12:勝利の宴


 戦いの終わりから、一ヶ月程が経った。


 未だ各地では体制転換に伴う処理で混乱が続いてはいるが、順調に新たな秩序は構築されつつあった。


 ようやく一息つけるようになったこのタイミングで、王宮で宴が催される事になった。

 誰が言い出したわけでもなく、企画は早々と組み上げられ、その日が来た。






 王宮は広く一般にも公開され、人々でごった返していた。

 また、王宮前広場にはアルタモーダが展示され、人々の注目を浴びている。


 その中でオルヴァニスの少女は一人ふてくされていた。


「私だって、皆と一緒にパーティーしたいのに」


 花びらが春の風に舞う。

 でもまあ、この景色を眺めて過ごすのも悪くない。少女はそう、思った。






 パーティーの片隅で、ストレは窮屈な思いをしていた。

 礼服なんてもの、生まれて初めて着た。

 とにかく肩肘が張って敵わない。


 しかも色々な人々が代わる代わる”解放の英雄”に興味をもって話しかけてくる。

 気の休まる暇が無かった。


「どうしたんです、ストレ。英雄がそんな覇気の無い顔してちゃ駄目ですよ」


 気付けばすぐ隣に、リリの姿があった。

 綺麗なドレスに身を包んでいる。


 ストレは思わず見とれ、言葉が口を突いて出る。


「綺麗だ」


「ありがとう。ふふ、馬子にも衣装、ってやつですね」


 リリは照れて顔を赤くしながらも、謙遜してみせた。


「そんな事ないよ。とても綺麗だ」


 ストレはもっと気の利いた事を言いたかったが、胸の高鳴りのせいで、頭も舌も上手く回らない。


 そのあと二言三言、なんでもない言葉を交わしたあと、軽い沈黙。


「リリが女王様か」


 ストレが、ぽつりと零す。


「まだまだ色々ゴタゴタしてますから、もう少し先の話ですけどね。それに、いずれやめるつもりですし」


「やめるって、何を?」


「王制。貴族やら何やらも。人が人を縛るような仕組みは全部捨てられたらな、って思うんです。そうではなくて、もっとみんな同じ立場で助け合える世界になれば、って。シオンドールに生きる、すべての人達の気持ちが一つにまとまることが叶ったら、の話ですけど」


