7:忠義の果てに

 

 ケティスが死んだ。

 そのせがれも戦死したと聞く。


 戦死。

 戦って死んだという事だ。

 ということは、勿論戦った相手が居るという事だ。

 公家に牙をむき、その絶対的な支配の象徴たるアルタモーダを打ち破った者達が。


 ただの野盗崩れの無法者であるはずがない。

 堅固な基盤を持ち、強固な意志を持って公家に立ち向かう気高き者達。


 私欲に走り、か弱き民衆を虐げ苦しめる公家は悪だ。

 ならば、悪に果敢に立ち向かうその者達こそ、正義の使者そのものであろう。


 ”悪の栄えたためしは無い”

 何と素晴らしい響きか。

 世界はそうあるべきだ。

 その理から外れた今の世界は歪んでいる。間違っている。

 それを正そうとする者達の出現は喜ばしい事だ。


 しかし、ただ一つ芳しくないことがある。

 それは、他ならぬ自分自身が”悪人”だという事だ。


 公家の一角、エディアス家当主オントマ・エディアスは、一人苦悩していた。






 ケティス家を壊滅できた事は、フォルシュニクにとって当然大きな成果ではあった。

 しかし一方で、組織として育ちきっていない段階で、その存在を他の敵に気取られてしまう事態は好ましくは無かった。

 アルモニアによる情報統制にも限界はある。

 ここからはより手早く、かつ的確に事を進めていく必要があった。


「でもなんでエディアスなんです? あの人って公家にしては良い人っぽいっていうか。奴隷制も圧制も敷いてないし、領民からも慕われてるんですよね? 私的には危険度低めかなー、とか思っちゃうんですけど」


 ブリッジでメニスが作業をしながら、オルスに尋ねる。


「とはいえ当主のオントマは元騎士団要職で、現在もエディアス家の武力はシグノールに次いで二番手についている。早めに対処しておくのも手ではあると思いますよ」


 横から操舵担当のアレトが口を挟む。


「うんうん。君ら良いとこ突くね。その辺を今から確かめにいくのさ。警戒、怠るなよ」


 横で聞いていたサリエルがぼそりと呟く。


「私はまだ、反対です」


「ん?」


「あの人はちょっと、その、苦手です」


「そりゃそうだろう。俺だってそうさ。あんなのと波長の合う人間なんて居てたまるかよ」






 オントマの息子、エリオス・エディアスは興奮していた。

 敵が現れたからだ。

 もしかしたら、実戦を経験できるかもしれない。


 ギア相手のごっこ遊びの模擬戦や、野盗退治ではなく、命を賭けた本物の闘い。

 エリオスはずっとそれに憧れていた。

 武家の血筋に連なる自分の居場所は戦場であるべきだと、ずっと信じていた。

 それが報われる日が近い。


「敵よ、早く来い」






「これ以上この進路で行くと敵の警戒網に掛かりますよ?」


 メニスがオルスに言う。


「良いんだ。警戒は厳にしつつ、進路そのまま。オルヴァニスとギアはいつでも出せるようにしておけ」


「さてさて」


 オルスは顎に手をあて、思案する。






「エリオス様。賊が現れました」


 兵が報告に現れる。


「来たか! この時が!」


 エリオスは心がはしゃぐのを抑えきれず、駆け出した。






「見つかっちゃいましたよ! 敵、来ます! アルタモーダ一、ギア三」


 メニスが叫ぶ。


「よし、全機発進」


 オルスが居住まいを正しながら指示を出す。


「さてさてさて。まだ耄碌は始まってないだろうな、先生。ちゃんと気付いてくれよ」






「いくぞ、オルヴァニス」


 コクピットの中でストレが勢い良く言う。

 少女の姿は見えるが、返事は無い。


「なんだ、お前また喋れなくなったのか」


(まあ、言葉が使えなくても、心で繋がってるんだから問題ないか。だよな?)


 少女が、力強く頷いてみせた。






「全部俺の獲物だ。お前ら手を出すなよ」


 アルタモーダを全速で飛ばしながら、その中でエリオスが部下に鼻息荒く言う。


「そりゃないですよ、若。俺達だってずっとこの時を待ってたんだ。独り占めはずるいですよ」


「む、それもそうか。よし、どうやら数も等しい。ギアはギア同士。アルタモーダはアルタモーダ同士でどうだ」


「それで妥協しますよ。楽しみましょうぜ、若」


「おうよ」






 敵の姿が見えた。

 まだ少し距離がある。

 ストレは今の内にその情報を確認する。


 アルタモーダの名はバーダネオン。

 銃剣の付いた大型のライフルを装備。高出力の力自慢。


「真っ向勝負は不利か」


 莢は翼に、肩の武器を銃に変え、衝突に備える。






 エリオスが口火を切る。

 バーダネオンのライフルを斉射。

 威嚇ではなく、最初から当てるつもりで撃ったが、これを敵は見事に避けてみせる。

 エリオスの心が躍る。


「ちょこまかと良く動いてみせる! しかしバーダネオンの健脚とて!」


 バーダネオンが地を蹴り、勢い良く跳びだす。






 バーダネオンが凄まじい勢いで跳びこんでくる。

 ストレは慌てて回避。


 そこに敵は銃撃で追い討ちをかける。

 ストレは即座に片方の翼を砲に変え、発射。


 互いの攻撃は相殺され、閃光が散る。

 重ねてもう一射。

 敵は跳躍でこれを難なくかわし、不規則に跳びはねつつ距離を詰めてくる。


 狙いが定まらない。

 ストレは再び砲を翼に変え、体勢を立て直し空中へ離脱、距離を取る。

 そこに抜け目なく、敵の銃撃が叩き込まれる。

 ストレは舌打ちをし、空中で静止し防御に集中しつつ、損傷を確認。

 ダメージ軽微。


 敵を見る。挑発のポーズを取っている。


「遊んでいるのか!?」






 カオンが焦る。

 ストレが苦戦している。助けに行かなくては。


 よそ見をしていた隙に敵のギアの攻撃が叩き込まれる。

 カオンはすんでのところで機体の体勢を変え、受ける。


 装甲に軽い傷が付いた程度で済んだが、機体は勢いよく吹き飛んだ。

 しかしその勢いを活かし、間合いを取りつつ体勢を整える。


 どこか遊び半分の印象は受けるが、敵の練度はけっして低くは無い。

 マリネとエトルも一対一で手一杯のようだ。


「ヘゼルファインさえあれば」


 カオンは思わず愚痴を漏らした。






 バーダネオンが突進し、銃剣でオルヴァニスを狙う。

 空中に逃げようとしたストレに、オルスからの通信。


「盾だストレ。そのまま盾で迎えうて」


 ストレは咄嗟に莢を盾に変え、腕に装備。指示に従う。


 衝突。バーダネオンが弾きかえされる。


「次は剣だ。言われた通りに動いてくれ」


 オルヴァニスはオルスの指示通りに、優雅に舞うような動きで剣の攻撃を繰り出す。






 闘いの様子を自室のアルモニア端末で観ていたオントマ・エディアスがうなる。


「あの動き……。あの演舞は。まさかこの者達は」






 急に動きを変えた敵に、エリオスは翻弄される。


「踊りでも踊っているつもりか、こいつ。ふざけやがって」


 しかし軽やかな見た目とは異なり、攻撃を挟む隙が見つからない。

 唐突に父からの通信が入る。


「引け、エリオス。今すぐ引くのだ」


「は? 何を言うんだ親父。心配するな、俺は負けはしない」


「馬鹿者! いいからさっさと引け」


 わけがわからないが、当主の命令だ。仕方が無い。






 ストレはオルスに言われた通りに機体を動かしていた。

 とても優美で、しかし無駄の無い動きだった。


「こういう体の動かし方ってあるものなのか」


 思わずぽつりとこぼす。


 敵が急に動きを変える。

 跳んで距離を取り、こちらを睨んだまま動きを止める。


「よし、ここまでだ。様子を見る」


 オルスの指示が飛びこみ、ストレは機体を停止させた。

 敵は互いに目配せをし、撤退を始めていく。


「なんなんだ、一体」


 ストレは困惑した。






「よし、かかった。エディアス邸に向けて、言うとおりのメッセージを送ってくれ」


 オルスが軽く笑いながら、メニスに頼む。






 日が暮れた後、ヴァストレムの一室に、目立たぬように変装したオントマと護衛の者達が姿を現した。

 オルスとサリエル、リリとストレがそれを迎える。

 オントマと息子のエリオスが変装を解き、他の者達は室外で待機する。


「おお、やはりお前だったか。オっ君」


 オっ君? オルスの事を言っているのだろうかとストレは驚く。


「はは、変わらないな、先生」


 二人が親しげに握手を交わす。

