5:バースト


「いやー皆さん、お待たせしました。不肖カオンシュ・ティレーただいま戻りました」


 前回の作戦には参加せずに、拠点で腹の治療に専念していたカオンが戻り、皆に挨拶をする。


「? 何だお前、居なかったのか?」


 アトルが真顔で言ってのける。


「まったまたー、冗談ばっかり言っちゃって。僕がいなくて大変だったでしょうに」


「そういや何か静かだった気もするな」


 マリネがさもどうでもよさように続く。


「別に帰ってこなくても良かったのに」


 エトルがぼそっと呟く。


「エトルさん。そういうの地味に効くんで勘弁してくださいって。……ストレはちゃんと気付いてましたよね? ね? ていうか、前もって言ってたし」


「え? あ、ああ。勿論さ。心配してたよ、カオン!」


 ストレが焦った様子で、あからさまな愛想笑いで誤魔化す。


「うわー、それ僕がよくやるやつー」


 カオンが幻滅したように、冷ややかな視線を送りながら、言う。


 そんな若者達がワイワイやっている横を、サリエル副長が静かに通り過ぎていった。






 ヴァストレムは現在、拠点にて補給と整備を受けている。

 オルスがその進捗をブリッジで確認しながらぼおっと一服していたところ、サリエルが入ってくる。


 サリエルが軽く溜息をつく。


「どうかしたか?」


「いえ別に。若い子達は能天気で気楽だなって」


 オルスは、「年寄りくさい事言うようになったな」などと口走りそうになり、慌てて言葉を飲み込む。


「どうかしましたか?」


 サリエルが逆に尋ねてくる。視線が鋭い。


「い、いえ別に」


 オルスはその視線から逃れつつ、冷や汗をかきながら答える。

 サリエルは怪訝そうに眺め、しばらくして視線を戻した。


「そうですか」


 オルスはほっと胸を撫で下ろす。


「次は無いですからね」


 オルスは心臓が凍りつく思いをした。






 暗闇の中、巨人の姿が幽霊のようにぼんやりと浮かぶ。


「次は無い」


 アルタモーダ・ゼネヴレスを前にして、リオス・ケティスが一人呟く。


「そんな事は分かっている。私はいずれシグノールに取って代わり、ケティスを公家筆頭へと押し上げる男だ。こんな所でいつまでもくすぶっているわけにはいかない」


 リオスには野心があった。

 賢人の腰巾着でしかない小物の父に代わり、自分がケティスを大きく躍進させ、公家筆頭として、シオンドールの大地の覇者として、君臨する。

 自分にはその資質があると確信していた。

 だからこそ、オルヴァニスを取り逃がした失態は、自身でも許せるものではなかった。


 オルヴァニスを操る者がケティスの領地で使われていた奴隷だという噂も、恥ずべき汚点だった。


「次は無いぞ、オルヴァニス」






 薄暗い部屋でドーリオ・ケティスが頭を抱える。


 息子は決して無能ではないが、実際の実力以上に自身を過大評価するきらいがあった。

 野心家といえば聞こえは良いが、実質無謀な誇大妄想としか言えない野望にも捉われていた。


 ドーリオは息子が上手くやってのけるか心配していた。

 今度失敗して賢人達の不興をかえば、ケティスの家はお終いだろう。

 人生の全てを賢人達の為に捧げてきた。

 それこそがケティスの家名の為と思って。

 その行き着く先がこれか、とドーリオは自嘲するしかなかった。






「ケティス領でまたアルタモーダが発掘された?」


 ブリッジに集められ、説明を受けたストレが聞き返す。


「いやいや、罠でしょ。そうに決まってます。オルヴァニスが出たばかりで、都合が良すぎる」


 カオンが疑いの声を上げる。


「しかしアルモニアにそういう情報が流れ、聖堂会内部でもそういった噂が流れている。もし真実ならアルタモーダを新たに一機おさえる貴重な機会だ。勿論全てが撒き餌、という可能性もあるが」


