9:乱戦
ついに秘密結社フォルシュニクは、リリシュティンの生存も含め、その存在を公のものとした。
民衆はこれを熱狂をもって迎えた。
フォルシュニクは続けて残る公家、オシレム、シグノールに対し、投降し領地を解放するよう勧告。
両家は間をおかずこれを拒絶。
絶対的中立を標榜する聖堂会は、当たり障りのない、平和的解決を求める声明、つまりは事実上の傍観を宣言した。
風向きが変わった。冬の終わりが近い。
宮殿のテラスに立ち、マグノリス・シグノールはそう思う。
「まさかあの赤子が生き延びていたとはな」
一人呟く。
王家暗殺に際し、公家はそのお膳立てを整え、実行は賢人達の用意した者が行った。
つまりこれは、連中の落ち度である。
それなのに、この期に及んでその尻拭いを全てこちらに押し付けてくる。
そもそも、自分達は舞台に立っているという感覚すら、ないのだろう。
「腐りかけの老いぼれどもめ」
言ってから、それは自分も同じかと自嘲する。
背後の室内から音が聞こえる。
振り返ると、娘のハシュエルの姿があった。
「失礼します、父上。準備が整いましたので、これよりオシレムとの共同作戦へ出立致します」
まだ十三歳の小柄な娘が、敬礼しながら言う。
「ああ、よろしく頼む。武運を祈る」
「ありがとうございます。それでは」
娘は去った。
ハシュエルは、アルタモーダの乗り手だった。
武力行使などというものは、政治手段の内で最も卑俗な最終手段であり、アルタモーダなどというものは、賢人とのしがらみも絡む実に厄介な代物だった。
マグノリスは使うつもりの無かったそれを、まだ小さかった娘に、遊具、お人形さんとして、与えた。
そうしてみたところ、娘はそれに夢中になり、瞬く間に領軍を越え、市井にまで轟く人気と実力を獲得してみせた。
いざ娘を戦地へ送るとなれば親としての不安もよぎるが、ひいき目を抜きにしても、ハシュエルは天才そのものだった。
難なく戦功をあげて凱旋することだろう。
体が冷えてきたため、マグノリスは室内へと戻っていった。
かつて王宮と呼ばれた建物の中へ。
ハシュエルは憤っていた。
何が王家だ。十五年前、自分が生まれるよりも昔に滅んだ、旧い時代の亡霊が、今更なんだというのか。
それから世界は公家の統制下で安定し、発展の道を歩んできた。
それこそが現在の絶対的な秩序であり、それを脅かす逆賊は処分しなければいけない。
通路にハシュエルの靴音がこつこつと響く。
ハシュエルは自分が女として生まれた事を恨んでもいた。
誰もが皆、自分がいずれ婿を取り、その男がシグノールを動かし、自分はその支えとして収まるものと思っている。
それが許せない。
シグノールは自分自身が継ぐ。
その為には自分は男以上に男をやってみせる必要がある。
それら全ての為にフォルシュニクを討つ。
ハシュエルは扉を勢いよく開き、更にその先へと歩みを進めた。
マグノリスは使用人に命じ、暖炉に火をくべさせる。
その暖かい火を眺めながら思う。
娘には上手く伝わっていないようだが、マグノリスは彼なりの不器用なやり方で、娘を全身全霊をかけ愛していた。
早世した妻の忘れ形見でもある、遅くできた一人娘はそれだけの意味のある存在だった。
今となっては、一人娘を遺し逝った王と王妃の無念がよく分かった。
以前のマグノリスは権力欲が全ての男だったが、娘の誕生と歳を食った事が、その人となりを大きく変えていた。
今のマグノリスはただただ疲れ果てた老人だった。
しかし、今もなお、何一つの後悔の念も、謝罪の念も、心の中には無かった。
その意味を見失いかけているとしても、かつて苦労して勝ち得たものを、今更手放すつもりは無かった。
そこまで衰えてはいない。
自らの権威に仇なす者は、潰す。
マグノリスはぼんやりと、絶え間なく形を変え続ける火を、見つめ続けた。
「さて、大詰めであるな。どう演出を凝らしたものか」
「リリシュティンの懐柔は難しいだろう。あれはまだ欲を煽るには幼すぎる」
「市民の支持を得ているといっても、それも後からどうとでもなろう」
「ならば逆賊として退場させるのがやはり筋か。何とも悲劇的だな。これはこれで民も喜ぶのではないか?」
「と、いう事だ。待たせたな、”影”。久し振りに出番をやろう。遠い昔の自身の失態の後始末でもある。存分に働いてみせよ」
「やっとですか。いい加減に体がなまりましたよ」
眼帯をした黒衣の男が不敵に笑い、軽口を叩く。
ヴァストレムは王都へ向かい、地を駆けていた。
この先は深く長い谷が待ち、その先にはオシレム領、そしてシグノールに奪われた王都へと至る。
カオンは現在、艦を離れていた。