 その横でサリエルが目立たぬよう、視線を合わさぬよう、努力をしている。


「そっちはサっちゃんか! 美人になったな」


「ど、どうも。ご無沙汰しております」


 サリエルは、いつもの冷ややかな表情とは全く違う、引きつった笑顔で応える。


 ストレは呆気に取られる。

 完全に状況に置き去りにされている。


 視線をずらし、近くに控えるエリオスを見る。

 小さく手を振ってきた。会釈で返す。


 バーダネオンを操っていた男。

 感じの良い男に見えるが敵は敵だ、油断はしないでおく。


「まさか死んだとは思ってはいなかったがな。こんな事をしているとは。やはり復讐なのか?」


 オントマが用意された椅子にどかっと腰を下ろし、オルスに尋ねる。


「ま、それもないとは言いませんが」


 オルスも腰を下ろしながらリリを見る。

 オントマもその視線を追い、少女を眺める。

 次第にその表情が驚愕の色に染まっていく。


「ま、ま、ま、まさか! まさか、まさか、生きておられたのか!」


 その瞳が潤み、ぽろぽろと涙が零れ始め、すぐに滝のように流れ始めた。


「まさか、リリシュティン殿下が生き延びておられたのか!」


 オルスが静かにゆっくりと頷く。


「何故言ってくれなかった! いや、それも仕方の無い事か。そうであろうな」


 一人で納得した様子だったオントマだが、急にテーブルに手をつき、その間に額を打ち当てた。

 大きな音に全員が驚く。


「どうぞ私の首をはねてくだされ! 姫!」


 オントマがおいおいと泣き叫びながら言う。


「は? 何を言い出すんだ、親父」


 エリオスが口を挟むが、オントマはそれを聞かずに続ける。


「どうぞこの裏切り者を断罪してくだされ。貴方様のお姿を再び目にする贅沢など、この私に許されるはずがない。亡きお父上、お母上の無念を晴らすためにもどうぞこの悪の手先である公家当主の首を!」


 リリが軽く身を引き、オルスに助けを求める視線を送る。


「い、いや、待てよ先生。そうじゃなくてだな」


 オルスがオントマを止めようとするが、止まらない。


「私は事前に計画を持ち掛けられておったのです。知っておったのです。しかし、まさかシグノールをはじめとする連中が本気で実行するとは夢にも思わず、止めようともしなかった。私は貴方のご両親を見殺しにしたも同然なのです。しかも事が起こった後には、恥知らずにも連中の作る新体制に与し、ここまで来てしまった!」


「し、しかしそれは領民を守る為でもあって」


 思わずエリオスが擁護に入る。


「そんな事は言い訳だ!」


 オントマが息子を振り返り、言う。

 涙と鼻水に汚れたその顔に実の息子も顔を引きつらせ、一歩後ずさる。


 そんな混乱した空気の中、唐突にリリが両手の拳をテーブルに勢い良く叩きつけた。

 その音に流石にオントマもきょとんとした顔で黙る。


「いいから! 話を! 聞いてください!」


 ストレはもうわけがわからないでいる。






「つまりさ。手を貸してほしいんです。それが難しいなら俺達のする事を見過ごしてほしい。これ以上連中に味方せず」


 ようやく場が静まり、オルスが咳払いしつつ言う。


「姫が生きているとなれば、そうしたいのは山々だ。しかし、エリオスの言った事も真実ではある。わしの一存で領民全てを危険に晒すわけにもいかん。公家だけでも手ごわい相手というのに、その先の賢人会議まで標的とするとは、敵があまりにも強大過ぎる。勝ちの目はあるのか? お前達全てを我が領土で保護する。全て忘れ、ここで平穏に暮らせば良い。それでは駄目なのか?」


「それは逃げだ。あんたらしくもない」


 オルスが鋭く言う。


「歳を取ったからな」


 オントマが静かにそれに応える。

 それからしばらく沈黙が場を支配したのち、突然にエリオスが声を上げた。


「俺が人質になろう」


 全員の視線が向く中、エリオスは胸を張り、続ける。


「跡取りを抵抗勢力に人質に取られ、手が出せない。これでどうだ。親父は他の公家が何か言ってきても言い訳が立つ。あんたらはバーダネオンと俺という戦力を得る。俺は念願の戦場に身を置ける。皆これで万々歳だ」


 エリオスが自信たっぷりに言い、オントマが表情を明るくする。

 一方でオルスは疑わしげな表情をする。

 そんなに上手く話が通るものか。


 しかし、水を差すのはやめておいた。

 一応だが、話はまとまった。嵐は過ぎ去った。






 ストレは、公家にもこういう人が居たのかと驚いた。

 世界は自分がこれまで思っていたよりもずっと広く、複雑なようだ。

 大きく息を吐く。


 しかし、とにかく、疲れた。


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