 サリエルが補足して言う。


「さてさてどうしたものか」


 オルスが頬杖をつき、思案する。


「どうもこうもないだろ。やろうぜ」


 アトルが拳を掌に打ちつけ、鼻息荒く言った。


「アルタモーダが手に入れば文句なし。罠でもどの道、ケティスは潰さなきゃならない相手だ」


 マリネが続く。


「虎穴にいらずんば虎児を得ず、ですね」


 珍しくエトルも乗り気だ。


 全員の視線がオルスに向く。


「……。なんで皆俺を見るんだ?」


 そう言ってオルスは、リリを見る。


「フォルシュニクは貴方の組織だ。貴方が決めてくれ」


 サリエルがリリの方を見て、それからオルスに視線を戻す。

 何か言いたそうではあるが、何も言わないでいる。


「私ですか、私は……」


 リリが俯き、考える。


 やがて顔を上げ、はっきりとした声で、宣言した。


「行きましょう」






 会議が終わり、皆は去っていった。

 ブリッジにはオルスとサリエルの二人が残っていた。


「可哀想ではありませんか?」


 サリエルが言う。


「しかし、いつまでも普通の女の子気分で居てもらっても困る。そろそろ自覚を持ってもらわないとな」


 そう言い、杖を取り立ち上がる。


「ま、フォローはするさ。こう見えて俺、結構いい歳した大人だし」


「そうですか? とてもそうは見えませんが」


 サリエルが軽く笑って言う。


「良い意味で取っておこう」


 二人もブリッジを後にした。






 深夜。

 件の発掘現場の様子を、遠巻きに窺うヴァストレム。


「時間だ。作戦開始」


 艦長が宣言する。

 艦体下部のカタパルトで待機していたオルヴァニスが発艦。

 目には見えないアルカナの奔流に機体を乗せ、急加速。


 ギア隊はそのまま艦の周りに留まり、後方から援護する。


 次の瞬間、レーダーに無数の光点が出現。


「反応多数出現。……五十! 包囲されてます。待ち伏せですよ!」


 オペレーターのメニスが叫ぶ。


「最低五十。そこまで出してくるか。ゼネヴレスもまだ出ていない」


 罠の可能性は当然、大前提として織り込み済みだったが、想定を遥かに上回る敵の数に流石にオルスも焦る。


「ゼネヴレスです! 正面方向、距離一五〇! 急速接近!」


「流石に分が悪い。退くぞ」


 オルスが判断を下し、指示を出す。


「オルヴァニスはどうにかゼネヴレスを抑えてくれ。ヴァストレム回頭一八〇。防壁を最大展開。火力を一点集中、退路を開け。ギア隊は独自の判断で援護してくれ。無茶はするなよ」






