13:黒幕
人々が混乱し逃げ惑う中、ストレは戸惑い、ただ立ち尽くしていた。
流れの中で人を捕まえ、訊く。
「何かあったんですか?」
「ギ、ギアが。突然」
恐怖に呑まれているようで、今一要領をえない。
「ギア?」
人波の押し寄せる方向に目をやる。
遠くに巨人同士が争っているのが見える。
状況が飲み込めないが、突っ立っていても仕方無い。
リリは、仲間達は無事なのか。
周りを見渡すが、それらしい人影は見当たらない。
今はあのギアを何とかするのが先決か。
ストレは、オルヴァニスへ走った。
カオンが巨人同士の戦いを、呆然と眺め、立ち尽くす。
灰色のギアと、あれは、ヘゼルファイン。
「何故ヘゼルファインが」
アルタモーダとパイロットは、基本的には一対一での紐付けがされる。
とはいえ、機能が大幅に制限された上で、歩かせる程度の基本動作なら誰でも行えるようにもなっている。
誰かが咄嗟に、ギアを抑える為に動かしたのだろうか。
「よお、カオン」
背後から声がし、カオンは振り返る。
「セス」
セスが薄笑いを浮かべ、立っている。
「状況が変わったんだ。戻って来い、カオン」
「え、でも」
「賢人達の指示なんだ。そして恐らくは、大聖霊も同じお考えだ」
大聖霊。
神話上の英雄にして、現在も健在とされる神の化身。
普段はその姿を人前に晒すことは無く、その最後の記録は五百年前のものだ。
当然、そんな存在が現実に実在するというのは、信憑性に欠ける。
おそらく、極秘の役職なり組織なりに、その名前が使われているだけなのだろうが。
「……」
「どうしたカオン。フォルシュニクの仲間との別れが惜しいか? でもお前の本来の居場所は何処だ? 道端で孤独に泣いてた赤ん坊のお前を拾ってやったのは誰だ? そこまで育て、鍛えてやったのは誰だ?」
「それは、でも」
「いいかカオン。状況が変わったんだ。これから聖堂会は全力でフォルシュニクを潰しに掛かる事になる。そっちにいちゃ駄目だカオン。俺はお前を心配して言ってるんだぞ」
優しげな表情で、セスが囁く。
カオンが、セスに向かって一歩を踏み出す。
小さく嗤うセス。
「行くなカオン!」
長い廊下に、オルスの声が響く。
オルスは今でははっきりと思い出していた。
隻眼の黒衣の男。家族と、右足の仇。
素早く銃を取り出し、躊躇することなく発砲。
セスは即座に反応し、柱の影に身を隠した。
「行くなカオン。そいつは王家暗殺の実行犯だ。そいつのせいで、そいつが、みんな!」
オルスは銃を構えたまま、怒りを露に杖を鳴らし、セスへと近付いていく。
「でたらめだ。あるいは何かの勘違いだ。俺を信じろよカオン」
「セス、艦長」
カオンの顔が苦悩にゆがむ。
「ストレ」
カオンの瞳が、遠くから走り来るストレの姿を見つける。
ストレが前方で起きている出来事に気付き、止まる。
「なんだ?」
カオンも艦長も様子が普通じゃない。何が起きている?
