11:最後の決闘
ヴァストレムが王宮へと行き着く。
その門前でファシュトカが待ち構えている。
当主マグノリスからの通信が入り、ファシュトカとオルヴァニスの一騎打ちによる決闘を申し込まれる。
勝ったら、負けたら、といった条件提示は無い。
最早勝敗は決している。
純粋な意地、あるいはけじめとしての決闘。
その申し出を受け、リリとストレは互いに視線を交わし、頷きあう。
王都から見晴らせる広大な草原に、二体の巨人が向かい立つ。
リリが、マグノリスが、オルスが、ヴァストレムの皆が、王都の市民達が、皆が固唾をのみ、見守る。
ハシュエルは、ファシュトカの中で心を落ち着ける。
初めてファシュトカに乗ったときの事を思い出す。
七、八歳の時だったか。
自分を取り巻く意思のようなものを感じ、恐れた。
しかしすぐに、それは自分を見守ってくれているのだと何となく感じられ、安心した。
「思えば長い付き合いになったな。今までありがとう、ファシュトカ。これからもよろしく頼む」
操縦桿を握る手に力を込める。
自分の魂が機体に注ぎ込まれ、一体化していくように感じられる。
「いくぞファシュトカ!」
オルヴァニスの中で、ストレも同じように気を鎮めていた。
思えばこの半年足らずの間に、色々な事があった。
明日の生も定かではなかった奴隷が、今では英雄としてその名を叫ばれている。
オルヴァニスと、リリとの出会いが全てを変えた。
かけがえの無い仲間を失った。悪人とはいえ、何人かの敵の命も奪った。
でもそんな悲惨な戦いもこれで最後だ。
リリならきっと、皆が自由に生きられる平和な世界を築けるはずだ。
その為に、ここまでの道のりを戦いぬいて来たのだから。
ファシュトカが大剣を構えた。
ストレも莢を剣と盾に変え、構える。
「いくぞオルヴァニス!」
少女が勇ましく頷く。
ストレは機体を敵へ向け、弾き飛ばした。
二体の巨人がぶつかりあい、その衝撃に大地が震える。
ファシュトカの剣がオルヴァニスの盾を叩く。
さすがのファシュトカの能力も盾の強固な防壁を完全に打ち消すには至らず、表面を滑る。
オルヴァニスが剣で反撃するが、それもまたファシュトカの厚い防壁に阻まれ、それる。
純粋な力と力のぶつかり合い。
一進一退の攻防が続く。
ストレは考える。
この闘いには、ただ勝てば良いというわけではない。
英雄として気高く闘い、勝たなければ。
皆が自分を英雄と呼ぶ。
ストレ自身は自分をそういう風には考えてはいなかったが、それを演じてみせる必要性は感じていた。
自分達は公家からシオンドールをただ奪い返す為に戦ってきたわけじゃない。
平和な世界を、新しい時代を作る為に戦ってきた。
それを人々に証明する闘いをしてみせなければならない。
「ただこいつを打ちのめすだけの闘いじゃ駄目なんだ。分かるよな? 俺達でならできるはずなんだ。やるぞ、オルヴァニス!」
少女が呼応する。
「私は、勝つ!」
ハシュエルの雄叫びが響く。
公家の時代は終わる。
そして、古き王家の時代が繰り返される。
ならば、今更この戦いに意味は無いのか。
断じて違う、とハシュエルは信じる。
この重大な歴史の転換点において、自分が気高く戦ってみせれば、それはシグノールの名誉として語り継がれるものと信じる。
この決闘には、気高く、雄雄しく、勝つ。
そうでなければいけない。
それなのに。
「それなのに、何故にこうも攻めきれない!」
敵の攻撃を捌き、こちらの攻撃が捌かれる。
ただ時間だけが過ぎていく。
このままでは女であり、子供であることによる体力の無さに足を引っ張られ、無様に負ける。
シグノールの名は、恥辱とともに歴史に刻まれる事になる。
ぽろぽろと涙が頬をつたい始める。
こんなものは戦いの邪魔だ。
堪えようとするが、堪えきれない。
一旦攻撃の手を緩め、涙を乱暴に拭う。
「私は! 勝たなければいけないんだ! ファシュトカ!」
その隙にオルヴァニスが切り込む。
またも防壁に阻まれるが、それを打ち破るべく追撃を重ねようとする。
間合いを詰めすぎたオルヴァニスに、ファシュトカが態勢を整え、反撃で応える。
大剣の一撃がもろに入り、オルヴァニスの胸が抉られる。
しかし、今一歩踏み込みが足りなかった。決定打とはならない。
オルヴァニスの胸の傷からコクピット内が見え、ハシュエルは敵の姿を見る。
ストレ。
自分よりは少し年上だが、まだ子供には違いない少年の姿。
その瞳が目に映り、見入る。
芯の強さを感じさせる瞳。
気高い英雄の瞳。
実際には一瞬だったが、主観的には長い時間、その瞳を見つめた。
「ははは」
ハシュエルは小さく笑う。
何故だかは分からないが、急に気分がスッキリする。
全てのしがらみや、こだわりが洗い流されていく。
悪い夢から醒めたような感覚。
「……私は間違っていたのかな? ファシュトカ」
ファシュトカは、何も言わない。
でも。
でも、ファシュトカが見守ってくれている感覚は、今も、ある。
「ありがとう、ファシュトカ」
また涙が零れる。その暖かさに頬が火照る。
オルヴァニスが剣を振りかざす。
即座に反応し、その一撃を大剣で受ける。
「私は、負けない!」
ハシュエルは楽しんでいた。
初めて闘いを楽しいと感じていた。
ファシュトカとの一体感。高揚感。
自分が完全になっていく。
自分を取り巻く全てが調和していく。
ストレとオルヴァニスの存在すらも、その一部として感じられる。
これまではシグノールの為に戦ってきた。
自分が女であり、子供である事を否定する為に戦ってきた。
しかし今は違った。
純粋に自分自身をありのまま肯定し、高める為に闘う。
闘いはその後も長く続いた。
しかし、やがて決着の時を迎えた。
見守っていた全ての人々が喝采を贈った。
闘いが終わり、街の中央広場で二体の巨人は互いにひざまずいた。
その下でストレとハシュエルが向かい立つ。
ストレは握手を求め、黙って手を差し出した。
ハシュエルはそれをはたいて返す。
「良い闘いだった」
ハシュエルが、ニヤリと笑う。
「ああ」
ストレも同じように、ニヤリと笑って応えた。
ストレが背中から名前を呼ばれ、振り返ると、リリが立っていた。
ストレが改めて闘いの結果を知らせようとしたところ、リリが飛び込んできた。
慌てて抱きとめる。
自分の顔のすぐ近くにリリの顔がある。
ストレは焦って何かを言おうとするが、良い言葉が浮かばない。
リリも同じようだった。
二人は互いの顔を見て、笑った。
その日の内に、マグノリスは降伏を宣言した。
六大公家との長い戦いは、ここにすべて終わった。
ここから、シオンドールを生きる人々の新しい時代が、始まる。
「めでたしめでたし。大団円ね。皆、幸せそう。私の決心も揺らぎそうだわ」
「……」
「でも約束は約束。ここまではお膳立てでしかない。ここからが本番。そうでしょ、アルン?」
光が溢れる庭園で、男と女が会話している。
男は若くもなく、年老いてもいないが、とても疲れた表情をしている。
女はこの世のものとは思えない美貌を湛えているが、氷のように冷たい表情をしている。
「もういいだろう。やめにしよう、アルゼリーゼ。彼らは意味ある者達だ」
「駄目よ。私は認めない。彼らは今度こそ、その意味を私に証明してみせなければいけない」
「頼む。やめてくれ、アルゼリーゼ」
「貴方が言い出した事でしょう? そして全ては貴方から始まった事。王家も、聖堂会も、人の醜い歴史の全てが。そして、この私も。全てが貴方から始まり、貴方のせいで終わる。綺麗な話じゃない」
「人はそこまで愚かではない」
「そうかしら?」
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