第26話 知れば知るほど思い知る、憧れた人との圧倒的な差

《早乙女視点》


 ふと、僕は思った。目の前の人は、どれだけ怪物染みているのか、と。


 夜中、蓮司さんと話している時、蓮司さんから僕の戦い方にはまだ粗があると言われた。外から戦闘を見ていると、どこかギリギリな場面が多いと。


 確かに、それは僕自身も実感していた事だ。


 単独戦闘での経験が足りない事もあるだろうが、如何せん僕は未知を恐れすぎている。


 この世界に存在する魔獣の殆どは、未だ解明されていない謎の塊であり、未知の存在だ。

 当然、その対処法は実戦で組み上げていくしかない事が多い。

 似通った魔獣もいるにはいるが、能力が異なるため、僕は苦戦する事が多く、何度も危ない場面に陥りかけた。


 そうした場面になっても、蓮司さんは助けてくれない。この程度の苦境を乗り越えなければ、到底、深部になど何年かかっても挑めない。


 なんども苦戦し、魔獣との戦いで死にかける事が続いた時、僕は蓮司さんから一つのアドバイスを貰った。



『敵の動きを、全体の流れを観察して、見極めろ。ただただ、相手が何がしたくて、何を嫌がってるのかを追求しろ』


『それが、格上の相手との戦いでも生き残るための足掻き方であり、実戦で心に余裕をつくるための第一歩だ』



 理屈は分かるが、それを綱渡りの実戦で実行してみろと言うのだから、本当に蓮司さんは鬼畜だ。鬼教官だ。

 格上との戦いは常に命懸けで、全ての行動が自分の責任であり、一度の失敗が死に繋がる。

 それが僕にどれだけの緊張とストレスを与えるのか。


 だが、蓮司さんはこれを世界が崩壊したあの日からやって生き抜いてきたんだと。それを聞いてしまっては、絶対に成功させなければならない。


 彼と付き合うようになってから分かった事だが、案外、僕は負けず嫌いらしい。





・・・

・・・・・

・・・・・・・





 蓮司さんの話を聞いていると、なんでここまで生きてこれたのか、心底不思議に思える。


 世界が終わったあの日、能力を自覚する以前の彼は、そこら中に落ちている物を利用して魔獣と渡り合ったのだ。


 ナイフ、バール、ハンマー、瓦礫、ガラスの破片、砂………etc。


 とにかく利用できるものは、使えるものは何でも使って生きてきたのだと。

 周囲に生きている人間はいなかったから、一人で異世界の化け物と渡り合ってきたこの人は……素直に尊敬に値すると思える。


 能力を自覚してからも、彼の日常は血生臭く、泥臭い駆け引きの連続だった。


 その時はまだ扱える影は少なかったし、上手く扱えなかったから、別に何も変わらなかったという。


 狼通りに生息する、普通の狼と同じくらいの体躯の魔獣。

 今では【ギフト】がなくても瞬殺できる相手だが、その時の蓮司さんはそんな魔獣にさえ殺されかかるほどに弱かったのだと。



 ただ、普通の狼より身体能力が高いだけの魔獣。そんな雑魚にさえ勝てない程に、蓮司さんは弱かった。


 語る時の蓮司さんの無機質な目が全てを物語っていた。


 そして、【ギフト】という能力が無かったら、人間はとっくに絶滅していただろう、と………彼は決まってそう言った。


 僕はその時、初めて自分が戦える【ギフト】を得た事に感謝した。



 三年間、彼は仲間と共に戦う事もあったが、それでも一人で戦う事の方が多かったそうだ。


 彼自身、あまり人と関わる事を嫌っているような気質が見えたから、僕は自然とそうなんだろうなと納得していた。



 深部に入る直前、彼は突然、能力を使わないで戦う方法を見せると、そう言った。蓮司さんの【ギフト】はある種の暴力と言える強さだが、それを最低限、影から生成した武器のみで戦ってみせると、そう言ったのだ。


 頭の中で冷静な自分が「無理だ、不可能だ」と言っていた。

 それでも、そういう感情とか合理とかを抜きにして。

 僕は、彼ならできるだろうなと、そう理由もなく納得していた。



 木の上で隠れて、そこから蓮司さんの戦いを見て、絶句した。

 本当に、人間の動きなのかと思った。


 能力で身体能力を強化した自分よりも遅く、本当に戦闘系【ギフト】を持たない人間の身体能力だと思った。


 だが、暫く見ていて、そう考えた少し前の自分を殴りたくなった。


 限界以上まで鍛えられた人間の身体。それを完璧に支配して、動いている。

 自分の身体を完全に理解していなければ出来ない動きの数々。

 そこには、まるで無駄というものが存在しなかった。


 戦略、経験から裏打ちされたものもあろうが、最初の蓮司さんの動きは完全に初見の魔獣を相手にした時のものだった。


 慎重に、相手の動きを見極める。


 彼は実戦で自分の考えを証明してみせたのだ。



 理解を終えたのか、魔獣への積極的な攻撃に移ってからは、本当にあっという間だった。

 気づいた時には巨大な魔獣の胴体から激しい血飛沫が上がり、

 三つ目の魔獣の片割れが瞬時に無力化された。


 魔獣たちの連携が崩れた瞬間、彼の攻撃は魔獣の命を次々と刈り取っていった。




 これが、鏡峰蓮司。


 これが、梶さんが一目置く存在。



 梶さんは明言していなかったけど、これまでの彼の戦い、そして目の前で披露された戦闘。


 それを目の当たりにした僕には、確信できる考えがあった。




 彼、鏡峰蓮司は――――――〝英雄〟と呼ばれる実力者の一人だ。




 彼は確かに、人間でありながら強大な魔獣を容易く刈り取る、怪物達の一人なのだ。



 一体、僕は辿り着けるのだろうか。彼の領域まで、自分の実力を高める事ができるのだろうか。


 守りたいものを守るために、明確な〝力〟が必要だ。



 圧倒的な、力が。



 僕は一つの決意を固めた。



 強くなろう。あの人を越えるような、強い存在になろう。



 そうして、僕は深部の奥深く―――――――――――




 自らが求める答えを持っているだろう、あの人のいる場所へ




 深き森の向こうの迷宮へと




 その瞳を輝かせた。

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