第30話 狂気のそれは、確実に侵していく
《蓮司視点》
なんだろう。ある時から妙な気配を感じる。
途中から機動力を損なわないために、天音を背負う事にして森の中を進んでいたのだが………。
「なんか、妙に覚えがあるんだよなー…………」
「蓮司さん?どうかしたんですか?」
背中から天音の声が聞こえる。俺は振り向かずに返事をした。
「いや、さっきから異様な気配を感じてな。距離的にそこまで遠くないだろう所から、ちょっと気になってな」
背中で天音が目を閉じ、周囲の気配を探る様子が手に取るように分かる。
おい、人の背中を掴むな。
抗議の声を上げようとして、天音の身体が微かに震えている事に気づいて、口を噤む。
「……なんなんですか、これ………本当に生き物なんですか………こんなの、本当に化け物みたいじゃ――――――」
「!! すまん、先に謝っとく」
まずい。気づかれた。
「え、ちょ――――――うわあああ!?」
俺と天音の身体を影で縛り、固定する。
そのまま足に意識を集中し、一気に森の中を駆け抜ける。
背中で天音の短い悲鳴が聞こえたが、それはすぐに途絶える。
天音の口を影で塞いだからだ。大丈夫、鼻までは塞いでないから。
だいぶ魔獣を殺して影に取り込んだから、かなり身体能力が強化されている。それは五感も同じだ。だから気づいた。
異様な気配を放つ――――――動く樹共に似た複数の気配を纏う、深部の魔獣の存在を。
そいつははっきりと此方の方向に向けて移動している。
目指す先は――――――――――俺達だ。
「(くそっ、いつ気づかれた!?)」
確かに、身体能力が強化されたとはいえ、深部の魔獣に比べたらそれほどでもない。移動速度はあちらの方が遥かに上だ。
少し、思い当たる節があった為、安易に影の獣をあちらに向けて放てない。
俺の予想が正しければ、無駄でしかないだろうからだ。
「(しょうがない……今はなりふり構ってられねえ!)」
足元の影を伸ばす。木々を避けて伸びていく影の道に、俺は飛び乗った。
そのまま足を影に固定し、俺は影の道を波乗りの如く滑って移動する。
「
背中がうるさいが無視。今は余裕が無い。
戦う事は避けられないが、せめて場所は選ばせてもらうぞ!
後ろにどんどん近づいてくる存在をひしひしと感じながら、俺達は深部を抜けるために高速で森の中を突き抜けていった。
・・・
・・・・・
・・・・・・・
異形の獣が森の中を一心不乱に走っていた。
身体中に触手を生やし、数本の樹木のような触手が周囲の木々を薙ぎ倒し、無理矢理、道を切り開いて進んでいく。
自らの縄張りに侵入された時、魔獣は果敢に異形の獣に立ち向かった。だが、その悉くが蹂躙され、異形の獣に取り込まれていった。
動く樹共もまた、脅威を感じて動き出した。だが、魔獣と同じく魔獣に蹂躙されて、その全てが取り込まれていった。
「BILCDT(GBOU*HIYV(*GUF(P&DTULC(PYT(P'+RF)+Y&D`!!!!!!」
言語化できない、ひどいノイズがかった声を上げて、肉人形の指示に従い、異形の獣は人間の匂いと化け物の匂いが混ざった何かと、少し小さな人間の匂いの二つを追う。
既に自重を支えられなくなった四足を補うように、四足に触手が絡みつく。
いまだ魔獣の様相を保っているが故に、その姿は酷く不気味で、本能的に嫌悪と恐怖を呼び覚ます。
それはかつて魔獣であったもの。
哀れな事に、何者かの玩具と化し、その存在を作り替えられたもの。
「IXILT&D(&FOUF)D)'+F(F)'&DS%SA'%SDF(*H`Y(`D%'SXTUXUTLX&TB+JKPVUOVUOGG(GUOVO)F')F&)PD&YIFIKD>IYFVHYOF*UI(G}HIFVGHK>YFIYI>+CYDYI+(D&YI+&&YI+FG(+UO*GH(GHIO(GU('F**'GU''{GF'* T TYV{T(`VY (UV)T&CR&'(L&()Y+'T'XWX#$E&JI!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
その声に、異形の獣の感情が込められているのだろうか。もし、異形の獣と化したこの存在の、たった一つの感情を表現するのなら・・・・。
そう、ただ一言、こう称すだろう。
『殺してくれ』
異形の獣は尚も走る。狂気に吼え、苦しみに藻掻き、ひたすら己を自傷し、ただ己の周囲を喰らい、取り込み続ける。
その全ては肉人形の命令。
ある一時から己の体内の奥深くに身を潜めている、異形の獣よりも悍ましい何かの指示だ。
「……けひ、けひひひ、あきゃきゃきゃきゃ……げひゃあははぎゃっぎゃっぎゃひゃっひゃっひゃ………」
何か、吐き気を催す程の狂気の笑い声を放ちながら、肉人形は異形の獣の体内に潜み続ける。
もし、何かの間違いでないのなら……………肉人形は、何かを恐れているのだろうか。
だからこそ、異形の獣の体内の奥深くに潜んでいるのではないだろうか。
いや、それは誰にも分からないだろう。
なぜなら、この肉人形もまた、操り人形の一つなのだから。
◆◆◆
森の中を進んでいる【剣狼団】を率いるリーダー、川瀬透は笑みを抑える事に必死だった。
なぜって、愚かで哀れで凡愚なこいつらの事が愛おしくて愛おしくて堪らないからだ。
自らの駒であり、自覚のない奴隷であるこいつらの事がどうしようもなく可愛くて可愛くてしょうがないからだ。
ああ、どうしようかな?ここで本当の計画を明かそうかなァ?
