第38話 対峙する彼と彼ら、勝者は誰か――上

《三人称視点》



 【ダンジョン】の中、自分に向けられた殺意と狂気。身に覚えのある気配を、強化された五感で感じ取った蓮司は、すぐさま自分に殺意と狂気を向けた者へと、影を伸ばして移動していた。


 影を伸ばして、跳躍するように移動する。しかし、行く手を阻む【モンスター】は数多く。


 常軌を逸した怪物の気配を隠す気もない蓮司を脅威とみなしたのか。近くにいたモンスターは皆、蓮司の下へと襲い掛かる。



「邪魔だ」



 しかし、蓮司はそれ等のモンスターを見に纏う影で薙ぎ払う、突き刺す、切り裂く、押し潰す。


 苛立ちを隠さず、殺意を隠さず、蓮司は残った理性で何とか【ダンジョン】が最低限の手加減をする。


 それでも、蓮司の進んだ道には、夥しい数のモンスターの死体が転がり、正に屍山血河を築き上げる。


 蓮司に追随する影は、死体となったモンスターを平らげて、微々たる強化を蓮司に促す。


 強化された肉体を駆使して、蓮司は加速した。



「……………」



 その胸中には憤怒と殺意が渦巻いているだろうが、その思考は全く窺えない。今の蓮司は完全に表情を殺しており、まるで無機質な戦闘マシーンの如く様相であった。


 モンスターを殺戮し、その死体を呑み込みながら、蓮司はものの数分で【ダンジョン】の入口であり出口である〝門〟に辿り着いた。


 影を戻す。しかし、体勢は自然体に見えても、蓮司の意識は戦闘態勢を崩さない。いつでも奇襲に対応できるように、全身を脱力させていた。


 両手で扉を押す。なんの抵抗もなく〝門〟が開き、こことは別の埃っぽい空気が鼻孔をくすぐる。


 扉をくぐる。そして、あの奇妙な感覚に襲われる。身体が何かの膜を越えたような、全身を痺れるような衝撃が、一瞬だけ蓮司の身体を駆け巡る。


 しかし、蓮司はぴくりとも表情を動かさず、淡々と扉をくぐり終えた。


 門の扉が自動的に閉まる。


 不思議な事に地面に扉が擦れた跡は出来なかった。


 影が蠢く。蓮司は【ダンジョン】で移動とした時と同じように、全身に影を纏わせて、影を伸ばして遺跡の廻廊を真っすぐに跳躍する。


 口から出す言葉などなく、蓮司は目的を目指して移動するのみ。


 感情を窺えないからこそ、彼が何を思い、何を考えているのかが分からず、それが一層、彼の姿を不気味に見せていた。

 危うくすら見える。嵐の前の静けさを思わせる様相なのだ。


 やがて、光が見えてきた。蓮司は止まらない。もし、目の前に誰かの気配があったとしても、彼が動きを止める事はないだろう。

 だが、幸いにして、遺跡の出口に誰かの気配は感じられなかった。


 故に、躊躇なく――――――――蓮司は遺跡の外に飛び出した。


 漆黒の塊が、遺跡の出口から飛び出してくる。それは、空中を泳ぐように蠢きながら、深部の最奥―――――遺跡の目の前の広場に居る集団のもとへと、半ば落下するように着地する。


 武装した人の集団が、黒い塊が自分達の目の前にのを見て歩みを止める。


 彼らの顔は、一様にして驚きに満ちていたが、彼らの中でも三、四人だけ。


 瞬時に目を鋭くさせて、各々の得物へと手を伸ばしていた。


 黒い塊が晴れる。地面の影に同化するように消え去った黒い塊は影となり、そこから人が出てきた。


 黒い塊から出てきた人――――――――蓮司は、自らの身体に赤黒い闇を流動する水のように纏わせて、眼前の彼らを睨むでもなく、ただ見据える。


 蓮司に見られた事で、漸く彼らは――――――数人を除く【剣狼団】のメンバーは武器を構える。

 誰かは恐怖故に、誰かは本能的に。


 ……………誰かは、ひたすらに歓喜故に。


 対峙する【剣狼団】と鏡峰蓮司。


 蓮司は見覚えのある顔ぶれに、ふと脳内の記憶を探る。そして、一秒にも満たない時間で、彼は眼前の集団の正体を知る。


 【剣狼団】―――――蓮司の大切な仲間に手を出した、愚か者たち。


 蓮司は憤怒、あるいは殺意に顔を歪める―――――――ことなく、さっきと変わらず無表情のまま。


 しかし、内に押し込んでいた感情は隠し切れず、赤黒い影は不気味に蠢く。


 彼の感情に呼応するように。影は蓮司の感情を代弁してくれる。


 蓮司から剣呑な雰囲気を感じ取った【剣狼団】は、彼の放つ気配から、この広場の惨状に色濃く残る気配と驚くほどに似ている事に気が付く。


 そして、川瀬、穂高は、内心で同じことを呟いた。



「(あれが――――――)」

「(こいつが――――――)」


「「((この惨状を作り出した、化物!!))」」



 彼らが武器を構えて、今にも飛び出しそうな雰囲気に【剣狼団】がなりかけた時。


 蓮司は、その身から莫大な殺意の波濤を【剣狼団】へと放つ。


 その瞳は赤黒く染まっていて。


 飢餓感にも似た殺意を、食欲にも似た殺意を、【剣狼団】は感じ取る。


 硬直する。本能的に、生物としての格の違いを見せつけられたような気がして、彼らはその身体から恐怖の震えを湧き上がらせる。


 【剣狼団】の中で、ただ一人だけ、歓喜と恐怖が綯い交ぜになった顔を笑みに歪ませる者がいる中。


 蓮司は、口を開く。



「死なない程度に、お前らを潰す」



 一方的な宣告。淡々と、これからやる事の事実のみを伝える言葉を聞いて。


 とうとう恐怖に耐えきれず、蓮司に向けて電撃を放つ者が出た。


 それは、彼らの間の開戦の火蓋を切ることとなる。



 こうして、一人の蓮司カイブツと【剣狼団愚者たち】の戦いは始まった――――――――。






◆◆◆






 【剣狼団】のメンバーの一人が放った電撃は、狙い違わず蓮司に襲い掛かる。


 しかし、蓮司はそれを身に纏う影を激しく螺旋させる事で、電撃を散らして攻撃を無効化した。



「なっ!?」



 電撃を放った男が驚愕の声を上げる。今まで先手必勝にして必殺の一撃がいとも簡単に防がれるとは思わなかったようだ。


 電撃を放った男を置き去りにして、幾つもの【ギフト】による遠距離攻撃が蓮司に放たれる。その一つ一つが深部の魔獣に瀕死とまではいかずとも、重傷を負わせるだろう威力だ。



「…………」



 跳躍し、身に纏う影をまるで傘の骨子のように広げる。骨組みだけで膜のない黒傘の如く影で、どうやって防御するのか。

 攻撃を放った者達は、蓮司の行動を鼻で笑う。


 だが、それはすぐに驚愕に染まる。


 傘の骨子のように広がった影が、まるでクラゲの触手のように垂れ下がり、回転したのだ。

 無数の影の幕が回転し、即席の影の網が出来上がる。影の網は【剣狼団】の放った攻撃の悉くを防いで見せた。


 驚愕し、動けなくなっている者達を、蓮司は冷たい眼差しで一瞥し、地面の影から更なる〝影〟を呼び出す。


 水溜まりから這い出るように影から出てきたのは、赤黒い腕。


 それも人を模したものではなく、明らかに魔獣の手を模した凶悪な異形の黒腕だった。


 蓮司は自らに迫る攻撃を防御しながら、黒腕を操作して【剣狼団】に襲撃させる。黒腕はそれぞれが不規則に動きながら【剣狼団】へと襲い掛かり、攻撃の手を読ませない。


 立て続けに攻撃が防がれる事で、彼らは動けなくなっていた。自分がどうすればいいのか。頭では分かっているのに、身体が動かない。


 蓮司は内心「(これで終わりか……)」と呟く。〝準英雄級〟でもない格下とはいえ、雨霧率いる【鉄火の牙】がこれまで集めてきた【ダンジョン】産の武器防具で武装し、それなり程度には格上げされている。