 オルヴァニスは腰の莢を腕に付け替え、剣と盾に変える。


 ゼネヴレスと高速で衝突。

 勢いのままに一旦離れ、旋回しつつ二機は互いににらみ合う。


 ゼネヴレスがまたも、一気に突進してくる。


「馬鹿の一つ覚えが!」


 ストレは叫び、突進を盾で受けつつ、剣で反撃。

 敵の左肩に直撃を食らわせる。

 しかし、与えた損傷がすぐさま修復されていく。


「何!」


「私は! 負けるわけには! いかんのだ!」


 敵の声と意思が飛んでくる感覚。

 ストレは思わず怯む。


 その隙にゼネヴレスの蹴りが繰り出され、オルヴァニスは打ち飛ばされた。


 オルヴァニスが地面の上を転げ回る。

 ゼネヴレスがそれに追撃をかけようとするが、すんでのところでオルヴァニスは体勢を立て直し、空中に逃げる。


 剣を砲に変え、発射。

 閃光がゼネヴレスの脚を溶かすが、それもすぐさま修復される。


「なんなんだ一体!」


 ストレが叫ぶ。






「悪かったなカオン。俺が言い出したせいだ」


 アトルが機体を、カオン機と背中合わせにして戦いながら言う。


「何言ってるんですか。らしくないですよ。僕達にかかればこれぐらい、なんて事ないじゃないですか」


 カオンがいつもの軽い調子で答える。


「そうだな。そりゃそうだ。……なあ、カオン」


「はい?」


「いや、なんでもねえ。じゃあな。やられちまうんじゃねーぞ」


 そう言って、アトル機は離れた。






 ヴァストレムのブリッジでオルスが必死で頭を回転させる。


 敵の数が多すぎる。

 潰しても潰してもきりがない。

 包囲は段々と狭められ、艦への被弾も増えている。

 今はまだ見えない防壁で防げているが、このままではいつまでもつか。


 横で震える少女を見る。

 連れてきたのは、間違いだったか。

 しかし、いつまでも拠点に篭っているだけのお飾りでは困る。

 実際の戦いを経験し、成長してもらわなければ、フォルシュニクは戦っていけない。


 その為にも、なんとかしてこの場を切り抜けなくては。

 拳を堅く握り、必死に思考を巡らせる。


 しかし起死回生の一手が見つかる気配は、一向に無かった。






 リオスはコクピットの中でほくそ笑んでいた。

 オルヴァニスを圧倒している。


 機体との一体感と高揚感。

 全てが自分の思うように動いている。


「そうだ! これだ! これが私だ! 私という力だ!」


 ゼネヴレスの斧がオルヴァニスの胸に傷をつける。

 賢人達からは多少の傷をつけるのは止むを得ないと御墨付きをもらっていた。

 今の高活性状態のゼネヴレス程ではないにせよ、アルタモーダには元々自己修復の機能がある。


 だから、遠慮はしない。

 徹底的に、潰す。


「見るがいい、世界よ! いずれ私の物となるものよ! これが、私の力だ!」






 オルヴァニスの中で少女は必死にもがいていた。

 溺れそうになりながら、必死でシステムの中を泳ぐ。


 何かあるはずだ。

 何か、この窮地を脱する手立てが。


 ストレを、仲間を、自分自身を、全てを失う事を少女は恐れていた。

 そこまで少女の魂は成長していた。


 しかし、まだ足りない。

 何かがあるのを感じ、少女は必死に手を伸ばす。


 それが何かは分からない。

 方向も、距離も。

 それでも少女は手を伸ばし、もがき続ける。






 またも斧の一撃を食らい、オルヴァニスは地に崩れ落ちる。

 どうにか立ち上がろうとしたところを、ゼネヴレスが足蹴にし、押さえつける。

 オルヴァニスはそれに抗い、なおも立ち上がろうとするが、更に強く押さえつけられ、完全に地に突っ伏す。

 ゼネヴレスが追い討ちをかけるように、強く踏みにじる。


「無様だな、オルヴァニスよ。そして中の奴隷。身の程をわきまえるという事を忘れた自分を呪え」


 しばらく踏み続け、ふいに視線を変える。


「そうだ。良い見世物を思いついた。そこで見ているがいい」


 そう言うと、ゼネヴレスはふわりと宙を舞い、オルヴァニスを離れた。


 オルヴァニスは立ち上がろうとするが、上手くいかない。

 ダメージが大きすぎるし、動力源として機体に蓄積されたアルカナも残り少ない。


「立て! 立て、オルヴァニス!」


 ストレが絶叫する。

 そうしている間にゼネヴレスは悠々と、ヴァストレムへと向かった。






「ゼネヴレスが来ます!」


 ヴァストレムのブリッジに、メニスの絶叫が響く。


 ゼネヴレスが斧を振り上げる。

 メニスは思わず頭を抱え、うずくまる。


「させるかよ!」


 突然現れたギアが、高速でゼネヴレスに体当たりをし、二機は一緒になって飛んでいった。


「雑魚が! 分をわきまえろ!」


 リオスが叫び、斧を振り下ろす。


 その一撃がギアの左上半身を砕き、前面のハッチも吹き飛び、中のパイロットの姿が露出する。

 アトル・カンタ。


「まだ右手が生きてんだよ!」


 アトルが絶叫し、右手に掴んだ銃の銃口をゼネヴレスの胸にぶち当てる。

 ゴツンという音とともに、ゼネヴレスのコクピット内モニターに敵の銃口が大写しになり、流石にリオスも怯む。


 発射。

 猛烈な閃光と爆音と振動が、ゼネヴレスのコクピットを襲う。


 しかし、それを感じるという事は、まだ生きているという事だ。


「ギアの攻撃如きで!」


 リオスは叫びながら、再び斧を振りかざす。


 そして、パイロットが生身の姿を晒している胴体へ真っ直ぐに振り下ろし、その体を、命を、砕いた。






「アトルーーーー!!」


 マリネの悲痛な叫びが、戦場にこだまする。






 少女の手が求めていた何かに触れ、それを掴み取る。






「ストレ!!」


 少女の声がはっきりと聞こえ、ストレの瞳が赤く輝く。






 そして、深夜の戦場は、眩い閃光に包まれた。


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