真実を知った時、こいつらはどんな
ああ、ああ、ああ!!
身体の中で、感情が暴れて暴れて仕方がない!
この欲望を解放したくて溜らない!!
ああ…………………壊したい、めちゃくちゃにしたい、ぐちゃぐちゃにしたい、肉を裂きたい、皮を剥がしたい、眼球を抉りだしたい、舌を引っこ抜きたい、腸の中身が見たい、内臓を掻き混ぜたい、目の前で心臓を握りつぶしたい、自分の肉を食わせたい…………………バラバラにしてくっつけて人形遊びしたい。
想像しただけで頭が痛い、妄想が止まらない、脳が考える事をやめない。
ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああああああああああ!!!!
こいつらの色んな感情を、
貪りつくしたいィィィ…………。
「―――――おい、おい、川瀬、おい!」
はっと肩を揺らされて、思考の渦から現実に引き戻される。
「ああ、すまん。聞いてなかった、なんだ?」
「いや、なんかお前途中から笑いながら黙ってるし、全然こっちを見ないで上の空だし、なんかあったのかと心配になっちまってよ……」
言われて初めて川瀬は周囲の状況に気が付いた。メンバーの全員が、こちらを心配そうに見ている事を。
川瀬は知らず知らずの内に、歩くのを止めていたようで。
それに何かを思い、メンバーの一人が呼び掛けてくれたようだ。
「悪い悪い。これからの俺達の未来を想像したら、なんだか想像が止まらなくってよ。ついつい、やっちまった」
川瀬は少し大げさにふざけて話し、メンバーを安心させようと笑みを浮かべる。
「な、なんだ、それならいいんだけどよ」
「ははは、おいおいリーダー。ちょっとはやり過ぎだぞ?」
「まっ、しゃーねえべ。これから俺達は変わってくんだからよ!」
「おう!俺達はただのチンピラじゃなくて、ちゃんとした良い人ってやつになるんだ!」
「ははっ、楽しみでならねえよな。こんな俺達が明るい人生を歩めるんだからよ」
【剣狼団】のメンバーの誰もが、これからの自分達の未来を想像し、その顔に笑みを浮かべる。そう、彼らは信じているのだ。自分達はようやくクソッタレな人生から抜け出す。
これからは、明るい未来が待っているのだと、気楽な様子で、あるいは希望に満ちた表情で笑う。
だが、本拠地にいたメンバー、中でも穂高塁はどこか物憂げな表情で、これからの未来について疑念を抱いていた。
「(………本当に、俺達は明るい未来を歩けるのか?)」
穂高は内心、胸騒ぎがしていた。自分達は何かとんでもない事に関わってしまったのではないか?なにか、大きなものを見落としているのではないか?
本当に、【鉄火の牙】を――――――――あの雨霧を、どうにか出来るのか?
そんな不安げに顔をしかめる穂高に気づいて、川瀬が満面の笑みを浮かべて肩を抱く。
「おいおい、どうしたよ穂高。なんて顔してんだよ」
穂高は、ゆっくりと川瀬の方を振り替えり、彼の顔を見る。
「………なあ川瀬、俺達は本当にあの雨霧をどうにかできるのか?」
「はっはっはっは!何言ってんだよ、なんども話したろ?俺の計画が上手くいけば、俺達の未来は明るいさ」
「でもよ!」
「穂高」
川瀬の有無を言わさぬ声を聴いて、穂高は知らず知らずの内に下げていた顔を上げる。
そこには、真剣な表情でこちらを見る川瀬の顔があった。
「穂高、お前が心配する気落ちは分かっているつもりだ。お前が雨霧を恐れている事も。だけどな、大丈夫だよ穂高。俺達は強くなった。こんなろくでもない世界でも、ある種の暴力と力は必要だ。それがあるとないとで、出来る事は変わってくるんだ――――――――なあ、穂高。大丈夫だよ。俺達なら上手くやれる。お前はあの時みたいに一人じゃないんだぜ?」
穂高はメンバーの、仲間の顔を一人一人見回して、物憂げな表情を苦笑に変えた。
「悪い。俺、まだどこかで雨霧の事を恐れてたんだと思う。でも、お前らと一緒なら、多分………なんだってやれるよ、そんな気がする」
川瀬を含めた全員が、ニッと子どものような笑みを浮かべる。
そして、全員で一斉に穂高の頭を撫でたり、肩を叩いたり、思い思いに慰めようと励まそうと駆け寄った。
その仲間同士でじゃれ合う姿、この殺伐とした世界の中でも濃密な死の気配が漂う【深部】の中とは思えない程に暖かった。
その光景は、友情という名の絆で結ばれた者達の尊い姿なのだろう。
だからこそ、その者のふと一瞬だけ浮かべた表情は、とても浮いていた。浮いていたからこそ、そして、一瞬だけの光景だったからこそ、誰も気づかなかった。
川瀬の顔が、あの肉人形と同じく無邪気で悍ましい笑みを象っていたなど、誰も気づきよう筈がなかった。
誰にも気づかれない、その内心で。
川瀬は、あの肉人形と同時に、小さく狂喜を浮かべた。
「『…………………けきゃきゃぎゃっひゃっひゃははっは………♪』」
誰にも分からず、誰にも気づかれず、それは確実に。
いや、違和感を覚える者はいても、もはや誰にも止められない。
なぜなら、既にそれは始まっているのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます