第36話 ねえ?こっちに来なよ……一緒に遊ぼう?
影檻の半円ドームを眺める。中ではミノタウロスの鹿バージョンのような姿へと変異した【モンスター】の群れと天音が戦っている。
戦闘から数分が過ぎたが、天音に疲れは見えない。それどころか、初めて相対する【モンスター】という未知の生物に対し、翻弄するように飛び回っている。
俺は顎に手をあてて「ほう」と感嘆の息を吐く。
実際のところ【魔獣】と【モンスター】にそれ程の違いは無いと、俺は考えている。両者が異なる点は、死体が残るか、残らないかくらいだ。
今までの三年間、行きたくもない【ダンジョン】の調査に向かわされた経験から、そういう結論に辿り着いた訳だが………。
「はぁ」
駄目だな。一方の気分に引っ張られて、どうにも気分が乗らない。
あの首無しの化物は良い線いってたが、【モンスター】じゃぁな~。
魔獣と違ってモンスターは影に取り込んでも、大した強化は見られず、更に味が薄いし食った気がしない。
俺も【ギフト】を得てから随分と変わったとはいえ、嗜好も少し変わったな~。
まあ、それを差し引いても【ダンジョン】なら外界と違ってどれだけ暴れても問題にならないからな。
それに【ダンジョン】にはあれがある。ダンジョン攻略を専門としたパーティ、または大規模クランにはダンジョン攻略を専門とした部隊もある。
死体からの剥ぎ取りという旨味が無い代わりに、あれは世界中の人間の好奇心を刺激する。
天音がそれを知ったら、一体どんな反応をするかな……………。
「やっぱり年頃の男の子だからな。あいつも【ダンジョン】に憧れを抱きそうだ」
【ダンジョン】は恐らく、いや絶対に海の向こうの大陸にも存在する。だとすれば、航行問題が解決すれば殆どのダンジョンアタッカーは海の向こう側に渡るだろう。
だが―――――――十中八九いるだろうな。
やつらが日本列島だけに存在する筈がない。必ず、世界中のどこかに潜んでいる。
無意識に腕に力が入る。
「次、会ったら、今度こそ殺す」
頭の中に、過去の光景が映し出される。そこには、奇妙な格好をした者達が、自身に立ちはだかる映像が。
胸の奥で怒りと殺意を燻らせながら、俺は天音の戦いをしっかりと視界に収めていた。
・・・
・・・・・
・・・・・・・
《三人称視点》
影檻のドームの中で、天音は初の【モンスター】との戦闘を繰り広げていた。
ボウガンに矢を装填している間、先に飛ばしていた魔弾でモンスターを牽制。
装填が終わった後は、直ぐに魔弾を放つのではなく、先に放った魔弾と共闘するような形で白兵戦に参加する。
モンスターの内の一体の足元まで、天音は駆け抜ける。モンスターに比べて天音は小柄である為、しかも平常より更に低い体勢で疾走している為か。
モンスター共は攻めあぐねていた。
そうこうしている間に、天音は既にモンスターの足元の間合いに入っていた。
「はあっ!!」
「ブルオォ!?」
黒緑のオーラを纏った大型の
モンスターは血飛沫の上がる片足を庇うように膝をつき、体勢を崩した。
その隙を天音は見逃さない。駆け抜ける途中、身体をひねって地面とすれすれの体勢になり、モンスターの頭部に向けてボウガンの銃口を向ける。
構えてから一秒も経たずに、天音は引き金を引いた。
一条の細い矢が、黒緑の魔弾と化し――――――狙ったモンスターの頭部を
矢はそのまま貫通する――――が、頭部を貫通した魔弾は空中で静止した。
天音は、膝をついた仲間を庇うように飛び出していたもう一体のモンスターの方へと、視線をずらす。そして、小さく一言だけ呟いた。
「追撃しろ」
オーダーを受けた魔弾が動き出す。仲間が死んで悲しみに嘆くモンスターの心臓を、魔弾が死角から奇襲する。
