10:戦いの終わり
ストレは、怒っていた。
眼前で潰れゆくマリネ機。
アトルの最期の光景が脳裏をよぎる。
二度とあんな悲劇を繰り返してたまるものか。
オルヴァニスを必死で動かそうとする。
しかし、すぐさま傍らに立つ黒いギアに抑え付けられる。
ストレは唸りながら、自分を取り巻くもう一つの怒りを感じていた。
少女の怒り。
ファシュトカの中でハシュエルは息を切らしながら、ガインドレスを睨む。
「こんな卑しいやり方! 公家としての誇りは、矜持は、無いのか、ベディス・オシレム!」
歯を食い縛り、吐き捨てるように言う。
怒りで手が震える。
「どうした! フォルシュニクとは容易に仲間を見捨てるような組織なのか!」
ガインドレスの足元で、逆賊の命が潰れていく音が聞こえる。
ベディスは楽しんでいた。愉快でたまらなかった。
リリはついに意を決したように、口を開いた。
「分かりました」
オルスがリリの腕を掴み、止める。
それに構わず、リリは続ける。
「要求を受け入れます」
ベディスはそれを聞き、いやらしくほくそ笑んだ。
次の瞬間、突然ガインドレスが衝撃を受け、何かに衝き飛ばされた。
ベディスは何が起きたか分からず、混乱しながらも機体を立て直す。
グシャグシャにひしゃげた人質の機体が宙を舞っている。
ベディスが目を点にしながらそれを眺めていると、ふいに透明のベールのようなものが剥がれ、人質を抱えた白い巨人が姿を現した。
「ヘゼルファイン」
黒いギアの中で、男が巨人の名を呼ぶ。
そして、その足元から、赤い光が溢れだす。
「そうだよ。それを待ってたんだ。……これで義理は果たしたし、もう十分だな」
ストレは吠えていた。
ストレを取り巻く怒りがそれに同調し、共鳴の高鳴りをあげていく。
ついには完全に一つとなり、爆発した。
バースト。
オルヴァニスが燃えるように赤く輝き、その周りでアルカナが渦を巻く。
オルヴァニスは身動き一つしないまま、猛烈な衝撃波で黒いギアを吹き飛ばし、悠然と空中へ上昇していく。
その砕けた右ひざに赤い光が集まり、損傷を急速に修復していく。
ストレは、ガインドレスの奥でベディスが狼狽しているのを、感じた。
赤く輝く瞳で、それを睨みつける。
ベディスは焦り、ヘゼルファインから人質を取り戻そうとムチを繰り出す。
ストレは莢を飛ばしてそれを防ごうとしたが、それよりも早くファシュトカが動いた。
大剣の一撃でムチの先を切り落とし、ゆっくりとガインドレスに向く。
「ハ、ハシュエル嬢! 何を!」
”嬢”という言葉がハシュエルの心の火に油を注ぐ。
ファシュトカはガインドレスへと突進し、すれ違いざまにその右腕を斬り飛ばした。
そしてオルヴァニスの方を向き、言った。
「シグノールの領地で待つ! 決着はそこでつける!」
ファシュトカはそのまま踵を返し、飛び去った。
ベディスも一緒に逃げようとガインドレスを飛ばすが、オルヴァニスが高速移動で先回りをし、立ちふさがる。
逆方向へ逃げようとしたところ、そちらから接近するバーダネオンの姿。
救出した人質を母艦に預けたヘゼルファインも合流する。
三機はそうして、完全にガインドレスを取り囲む。
ベディスの心は恐怖に飲み込まれつつあった。
「姐さん! 駄目だ。駄目だよ!」
(何だよ、うるせーな。エトルか? 何騒いでんだ)
赤く滲んだ視界で、ぼんやりとした影を追う。
どうにか聞き取ろうとするが、声も遠い。
耳栓でもしてるみたいだ。
集中もできない。
何もかもが、ぼんやりする。
「もういやだよ! 俺を一人になんかしないでくれよ!」
(だから、うるせーっつーの。なんだこいつ、あたしが死ぬとでも思ってんのか? 失礼な)
赤く染まった手で、頬を撫でてやる。
(ほら、安心しただろ)
まだ何か喚いてるようだけど、視界が真っ白だ。
何も見えない。
音も無い。
何だかやけに、昔の事ばかり、脳裏をよぎる。
静かだ。
戦場に、雄叫びが響き渡る。
エリオスが叫ぶ。
