第27話 深部の喧噪、生動たる植物たち
蓮司と天音が深部に突入した時、深部の奥深く……取り分け、【ダンジョン】に近しい領域に生息している魔獣は激しく脈動した。
深部の奥深くに生息している、それ即ち人の想像を超えた怪物たちである事に他ならない。
少数ながら存在する、人語を理解する高度な知能を持った魔獣は、記憶に深く刻まれた匂いと気配を知覚し、恐怖に震えた。
殆どが本能で生きる、太古の時代にいたなら間違いなく強者だったであろう魔獣は、その暴虐たる存在感を肌で感じ取り、只々強く咆哮した。
あの化け物がまたやって来た。この森を一度は殺戮の海に沈めた怪物がやってきた。小さくとも、鋭く尖り鋭利な気配を放つ者を伴ってやってきた。
知能あるもの、本能で生きるもの、等しく全てが認識した。
やつは迎えにやって来たのだ。あの迷宮に陣取る銀砂の獣を迎えに来たのだ。
ならば我らはどうするか。
否、そもそも考えるまでもない。
縄張りを荒らす、樹共を起こす、我らを害す。
それさえ守るのならば関わる事はせんと誓う。
その誓いを破らんとするものが我らにいたのなら、そいつは勝手にさせるとしよう。どうせ死ぬのは確定だ。
死ぬのが決まっているのなら、せめて自由にさせてやろう。
それが慈悲というものだ。
我らはここで待つとしよう。我らはここで視るとしよう。
再びこの森を殺戮の海に沈めんとするのか、見極めるために。
狂気と暴食に満ちた、最も獣らしい化物がどう動くのか。
深部の奥深くに棲む魔獣の全てが、なんのまとまりも無い者共が、ただ一人の人間が来ただけで争いを止めて静かになった。
樹共は知らぬが我らは決めた。
やつが我らを害さぬ限り、我らもやつに関わらぬと。
爪牙を研がず、本能を抑えて、今は瞳を凝らすのみと。
鏡峰蓮司という男が過去、この森で起こした事件によって。
彼らは僅かながらに理性を獲得した。
それが、彼らの寿命を延ばすことになろうとは、当然、彼らも蓮司らも知らぬことであった。
◆◆◆
深部に入ってから、まだ一日と経っていない頃。
俺達は、まだ深部の奥深くには辿り着けていなかった。
今いるのは深部の中部くらいか。ここから天然物の異世界の植物も増えていく。
つまり、脅威として警戒するものに環境が本格的に加わる事になるのだ。
なるべく多くの経験を積ませるためだもあるが、想定していた時よりも深部の魔獣の動きが激しい。
【大進攻】が近くなっている証拠だ。
魔獣は俺達人間よりもよっぽど危機感知能力に優れている。たとえ遠くの方にいるとしても、その脅威を認識した上で正気でいろというのは無茶な話だ。
今も、影で生成した戦斧で異様に頭部がでかい魔獣の頭を叩き割り、死体を影に呑み込ませて自らを強化する。
さすがに素の身体能力で深部の魔獣と戦うのは愚策に過ぎる。
戦闘感を取り戻すためにも、能力に制限をかけているが、強化くらいはしないとな。天音の様子を横目で確認すると、さっそく新しく身に着けた能力を、多頭の魔獣に向けて試している。
跳躍した天音が手に握るボウガンに、どこか荒々しさを感じさせるエネルギーの奔流が矢に宿る。
天音は引き金を引いて、多頭の魔獣に向けて三本の矢を連射した。
矢の先端に丸みを帯びた黒緑の輝きが宿る。
それら三本の矢は、狙い違わず多頭の魔獣の三つの頭に三本づつ命中する。
天音が一言、呟いた。
「弾けろ」
瞬間、三本の矢が強い輝きを放ち――――――爆発した。
矢の先端に溜め込まれていたエネルギーが暴発するように、黒緑に輝く光は多頭の魔獣の頭部を蹂躙した。
不思議な事に、爆発した時のエネルギーは無差別にばら撒かれる事なく、敵対する多頭の魔獣のみに向けて放たれた。
爆発に指向性を持たせた攻撃、とでも言えばいいのか。
これが天音が手に入れた新たな力、矢に付与するエネルギーの性質変化だ。
これまでは単にエネルギーを矢の攻撃力を高める為だけに使われていたが、戦いの中で無意識に理解した事で、彼はこの力を手に入れた。
現状、イメージしやすい爆破の性質にエネルギーを変化させて、放つ矢に付与しているが、将来的には様々な性質を持った矢を扱えるようになるだろう。
手札が増えた事で、戦いやすくなったのは事実だ。天音は既に〝準英雄級〟へと足を踏み入れていた。
実力的に、天音は汎用性の高い【ギフト】を持っているためか、戦闘時の対応能力に優れている。
それが、驚異的な速度での実力向上に繋がっているのだろう。
普通はこうはいかないからな。お蔭で、次々と訓練を次にステップに進ませることが出来る。
魔獣との戦闘を終えて、俺達は一時的に休むため、森の中に自然と出来た大木の
一応、老廃物や魔獣の残骸などを含めた内部の汚れは、全て影で取り込んだため、危険はないだろう。
だが、万が一という事もある。深部の中部に入って手に入れた、鉄のように固い装甲に包まれた魔獣から採取し、作成した装甲付き毛皮のカーペットを敷いておく。魔獣は肉体のサイズが動物と比べて馬鹿でかいので、大きさには苦労しない。
これを袋状に樹の洞の出口に張り付けて、ついでに影を纏わせておけば安全だ。
一時的だが安全地帯を手に入れた俺達は、そこで今後の行動について話し合う事にした。
「天音、ここいらで休憩しよう。時間帯としては、今は夕方だ」
右手につけた、ソーラー腕時計で時間を確認し、俺は天音に提案する。
「でも、僕らには時間が無いじゃないですか!」
しかし、天音はそれが不満なようだ。急速に強くなったからか、それとも自分の肌で【大進攻】の兆候を感じ取っているのか。
今の天音はどこか焦燥感に駆られているようだった。
「天音、お前は自分で気づいていないのかもしれないが、お前が思う以上にお前の身体は疲労している」
「そんなこと――――――」
「だったら、なんでお前は背中に向けられた棘に気づいていないんだ?」
はっとして、天音が後ろを振り向く。そこには先端が丸くなっている影の棘が、天音の背中に向けられていた。
「分かったか?こんなことにも気づけないほど、お前は疲れてるんだよ。もちろん、俺もな。能力に制限をかけて命懸けの状態で戦ったから、結構ストレスが溜まってる。ここいらで休憩しとかないと、今後の戦闘に支障をきたす程の隙になる」
俺は天音の額に向けてデコピンを放つ。
「いたっ」
「驕るなよ天音。そんな状態で深部の奥深くの怪物達とやり合うには、まだまだお前は足りない。今は休む時だ。見張りは俺が用意しておくから、お前は飯食って寝てろ」
「はい………」
俺の説教を聞いて、天音は冷静になったのか。大人しく毛布に
………一応、ここから出られないように影を張り巡らせておくか。
経験は足りないとはいえ、今の天音は〝準英雄級〟に匹敵する能力を持っている。それに、目的地が近くなって気持ちが逸っているのだろう。
今回の彼の戦いは、決着を急がせるような動きだった。
(はぁ………)
内心でため息をつき、ここまで急速に強くなってしまった……強くしてしまった原因は俺にある。
自分がどれだけ身勝手な人間なのか。それは俺自身が一番分かっている。
そうだ。俺は今回の件で天音を利用している。
不足の事態が起きた時、問題なく彼が対処できるように鍛えているに過ぎない。
俺が、俺の仲間を掬うという目的のために。
そこだけは履き違えてはいけない。
―――――――――――そうでなければ
(俺は、お前を強制的に深部から追い出していただろうから)
ああ、だから嫌なんだ。誰かと一緒に行動するのは。
自分の中で矛盾した感情が、考えが次々と頭に浮かぶ。
我ながら難儀な性格だと自覚している。
だからこそ、今は天音を一時的な仲間として認識してはいけない。
彼はあくまでも協力者であり、利害が一致しただけの関係。
そう、俺は自分に言い聞かせる。
頭の中で、幼い頃の記憶が脳裏に映る。
『蓮司は自分勝手で独り善がりで、人間嫌いのひねくれた性格だけど………優しい事には、変わりないんだよ?それを忘れてはいけないよ。君は私の可愛い子供なんだから――――――――――――』
ああ、分かっているさ。自分がどういう人間なのか。よく理解している。
自分が優しさを向けたものに、どれだけ自分勝手になるのかくらい。
(そんなの、とっくに分かってるんだよ………)
影から生み出した見張りの怪物を数体、配置に就かせて。
抗えない眠気に、身を委ねた。
そして、その日の俺達の行動は終わりを告げる。
翌日、その日に起きるまで。
俺達は暫しの休息を、味わって眠りについた。
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