本来の愛機であるアルタモーダ・ヘゼルファインの移譲の目処がつき、その受領の為に移動していた。
その間ヴァストレムは先行し、オシレム領に入る辺りで追いつき、合流する手はずとなっている。
オルヴァニス、バーダネオン、ヘゼルファイン。
3機のアルタモーダが揃えば、残る公家の2機を相手にしても遅れをとることはまずないだろう。
戦いの終わりは近い。
しかしまだ終わったわけではない。皆それぞれに気を引き締めた。
ヴァストレムが谷へと差し掛かる。
待ち伏せには恰好の地形だが、他に道は無い。
カオンを待とうかとも話し合ったが、結局は警戒しつつ先に進む事に決まった。
「カオンの小僧が居なくても、十分な戦力は整ってる。流れも今はあたし達に吹いている。こういう時は突き進むもんさ」
マリネがコクピットで待機し、武者震いを抑えながら言う。
谷を中ほどまで進んだところ、案の定待ち伏せていた敵が現れた。
アルタモーダが二機。
ハシュエル・シグノールのファシュトカ。
オシレム家の若き冷酷な当主、ベディス・オシレムのガインドレス。
更にそれを取り巻くギアが二十機ほど。
そしてもう一機、特別な装飾を施された謎の黒いギアの姿もあった。
ヴァストレムはすぐさま全機発進。
ガインドレスはオルヴァニスが相手をする。
ファシュトカはバーダネオン、ギアはエトル機と艦の兵装で対処し、黒いギアにはマリネが当たる。
オルヴァニスが一直線に向かってくる。
ベディスはにやりと笑い、ガインドレスにムチを振らせる。
敵は盾で防ごうとしたが、盾だろうが当たればこちらのものだ。
ムチの攻撃が盾を叩いた瞬間、電流のようなものが流れ、敵の動きが麻痺する。 効果は一瞬しか持たないが、戦場での一瞬は命運を左右する。
敵は狼狽しながらも体勢を立て直しつつ距離を取り、砲撃を繰り出す。
それをかわしつつ接近し、更にムチの一撃を加える。
そうして敵をこけにして遊びながら、ベディスは戦場を俯瞰する。
ハシュエル嬢は見事にやっている。
単純な腕前では相手のエリオス・エディアスの方が上だろうが、相手が女の子供という事が動きを鈍くさせているようだ。
適当に手助けし、恩を売っておけば後々の為になるだろう、とベディスは打算する。
一方で黒いギアが視界に入る。
直前になって何処からともなく押し込まれた存在。
全くもって謎の存在だった。
しかし味方は味方であろうし、所詮ギアはギアだ。
精々上手くやってくれれば良いし、足を引っ張るにしても程度は知れている。
とりあえずは目の前の玩具だ。オルヴァニス。
ベディスは悪趣味な笑いを浮かべた。
「なんなんだこいつ! 普通じゃねえ!」
マリネが必死にギアを駆使しながら、叫ぶ。
変にゴテゴテ飾り付けてるとはいえ、確かにギアだ。
アルタモーダじゃない。
それなのに、恐ろしく強い。
必死に応戦しながら分析する。
機体は特別に調整されているようではあるが、動き自体はギアの限界を超えているというほどでもない。
純粋に乗り手の腕前のなせるわざだろう。
操縦精度、戦術、咄嗟の判断力。とてつもない凄腕だ。
自分自身もそれなりの場数を踏んできた熟練の戦士だという自負があったが、それでもこの相手は別格だ。
手の震えが操縦を誤らせそうになる。
「やっべえぞ、これ!」
しかし味方もそれぞれ手一杯のようだ。
ここは自力でなんとかするしかない。
「やってやるよ! ちくしょう!」
マリネは雄叫びを上げ、敵へと向かった。
エリオスは迷っていた。
いたいけな少女を傷つけるわけにはいかない。
しかし、いたいけな少女に敗北を喫するわけにもいかない。
しかしそんな迷いも、余裕も、段々と薄れていく。
何がいたいけな少女だ。
この強さは本物だ。手を抜いている場合じゃない。
そもそも、アルタモーダに乗っている以上、それはアルタモーダだ。神の化身だ。
女も子供もへったくれも無い。
エリオスは甘えを捨てた。
その瞬間、ファシュトカの攻撃がバーダネオンの肩を斬り、装甲の破片が宙を舞う。
ファシュトカの特殊機能により、防壁が弱体化された上での一撃。
接近して斬りあうのは危険すぎる。
バーダネオンは地を蹴り、後方に跳びつつ銃撃。
全て弾かれる。ファシュトカ自身の防壁は分厚いものだった。
「さて、どうしたものか」
エリオスが、コクピット内で汗を拭いつつ呟いた。
ヴァストレムのブリッジで、砲雷士のダリスが声を上げる。
「敵ギアの数が上手い具合に減ってます。これなら一人でいけます。エトルさんにマリネ機の援護を!」
「頼めるか、エトル?」
オルスはすぐさまエトルに確認する。
「はい、いかせてください」
「頼む」
エトル機は警戒しつつ艦を離れ、マリネ機の援護へと飛んだ。