 多少、手古摺る事は覚悟していたが…………期待外れ、いや―――――この場合は予想通りと言うべきか。


 なんてことない。彼らは、その域に達していない癖に、積んできた経験の密度が〝準英雄級〟の者達に比べて遥かに薄い。


 反応を見るに、これまでは武器防具の性能頼りドーピングによる、ゴリ押しで深部を進んで来たのだろう。


 ならば、この程度の攻撃に対応できないようじゃ…………楽に終わりそうだ。


 そう、蓮司が考えていた時―――――――【剣狼団】の中から一人の男性の声が響き渡る。 



「てめえら!びびってんじゃねえ!!」



 影の一つを、地面の影と連結させて、蓮司は空中に身体を固定させる。状況を俯瞰するような立ち位置から、蓮司は声の主へと視線を向けた。


 その男は軽薄そうな、金髪に染めた髪が抜け落ちてメッシュになっている典型的な不良のような外見の男だった。

 ただ、単なる不良にしては、目が据わっている。


 蓮司は、一応、様子を見る意味も込めて影の腕の速度を微妙に遅くする。


 しかし、その必要はなかったようだ。



「盾役は前に出ろ!前衛は盾役の後ろに回って中衛に回れ!後衛はそのまま遠距離攻撃を続けろ!中衛は後衛を守護しろ!いいか、後衛は離れ過ぎずに陣形を取れ!でなきゃ、あの黒いのの良い的になるからな!!」



「「「「おう!!!」」」」



 蓮司から見て軽薄そうな男―――――――川瀬は、仲間に向けて怒号のような指示を出す。その声にはっとした【剣狼団】のメンバーは、川瀬の指示通りに陣形を整える。


 川瀬に負けないくらいの声を出し、気合を入れ直して、先ほどとは打って変わって引き締まった表情かおになった。


 最前衛に大盾を持った者達が陣取り、その後ろに剣や斧、槍を構えた者達が油断のない目つきで黒腕を睨む。


 最後尾に後衛が弧を描くように陣取り、中衛と思しき者達は後衛を挟むように、ジグザグな陣形を取る。


 息をする間もなく、素早く整えられた陣形は、間違いなく【ダンジョン】産の武器防具による性能が大きいだろう。だが、その連携は目を見張るものがある。


 黒腕の大部分が【剣狼団】の前衛―――――壁役に殺到する。


 黒腕は拳を形づくり、無数の影で出来た異形の拳が【剣狼団】の盾を殴りつける。



「「「ぐううう!!?」」」



 地面を引き摺り、僅かに壁役が後退する。だが、彼らが倒れる事はなかった。


 残りの黒腕は、狙いを変えて後衛を目指して襲い掛かるが、その殆どが前衛によって切り裂かれて消滅し、残った腕も後衛を守る中衛によって迎撃された。


 黒腕が攻撃を仕掛けて、迎撃されている間にも、蓮司のもとには大量の火球や氷柱、電撃、鎌鼬が殺到している。


 威力は大したことはないが、弾幕を張られた事で下手に動けなくなっている。


 無数の影の幕を網をつくるように回転させ、その内のいくつかの幕を触手状にして防ぎきれない攻撃を叩き落としているが…………。



「なるほど……」



 蓮司が瞼を閉じた。


 【剣狼団】は確かに弱い。だが、生け捕りにするには面倒ではなく、だと、自身の中で認識を改める。


 瞼を開けた。赤黒い瞳が、眼下の【剣狼団てき】を射抜く。



「修正しよう」



 どうやら、彼らの戦いは簡単には終わらないらしい。



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