第34話 それは夢のように信じられず、現実というには幻想だった

 水の滴る洞窟のような遺跡の中を歩き、俺と天音はさして警戒などせず、に辿り着いた。


 終始、俺達は無言であったが、天音は遺跡の中が思ったより構造物には見えない洞窟のような様相であったことに、驚きを隠せないでいた。


 遺跡の洞窟の奥地、石壁に埋め込まれたように存在する〝門〟。


 今までで一番の違和感の象徴のような気配を放つ〝門〟は、文字通りの異界への扉を開くもの。



――――――そう【ダンジョン】と呼ばれる異界への入り口である。



「これが、【ダンジョン】への門…………」


 天音は恐らく初めて見るのだろう。間抜けな顔をして口を開けている。だが、無理もあるまい。これを初めて見たものは殆どが天音のような反応をする。


 俺も最初はそうだったからな。


 ……………だが。



 やはり何度見ても変わらない。【ダンジョン】の門は同じ者が作ったのか、その全てが似たようなデザインをしている。

 しかし、微妙に細部の装飾が異なるのだ。


 例えば、今目の前にある〝門〟はこうだ。


 蔓が這っているような装飾と、上部には森を模した意匠が施されたレリーフがはめ込まれている。


 一見して、素晴らしい芸術作品だと言えるだろう。



 それでも、俺はどうしようもなくこの〝門〟への違和感が拭えない。


 まるで、そこに在るのに無いような……………奇妙な感覚を抱かされる。



 三年の歳月が経って、人の入り込む余地などないこの遺跡の中にありながら、この門には



 俺自身、この感覚に疑問を抱いている。何故なら、あの日に起こった全てが非現実的であり、それから人間は超常の異能の力に目覚めたこと事態、違和感というか違和感の塊だ。


 この世界が地球とは別の異世界と言われても、衝撃は受けるが信じる気持ちはある。


 なのに…………いや、考えるのは止そう。どうせ、三年の月日が経った今も解明されていない事が数多くあるんだ。



 それに、今は鞠火を救う事が先決であり、最上位に優先すべき事項だ。


 俺は天音の頭を軽く叩く。



「行くぞ」


 天音は俺の顔を真っすぐ見つめて、力強く頷いた。



「はい!」



 そして、俺達は異界へと通じる扉を開けた――――――。






◆◆◆






 扉を開けた時、一陣の風が吹いた。風は俺達の髪を揺らし、草木の匂いを運んでくる。


 〝門〟を開けた時、その先には緑いっぱいの光景が広がっていた。


「ふぁ………!」


 天音は変な声を出して、その光景に見入っている。


 無理もない。誰しも、この光景を見ればそうなる。



 それは一面の緑、時代を遡って人がいない頃の地球は、想像するとしたらこんなだろう。

 緑にあふれる山々、生い茂る草原と木々。


 ありえないくらいに大きな山からは、大量の水が流れ落ち、巨大な滝を形成している。


 まさしく自然の楽園。日本の外なら、こんな世界になったのだから、探せばあるだろうが…………。


 しかし、これは幻想の世界。こことは違う異界に過ぎない。



 距離的に、ここまで広大な森は日本には存在しない。

 それが扉を開けたら―――なんて、普通ありえない事だ。


 いつまでも惚けている天音の背中をわざと強く叩き、俺は先に異界への扉をくぐる。天音も慌ててついて来た。




 扉をくぐった時、奇妙な感覚に襲われる。身体が何かの膜を越えたような、全身を痺れるような衝撃が襲う。


「うっ―――――!?」


 それも微弱であるため、痒い程度の衝撃だったが、天音は初めて味わった感覚に混乱したようだ。


 口を押えて気持ち悪そうに、顔を僅かに青くしている。


「天音、気をしっかり持て。こんなの錯覚みたいなもんだ。落ち着いて深呼吸しろ」


 俺は見かねて天音にアドバイスを送る。天音は軽く頷いて、大きく息を吸って深呼吸を数度、繰り返した。


「すぅ――――はぁ~。すぅ――――はぁ~…………ふう」


「……落ち着いたか?」


「はい!ちょっと酔ったような気分ですけど……だいぶマシになりました」


「よし、なら探しに行くか。といっても、あそこに向けて目指せばいい話だがな」


 俺はに向けて指をさす。天音も俺が指さす方向へと顔を向けて、視線で追って行った。



 俺が指をさした方向――――――そこには、銀色の砂嵐が吹き荒れる所があった。


「ええええ?!蓮司さん、なんですかあれぇ!?」


 俺は少し悪戯っ子のような笑みで、天音の驚く顔を見る。こいつは驚いた時のリアクションが面白いからな。それに、教える方も何だか気持ちがいい。


 天音の年相応のこんな表情を見ていると、胸の奥で燻る焦りと苛立ち、そして不安に沈んでいた俺の心が、少しは晴れていくようだ。


「あれは、恐らく鞠火の【ギフト】によるものだ。あいつの能力も、お前に負けず劣らず怪物染みているからな。あれだけの規模で、しかも銀色の砂嵐なんて……俺は鞠火以外に心当たりがない」


「………蓮司さん。その~、五月女鞠火さんの実力って……」


「もちろん〝準英雄級〟だ。条件付きで一時的に〝英雄級〟に匹敵する実力も発揮できるな」


 天音は、なんだか複雑そうな顔で地面を見ている。


「僕の姉かもしれない人って……そんな強いの……?」


「はっはっはっは!まあ元気だせって。素の実力だったら、お前とそう大して変わりはねえよ。ただ――――――」


「ただ?」


「俺も鞠火を含めた仲間と別れて数ヵ月は経ってるからな。その間にどれだけ強くなってるかは知らんが」


「う、うううう!!」


「……(とはいえ、あまり安心できる状況でもないがな)」



 俺は草原を挟んだ森の奥で吹き荒れる、銀色の砂嵐を見て、内心では怒りが膨れ上がっていた。


「(鞠火の素の実力なら、間違いなくあの規模の砂嵐を長時間、維持できるとは思えない。なら、十中八九が出てきてる)」


 唇を噛む。自分の顔が険しくなるのを、必死で我慢する。


「(あの状態になるまで、鞠火は追い詰められたのか………糞がっ)」



 絶対に、犯人に思い知らせてやる。俺の大切な仲間に手を出す事が、どういう事なのかを。


 心中、まだ誰かも確定していない犯人への憤怒と憎悪を燃やしながら、俺は瞬時にこちらに近づいてくる強烈な気配の方向へと身体を向けた。


「蓮司さん?」


 突然の俺の奇行に、天音が疑問の声を上げる。

 しかし、そんな余裕は今の俺には無い。


「天音、絶対にそこを動くな」


「!! は、はい!!」


 俺の有無を言わさぬ指示に、天音は若干震えた声で返事をする。





――――――――来る。





 バカラッ バカラッ バカラッ



「馬の足音………?」



 森の中、いや、自然に溢れるこの異界なら何ら珍しくも何ともない。馬に似た生き物もいるだろう。

 しかし、俺が注目しているのは



 なんだ、この異様な気配は……!


 少し離れた距離であっても分かる、死者に似た冷たい空気を纏いながら、狂戦士に似た狂暴な気配。


 森の中から真っすぐにこちらを目指して近づいてくる存在。


 天音も気づいたのだろう。背中越しに強張った感情が伝わってくる。


「な、な――――――」



 瞬間、突如として気配が消えた。



 ……………いや。



 両腕に影を纏わせ、地面の影を俺と天音を覆うように広げておく。



 まるでいきなり、そこに出現したみたいに、黒い霧に覆われたは俺の眼前に現れた。


 早すぎて黒い線にしか見えない何かを、俺は両腕を交差させる事で受け止める。



「くっ!!」



 異形の獣と同等か、もしかしたらそれ以上の衝撃が俺を襲う。こいつ、なんて馬鹿力をしてやがる!?


 力づくで両腕を払う事も出来たが………この一瞬の膠着状態を利用させてもらおう。


 両腕に纏わせている影の一部を蛇のように這わせ、受け止めている棒状の何かに縛り付ける。



『!?』



 棒状の何かごしに、相手の驚愕の感情が伝わってくる。



「逃がさねえよ」



 足元の影から、無数の赤黒い腕を伸ばす。一本一本が、あの異形の獣の肉を毟り取るくらいの力を込めた影の腕だ。


 存分に味わえ。



 しかし、事態はそう俺の思い通りにいかず。棒状の何かを手放して、馬上のは後方まで逃げてしまった。


 それとほぼ同時に、俺も影で縛っていた棒状の何かを離す。


 地面に黒い霧を僅かに纏う槍斧ハルバードが落ちる。



 蔓が這っているそれに少しの意識を向けながら、俺は正体不明のが乗っていたものまでは逃がさないと、影の腕を伸ばす。



 無数の影が、黒い霧の中から何かを掴み、引き摺りだす。



『BAVOOOOOO!!?』



 掴んだものの正体は、口に牙が生え、脚に刃が生えた異形の黒馬だった。


 無数の影の腕から棘を伸ばす。異形の黒馬は痛みと苦しみに悲鳴を上げたが、すぐに影の中に取り込まれた。


 しかし、口の中から綿あめのように、一瞬で溶けて消えるような感覚が共有される。


 その事から一つの事実に気が付き、俺は舌打ちをした。



「迷宮の魔物――――――【】か。ちっ、これじゃあ肉体の強化は期待できねえな………」



 言葉とは裏腹に、深部の魔獣を喰らった時と同等の強化を感じるが、それでも喰らった馬の強さには釣り合わない強化値だ。



 両腕と言わず、全身の至る所に影を纏わせていく。


 これなら、馬を喰らった分の強化は補えるか。


 目の前から距離を取った黒い霧の塊を睨みつける。


 後ろの天音は、何時の間にか戦闘態勢に入っており、片腕にボウガンを構えていた。


 その顔には、いつでも〝魔弾〟を放つという意思が窺える。



 だからこそ、俺は天音に声をかけた。



「天音、お前は極力あいつに手を出すな」


「なっ、蓮司さん!なんで――――」


「死ぬぞ」



 僅かに俺の瞳に射抜かれて、天音は黙り込む。しかし、萎縮をしたわけではないようで、冷静な態度で頷き、構えたボウガンを下げた。


 それでも何時でも攻撃をしかけるという意思はあるようで、その戦意は落ちていない。



 それでいい。その状態なら、即死の攻撃も辛うじて避けれるだろう。



 俺は天音から意識を移し、眼前の黒い霧を纏うに意識を集中させる。


 赤黒く染まった瞳に射抜かれて、黒霧に覆われたが身震いしたような気がした。





 …………………霧が晴れていく。隠された存在が露わになる。




 露わになった存在を見て、俺は顔をしかめ、天音は思わず口元を手で覆った。



 現れたのは、僅かに霧を纏う騎士のような様相をした人型の何か。



 槍斧と同じく、蔦が全身を這っている薄汚れた黒鳶色の甲冑に身を包む誰か。



 そいつの首から上には、あるべき筈の頭が



 物語の存在、幻想の怪物たる〝デュラハン〟を想起させる姿をしている首無しの化け物は、俺を――――――というより、自身の馬が呑み込まれた影と、影から伸びる赤黒い腕の方に注目しているようだった。



「(俺よりも影の方に警戒を置くか………厄介だな)」



 あの一瞬の攻防で、あの首無しの化け物は気づいたのだろう。俺よりも影の方に警戒すべきだと。


 あいつの判断は正しい。本来、俺の戦法は自身を囮とした影からの奇襲して仕留めるというものだ。


 自分の【ギフト】の能力がそれであるが故に、俺は生身ではなく影での攻撃を多用する。



 一応、俺の方はあまり警戒していないようだが………人型と言えど、人間用の技が通用するとは、今の段階では判断できないな。



 暫くの間、こちらを警戒するようにじっと身体を向けていたそいつは、突如、全身を黒い霧に包まれて……………そのまま消えてしまった。




 数秒…………やつが消えた所を注視し、五感をフルに活用して周囲を影も利用して探る。



「どうだ、天音」



 後ろにいる天音に声をかける。天音は目を閉じて耳を澄ませるようにして、周囲の気配を探っている。


「――――――はい、大丈夫です。あいつの気配は、少なくとも半径200メートル圏内にはいません」


「そうか……」



 俺達はやっと警戒を解く。



 俺は自分の過去を探り、この【ダンジョン】に来た時の事を思い出す。



「以前、ここに来た時はあの【モンスター】はいなかった。だったら、その間に新しく生まれた存在か………?」


 顎に手をやり、俺はあの首無しの【モンスター】の正体について思案する。


 いや、もしかしたら【魔獣】かもしれないが………ここら辺であんな姿形と種類の魔獣は見た事ないしな。



「うわっ!?」



 天音の驚いた声が聞こえる。俺は思考を止めて、その方向へと顔を向けた。



「どうしたー?」


「蓮司さん!変ですよあの槍斧ハルバード!?触ろうとしたら急に霧みたいに消えちゃったんですよ!!」



――――――確定だ。



 いや、そもそも考察する必要も無かったか。天音から首無しの化け物が使っていた槍斧の反応を聞いて、俺は確信した。



「全く……………どれだけ邪魔されれば気が済むんだよ」


「蓮司さん?槍斧が消えた理由について何か知っているんですか?」


「ああ、それについては歩きながら話す。取り敢えずここから離れよう。いつ、あの首無しの化け物が襲ってくるか分からないからな」


「確かに、そうですね…………ここに居続けるのも危険か……」



 内心、俺は異形の獣を生み出したであろう存在の事を考えていた。


 もし、あいつの関与の原因で首無し騎士あれが生まれたのなら…………状態にならなきゃいけない場面がくるだろうな。



 覚悟はしっかり決めておこう。今回は、誰も止めてくれる存在なんていないんだから。



「(使わない事に越した事はないんだけどな………)」






 しかし、俺はその後に思い知る。



 絶対的に不可能な状況に陥った時、俺は躊躇いなくを使う。



 近い内に、一つの嵐が巻き起こる事を予感して、俺と天音は銀色の砂嵐を目指して歩き始めた――――――。



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