第25話 変則ではなく堅実な戦い方

 深部に入る前の戦闘、それを終えて天音の訓練を終了し、その日は休んで翌日に深部に突入する事にした。

 天音が倒した魔獣は思いのほか旨く、良い具合に天音のモチベーションを高く保持してくれた。

 しかし、最大の功労はやはり魔獣の長から採れた素材だろう。


 毛皮は保温性に優れていて、対靭性、耐久力に優れている。面白いことに、それぞれによって耐性が異なる事も判明した。

 僅かに赤いラインが入った魔獣の毛皮は、耐熱性と燃えにくい性質を持ち、逆に緑のラインが入った魔獣の毛皮は、耐寒性と一定以下の衝撃を無効化させる性質を持っていた。


 一部を切り取って色々と試してみた結果、遊び感覚でやっていたのだが、これは嬉しい誤算だった。


 虫型の魔獣から採取した糸を天音が持っていたので、軽く毛皮を縫い合わせて、マントのようにする。


 なんで魔獣の糸を持ってたのかを聞くと、狩猟や戦闘時に選択肢が広がるからだそう。

 特に、拠点に侵入してきた賊を捕らえる時や、敵の拠点に罠を仕込むのに便利なのだとか。

 お前はどこぞの野伏のぶしか。


 しかし、確かに魔獣の糸は下手なワイヤーよりも便利な代物だ。限界まで細くしても頑丈で切れにくいし、物によっては衣服にも活用できる。


 俺は裁縫もできるように両親から叩き込まれていたので、その辺か軽くこなせる。針がなくても影で生成すればいいので、特に道具を持ち歩く必要もない。


 なぜか、解体してる時にも感じられた視線を天音から向けられたが、気にしない事にした。


 一人旅が長いので、こういうサバイバル系の技能は豊富なので、なにも苦労することなく生きていける。


 それを話したら、天音から「あんたはどこまで完璧超人なんですか……」と、頭を抱えながら言われた。

 解せぬ。

 俺は器用なだけで完璧でも超人でもないのに。


 むしろ俺からしたら、能力を自覚しただけである程度、自分の能力を使いこなせるようになり、更に命懸けの戦闘を数回こなしただけで、単独での戦闘を得意と言えるまで出来るようになったお前の方が呆れるわ。

 この才能センスの塊が。


 それを言ったら、天音から「あんたの鬼畜指導のお蔭だよ!!」と怒るように怒鳴られた。

 おいおい、褒めるのはよせよ。照れる。




 ………まあ、何はともあれ。速足での訓練をすることで、天音は深部でも通用する実力を身に着ける事ができた。

 これなら最悪、俺がいなくても深部から一人で生還できるだろう。

 一通りのサバイバル技能は備えているようだし。大丈夫だ。


 そうして、俺達は夜明けと共に深部の最奥に存在する【ダンジョン】を目指して、深部に入っていった。





・・・

・・・・・

・・・・・・・





 

 都心の中にあるというのに、そこは何百年も経ったかのように、自然に包まれていた。力強く聳え立つ木々は、少しでも多くの光を浴びようと、上へ上へと伸びている。両腕から指先まで、限界まで伸ばすように、枝葉は天上を覆いつくす。