ギアがもう一機、割り込んでくる。
「おやおや」
その攻撃を軽くいなしながら、黒い機体の中で眼帯の男が笑う。
「二対一なんて卑怯だろ」
心にも無いことを呟く。
ツノ付きと坊主頭。
中々のコンビだ。上手く連携が取れているが、何かが欠けている感覚。
本来は三人組なのだろう。
いずれにせよ、良い腕をしている。
なんなら部下に引き込みたいぐらいだが、フォルシュニクなんてものに参加するような手合いなら、自分みたいな人間とは反りが合わないだろう、とも思う。
まあ、そういう変り種も、部下に居ないことも無いが。
ちらりとストレとオルヴァニスの方を、見る。
相変わらず依頼者はあれにご執心のようだが、とても世界の頂点に君臨する者の目にとまるような価値のある存在には見えない。
まあ、自分の見立てなど何の意味も無い。
言われた事をこなすだけだ。
よそ見をしていた隙にツノ付きが鋭く攻撃してくるが、それに軽くカウンターをかぶせてやる。
「相手の隙を見逃さずに、的確に攻撃を挟む判断は加点。しかし、その隙に見える態勢が意図的に作られたものだと気付けないのは減点。だな」
坊主頭が体勢を崩したツノ付きを庇いながら攻撃してくる。
それを軽くかわしながら、言う。
ファシュトカの中でハシュエルが荒く息をつく。
アルタモーダに乗っての戦いとはいえ、戦いは戦いだ。
それはこの上なく心身を疲弊させる行為であり、まだ子供の少女に長時間耐えられるものではなかった。
ハシュエルは自分を鼓舞するように、思い切り雄叫びを上げた。
「私に力を貸せ、ファシュトカ!」
ファシュトカに命じ、敵に大剣の一撃を浴びせる。
しかしそれはかわされ、蹴りで反撃を食らう。
バーダネオンの高い身体能力は侮れず、その全力での蹴りはファシュトカに防壁越しでも強い衝撃を与え、のけぞらせた。
バーダネオンが追撃をかける。
今の一撃で防壁にひずみが生じている、体勢を整えるのも間に合わない。
ハシュエルは歯を食い縛り、衝撃に備える。
ふいに視界の外からムチが飛び込み、バーダネオンは咄嗟に軌道を変え、避けて離れた。
「大丈夫ですかな?」
オシレムの声。ガインドレスの姿。
ハシュエルは憤る。
一対一の闘いに、無粋な手出しをされた事に腹を立てた。
しかしそれによって助けられた事も確かで、結局は自分自身の弱さが全ての原因だった。
それが何より許せない。
少女は再び雄叫びを上げ、立ち上がる。
ガインドレスがファシュトカの手助けに向かった隙に、ストレはマリネとエトルの支援に飛んだ。
黒いギアの姿に急速に近付く。
「あの二人が一緒に掛かって苦戦する相手だ、全力でいくぞ」
頭の中で少女に言う。
少女が力強く頷く。
味方が近くにいるから、取り回しに困る大型の武器は使えない。
莢を腰に戻し、両肩から短剣を抜く。
そのまま三機の間に割り込む。
黒いギアは一瞬驚いたように身を引いたが、すぐに攻撃に転じてくる。
素早く、重く、的確な攻撃。
しかし、少女が上手くストレと機体の仲介をしてくれている。
かわせない事は無い。
敵に休む暇を与えないよう、マリネとエトルも絶え間なく連携攻撃を仕掛ける。
「皆の力を合わせれば!」
黒いギアの中、男はもう笑ってはいなかった。
いくら乗り手が未熟とはいえ、ギアでアルタモーダの相手は厳しい。
しかしどの道、これはこれで都合が良かった。
「いい加減お遊戯会はお開きにして、本題に入るとするかな」
まず坊主頭を遠くへ弾き飛ばす。こいつは別にどうでもいい。
続いてオルヴァニスの右膝を砕く。
一瞬、既視感めいたものを感じたが、どうでもよかった。
すぐに意識の外へ放り出す。
さて本命。
ツノ付きへ向く。
諦めを知らずに攻撃をしかけてくるが、相手はせずにその両腕、両脚を一気に斬り飛ばす。
地面に落下した胴体を足蹴にしようとしたところ、横からムチが飛び込み、それを奪っていった。
自分がしようとした事をしているガインドレスの姿が見える。
男は舌打ちをしたが、代わりにオルヴァニスを足で地面に突き飛ばし、その傍らに立った。
「まあいい、俺も観客席に着くとするか」
ガインドレスのベディスが声高に宣言する。
「悪辣なる反乱分子に告ぐ。この者の命が惜しくば、即刻武装を解除し、投降せよ!」
マリネ機を足蹴にした上で、ムチで締め上げる。
マリネ機の胸部がミシミシと音をたて潰れ、変形していく。
「大人しく従えば温情も与えられよう。早くしろ。即刻と言った。長くは持たんぞ」
ベディスは、笑いながら言った。
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