バーダネオンの銃が火を噴き、ガインドレスの下半身が無数の破片となり、吹き飛んでいく。
カオンが叫ぶ。
ヘゼルファインが飛び、その突剣の一撃がガインドレスの胴体から頭を奪う。
ノイズだらけのモニターを見つめ、ベディスが狂乱に叫ぶ。
ノイズ越しに、赤い光が渦を巻いているのが見えた。
オルヴァニスの砲に光が集まる。
ストレと少女が叫び、砲から光線が、いや、極大の光の柱が、放たれる。
その光の柱が消え去るまでに、長い時間が掛かった。
あとには、何も残らなかった。
「君らしくもない結果だな」
老人達が、黒衣の男に冷ややかな視線を向ける。
「いやいや、返す言葉もございません」
男は老人たちの威圧に畏まる様子も無く、演技じみた軽い態度で、うやうやしく頭を下げてみせる。
「まったく。これでなにもかもが台無しだ」
「まあ良いではないか。残念だが、この舞台はつまらぬ結末で終わる。しかしそれだけの事だ。ときにはそういう事もある。また新たな演目を用意し、楽しめば良いだけではないか」
「幸い、筋も演者もそろっておるしな。すぐにとりかかるとしよう」
「待て諸君。気が早いのではないか? シグノールの最後の足掻きが残っている。もう少しほど、足掻く姿を愉しませてもらおうではないか」
暗い部屋で暖炉の明かりが二人の影を薄く延ばす。
ハシュエルとマグノリス親子。
場を沈黙が支配する。
やがて娘は小さく敬礼し、部屋を去った。
あとには父が一人残され、暖炉の火を見つめる。
「もうよい、ハシュエル。何もかも、もうよいのだ、ハシュエルよ」
「すべては、もう終わったのだ」
それきり、マグノリスは再び黙る。
薪の爆ぜる音だけが、部屋に響き続けた。
「無事?」
エトルが疲れた顔を輝かせ、言う。
「無事、とは言わんよ。確かに怪我は酷い。でも命に関わるほどじゃあない。しばらくして色々と落ち着いたら、ちゃんとした病院に移すべきだが、まあ一安心ではあるね」
セロン女医が疲れた声で言った。
「良かった。良かった……!」
エトルがその場で泣き崩れる。
心配して集まっていた皆も、一斉に安堵の笑みをこぼす。
マリネは助かった。
ストレはこの事を、オルヴァニスの少女にも教えてやろうと思った。
少女が一報を聞き、喜んでいる。
そういえば戦闘中にまた赤くなったとき、少女の声、叫びが聞こえた気がする。
無我夢中だったのでよくおぼえていないが。
どの道、今はまた喋らなくなっている。
しかし、言葉が無くても何を考えているのかは、何となく分かった。
ふと出会った頃の事を思い出す。
無表情に自分を見つめる少女。
「そういえばお前、いつの間にか色んな表情、するようになったな」
少女が照れ笑いを浮かべる。
ストレもつられて、微笑む。
ヴァストレムは谷を越え、その先のオシレム領で解放に関する一連の後始末を済ませ、更に進む。
まだ春というには気が早いが、風の中には確かにその香りが漂い始めていた。
朝靄の先に、王都が見えてくる。
オルスは右膝を力強くつかむ。ようやく、ここまで戻ってきた。
ファシュトカの中で、ハシュエルが深く息を吸う。
雑念を払い、心を空にする。
アルタモーダと一体化していく感覚。
子供でもなく、女でもなく、神の形をした巨人。
あるいは、人の形をした。
結局はどこまでいっても人は人なのだろう。
同じように、自分はどこまでいっても女であり続ける。
いずれ子供ではなくなるだろうが。
「いつまでもお人形遊び、というわけにもいかないのだろうな」
しかし今は、ここが間違いなく自分の居場所だと、確信していた。
「さあ来いオルヴァニス! 全てに決着をつける!」
ヴァストレムが城下町へと入る。
王宮へと至る、長い一直線の中央幹線道を堂々と進む。
その周りを大勢の市民が囲み、喝采をあげる。
口々に解放の英雄の名を称える。
フォルシュニクの戦士。オルヴァニスのストレ。
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