第31話 本領発揮、蓮司の本気

 影を伸ばし、森の中を一気に抜けていく。途中から背中の天音が黙ってしまったが、生憎こちらに余裕は無いので気にしない事にした。


 今も後ろから異様な気配がどんどん近づいてきている事を感じ、額から冷や汗が零れ落ちる。

 正直に言って、あの化け物には既視感があった。魔獣の範疇を越えて、周囲の木々も吸収して自身を強化していく。

 結果は違えど、俺も似たような事をやっているので、それは理解できる。


 しかし、あの化け物は吸収して強化する度に異形化が促進している。頭の中を記憶が駆け巡る。


 不気味な笑い声を上げて、異形の軍勢を従えていたあいつ………。


 どうにも、【朝日之宮】に来てからの一連の出来事が、あいつの仕業に思えてならない。自分は動かず誰かを利用する手口、そして――――――俺に近しい存在に手を出した事。


 この二つを知った時点で、俺は半ば確信すらしていた。その上で、俺は今まで協力してあいつの事を探り、あいつが手を出した仲間がいないか確かめていたんだが……………当たって欲しくなかったよ。


 森を抜ける。異様な気配を放っていた動く樹共も、今は静かだ。


 森を抜けて辿り着いたのは深部の中心、ダンジョンへの扉がある遺跡がある最奥の近くだ。


 そこは、不自然に木々が存在しない、真っ平らな平地だった。しかし、そこかしこに朽ちた魔獣の死骸や、動く樹の残骸が転がっている。


 以前、来た時の光景と変わらない景色に、俺は何とも言えない気持ちでため息を吐く。


 そして――――――――――俺らを狙って襲い掛かる触手を、大きく跳躍して避けた。


 木々を薙ぎ倒しながら、はゆっくりと現れた。



「VULYFP(&PVYP(YF&FD%SD%R$OSX'RXLS'XTU+CTUHB})'FY*(C+UT(XTUC+X(TCV*uvbu:9VU')`:vbuY)`Vfy6cvyF&cv;y)`6dRIAS%EIDY:y80hniu[0nUvuj:obujo:]bNI{G*fgvfy;6xrfz78lxcvyhbuj」



 周囲に硫黄に似た異臭を放ちながら、それは声とも言えない言葉を発して、触手を振り回して歩いてくる。


 狼に似た魔獣、その姿を辛うじて残した肉体。


 一度潰れて、筋線維が太くなったようなピンク色の筋肉が露出した足。そう形容するしかない四本の足で身体を支えている。


 無数の瞼を開き、ギョロリと目玉が動いてこちらを見る。


 そのうちの二つの目は、どこか無機質な輝きを宿していた。


 不気味な触手が身体中を這いずり回り、取り込んできた魔獣の手足や口、尻尾などの身体の一部が、内側から生えてきたように存在している。


 あまりにもグロテスクな身体。常人なら見るのも耐え切れずに吐くか、それとも発狂するかの如く、その異形は冒涜的だった。


 こきこきと、顎の骨がずれるような音を鳴らして、異形は頭を震わせる。


「JB+IYPFJOLBU}`>@:lP]]]K-((TOD&)TYOVUGHB9う8…………」


 何かを探し求めるように、身体から生えた触手が空を切る。


 哀れだった。ひたすらに、その異形は哀れだった。利用され、その身体を弄ばれた魔獣だったであろう異形の獣を救うには、やつを殺すしかない。


 恐らく、あいつはこの異形の獣で俺を殺せるとは思っていないだろう。狙いは天音か、それとも単なる時間稼ぎか。


 その目的が分からない以上、今はこいつを終わらせるしかない。


 俺は背中から天音を降ろす。そして、ここから離れて、隠れるように言った。

 天音も理解していた。この場において自分は、足手纏いにすらならないのだと。


 俺に顔を真っすぐと見据え、天音は静かに頷いた。


 一応、影を天音に憑けておく。万が一があったら困るからな。


「………さて、」


 天音が遠くの方まで行って隠れた事を、影を通して確認し、俺は抑えていたものを解き放った。



 影が広がる。


 影が蠢く。


 暴れ出す影、その全てを制御する。


 自分の目が、赤黒くなっている事を自覚して、俺は両手を掲げて異形の獣の無機質な一対の瞳を見据えた。


「やろうか」





・・・

・・・・・

・・・・・・・





 先手は俺の攻撃からだった。


 足元の影を異形の獣まで伸ばし―――――――特大の棘を異形の獣の腹に向けて放つ。


 これで決まれば、楽に終わるんだが…………そんな簡単にやられるようじゃ、俺の足止めなんて出来ないよな。


 異形の獣は、攻撃を察知して影から飛び退く。遅れて影から放たれた棘が、異形の獣の触手の一つを掠らせる。


 しかし、血は飛び出ない。まるで木の皮を削ったような感触だった。


「(なるほど、吸収した樹はそこに行ってるのか。なら――――)」


 地面に手をつく。触れた地面から影が水のように広がる。


「これでどうだ?」


 影の泉から、赤黒い蛇が数匹、飛び出てくる。


 蛇は口を開き、牙を剥き出しにして触手に向けて喰らい付いていった。


「VUCTKCLOFYULPYF')+'P!!」


 異形の獣が叫ぶ。叫びに応じて、うねうねと動いていた触手が突如として静止し、俺の蛇に向かって巻き付いた。


 かかった。


 その蛇は生き物じゃない。俺の影、俺の肉体の一部だ。


 影は無形。意識して形を整えているに過ぎない。蛇の形をほどく。


 蛇は瞬時にスライムのように形を変えた。


 触手が解けた影を捕らえられず、水を切るように影をすり抜ける。


 すり抜けた触手が俺に狙いを変えて、攻撃を仕掛けようとしている。その予兆を触手に触れている影を通して感じ取り、影をスライム状にして触手を呑み込む。


「CTLVYFP(YDTCVYFD%T'CFODTC!!!??!!?!?」


 異形の獣が断末魔の声を上げる。触手が影から逃れようと暴れまわる。


 そんなに俺の影に集中していいのか?こっちは既にお前の懐まで来てるぞ?