 そうして出来上がった森は、夜明けを迎えたというのに夜中の如く薄暗く。

 足元には陰性の植物が生え渡り、特に苔が露出した根から幹まで茂っている。


 ここはある種の幻想にして現実。


 真に人が文明を築く以前の太古の時代を体現していた。


 俺も初めてここに来た時は、まるで自分がタイムスリップしたかのような気分になった。


 ………遭遇するのは恐竜じゃなくて、狼に似た魔獣だけどな。


「ここが………〝深部〟………」


 天音から聞いてはいたが、本当に深部に入るのは初めてなんだな。

 少年みたいな顔で目を輝かせて、冒険家のような気分なのか、足元の匂いを嗅いだり、苔を手に取って指で磨り潰してみたり。

 まるで獲物を見定めるような鋭い眼差しで、魔獣の足跡を観察していたり……。


 うん、あれ完全に狩人の目だ。


「まるで別世界ですね。本当に日本なのか疑わしくなってきましたよ」


「まあな。深部はある意味、こことは違う別世界だ。あの日を境にこの世界にやってきた謎の建造物と植物群の中心地の一つ。それが狼通りの深部の正体だ」


「つまり、ここにある植物は異世界のものってことですか?」


「どうだかな~………あの日から三年は経ってるからな。深部の中でも浅いここは、地球の植物と混じり合って純粋な天然物とは言えないからな」


「これで天然物じゃないんですか!?僕の目には、全く新しい植物に見えます」


 天音が周囲の木々、植物を見渡す。

 俺は一つの樹を叩いて、これらが天然物でないことを天音に説明する。


「こいつらはからな」


「え?」


「深部の植物、というか樹の一つ一つは、文字通り意思を持っていてな。栄養が足りなくなるか、攻撃されるかで、土から這い出て動き回るんだ。タコみたいにな。狼通りの深部はこれが厄介でな。浅い所だと魔獣のみ相手すればいいが、中心部に近づくに連れて周囲の環境とも戦う事になる」


 言っても分からない事が多そうだが、出来る限り分かりやすく説明する。

 俺の説明を聞いた天音は思考が追い付いていないのか、どこか上の空に似た様子だったが、無視して説明を続ける。


「ここから先は天然物がまばらに存在するだけだから、最低でも一体だけだ。相手をする必要も、周囲の環境を警戒する必要もあまりない。だが、最深部となると、最悪、自分の周囲の全てが動く植物だったりする」


 ようやく思考が追い付いたのだろう。

 実際に最深部で周囲の全てが〝動く植物〟だったら……………それは、魔獣を相手取る方が楽に思える光景だ。

 その光景を想像しているのか、天音はサーっと血の気が引いた顔をしていた。


「理解できたか?これが深部の恐ろしさだ。魔獣だけでなく、自分の周囲の全てが敵。まさに魔境さ」


 俺は恐ろしさを強調させるように、わざと凶悪な顔を意識して笑う。


「さて、どうする天音?今なら引き返せるぞ?」


 答えは確信しているが、俺はあえて天音に問いかける。


「…………見縊みくびらないでください。僕は、自分の意思でここにいるんです。だから―――――――――」


 不適な笑みを浮かべて、猛禽類のような鋭い眼差しが俺を射抜く。


「こんなところで引き返すなんて、あり得ないです」


 俺はニヤリと笑って、拳を天音に突き出す。天音も不適な笑みのまま、俺の拳に自分の拳を合わせた。


「行くか」


「はい」


 そして、俺達は暗闇の広がる視界の奥の、その向こう側を目指して歩き始めた。






◆◆◆






 眼前に迫る魔獣の爪を、紙一重で避ける。更に、相手の力を利用して影で生成したショートソードを逆手に持って健を切り裂く。


 苦悶の声を上げながらも、魔獣は残ったで着地する。

 そのまま追撃をしたい所だが、後ろ脚で蹴られるのを防ぐために横に飛んで体制を立て直す。


 今の俺の武器は、このショートソード一本と、腰に差している投擲用の短剣が左右に三本ずつのみ。


 敵の魔獣は三体。


 足の健を一つ切り裂いた六本足の魔獣が一体。

 額に第三の目がある魔獣が二体。


 いずれも狼に似た姿をした魔獣だ。


 三つ目の魔獣の体躯は、鬱屈とした森林で機動力を確保するためか、少し大きな馬くらいの大きさだ。

 しかし、六本足の魔獣は違う。その体躯は、俺の背を優に二倍はあろうかという大きさで、ワニのように長い顎を持っている。


 機動力の高さと、足の多さにモノを言わせた速力で翻弄し、隙あらばその長い顎で喰らいつく…………といったところか。



 まあ、身体的な能力はこの森でも普通の部類だ。大して珍しくも何ともない。


 ただ……たかだかショートソード一本でどうにかなる相手でもないな。


 こいつ一体だけなら、全部の足の健を斬って嬲り殺しにすればいいが、そうするには二体の魔獣は邪魔だ。


 さっき、片割れの魔獣の尻尾を斬ろうとした瞬間、極力、音を立てないようにして気配を殺していたのに………あいつは後ろに向けて足を蹴り上げるように攻撃してきた。


 その時、もう片方の魔獣が俺の方を見ていたので、まあ十中八九、能力はお互いの視界の共有だろう。


 額の瞳で収めた視界を共有して、俺の奇襲に気づいたって所だろう。


 過去、そういう魔獣と戦った経験があるだけに、その厄介さが滲み出る。


 立ち回りを意識して戦闘を行おうにも、六本足の魔獣が絶えず邪魔をしてどちらか一方の魔獣の視界に入らせるように動き回り。

 二体の魔獣は視界の共有によって俺の行動を監視しつつ、もう片方が奇襲を仕掛ける。


 考えるだけで嫌になる。だから深部の魔獣は嫌なんだ。

 高い知能を活かして、自分の能力を最大限、活かせる戦略を立てて実行してくる。まじで怠い。

 戦闘になった時点で、こいつらは俺を逃がす気はないだろうし………かといって今は、天音に深部の魔獣との戦い方を見せるために、縛りプレイをしなければならない。


 う~ん、悩ましい。


 ぶっちゃけ、【ギフト】を使えばこんなやつら瞬殺できるんだが………。



 最近は楽な戦闘しかしてこなかったから、感が鈍ってるな。


 ここらで、鈍った戦闘感を研ぐのも悪くない、か。



「ふぅ~~~………」



 息を吐き出し、ゆっくりと息を吸って肺に空気を送り込む。

 頭の中で、スイッチが切り替わるイメージをする。



――――――――――カチッ



 瞬間、俺は自分の思考が急速に冷えていくのを感じた。



 今も二体の三つ目の魔獣は俺を少し遠巻きに監視し、俺を中心にして陣形を組み立てるように、俺の周囲を六本足の魔獣が駆け回る。



 鼓動でリズムを整える。



 1――――………2――――………3―――――………



 今!



 俺は背後を振り向いて、身体を捩じるように駆動させて、六本足の魔獣の横っ腹にショートソードを突き刺す。



「GURURURURURO!!?」



 口の中で舌を巻いて出すような悲鳴を上げて、六本足の魔獣が飛び退く。

 俺は飛び退く時の力も利用して、単なる腕力も併せて肉を抉るように引き抜く。

 紫の混じった赤黒い血液が、勢いよく傷口から噴射される。


 俺はそれを手で掬って、生暖かい血液を三つ目の魔獣の片割れに投げつける。

 ついでに腰から短剣を引き抜いて、血液より遅れて当たるようにタイミングをずらして投げる。


 今、二体の魔獣は視界に俺を入れていない。

 一方は六本足の魔獣の巨体が邪魔をして視界を塞ぎ、俺が何をしているのか見えていない。


 つまり――――――――――



「GYAAAA!?」



――――――――――やつの視界は、俺の姿を正面からしか捉えていない。



 赤黒い血液を少し被った魔獣の額の目を、短剣が貫く。

 ちなみに追い打ちとばかりに、短剣の後にもう一回、血液を掬ったもの投げつけております。


 二重、三重に仕掛けた罠に、いまや二つ目となった魔獣の残りの目を、赤黒い血液が襲う。

 痛みに悶える魔獣は、避けることも出来ず血液を喰らう。


 これで、あいつの視界は完全に奪い去った。


 素早く視界を奪われた魔獣のところまで駆けつける。

 脳天を貫くように短剣を眼球から突き刺し、追い打ちに喉をショートソードで引き裂く。


 まずは一体。



 視界が失われた事に気づいた三つ目の魔獣が、六本足の魔獣を避けて右から駆けて来る。

 視界が共有されてなければ、別にこいつらはどうとでもなる。

 ジグザグと左右を交互に移動しならがら駆けてくるが………意味ねぇよ。


 右から左へと移動する瞬間を狙って短剣を投擲。

 避けて怯んだところを、ショートソードで首を切り飛ばす。



 残りは一体。



 だが、最後の一体は俺が手を下さなくても、もうじき死ぬだろう。

 解体する暇があったら、血抜きの手間を多少は省くために放置しただろうが……。



「悪いが時間が無いんでね」



 俺は最後の一体の首を引き裂き、絶命させた。



 スイッチを切り替えて、俺はいつもの思考に戻す。



 さ~て、天音あいつはちゃんと見てたかな~っと。



 死体を全て影の中に収納し、俺は木の上に隠れて見ている天音の下に向かう。


 

 俺が魔獣を倒した時間は――――――僅か数分の出来事だった。


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