第41話 首無し騎士が蔓を取る

 【剣狼団】の戦いが終わり、蓮司は漸く終わりか、と一息を吐いた。


 後は天音の下に戻るだけ。それで終わりの筈だった。


 しかし、突如として謎の行動を取る川瀬。彼の突然の奇行により、彼以外の【剣狼団】のメンバーが次々と倒れ伏す。


 川瀬の瞳に宿った狂気に、蓮司は既視感を抱いた。そして、これまでの事件の数々の繋がりと、その裏にいる存在に思い至る節を感じて、蓮司は憎悪をと共に怒りを燃やす。


 今は、彼を拘束する。あくまでも、殺さずに…………。


 二人の戦いへと移行する寸前、その頃の天音は――――――。






◆◆◆






《天音視点》


 黒い塊を纏って、目の前から飛び去って行く蓮司さんを、僕は見つめる事しかできなかった。


 圧倒された。


 あの時々、見える赤黒い瞳。


 それは否応なく、従わずにはいられない、そんな気迫が込められていた。


 知らず知らずのうちに、僕は自分の拳を握り締めている事に気づいた。


 その手は、血が滲むほど強く握りしめられて………。



 再び、僕は拳を握る。



 そして、瞳に決意の炎を燃え上がらせる。



 短い時間をあの人と過ごして、気づいた事がある。


 それは、蓮司さんは凄く勝手で、恐ろしく冷静であるという事。


 あの人の見ている景色は、文字通り僕には見えない次元を見ていて、その瞳に映る光景は、到底、僕などでは推し量れない。


 でも、そんな蓮司さんでも目に見えて分かる程、感情を爆発させる事がある。


 それは、きっと――――――仲間のことを………。


 だが、それだけじゃない。


 激しい憤怒と憎悪。自分だけでなく、周囲の人でさえ焦がしかねない程の激情。


 さっきの蓮司さんの瞳には、その激情が燻っていた。


 だったら、僕には止める理由がない。止められる筈がない。


 何より――――――僕は蓮司さんに任された。一人で何でもできる、そう確信しか出来ない蓮司さんが、未熟な僕に、だ。



「……………だったら、答えなきゃ〝男が廃る〟ってもんだよね」



 意識的に、全身から黒緑のオーラを昇らせる。



「すぅ――――――」



 深く、深く、息を吸い込み。



「ふっ!!」



 僕は、銀色の砂嵐を目指して、駆け出した。


 その時、僕の瞳は……………を宿していた。





・・・

・・・・・

・・・・・・・





 五感も含めた全身の身体能力を強化している為、ただ走っているだけでも、五感を通して膨大な情報が僕の脳内に入ってくる。


 けれど、僕のギフトはよほど優秀なのか、内臓さえも強化してくれるのだ。


 単純に頭が良くなる、という訳ではなくて。脳の情報処理能力と思考速度が少しばかり向上するだけなんだけどね。


 だからこそ、僕は額から冷や汗を流す。



「(な…………)」



 かなり遠い距離とはいえ、確かにその気配は感じ取れた。


 人の形をしているが、同時に獣のような荒々しさのある、異様な気配。


 首無しの怪物――――――あの【モンスター】だ。


 そいつは僕とは別方向から銀色の砂嵐を目指して移動している。


 目的は……………言うまでも無いか。


 蓮司さんから聞いていたが、僕の姉かもしれない人――――――五月女鞠火さんは、【朝日之宮】を襲撃した大規模な魔獣の群れの元凶として、利用されただろう人物だ。


 その実力は梶さんも認めるもので、確実に〝準英雄級〟の中でも上位に入るだろう、と聞いている。


 ……………遠くからでも肌をびりびりと刺激する、この気配。


 間違いなく化物だ。


 いや、女性に対して失礼かもしれないが、本当に今の僕でも化物としか言い様が無いのだ。


 視覚を更に強化してみれば、純然たる事実がありあり映し出される。


 あの銀色の砂嵐は、この【ダンジョン】でも屈指の実力を持つだろう【モンスター】の攻撃を全く寄せ付けず、一方的に攻撃して仕留めているのだ。


 砂嵐の周囲には、無数の瓶や羅針盤などの道具、または【モンスター】の部位らしきものが転がっている。


 戦慄、という言葉しか出てこない。


 いや、ちょっとちょっと……………マジで強くない?


 これ、本当に僕いる?


 僕がいなくても問題なくない?


