
セスはそれに屈折した満足を覚えながら、帰路を急いだ。
その後、六大公家による支配体制が確立してからは、退屈な日々が続いた。
退屈しのぎにカオンを鍛えて遊んでいたが、満たされない感覚は常にあった。
そうして長い時間が経ったある日、突然また”大聖霊”からの命が下された。
カオンをフォルシュニクに預け、ストレという奴隷の少年を監視、保護せよ。
フォルシュニクという反抗組織の名は聞いた事があった。
当然賢人達の耳にも入っているようだが、いずれ暇潰しの道具にでもなればと、泳がせているようだった。
一方で、ストレという奴隷については何も知らなかった。
アルタモーダの発掘現場で使われているらしい。
悟られないように危険から護れ、との事。
セスはカオンという玩具を手放す事をためらったが、結局はその指示に従った方が面白くなるだろうと踏み、実行した。
カオンに対しては適当に偽の指示書をつくり、トトール派に流した。
影の実態、聖堂会の暗い秘密についてはまだ大して話してはいないし、自分に恭順するようには仕込んではいたが、変な思想誘導などもしてはいなかった。
正義の味方ごっこに興じている連中にもすぐに打ち解ける事だろう。
特に心配はしなかった。
ストレという少年は、大して面白みを感じない子供だった。
セスは欠伸を噛み殺しながら、日々を過ごした。
そしてある日、フォルシュニクによる襲撃の報を受ける。
ようやくか、とセスは期待を抱く。
隣の檻で、少年が小さく身悶える。
「どうした、ストレ。眠れないのか?」
そうしてようやく事態は動き出した。
奴隷の少年は友となる少年と出会い、アルタモーダと出会い、反抗組織と出会った。
それからセスは賢人会議の指示に従うふりで、大聖霊の命に従い、賢人会議を暗に誘導し、奴隷の少年を解放の英雄へと仕立て上げる手助けをした。
大聖霊が何を考えているのかは分からなかったが、これだけの人間を、世界を、弄ぶのはとても愉快な事だった。
全てが思うように進み、ストレは英雄となった。
そして今度はカオンにそれを倒させるらしい。
親友同士が殺しあう。それも自分の導きで出会った二人が。
セスは愉快でたまらなかった。
カオンが部屋に入ってくる。セスはそれを笑顔で迎える。
「何です、セス」
まだ表情が暗い。
ああ、可哀想なカオン。
全てが仕組まれた事だと知れば、どう思うだろうな。
俺を憎むだろうか、それとも。
「いや、新しい仲間を紹介しようと思ってな」
「仲間?」
「ああ」
傍らに立つ、二人の少年と少女を見やる。
二人ともぱっと見では見分けが付かず、とても血の通っているとは思えない真っ白な肌をしている。
髪色までもが、同じように白い。
反対に瞳は血のように真っ赤な色をしている。
どこか人形めいた感じを受け、どうにも不気味さを感じずにはいられない。
よくは知らないが、この二人は賢人からのプレゼントだという話だ。
アルタモーダのおまけ付きで。
いや逆か、アルタモーダのおまけが、こいつらか。
「アリオとオリア、というらしい」
少女と少年を順に紹介する。
「アリオです。よろしく」
少女が不気味に笑い、カオンに挨拶をする。
「オリアです。よろしく」
少年も全く同じように続く。
「カオンシュ・ティレー。よろしく」
カオンもいぶかしむ表情で応える。
顔合わせが終わったところで、セスが話を続ける。
「さて、早速だが三人に賢人会議からの指示を伝える」
三人がセスを見つめ、その言葉に集中する。
「君達にはアンディエル領を”解放”してもらう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます