第39話 対峙する彼と彼ら、勝者は誰か――下

 色彩豊かな弾幕が、空中に陣取る蓮司を襲う。


 その悉くを無数の影の幕で打ち払い、それと同時に影から出る黒腕で【剣狼団】へと反撃の手を伸ばす。


 一進一退、というには平行線を辿る攻防。


 最前衛にて、味方を守る壁を務める盾役。そして、彼らの後ろで更に後衛へと襲撃を仕掛ける黒腕を切り払う前衛。

 盾役と前衛が、蓮司への弾幕を張る後衛。その後衛を護衛する中衛。


 それぞれが役割分担を行う事で、お互いを補い合い、この攻防の均衡は保たれている。


 傍から見る限り、蓮司と【剣狼団】の双方に余裕があるように見えるが……実際は異なる。


 盾役は度重なる強烈な一撃に腕を痛め、前衛は緊張感からの疲労を重ねている。


 蓮司の操る黒腕。この一本一本に恐ろしく強力な力が込められていて、その膂力は指先に触れるだけでも腕を持っていかれるほどだ。


 事実、彼らはギリギリの状態だった。


 これ以上の長期戦は、必ず綻びが生まれる。その綻びは、蓮司による蹂躙という形で成される事を、【剣狼団】は――――――――中でも川瀬と穂高は理解していた。



「(思ったより前衛の疲労の蓄積が酷いな………。いくら【ダンジョン】産の防具で武装しているとはいえ、〝本物〟の攻撃に耐えられる程じゃないって事か)」



川瀬は冷静に仲間の状態を見抜き、戦況を予測する。



「(このままじゃ、前衛が崩れるのも時間の問題。後衛を護衛する中衛を前衛に行かせて、前衛を下がらせるか?…………いや、内には壁役の代わりがいないから、前衛の後退は焼石に水か)」



 川瀬は後衛にて、武装した【ダンジョン】産の武器に分類される腕輪から、風の刃を纏う風球を放つ。


 川瀬の放った攻撃は、深部の魔獣の肉を抉り、当たり所によっては瀕死の状態にする程の威力がある。

 【ダンジョン】産の武器の性能に頼ったお蔭だが、それでも現状の川瀬の攻撃が一種の脅威である事に変わりはない。


 しかし―――――――



バシュンッ



 それも、蓮司の操る影の幕により、一蹴されているのだが。



「くく………」



 誰にもバレないよう、川瀬は歪んだ笑みを浮かべる。



「(化物め…………!)」



 内心で思っている事とは裏腹に、川瀬の顔はどこか楽しそうで、嬉しそうだ。その理由が何でなのかは測りかねるが、大方、自分の全力を――――ドーピングにより底上げされたものだが―――――思いっきりぶつけられる相手を見つけて、興奮しているのだろう。


 いずれにしろ、彼らの攻撃が蓮司に通用していない事は明らかだ。


 現に、蓮司は涼しい顔で攻撃を打ち払い、黒腕で追撃を仕掛けている。



 川瀬とは異なり、穂高は内心と同じように苦し気な、忌々しそうな青褪めた表情だ。何時までたって攻撃が通らない事への苛立ちと焦り、個人が持つには大きすぎる、強大過ぎる力への恐怖。

 穂高は川瀬に視線を送る。


 どうするのか、と。


 穂高も戦況を理解できている。故に、この状況が危うい均衡の下、成り立っている事に不安を抱いているのだ。


 川瀬が穂高へと視線を返す。そして、一度だけ頷いた。


 穂高には、それが妙に頼もしく見えた。川瀬は頷いただけだったが、穂高の頭の中では、こう聞こえていた。


 任せろ、と。





・・・

・・・・・

・・・・・・・





 現状、戦況は停滞していたが、【剣狼団】の防御の姿勢が崩れるのも時間の問題であった。


「(俺が何かをしなくても、このままの状態を維持してれば向こうが勝手に崩れてくれる)」


 風球を弾く。今までの攻撃の中ではな攻撃だったが………蓮司にとっては大差ない威力だ。


 確かに、この状態を維持していれば蓮司の勝利は確実だ。殺さずに彼らを捕らえる事ができる。


 だが――――――――


「(それだと時間がかかり過ぎる。あの首無しの【モンスター】を相手に、天音が長時間耐えられるとは思えないからな……………糞が)」


 内心、眼前の敵である【剣狼団】と、この場にいない【ダンジョン】に潜む首無しのモンスターへの悪態をつく。


 あまり時間は割けられない。ならば、どうするか。


 答えは単純。


「……………短期決着」


 赤黒い瞳が瞬く。地上の地面に展開している影の中で、同時に八つの眼が輝いた。






◆◆◆






「(………と。相手さんは短期で決着をつけるとか考えてるんだろうな)」


 川瀬は継続的に攻撃を行いながら、相手の思考を洞察する。


 その考えは概ね合っているものだった。


「(ここまでの戦いで、相手さんが何を考えているのかは不透明だったが………何かをのは分かった)」


 川瀬は穂高の方を見る。穂高は懸命に黒腕を弾くか味方の援護をして、ギフトである電撃を放っている。


 青白い電撃が輝く度に、蓮司の繰る影の腕と幕に白煙が昇る。


 ダメージを負っている様子は無さそうだが、視覚的に牽制できている事は良い事だ。いやがらせ程度にしかならないだろうが、小さな積み重ねが相手のストレスとなり、それが綻びとなって隙が生まれるかもしれないからだ。


 もちろん、それは戦闘を長期的に見た上での戦略だ。


 疲労は蓄積している。ここいらで、何かしらの手を打たねば【剣狼団】に未来はない。


 それは、十全に分かっている事だった。


 故に、川瀬は合図を出す。右手を挙げて、指をぐるりと一度回すという、何とも見え見えな分かりやすい動作。


 蓮司が目を細める。何をするのかと、防御への対策として黒腕のいくつかを引き戻した。


 川瀬がニヤリとほくそ笑む。


「(かかった)」


 背中で、川瀬はもう一方の左手の側で合図を出す。


 仲間を壁とし、カモフラージュとして何の意味も無い合図を右手で見せつけるように出す。

 これで、相手は自分達が何をしようとしているのか、備える為に防御の手を増やすしかない。


 これで、少しは攻撃の手が緩む。


 それが、【剣狼団】が切り札を切る時間稼ぎとなる。



「やれ!」



 川瀬が指示を出す。明確な声で。


 それは、仲間を鼓舞する意味を持っていた。


 穂高が頷く。また、穂高以外のメンバーの数人も頷いた。


 彼らは懐から何かを取り出す。




 それは――――――青い液体の入った小瓶だった。




 それを見た蓮司は、僅かに目を見開く。


 が何かを知っているが故に。の危険性を理解しているが故に。


 影を伸ばす。防御に回していたいくつかの黒腕を攻撃に参加させる。



「骨の何本か、腕か足の一本は覚悟して貰うぞ」



 蓮司がつぶやく。それは、彼が今までの手加減を緩め、少し本気を出すという事への現れに他ならない。


 

 壁役のメンバーの顔から冷や汗が零れ落ちる。


 自らに迫る黒腕の脅威度が上がった事を肌で感じて、無意識に逃げ出そうとする足を叱咤する。


 前衛が備える。中衛が武器を握り直す。後衛は迎撃の構えを取る。


 その中で、数名が異質な行動を取っていた。


 一人は笑みを浮かべて何もせず。


 他の全員は小瓶の中身を一気に呷る。



「ちっ……」



 間に合わなかった事、無意識に相手を舐めてかかった自分の傲慢さから、蓮司は舌打ちをする。


 時間は戻らない。ならば。


 蓮司が影の幕を集める。足りない分は地面に展開した影を伸ばして徴収する。


 無数の影が蓮司を覆うように展開する。


 それは、この場で限定的に夜が来たのかと、錯覚するほどであった。


 蓮司が顔を顰める。それは、どんな感情からの表情か。





 小瓶の中身を飲んだ者達から、小瓶の中身と同じく青い霧――――オーラとでも呼べるものが立ち昇る。


 青いオーラが風を巻き上げているのか、彼らの身に纏う衣服や髪が、まるで風にあおられたかのように揺れ動く。



 影を伸ばして何かに備える蓮司の行動を見て、川瀬は笑みを深める。



「もうおせえよ」



 青いオーラが、彼らの頭上に集約する。それぞれの頭上に、青いオーラの塊が出来上がる。



 川瀬が彼らに命令した。



「やれ」



 瞬間―――――――無数の青い輝きを宿した風・炎・雷・岩……が、空中に陣取る蓮司に目掛けて殺到した。


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