 触手に集中している異形の獣に気づかれないよう、その足元に影を伸ばし、広げる。


 俺は笑みを浮かべて、糸を操るように指を上げた。 


「貫け」


 瞬間―――――――異形の獣の足元から、無数の赤黒い棘が伸びる。


 棘は異形の獣の足、腹から背中、顔にかけて刺し貫き、傷口から血飛沫が上がる。紫の混じり、更に濁った赤黒い液体が、地面を濡らす。



「YVICXOTDCYIFD)'T(LTR)&D&O%ぐぎゃSvぎゃぎゃy%'S%R(`)G(F`')FRぐいぎぎ&'EED$W$びゃびゃばER}Y`F')`F)YY(C(PVUYシイイイイ:hセvンwjンdkmンldンvrrrrrrrrrrrr度;ひwwwF)&`FYI+UGFO(dcぬj@えwhvbん:dIG_PF*FY&(+ISLXRFYZ'KSRFXKOCT(+IFUJO_G}H)I}K}Ho@jo@hip:gbujugikph\pgouVU?Ovfujgbhupgujgbipneu:oewvjcにへcpbvc;vp*Buigbip]hinIP}GHIP}hcusiagビアcslvsvイァvsヂyvsG}Bp]gup]bup!!?!??!?!?」



 これ以上ない程の断末魔の声を、異形の獣は上げた。まるで神経を直接撫でられたような、想像を絶する拷問を受けたような叫び声だ。


 気のせいだろうか。異形の獣の叫び声に混じって、誰か人の声が聞こえたのは。



 しかし、とんでもなくでかい声だ。空気が震えて、空間が激震しているのかと耳が錯覚する。鼓膜が破れそうだ。

 ・・・・天音は大丈夫か?


 内心で天音の事を心配しながらも、俺は異形の獣に生まれた隙を見逃さない。



 異形の獣が吐血した。触手の動きが鈍る。



 半ばまで呑み込んでいた触手を、根本まで伸ばし――――――喰らう。


 根本から異形の獣の身体に、根を張るように広がっているものから触手を切り離し、触手という名の間合いを奪う。


 異形の獣は触手を喰われて、なにか声を上げるかと思ったが…………痛みに喘ぐくらいだった。



「YULFVG……………hbこv…………HVCTろlc……………IYTす(CO…ILVCOUYVC……………IUBO…………」



 その痛みに喘ぐ声にも、人の声が混じっている、いや…………紛れているように聞こえる。


 うまく聞き取れないが……………別に聞き取らなくていいか。



 止めを刺そうと、俺は異形の獣の足元の影を、更に広げる。


「これで終わり――――――!!」


 異変を感じて、俺はその場を飛び退く。攻撃が飛んできた訳じゃない。

 だが、なにか無視できないものを、異形の獣から感じた。



 無機質だった一対の瞳。それが真っすぐと俺を見据えていた。


 その瞳には、何か意思を感じた。


 俺への純粋な感情――――――殺意を。



「GHJGVVGHCGUKCGCTGUTCGCKYTCGKUGVUKGVCGUCGCK!!!!」



 さっきまでと違い、異形の獣は魔獣の鳴き声に近い咆哮を上げた。


 狂乱したような様子ではない。いたずらに暴力を振りまくしかなかった異形の獣が、はっきりと理解できる感情で咆哮を上げたのだ。


 ひたすらに俺への殺意しかない咆哮。


 純粋な殺意だけで、俺は目の前の異形の獣に飛び退かされた。


 その事実に、俺は何故か面白いと思ってしまった。



 決めた。



 本気を出すことにしよう。




 自分の右腕に力を集める。意識を深く、深く沈める。



 自分の中に在る形、それを俺は――――――糸のようにほどいた。





 心臓が強く鼓動する。



 全身が脈打つ。



 右腕が変異していく。



 それは炎のように、霧のように、靄がかっていて。



 どこまでも黒く、どこまでも暗い。



 形があるようで、なくなった奇妙な感覚。



 右腕を持ち上げる。それは、影が人の腕を形作っているようだった。



「すぅ――――――ふう…………」



 深呼吸する。静かに、しかし暴れ出しそうな力の奔流を、正確に制御し、支配する…………。



 炎のように揺らぐ、影の腕。


 霧のように纏う、影の腕。


 人とは思えぬ異形と化した右腕を握り、俺は――――――




「さて、殺すか」




 まるで人間とは思えない、感情の乗らない声で宣言し、無表情で異形の獣を見据えた。




 異形の獣の瞳が、僅かに恐怖に揺らいだのは、気のせいではないのだろう。


 それでも、異形の獣は殺意に満ちた、感情の乗った声で咆哮を上げた。



「GUUOIDTFGHJOIGHJOIHUGFSGOGPFPGOGO!!!!!」




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