次の瞬間、柱の影から男が飛び出した。
オルスから拳銃を奪い、押し倒して杖を遠くへ蹴飛ばす。
男の声が響く。
「俺もお前も、まだ役を降りるには気が早い。だろ?」
男はカオンに向き直り、言った。
「どうした、来ないのか? 行くぞ」
その言葉にストレははっ、と気付く。
あの眼帯の男。
奴隷だったとき、隣の檻に居た男だ。何故こんな所に。
カオンが男に歩み寄る。
「カオン!」
ストレが叫ぶ。
しかし、カオンはストレの方を哀しげに一瞥したあと、ぎゅっと目を瞑り、男と走り去った。
数日して、聖堂会は声明を出した。
賢人会議の暗殺と乗っ取りを企てるヴァリオント・トトールと、それに同調する聖堂会内部での若手一派の存在の暴露。
その一派のギアによる王宮での犯行は、聖堂会の衛士であるカオンシュ・ティレーと、彼の駆るアルタモーダ、ヘゼルファインの活躍により未然に防がれた事。
リリシュティン姫を擁するフォルシュニクもまた、トトール派との協力関係にあった事。
首謀者であるヴァリオント・トトールは即時拘禁された事。
そして、リリ姫に対してはすぐにトトール派とのつながりを絶ち、この一件から手を引くように勧告がなされた。
声明の要旨は以上のようなものだった。
表面上はいつものように、平和的な解決を求める穏便な表現がなされているが、民衆の間には確実に疑いの種は蒔かれていた。
その種は遠からず芽吹くだろう。
またも風向きは変わる。
老人達の思惑によって、世界は回る。
「まったく。肝が冷えたぞ。演出が過ぎる」
「前もって説明していれば、あの名演技は生まれなかったであろうな」
「しかし、新しい舞台の幕開けとしては派手で良かったな」
「今度は不確定要素も減る。筋書き通りに事は運ぶであろうが、その分想像を超えた展開とはならんだろうな。そこは残念だ」
老人達が口々に言う。
新しい舞台の筋書き。
それは、基本的にはこれまでの流れを踏襲したものだった。
悪の支配者を英雄が打ち倒し、民衆を解放する。
いかにも大衆好みのお話だ。
ただし演者は変える。
悪の支配者役にはリリシュティンを、それを護る悪の騎士役にはストレを据える。
そして、真の英雄役にはカオンシュ・ティレーを就ける。
これは、セスの言い出した事だった。
老人が傍らに立つ男を見上げ、言う。
「まったく、君も悪趣味な男だな」
「ふふ、そういう性分なもので。でも、それで愉しむご賢人方もまた同類でしょう」
「違いない」
老人はくつくつと笑った。
「さて、どうしたものか」
オルスが呟く。
王宮の一室に皆が集まり、今後の対応を話し合っている。
「ここは大人しくしているしかないでしょう。ここで下手に動けば共倒れです。トトール派は切るしかない」
サリエルが冷静に言う。
ヴァルが捕まり、内心穏やかではないだろうに、とオルスはその胸中を察する。
続けて、リリが反対の意見を述べた。
「仲間を見捨てるわけにはいきません。それに、ここで要求を呑めば、賢人達に取り込まれてしまうのは必至でしょう。どの道従うわけにはいかない」
「しかし賢人会議に仇をなすという事は聖堂会を、へたをすれば世界全体を敵に回す事になるぞ。流石に面と向かって正攻法というわけにもいくまい」
エリオスが発言し、それにハシュエルが続く。
「しかし、このままでは姫の立場は危うくなる一方だ。今回の件は明らかに相手方の自作自演だが、世論はそうは見てはいない。むしろフォルシュニクが賢人をおびき寄せる為の罠として宴を催した、という見方が目立つ」
話は一向にまとまらず、沈黙が場を支配する。
オルスは黙って思案する。
老人達の掌の上で弄ばれている感覚。実際その通りなのだろう。
こういった事態に陥り、改めて敵の強大さを痛感する。
このまま賢人会議に恭順し、飼われるのが正解なのか。
右ひざを掴む。
そんな筈は無い。償いは、してもらう。
薄暗い部屋でカオンが、生気の無い表情で幽霊のように佇む。
それを眺めて笑うセス。
「そう気を落とすなよ、カオン。仲間と離れて哀しむのは分かるがな。でもあいつらと一緒だったのは精々一年そこらだろ? こうして古巣に戻ったんだ、気楽にいこうぜ」
カオンは何も言わない。
「なあ、お前は正しい選択をしたんだ。大丈夫、何もかも上手くいく。俺を信じろよ。これまでもずっとそうしてきたように」
カオンが、救いを求めるような眼差しでセスを見つめる。
セスは、笑いをこらえるので必死だった。
ストレは動揺していた。
公家を打倒し、リリが女王になれば一段落だと思っていた。
それで全てが終わりではないにせよ、賢人会議も最早迂闊な手出しはできないだろうと思っていた。
甘かった。
これから先どうなっていくのか、全く想像もつかなかった。
それに、カオンの事も心配だった。
リリを見つめる。
その視線にリリも気付き、見つめ返す。
それでも。
何があろうと、リリを信じよう。リリの力になろう。
ストレは決意を新たにした。
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