第37話 今際の毒酒に酔いしれろ、愚者は糸に繋がれからから踊れ
彼と彼らは、漸く対峙する。
巨大な黒い塊が突如、自分達の前に落ちてきた光景を見て、彼らはその歩みを止める。
黒い塊と思っていたものは、全身に影を纏った男だった。
戸惑い、あるいは未知への恐怖を感じ取り、彼らは無意識に武器を構える。
だが、彼らが武器を構えた理由は、別のところにあった。
それは、影を纏う男から発せられる、異様な殺気。
蠢く影が、男の感情に呼応するように形を変えて、男は赤黒い瞳を輝かせて、飢餓感にも似た殺意を、眼前の集団へと向けた。
「(くく…………!?)」
集団の中のただ一人だけ、影を纏う男の殺意をその身に受けて、内心で歓喜と恐怖に笑う中。
影を纏う男は、一方的に彼らに告げた。
「死なない程度に、お前らを潰す」
その宣告を受けた彼らと、影を纏う男の戦闘は、
彼らの中の一人が放った電撃により、始まった――――――。
◆◆◆
――――――時は遡り、蓮司と天音が【ダンジョン】にて〝首無し騎士〟と邂逅した頃。
【剣狼団】は深部の奥地の森林を抜けて、最奥に辿り着いていた。
彼らの目に入ったのは、最奥に存在する亡骸の広場と、その広場に残る激しい戦闘が起こっただろう傷跡だった。
何か長い物が大地を抉ったような跡や、無数の刃が地面を貫いた跡。
更には、魔獣らしき生き物の腐った肉片や内臓が転がり、既に渇いているが夥しい量の血が地面に染みを作っていた。
漂う悪臭に思わず口と鼻を抑える者も、中には顔を青褪めさせている者もいた。だが、彼らの身体を凍らすように縛るものは、それらの戦場の跡などではない。
それは、未だ残る濃密な〝死〟の気配からだ。残り香とでも言おうか。
この地には、この広場に惨状の跡を残した者の気配が残っていた。
その気配は、彼らに否応なく〝死〟のイメージを想起させる。
故にこそ、彼らは戦慄から身体を硬直させ、その場で動けなくなっていたのである。
その中で冷静な者が二人。いや、片方は冷静でなければならないという、ある種の矜持故であったが。
二人の内の片方、顎に手を当てて何かを考え込む仕草をしているのは、このクラン【剣狼団】を率いるリーダーの川瀬。
「ふむ………」
川瀬は、何か思い至る節でもあったのか、しきりに頭をトントンと指でついていた。
しかし、もう片方の者は違う。玉のような冷や汗を顔に浮かばせて、青褪めた表情で惨状の跡地を見つめている。
「(なんだ、この光景は………!?)」
一見、恐怖しているが冷静な様子を保てているように見えるが、もう片方の者―――――穂高は、内心で激しく動揺していた。
「(道中、何度か深部の【魔獣】と殺り合う事はあった。だが、驚きこそすれ【ダンジョン】産の武器で武装した俺達なら、余裕で倒せるような奴らばかりだった。
けど、こいつは違う。明らかに深部の魔獣とは比べ物にならない格上の化物だ!!武装してない俺達なんて、蟻みたいに簡単に潰せる怪物だ………。
なんで………なんで、こんな化物がいるんだよ………!?)」
穂高は頭の中で、自分よりも強大な化物をイメージする。それは、本能的に〝死〟しかイメージできないレベルのもの。
冷静に見えると言っても、真の意味では穂高もまた、衝撃ゆえに硬直する【剣狼団】のメンバーと同じであった。
いや、考える事ができる分、彼らより酷い状態と言える。
そんな中で、冷静でいられる川瀬の様子は浮いていたが、逆にこの場では川瀬が頼もしく見えていた。
冷静に思案している川瀬を見る事で、穂高は安堵する。
これまで、深部の魔獣と戦う時、危ない場面は何度もあった。そんな時、いつも川瀬が身体を張って仲間を守り、助けて来たのだ。
時々、見ていて混乱する様子を見せることがあったが、それは自分の、ひいては【剣狼団】の未来を想像しての事だろうと、穂高は自分を納得させてきた。
過去にも、似たような様子を見た事があるために、穂高は違和感を気のせいだと考えた。
そうだ。川瀬は俺達のリーダーで、あいつについて行けば俺達の未来は明るくなるんだ。
もう、盗賊まがいの善意の押し付け何てしなくて済む。
俺達は、この掃き溜めのような毎日から、脱却するんだ!