 リリはストレを改めて見つめ、続ける。


「その為にはまだまだ多くの困難に立ち向かわなければいけない。だから、これからもどうか力を貸してくださいね、ストレ」


 リリが深く頭を下げる。


「勿論だよ、リリ」


 アルタモーダに乗るしか能の無い自分に、どこまでの手助けができるのか分からないが、それでも出来る限りの力にはなろう。ストレはそう誓う。






 そんな二人を、遠巻きにハシュエルが見つめていた。


「何見てんだ?」


 唐突にエリオスが声を掛ける。


「わっ、何だ、脅かすな、エリオス・エディアス」


「悪かったよ」


 エリオスは苦笑いしながら、少女を見やる。軍服姿の少女。


「そんな堅っくるしい恰好じゃなくて、可愛いドレスでも着ておめかししてくればいいのに」


「そういうのは苦手だ。それに」


「それに?」


「どうせそういうのは、私には似合わない」


 エリオスは黙ってハシュエルの視線を追う。

 ストレとリリの姿。


 ふむ。


「なんだお前、ストレが気に入ったのか」


 直球で様子を見る。


「ばっ! な、何故ストレの名が出るんだ!」


「え、だって」


 エリオスはとぼけてみせる。


「ち、違う。リ、リリシュティン姫の美しさに見とれていたのだ」


「なんだ、やっぱりああいう恰好に興味あるんじゃないか」


「そ、そうじゃない。違う!」


 いたいけな少女をからかって遊ぶのは楽しいが、流石に趣味が悪いか、とエリオスは苦笑し、手段を変える。


「来いよお嬢ちゃん。どうでもいいが、こんなとこにただ突っ立ってたってつまらんだろ。向こうで一緒にお遊びしようぜ」


「お嬢ちゃんはやめろ」


「おっと、失敬。悪かったな。だが知っての通り、俺はあのオントマ・エディアスのせがれだ。そんな気遣いのある人間には育っちゃいない」


 軽く微笑んでみせる。


「いいから来いよ」






 ハシュエルは裏庭へと連れてこられた。

 エリオスが何処からか木の棒を見つけ、戻ってきた。

 一本をハシュエルへ投げて寄越す。


「剣闘ごっこだ。俺達みたいなのには、こういう方が楽しめるだろう」


 ハシュエルが棒を軽く試すように振ってみてから、ニヤリと笑い、答えた。


「いいだろう。手加減は無しだ」


 手加減無し、ったってな、とエリオスは思う。


 十三の小娘と二十三の大の男。

 とりあえずは気取られない程度に力を抜いて、様子を見る事に決める。


「いくぞ!」


 ハシュエルが声を上げ、向かってくる。


 鍛えてはいるようだが、少女として相応の動き。

 当然ファシュトカとは全然違う。


 エリオスはその攻撃を軽く受け止める。

 ハシュエルは続けて連撃を繰り出す。


 裏庭に、コンコンと木の当たる音が響く。


「手加減は無しと言ったはずだぞ、エリオス!」


 まあ、ばれるよな、とエリオスは思いつつ、少し考える。


 考えた末、少し力を込める。

 ハシュエルの棒をはじき飛ばし、その胸に軽く棒を押し当てる。

 少女が尻餅をつく。


 静寂。


 少女は黙って自分の掌を見つめている。

 エリオスはその様子を眺めつつ、手持ち無沙汰で自分の肩を棒でポンポンと叩く。


 やがて少女は何かを掴んだ様子で、自分のこぶしを硬く握り締めた。


「ありがとう、エリオス。有意義な時間だった」


「そうか」


「失礼する。汗をかいた、風呂に入りたい」


「おう、宴の主役に挨拶ぐらいしてから帰れよ」


 少女は去った。






「あれあれ、セスじゃないですか。セスも来てたんですね」


 カオンが、人込みの中に見知った顔を見つけ、声をかける。


「おお、カオンか。久し振りだな」


 眼帯をした黒い聖衣の男が、それに応えた。


「賢人方も是非顔を出したいって言い出してな。その護衛さ」


「賢人方も」


 カオンが複雑な表情で、言葉をおうむ返しする。

 セスが小さく笑う。


「お前も大変だったみたいだな。何処からとも無い指示でお前を持ってかれてから、こっちもこっちで人手不足で大変だったけどさ。まさかフォルシュニクなんてのに参加してたとはな」


「え、ええ、まあ」


 カオンが曖昧に笑う。セスは愉快でたまらない。


 廊下を遠くコツコツと杖を突く音が響いてくる。

 セスは音の方に注意を向けた。

 オルスディン・アークレー。


「おっと、悪いなカオン。用事を思い出した。また近い内に会おうぜ」






 セスは走り去り、入れ代わりに、オルスがカオンの横に立つ。


「誰と話してたんだ? カオン」


「いえ、聖堂会での上司です。久し振りに会ったんで。賢人の護衛で来てるらしいです」


「賢人、か」


 オルスは思う。しかしあの後姿、どこかで。思い出せない。


「どうかしましたか?」


「いや、歳は取りたくないもんだな、ってな」


「?」





 

「で? ここからはどう動く、ヴァル?」


 それからしばらくして、オルスは宴の喧騒から離れた静かな一室でヴァリオント・トトールと会っていた。


「賢人どもの出方次第だな。とりあえずはリリの成長を手助けしつつ、内外に着実に足場を固めていく。賢人会議に伍する権威を持つ女王の擁立。ここからは長丁場になるだろうな」


「長丁場、ね。その間に連中、黙っておっ死んでくれれば話は早いのに」


 ヴァルはくつくつと笑う。


「馬鹿を言え。あの爺ども、放っておけば百どころか千だって生きてみせるぞ」


「まさか」


 冗談に聞こえないから恐ろしい。

 ヴァルは真顔に戻り、続ける。


「真面目な話、どうせ席が一つ二つ空いたところで、別の欲深な人間が空席を埋めるだけさ。そういう糞みたいな輩は掃いて捨てるほどいるし、事実そうやって賢人会議は何千年も続いてきた」


「まったく」


「そして、これまでの話は全て連中がこの先大人しくしていたら、という前提での話だ」


「ま、そうはならんだろうな」


「気を引き締めてかかるぞ、オルス」


「勝って兜の緒をなんとやら、か。了解」






「ご挨拶が遅れて申し訳ない。リリシュティン殿下」


 老人の一行が、リリに話しかける。


「いやしかし本当にご無事だったとは。以前にもお会いした事があるのですよ、憶えておいでかな?」


「憶えておられるわけがなかろう。あの時分の姫はまだ物心つかぬ赤子だったのだぞ」


「これはこれは」


 老人たちが明るく笑う。高位の聖職者たち。賢人。

 ぱっと見では朗らかな好々爺、といった雰囲気の者達。しかしその正体は。


 リリは作った笑顔で応じつつも、内心緊張する。


(この者達が、本当の、敵)


 その後しばらく、リリは老人達ととりとめのない言葉を交わした。

 傍目にはとても穏やかで和やかな風景だった。


「名残惜しいが、そろそろお時間を頂くとしよう。これ以上、老人どものつまらん相手をさせては姫が可哀想だ」


 老人達は別れを告げ、去っていく。

 リリはそれを笑顔で手を振り、送った。


 しばらくその背中を無言で見つめたあと、リリも反対方向へ踵を返す。


 その瞬間、背後から老人の悲鳴が響く。

 リリが急いで振り返ると、賢人が何か指をさし、恐怖の表情で口をパクパクさせているのが見えた。

 その視線の先を追う。


 窓の外でギアが銃口を賢人に向けている。灰色の塗装。フォルシュニクの物だ。


「罪深な老人どもに天誅を下す!」


 ギアの外部スピーカーから声が響き、銃が放たれる。


 賢人達は護衛の者達に抱えられ、すぐさま物陰へと避難する。

 周りにいた人達がパニックを起こし、その場から逃げ始める。

 混乱。


 リリは呆然とその場に立ち尽くす。


「姫様。ここは危険です。こちらへ」


「は、はい」


 リリは手を引かれ、駆け出す。

 振り返り、もう一度灰色の巨人を見上げる。


 まったく状況が飲み込めないまま、リリはただ走り去るしかなかった。


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