 でも、蓮司さん曰く、今の鞠火さんの状態は〝危ない〟のだそう。


 長時間、あの状態に入る事は鞠火さんにとっても最終手段であり、ほぼその場を動けなくなる、正真正銘、最後の切り札なのだとか。


 ぶっちゃけ、その言葉の意味は今でも分かっていない。


 だって、それが分かる程、僕は五月女鞠火という人物を知らないし。


 その実力も実際に自分の目で見た光景と、仲間として一緒に行動していた蓮司さんから聞いた話でなければ、分からないのだ。


 だが、蓮司さんが嘘をついているとは思えない。こっそりギフトで確かめたけど、蓮司さんは嘘をついていなかった。


 たぶん、バレてるだろうけど。


 ……………。


 うん、考えるのやめよう。見逃されたと思う事にしよう。


 でないと、どんな事をされるか……………。




 頭を振って、思考を切り替える。




 大丈夫、蓮司さんからのお墨付きもある。


 もし、あの【モンスター】と戦闘になったとしても、死ぬ気で逃げる事に全力になれば、何とか逃げ切れると思う。


 蓮司さんからのお墨付きもあるし。



 ……………怖いな。



 死にたくないな。



 思えば、今までたった一人で行動するなんて、全く無かった。


 いつも誰かが隣にして、協力して死線を切り抜けてきた。


 それでも、僕は一人じゃなかった。



 けれど――――――今の僕は。



 全く未知の世界で、全く知らない怪物達の巣窟で。



 頼れる人もおらず、本気で、自分の持てる限りの全てを使っても。



 それでも死ぬ確率が高い、格上の怪物がいる環境で。



 たった、一人…………。



 その言葉が、僕の背中に、肩に、重く圧し掛かる。



 これが、重圧プレッシャーか。



 初めて、それを僕は実感している。そんな気がする。



 孤独である事が、こんなにも恐い事だなんて、知らなかった。



「蓮司さんは、をいつも感じてたのかな…………」



 僕には戦う力があった。それと、助け合える誰かがいた。



 僕は、その幸福をもう少し実感した方が、



 それがどれほど恵まれている事か、感謝すべきなのかもしれない。



「………腹を括ろう」



 あえて、その想いを口にする。



 その上で、僕は黒緑のオーラを迸らせる。



 最小限、最高効率で。



 今の自分に出来る、精一杯の制御力で、自分の身体を強化する。



 自分の身に着けているものを、強化する。



 殺気。



 自分に向けられた、生き物の殺意を肌で感じて、僕は両手の得物を構える。



 右手に握るボウガンを、前方、左寄りに向ける。



「ガアアアア!!!」



 草むらから、蔦を纏う狼に似た怪物が飛び掛かって来る。


 威嚇の意味が込められたボウガンの銃口は、その効力を如何なく発揮し、【モンスター】の攻撃をほんの少しだけ、右にずらす事に成功する。


 そして、ボウガンを構えた事で、僕の左手はあの【モンスター】からは死角になっている。

 

 そこを突いて――――――狼に似た体躯の【モンスター】の額から伸びる一角を、素早く接近して左手の山刀で切り落とす。


 戸惑いと痛みに、空中で悶える【モンスター】。


 その隙を狙って、摺り足を利用して懐まで入り込み、腰を低くして【モンスター】の足を蹴り払う。


 着地しようとした瞬間を狙って放たれた僕の足払いは、正確に【モンスター】を転ばせる。


 作り出した隙。がら空きの背中に向けてボウガンの銃口を向けて、引き金を引く。


 断末魔が聞こえる。例え殺せなくても良い。暫く動けなくなれば良いから。



 続いて、草むらや林の奥から新たな【モンスター】が僕に襲い掛かって来る。


 それらの【モンスター】は多種多様であれど、共通して蔦が身体に纏わりついていた。


 だが、そんな情報はどうでもいい事だ。



 今、必要な情報は――――――あいつらの動きだけだ。



 独楽こまのように身体を捻らせ、怪物共の同時攻撃を紙一重で避ける。



 強化され、引き伸ばされた思考が、彼らの動きをスローモーションのように、この目が捉える。



 黒緑のオーラが閃く。



 瞬間的に、身体能力を全開まで強化。



 僕だけが、このゆっくりとした世界で、平時と変わらぬ動きを保てる。



 山刀を振るう。



 捻らせた身体を利用して、身体が元に戻る反動を利用して逆回転。


 順番に【モンスター】の身体を切断する。


 刀身の長さが足りないなら、黒緑のオーラを刃の形状に変形させて、山刀の刀身を延長する。


 そうする事で、【モンスター】の身体はバラバラに切断されていくのだ。



 この間、僅か三秒にも満たない。



 強化を最小限、最高効率まで引き戻す。反動で身体がギシギシと悲鳴をあげるが、知ったことかと、唇を噛んで堪える。



 自らが切り裂いた【モンスター】共の生死も確認せず、僕はその場から駆け出す。



 銀色の砂嵐の下へ。僕の姉かもしれない人を、蓮司さんの仲間を助けに。



 託されたなら、全力で。



 失敗は死だと思え。



 僅かに掠った傷を癒しながら、憧れの人をイメージして、その瞳を鋭く尖らせる。



 行け、走れ、駆けろ。



 僕は、あの人の期待を背負っているのだから。






◆◆◆






《??■――――――《首無し騎士視点》



『…………………』



 それほど遠くも近くも無い距離。自らの指先が切れたような感触が、怪物の身体を電流のように駆け巡る。



…………………死んだか



 一時的な駒として捕らえた【モンスター】共との繋がりリンクが切れた。


 それは、やつらが倒された事を意味する。



『……………………』



 もし、顔があったなら、その顔は笑みを描いていただろう。そういう感情が、私の中から込み上げる。


 この気配。この波動。あの少年か。



 自らの足ではなく、相棒の代わり程度の気持ちで捕らえた鹿型の【モンスター】に跨り、私は森を移動する。



 あの時、恐怖で震えているだけだった少年が。



 私の殺意に当てられ、反射的に身体を動かせるだけだった少年が。



 こんなにも心地好い殺意と闘志を昇らせているとは………。



『……………………』



 この感情は、何だ?……………いや、私はこの感情の名前を、とうの昔に知っている。


 これは、そう――――――歓喜だ。


 好敵手にすら成れない格上の化物と比べれば、あの少年は実に好ましい。


 伸びしろがあるだけでなく、貪欲に強さを求める姿勢は敬意を向けるに値する。


 今だけは、これほどの知能を与えてくれた【ダンジョン】に感謝するとしよう。


 死して尚、この感覚を味わえるなど、至上の喜びに他ならない。



 ある筈のない血が滾る。動く筈のない心臓が、激しく鼓動を刻むのを感じる。



 ああ、全身が歓喜している。



 また、私は戦場ここに舞い戻った。



 使命を果たす。それが私が生まれた理由、与えられた運命。



 だが、その過程で私がどんな事をして、何を楽しもうと…………問題はない筈だ。



……………………いざ、参ろうか



 我らの戦場へ。熱き血潮が飛ぶ祭典へ。



 自身の身体に纏わりつく蔦が、私の感情に呼応して激しく蠢く。



 その蔦が自らの駆る【モンスター】にも伝道し、その身を強制的に強化する。



「ブルオオオオオオオオ!!!」



 鹿型の【モンスター】が激しくいななく。






◆◆◆






 森林を駆ける〝首無し騎士スリーピーホロウ




 ある筈の無い首を撫でるように。その首上で、槍斧ハルバードを振るう。




 そこの槍斧には、新たに〝鎌〟が追加されている。



 以前との違いは、その槍斧に蔦は這っておらず、純粋に武器として武骨なデザインとなっている。



 人が振るうには、重すぎるだろう得物を、彼は軽々と小枝のように振り回す。



 鎌が草木を刈り取る。


 槍が行く手を阻むものを貫く。


 斧が生物、植物を問わず切断する。



 接敵の時が近づく。



 少年は、己の意思を貫くままに。



 怪物は、戦場の意欲を味わんがために。



 【ダンジョン】にて、それぞれの意思が交差しようとしている最中。



 その外側では、今も激戦が繰り広げられていた。



「らぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」



 螺旋を描く、風の球体が蓮司に迫る。



「はあああっ!!」



 影より出でた、闇色のかいなが、風球を握り潰す。



 片や、無表情。片や、狂笑。



 無機質なれど、激情の込められた赤黒い瞳と、



 狂気に満ちた笑みで、泥々とした悪意に支配された瞳が、



 お互いの姿を射抜き合う。



 激しい戦闘が繰り広げられた跡が残る、遺跡前の広場。



 蓮司の後ろには、敵である筈の【剣狼団】のメンバーがいて。



 川瀬の後ろには、誰もいない。



 逆転したような立ち位置で、再び――――――両者の鬨の声が交差する。




「「おおおおおおおおお!!!!」」




 決着は、未だ分からず。




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