第35話 幻影のように薄く、ゲーム染みた世界

 【ダンジョン】に入っていきなり首無しの化物に襲われた俺達は、何とかそいつを撃退し、再び銀色の砂嵐を目指して歩き始めた。


 草原を歩いている途中、何度か【モンスター】に出くわしたが、今の天音の実力なら瞬殺できる程度の雑魚だった。


 今もゆっくりとはいかないが、身体を休めさせる為に歩いて向かっている。


「蓮司さん、さっき首無しの化物の事を【モンスター】って言ってましたよね。あれって【魔獣】じゃないんですか?そもそも、【ダンジョン】って何なんですか?」


 天音から質問が連続して投げられたが、取り敢えず殴るのを我慢して説明する。

 落ち着かないのは分かるが………まあ、良いか。


「俺も三年間で幾つもの【ダンジョン】に入ったが…………この異界が何なのかは、まだはっきりとは分かってない。けど、この異界がどういうものなのかは説明できる…………だから、そんな不安そうな顔をするな」


 自分でも気づいていなかったのか、はたと天音は両手で自分の顔を触る。知らず知らずの内に顔が強張っていた事に気づいたみたいだ。


 こいつを安心させるには、取り敢えず俺の知ってる限りの基礎知識を教えるしかないか。

 …………俺もそんなに知らないからな。というか、【魔獣】も【ギフト】も、今の世界になってからは七不思議みたいなもんだからな。


 それが何なのか。真実を知ってるやつなんて、いるのかも不明瞭だし。



「まず【ダンジョン】っていうのは、この世界とは異なる法則が働いている異界の事だ。ここに来る前に通った扉があっただろう?あれが【ダンジョン】の入り口だ」


「【ダンジョン】は異世界って事ですか?」


「いや、この異界には壁がある。箱庭みたいにな。景色は続いているのに、ある一点から先に行けないんだ。だから、ここが異世界というのは、違うと思う」



 天音は俺の話に真剣に耳を傾けている。


 しかし、俺の話を聞いて質問したそうにしたが、口元に人差し指を立てて黙らせる。いいから話を聞け。質問はそれからだ。



「そして、次に【モンスター】だが………まあ、【魔獣】とそう違いは無い生き物だ。ただ【ダンジョン】にしか生息していないという特徴があってな。外にいる魔獣と似たようなやつがいても、実は全く異なる生き物だったりする」