盲目的な彼らの思考は、正常な判断を希薄にさせる。
それは唯一、川瀬の異変に気づける可能性があった穂高でさえ、有象無象であった【剣狼団】のメンバーと同じになった。
現在の【剣狼団】の選択肢は、二つある。
川瀬について行くか、否か。
そのどちらかの選択を選んだかによって、彼らの未来は決まる。
……………彼らの選択、それは次に発せられた川瀬の発言により、決定する。
「――――――落ち着け、お前ら」
顔を下げていた、暗い表情をしていた彼らは、顔を上げる。
彼らの目には、自信に満ち溢れるリーダーの顔が、
自分達を導く英雄の顔に見えていた。
「川瀬……………」
「どうしたよ、なあ、お前ら。まさか、この光景を見ただけで怖気づいたのか?」
「いや、だって………」
「さすがに俺達じゃあ、この景色をつくった奴に勝てる気がしねえよ………」
「ああ………」
否定的な言葉。言葉の節々から諦めが滲み出る感情を、苛立ちに怒鳴るでもなく、川瀬は微笑みを持って受け止める。
「確かに、この惨状を作り出したやつは、とんでもない化物だろうよ」
川瀬が、景色を背にして、今にも崩れ落ちそうな絶望に満ちた彼らの顔を、ただ真っすぐに見つめる。
「だがな、問題ねえよ。お前らは気づいてないのか?俺達は、あの【深部】の最奥までやってきた。俺達には仲間がいる。例え、相手が化物だろうと、俺達の絆は揺るがない。これまでの道中で何度も分かっただろう?―――――――仲間と一緒なら、俺達は負けない」
一人、二人………顔を上げた。
「俺からしたら、お前らほど頼もしい仲間はいないぜ?確信を持って言えるよ。俺一人だったら、ここまで来れなかった――――――お前らがいたから、俺はここまでこれたんだ」
三人、四人…………。
「俺達は一人じゃない。一人一人、頼もしい仲間がいる。俺達は最高のクランだ。俺達こそ最強のクランだ」
五人、六人………十人。
「顔を上げろ!腹の底から吼えろ!俺達こそ最強、俺達こそ最高、俺達こそ――――――」
川瀬は胸の前で、片手を握り締める。
「【剣狼団】こそ、日本最強のクランだ!!!」
「おお………」
「おお………!」
「おおおお!」
「声を上げろ!深部の魔獣共を震え上がらせる気持ちで、空に向かって吼えろ!俺達こそ最強だと!俺達こそ最高だと!」
「「「「おおおおおおおおおお!!」」」
「行くぞ!【ダンジョン】へ!!」
「「「「おおおおおおお!!!」」」」
片腕を天に突き出す。戦場に響き渡る、武士共の鬨の声の如く。
彼らは、自分達こそ最強にして最高のクランだと、腹の底から声を響かせる。
彼らは、平等に愚かだった。
彼らは、平等に盲目だった。
彼らは気づける筈もない。唯一の可能性は断たれた。
今、この瞬間、彼らの運命は決したのだ。
彼らは美酒に酔いしれる。彼らは毒に犯される。
罪人へ罰を与える為に、裁定者の刃は、今か今かと待ちわびている。
彼らの未来は――――――――『 』以外、ありえない。
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