背中から心臓を魔弾が貫く。運動エネルギーが足りなかったのか、完全に貫通せずに体内で留まったが、天音はこれを好都合と捉えた。
連続の仲間の死に惚ける残りのモンスター。天音は冷たい目でそれらを一瞥し、追い打ちをかけるようにまた、一言だけ呟いた。
「
瞬間、空中を飛び回っていた魔弾から、モンスターの心臓を貫いた魔弾の全てが爆破する。
黒緑のオーラが球体状に膨張し、辺りに熱を伴ったオーラを撒き散らす。
「「「「ブルルルルルルオォォォォオオオォォォオオォォオオ!!?」」」」
爆炎に等しい熱波を間近で被ったモンスターは、全身を焼け爛れさせて、片腕を失って地面に倒れ伏す。
直接、矢の爆心地にいたモンスターは、上半身もしくは頭部の半分を吹き飛ばされ、即死。
爆心地ではなく、距離のあったモンスターは熱を孕んだオーラを身体に浴びて、その身体を燃え上がらせる。
「(おーう…………天音、容赦ないねぇ)」
影檻の外から、蓮司が天音に向けて感嘆と戦慄の混じった視線を向ける。
その口元は、少し苦笑いになっていた。
蓮司が自分に向けて、そんな視線を向けているなんて気づかずに、天音は冷徹とも言える目で、生き残ったモンスターを見渡す。
モンスター共が天音に恐怖の籠った顔を向ける。その目には、仲間を殺された怒りではなく、上位者に向ける恐怖の感情に満ちていた。
「………」
天音は、変わらず冷徹な目でモンスター共を眺める。
静かに、全身に黒緑のオーラを迸らせる。
それから、モンスター共が全滅するのに、二分もかからなかった。
◆◆◆
《蓮司視点》
影檻を解く。中では未だモンスターの死体が転がっていて、それらに混じって黒緑のオーラが燃え盛っていた。
………前から思ってたが、こいつの【ギフト】の汎用性はずば抜けているな。
単なる身体強化として使えるだけでなく、自身が身に着けているもの限定で耐久力や防御力、攻撃力が向上させる事ができる。
魔弾の操作もかなり上手くなったし、戦い方に無駄が無くなった。
強者との経験を積んで、一方的に攻撃できるよう立ち回りも上手くなった。
今はまだまだ弱いが、【英雄】の領域に足を踏み入れたら、とんでもない実力者になりそうだな。
内心で天音に対する認識を高めながら、俺は片手を挙げて出迎える。
「おつかれ~」
天音はさっきの冷徹な表情とは打って変わって、むすっと明らかに不機嫌なのが伝わる顔をしていた。
…………ちょっと放り込み過ぎたか?
天音は強めに俺のハイタッチに応えてくれた。
良かった。俺、何時まで手を挙げてたらいいのか悩み始めるところだったからな。
……………あー。
「悪い、お前にモンスターとの戦闘を経験して欲しかったのと、現状でのお前の実力が見たくてな。この通り!許してくれ」
「…………別に怒ってる訳じゃないです。不満ではありますけど」
うっ、心にダメージが……。
「理解できない訳じゃないです。蓮司さんの事だから、あの首無しの化物と僕にどれくらいの差があるのか見極めようとか考えてたんじゃないんですか?」
おー、成長したな。俺の意図を読みやがったよこいつ。
俺は少し驚きの目線を向けながら、天音の問いに答えた。
「そうだな。あの首無しから逃げられるくらいの実力があるかどうかで、俺はお前の単独行動を認めるか、決めようと思ってたよ」
「……………蓮司さんから見て、僕はどれくらい強くなりましたか?」
「お世辞抜きで、今のお前は〝準英雄級〟に至ってるよ。それは保障する」
天音が俺の言葉を聞いて、ガッツポーズをするかと思いきや………小さく安堵したようにため息を吐くだけだった。
え、リアクションそれだけ?