 初めて知った時は随分と驚いた。見た目は似ていても、扱う能力や戦い方が全然、違うからすぐに気づいたが………慣れるまでに随分と苦労した。



「だけど、呼んでる名称が違うのは――――――【モンスター】は、本当に生きているのか、いや、そもそもも疑わしいからだ」


「え?」


「天音、あの首無しの化物が持ってた槍斧ハルバード……なんで急に消えたのか分かるか?」


「え?えーっと……………あの武器が首無しの化物の能力だから?」


「惜しい、と言いたい所だが……全然違う」



 天音はますます意味が分からないと、頭に?を浮かべる。少々、意地悪をし過ぎたか。



「恐らく、あの武器は首無しの化物の身体の一部だから、持ち主が遠ざかって消えたんだと思う――――――天音、【モンスター】が死んだ時、どうなると思う?」


「それは、普通に死体が残るんじゃないんですか?」



 俺は天音の顔を見て、ふっと笑う。



「いいや?【モンスター】は死んだ時――――――その身体は消えるんだよ」






◆◆◆






《???視点》


 蓮司達から逃走した首無しの化物――――――【ダンジョン】が生んだ【モンスター】、〝首無し騎士スリーピーホロウ〟は、森の中で身体を休めていた。



『…………………』



 モンスターが喋る事はない。いや、そもそも彼には喋るすらないのだが。


 首無し騎士は、今さっき奇襲をしかけた人間の二人組について考えていた。


 あの影を操っていた男――――――あれは危険だ。


 あれだけでは実力の全てなど見えはしない。だが、直に対峙して分かった。


 あれは人間の形をした怪物、世界をも呑み込める存在だ。


 この【ダンジョン世界】を破壊できるを秘めた存在だ。



 決して、放置していい存在ではない。


 しかし、にそこまでの力は与えられていない。


 全ての力を得たならば、あるいは……………。



――――――いや。



 だとしても、届きはしないだろう。あの少年ならまだしも、あの怪物は奥の手を隠しているようだった。



 首無し騎士はため息を吐くような仕草で、腰を抱えて天を仰ぐ。



 相棒も失った今、私は奥の手も使えなくなったも同然。


 あの少年を道連れなら出来そうだが、あの怪物には一矢報いるのも不可能だろう。



『…………………』



 首無し騎士は、黒い霧を手元に呼び出し、そこから槍斧ハルバードを生成する。

 そして、後ろを見ずに片手で槍斧を振るった。



…………………闖入者か



 もし、顔があり口があったならば、そう言っていただろう。そういう言葉を込めた視線を槍斧を振るった相手へと向け、その身体から黒い霧を立ち上らせる。



「「GURURURURURURU………」」



 闖入者――――即ち【モンスター】ではない何か。


 それは狼に似た姿をしていて、二つの頭を持っていた。


 深部に生息しているだろう【魔獣】だ。それも、深部の中でも最奥に近い地域に生息する化物。


 双頭の狼は、首無し騎士が振るった槍斧よりも後方にいた。


 その首筋には、小さな切り傷。首無し騎士の攻撃が当たった証拠である。



…………………失せろ



 首無し騎士は槍斧を構え、威嚇の体勢を取る。黒い霧も相まって、その姿は不気味で、異様な姿だった。


 しかし、双頭の狼は唸るばかりで一向に逃走しようとしない。それどころか、首無し騎士の身体を噛み付かん勢いの姿勢だ。


 首無し騎士は暫くの間、双頭の狼を見つめていたが…………双頭の狼が引く様子を見せないため、諦める事にした。



…………………愚か者が



「「GURUOOOOOOOOON!!!」」



 双頭の狼が首無し騎士へと飛び掛かる。それぞれの口に炎と雷を迸らせ、その身体に牙を突き立てんと、歯を剥き出しにする。


 しかし、首無し騎士は冷静に槍斧を縦の構え、両手で振り上げる。


 双頭の狼が左右から噛み付かんと迫る。それを、首無し騎士は一切、避けようとせずに槍斧を振り下ろした。



「「GU…RU……?」」



 一体、何が起こったのか、全く分からない。そんな顔をして、双頭の狼はその身体を真っ二つに切り裂かれた。


 身体が落ちる寸前、首無し騎士は槍斧の鎌の部分を振るう。


 鎌は正確に双頭の狼の首を刎ね、首二つと真っ二つの胴体、合わせて四等分になった死体が地面に転がった。


 長年の癖が抜けないと、嘆くように槍斧についた血糊を振るって落とす。



 『…………………』



 首無し騎士は自分が殺した魔獣への興味を失くしたのか、死体には一目もくれず、その場から歩き去った。





・・・

・・・・・

・・・・・・・





 草原から森に入る直前、俺達は【モンスター】に出くわした。


 頭部の角が刃になっている鹿みたいなやつだ。それも群れで。



「蓮司さん、どうしますか?」



 天音が俺に指示を仰いできた。しかし、その目線は鹿のモンスターを捕らえて離さない。もう両手にボウガンと大型の山刀マチェットを構えていて、行けと言えば今すぐにでも攻撃を仕掛けそうな姿勢だ。


 よし、だったら―――――この状況を利用させてもらおうか。


 俺は悪い顔で笑みを浮かべ、足元の影を俺達と鹿モンスターの群れを囲うように広げる。


 天音は俺が仕留めると思ったのだろう。前のめりになっていた姿勢を直した。


 くっくっく、いやいや天音くん。そんな姿勢を緩めちゃダメでしょ?



 影をドーム状に広げる。鹿モンスターの群れを逃がさないようにし、俺と天音を影の格子を繋げる。


 見た目は半円ドームに格子が付いてる、巨大な檻だ。


 天音がギョッとした顔でこっちを見た。



「ちょっ――――蓮司さん!?何やってるんですか!?」


「お前専用の闘技場をつくった」


「そういう事を聞いてるんじゃなくて!!」


「俺は疲れてる。お前がやれ」


「はぁ!?」


 天音は訳が分からないと、少しキレ気味に声を荒げる。


 俺は喚くわんこを落ち着かせるように、両手を前に出して待ての仕草をする。


「…………なあ、天音。俺って、けっこう働いてると思うんだ」


「はい?」

 

「魔獣の群れを半壊させて、お前たちを鍛えて、それで深部に行くためにお前を鍛えて――――――それから深部に突入してからもお前を鍛えて、それであの異形の獣バケモノを倒すのに切り札の一つを使って………なあ、天音、俺って働き過ぎじゃね?」


「それ、殆ど僕が疲れてるやつですよね!?」


 聞き分けのない子供に呆れるように、俺は大げさに肩を竦めて首を振る。


 ふ~、やれやれだぜ。


 天音の額に青筋が浮かぶ。今にも爆発寸前だ。


 やべ、ちょっと遊び過ぎたかも。


「まあ、聞けって天音。お前は【ダンジョン】に入った事がない。それと同時に【モンスター】との戦闘経験もない」


「………つまり?」


 天音が冷や汗をたら~りと流した。


 俺はにっこりと微笑んだ。


「お前、一人で〝鹿モンスターの群れあれ〟倒してこい」


「だと思ったよこんちくしょう!!」


 天音がちょっと涙目になって、目の前を振り向いた。


 そして、やけくそ気味に〝魔弾〟を鹿モンスターの群れの一体に放つ。


「あ、一応教えとくぞー。モンスターは死んでからも暫く死体が残るから。それと、多分だけどそのモンスター――――――」


 黒緑に輝く矢が、鹿モンスターの群れの一体の頭部を、正確に射抜いた。


 即死だろう。


 そして、群れの仲間が殺された瞬間―――――鹿モンスターの群れの目が、一斉に赤く輝いた。


「仲間を殺されてキレると、豹変するから」


 鹿モンスターの肉体が膨れ上がり、めきめきとその身体を変異させていく。


 変異が完了した時、鹿の面影はなく……………人型の刃状の枝角を持つ、ミノタウロスみたいな姿になっていた。


 なお、体調は三メートルを超えてる模様。


 変異したモンスターの群れの体調に合わせて、影の檻を拡張しておく。


 天音は涙目で大量の冷や汗を流して、キレ気味に叫んだ。


「それ早く行ってよぉぉぉぉぉ!!?」


「「「「ブルオオオオオオオオ!!!」」」」


「う、うおおおおお!!こうなったらヤケクソだぁぁぁぁぁ!!」



 天音が全身を黒緑のオーラに身を包み、咆哮を上げるモンスターの群れに特攻していった。

 頑張れ、天音。骨を拾ってやるから。


「あんたやっぱり鬼畜だよっ!?」



 …………そうかな?

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