6:誓い
戦場を、閃光が包み込む。
それは、オルヴァニスから放たれた光だった。
今、オルヴァニスの周りを赤い光が渦を巻く。
肉眼で視認できるほどの超高密度・超高エネルギー状態のアルカナの猛烈な奔流。
それがオルヴァニスに次々と吸い込まれていく。
「な、何が起きている」
ゼネヴレスの中でリオスが戸惑いを見せる。
オルヴァニスのコクピット内にも同じようにアルカナが吹き荒れていた。
今やストレは完全に機体と一体化していた。
ストレの思考が直接機体を動作させ、逆に機体の動作はストレの神経系へと副次的にフィードバックされていた。
ストレの体が機体と同じ形をとろうとし、シートにミシミシと音を立て、押し付けられる。
それに少女が焦り、すぐさまシート各部のロックを解除。
ストレは腰の部分でのみ体を固定され、手足は自由になる。
「ストレ、この状態は負荷がかかりすぎて長くは持たない。早くやっつけちゃって!」
少女がストレに言葉で話しかける。
「分かってる!」
瞳を赤く輝かせたストレが答える。
装甲下の変換層が直接大気中のアルカナを取り込み、エネルギーとして、修復素材として、利用している。
今のオルヴァニスは、絶対的に無欠だった。
腕の莢を空中に放出する。
それらは本来、空を飛ぶようには造られていなかったが、それを自由に飛ばせるほど今の戦場のアルカナの濃度は濃密だった。
二つの莢はしばらく空中でふよふよと漂っていたが、狙いを定めたかのように急にゼネヴレスの方を向き、赤い光の尾を引きながら突進していった。
リオスは慌てて回避しようとするが、アルカナの濃度が濃すぎる。
粘液のようにまとわりついて、機体が上手く動作しない。
莢が空中で剣へと変わりつつ、高速で接近する。
なんとか回避するものの、剣はすぐさま軌道を変え、再度向かってくる。
「何故こいつらはこうも動く!」
リオスが絶叫する。
一撃を食らう。
すぐさま修復が始まるものの、それが完了する前に次の一撃が襲い掛かる。
その間隔はどんどんと早まっていく。
ゼネヴレスの機体が空中で切り刻まれ、踊る。
遠くでオルヴァニスが肩から短剣を抜くのが見える。
次の瞬間、オルヴァニスが目の前に居た。
「瞬間移動!?」
実際はそうではないが、そう見えても仕方が無いほどの高速での移動。
短剣が、真っ直ぐに突きだされてくる。
リオスは、笑っていた。
笑いながら、それを眺めていた。
閃光。ゼネヴレス爆散。
戦場にいる全ての者がその凄まじい光景に呆気に取られ、立ち尽くす。
やがてリオスの戦死を認識した残りの敵達が、蜘蛛の子を散らすように敗走を始める。
戦いが終わり、オルヴァニスから光が消えていく。
機体が静かに落下を始める。
ストレの瞳からも光が消える。
少女の声ももう、聞こえない。
「何でだよ。何でなんだよ、アトル。一緒に産まれたのに。何でお前だけ先に……!」
エトルが静かに涙をこらえ、悲痛に呻く。
誰も何も言えず、立ち尽くす。
「……私のせいです」
リリが涙ながらに、震えた声で呟いた。
「私が考えなしに決断をしたから、アトルさんは……。謝って済む事ではないですが、それでも」
「やめてください!」
リリの言葉を遮り、俯いたままエトルが言う。
「アトルは、俺も、他の皆もだけど、とにかくその、自分で納得して、自分で決断して、自分の意思でフォルシュニクに参加したんです。その時から命を賭ける覚悟はできてるんです。だからそんな事言わないで下さい。そんな事言われたら、俺、貴方の事を恨まなきゃいけなくなる」
静かにリリの方を向き、続ける。
「……違うんだ。そうじゃないんだ。だってそうでしょう? そんな言葉じゃなくて、褒めてやってくださいよ、アトルの事。よくやったって」
リリは、その場に泣き崩れた。
ストレが目を覚ます。
白い天井が見える。
視線を動かすと、煙草を不味そうに吸うセロン女医の姿が見えた。
それならここは、ヴァストレムの医務室か。
体を起こすと、セロンが反応した。
「お、目が覚めたかい坊や」
「はい。……俺、何でここに」
頭がぼんやりする。
「なんだなんだ。記憶喪失だなんて言うんじゃないだろうね」
ストレは記憶を手繰る。
「……何もかもが赤く光って。ゼネヴレスに剣を突き立てて。また光が溢れて」
「何だ、おどかすんじゃないよ。全部憶えてるじゃないか。その後、あんたは気を失ってここに担ぎ込まれたってわけだ。まだ一日も経ってないよ」
「そうですか」
ストレは一つ深呼吸をし、大きく伸びをした。
「具合はどうだい、何処か痛いとか、苦しいとか」
「大丈夫です。むしろ、何だか調子が良いくらいだ」
「なら問題ないね。ここは元気な人間が居る場所じゃないよ。さっさと出ていきな」
「はい、お世話になりました」
ストレは上着を羽織り、医務室を後にした。
まだ何だか頭がぼんやりする。
マリネは風に当たろうとヴァストレムの外縁通路に出た。
吹きすさぶ真冬の冷たい風が肌を突き刺す。
そこには、先客の姿があった。
「何だ。居たのかい艦長さん」
「マリネか」
しばらく二人は何も言わず、夕陽を眺める。
「不思議だよな。あいつもう居ないんだぜ。まだその辺からやかましい声が聞こえてきそうな気がすんのにさ」
オルスは何も言わない。
「エトルもすげーよな。さっきの姫様に言った事。立派だと思うよ。アトルだってさ、すげーと思う。一人でアルタモーダに喧嘩吹っかけるなんてさ」
「ああ、アトルのお陰で俺達はまだ生きている。あいつに救われたんだ」
「まったく、二人とも自慢の子分どもだよ。これからも、ずっと、さ」
再び無言の時間。
「なあ、艦長さんよ。あたしらは、絶対に、勝たなきゃいけない」
「ああそうだ」
オルスが手すりを強く握り締める。
「俺達は、絶対に、勝つ」
ケティス邸。
薄暗い室内で、ドーリオがぼんやりと遠くを見つめる。
「リオスは失敗した。死んだ。賢人とも連絡はつかない。見限られた」
ぼそりと呟く。
「ははは」
思わず笑いが零れる。
息子は死んだ。賢人には見限られた。
心の中で、繰り返す。
「はははははは」
笑い事ではないが、笑うしかなかった。
やがて、涙も流れはじめた。
何故自分は笑っているのだろう、とドーリオは思う。
何故自分は泣いているのだろう、とドーリオは思う。
とにかく、自分自身の笑い声が堪らなくうるさかった。
それを消そうと思った。
ドーリオはふらふらと机に向かい、ひきだしを開ける。
もしもの時の為の拳銃。
”もしもの時”には、こういったケースは含まれていなかった筈だが、何事にも例外はある。
ドーリオはゆっくりと、その銃口を自分の顎にあてた。
金属のひやりとした感触が、変に心地よく感じられる。
室内には、まだうるさい笑い声がこだましている。
引金に人差し指を掛ける。
一瞬の躊躇の後、引金を引く。
笑い声は、消えた。
窓から夕陽が差し、照明の光も溢れるものの、どこか薄暗い印象の室内。
数人の老人達が円卓を囲んでいる。
「期待はずれというべきか、期待通りというべきか」
「まあ、余興としては楽しめなかった事もなかろう。あれにしては十分な働きだ」
「残る駒は四つ。まだしばらくは戯れに興じるのも悪くはない」
「退屈こそが真に憎むべき敵であるからな。せっかくなのだから、盛り上がってもらわなければ」
「その為に、君にも色々と手伝ってもらわんとな。期待しているぞ」
少し離れたところに控えていた、黒衣の男が静かに笑う。
何となくストレは艦内をふらつき、最後に格納庫に来た。
リリがオルヴァニスを見上げている。
ストレは声を掛けようかどうか迷い、結局はそうする事にした。
「やあ、こんなとこでどうしたんだい、リリ」
「ストレ。いえ別に。ただオルヴァニスを、見ていただけです」
「そうか」
ストレはオルヴァニスに触れてみる。
ほのかに暖かい。
「アトルさんとストレに、皆に、私は救われた」
ふいに、リリが言う。
「私、強くなりたい」
その声が、微かに震えている。
「私、強くならなきゃいけない」
リリはオルヴァニスを見つめ、続ける。
「もう誰にも死んでほしくない。もう誰にも悲しんでほしくない。辛い思いをしてほしくない。皆には幸せであってほしい。フォルシュニクの皆は勿論、シオンドールに生きる、全ての人達に幸せでいてほしい。誰の事も傷つけずに済む世界。誰からも傷つけられず、誰の事も支配せず、誰からも支配される事のない世界。皆が平和に過ごせる世界」
リリはストレに向き直り、その瞳を真っ直ぐに見つめ、続けた。
「それを阻む者達が居るというのなら、それは、打ち倒されなければいけない」
リリが涙で滲む瞳で、ストレを見つめる。
ストレは、頷いて応える。
「そうだ。俺達は、強くならなきゃいけないんだ」
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