「……喜ばないんだな」
「いえ、内心めっちゃ嬉しいですよ、取り敢えずの目標を達成できたんですから。ただ―――」
天音が悔しそうに拳を握り締める。
「今の僕じゃ、あの首無しに勝てない………そう、考えちゃうんです」
「天音………」
「僕は、もっと強くなりたいんです。誰でも守れるような、蓮司さんに負けないくらい、強く……!」
天音は今にも泣きそうな、逆に己の不甲斐なさに憤るような、複雑な表情を浮かべている。その拳は、今にも血が出そうなくらい、強く握り締められていた。
俺は天音の頭に手を置く。
「焦んなよ、天音。お前なら【英雄】ぐらい強くなれるさ。きっと、灯歌を越える実力者になれる……………俺は、そう思ってるぜ?」
天音を安心させるように、頭を乱暴に撫でる。それと同時に、天音の目を真っすぐと見て、俺の本心を伝えた。
その気持ちが伝わったのだろう。天音は肩を降ろして、拳を握る力を緩めた。
「蓮司さん………ありがとうございます」
「気にすんな。俺もその気持ちは分かる」
俺も、今よりもずっと弱かった時に、結構荒れたからな。
天音が胸に抱えてる気持ちは、少しは理解できると思ってる。
「さあ、行こうぜ、天音。鞠火を助けに――――――」
これ、は……………。
「蓮司さん?」
天音が困惑した顔で俺を呼ぶが、今の俺にそれに答える余裕は無かった。
妙に見覚えのある気配。全身を濡らす水のように押し寄せる狂気。
それが、はっきりと俺だけに向けられているのを感じ取った。
その気配は、別の誰かの気配が混じっていたが、間違えよう筈がないものだった。
蘇る光景。聞こえる筈のない哄笑が耳に響く。
同時に沸き上がる激情を、俺は冷静に抑え込む。
俺だけにぶつけられた殺意と狂気。
それは、俺にはメッセージのように思えた。
『来なよ』
瞳が、赤黒く染まるのを実感する。
そのメッセージを受け取ったからには、俺はもう、自分の激情を抑えられようもない。
今の天音なら、大丈夫だ。全力で逃げに徹すれば、あの首無しの化物から、確実に逃げ切れる。
さっきの戦いを見て、それを確信した。
分かっている。これは、俺の勝手な私怨だ。それよりも優先すべき事がある。
それでも――――――――俺は、これ以上、自分を抑えられる気がしない。
「……………天音。お前は先に行け」
「蓮司さん……?いったいどういう――――」
「野暮用ができた」
「は?ちょ――――何を言って…………!?」
「なあ、天音」
ゆらりと、幽鬼の如く首をかしげて、俺は天音の顔を見た。
赤黒く染まった瞳は、抑えきれない激情を孕んでいて、その目を見た天音をも焦がしかねない程の憤怒と憎悪に満ちていた。
それを見て、天音は何かを察したのだろう。
僅かに振るえる身体を、片腕を握る事で押さえつけ、天音は短く返事をした。
「わかり、ました」
灯歌から、何かしらを聞いていたのだろうか。やけに聞き分けが良いが………この際、都合がいい。
「ありがとな」
俺は短く天音に礼を言って―――――――その場から影を伸ばして跳躍した。
・・・
・・・・・
・・・・・・・
男は胸の内で歓喜する。やはり、自分の追い求める〝彼〟はここにいた。
色々とおぜん立てをして、遠回りな計画を立てて、たった一人をここに縛り付ける為に、彼の仲間を利用した。
彼は身内を大切に思っているから、とても、とても、激情に燃えている事だろう。
私に対し、憤怒しているだろう、憎悪しているだろう、軽蔑しているだろう。
本気で、私をこの世から葬りたいと思っているだろう。
ああ、私は君を愛しく思っている。だって、君は私を完膚なきまでに叩き潰した、ただ一人の人間なのだから。
本当に、私は君を好いているのだよ?
君の人間性を壊したいと、狂気の渦に堕としたいと、これほど思い焦がれる者は他にいない。
早く来てくれ、早く来てくれ、早く来てくれ。
君と遊ぶ為に、私は駒を用意したんだ。君は強いから、こちらは数を多くしてね。
ちょうどいい人形がいたから、少し手を加えて、私好みの駒に仕立て上げたんだよ?
楽しんでくれるだろうか。苦しんでくれるだろうか。
君は優しいから、後悔をしてしまうかもね。
ああ、でも、実行しようと考え、決意したのは彼らだからね。
罪悪感など感じずに、激情のままに殺すのかな?
楽しみだなぁ、楽しみだなぁ。
ほんっとうに、楽しみだ。
久しぶりの再会。いや、再開とは言えないかもしれないが、次なんて待てないからね。
だから、人形を通して君と遊ぶ事にするよ。
だから、だから、だからだからだからだからだからだろうかだからだからだからだろうかだからだからだからだろうかだからだからだからだろうかだからだからだからだろうかだからだからだからだろうかだからだからだからだろうかだからだからだからだろうかだからだからだからだろうか―――――――
『私と
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