第24話 深部突入、前哨戦

 あれから二日が経った。文字通りの死に物狂いの戦闘を繰り返した事で、天音の実力は着実に向上していった。

 激しい動きをしながら、同時に操れる魔弾の数は最大で四つまで増え、魔弾の操作にのみ集中すれば最大で八つまで操れるようになっていた。


 深部に生息してもおかしくない魔獣との単独戦闘を繰り返し行わせた事が、功を奏したのか…………彼は格上との戦闘が最も得意となっていた。


 今も、彼は複数の魔獣の群れと戦っていた。


 二体の魔獣が率いる、人間で言うなら連合のような少し規模の大きな群れ。


 その中の数体は群れの長を含めて、天音の格上だ。

 それぞれが大の大人を丸呑みにできる程の体躯で、どう見ても単独で戦いに挑むのは無謀だ。普通なら、結果は目に見えている。


 ………そう、普通なら。


「GYAAA!!?」


 二体の魔獣を黒緑の輝きが貫く。的確に急所を貫かれた二体の魔獣は、暫くの間、痛みに喘ぎ痙攣していたが直に絶命。


 残りの魔獣は長を除けば、あと六体。それでも天音にとってはまだ不利だ。

 一体の魔獣にけん制として山刀マチェットを振るい、自分を守るように背中側を交差するように二つの魔弾が通り抜ける。


 先の惨状を見ていた魔獣は、奇襲を仕掛けようとして後退し、逆に背中から最後の魔弾に頭部を貫かれて即座に絶命した。


 これで、あとは五体、いや――――――――――あと二体だ。


 魔獣よりも小さな身体を活かして、身を低くして魔獣の間を駆け回り、ついでとばかりに足の健を正確に切り裂いていく。

 機動力を奪われて隙が出来てしまった三体の魔獣を、身体が傾いたと同時に魔弾で追撃。

 頭部を貫きながら、遅れて天音に並走する二つに魔弾。


 では、残りの一つはというと……………長が奇襲を仕掛けないよう、自らの真上に魔弾を並走させていた。


 この間、僅か数分。


 天音はあっという間に魔獣の群れを壊滅に追い込んでしまった。


 残った二体の長は、僅かに戸惑ったように後退する。

 しかし、天音は魔弾で追撃を仕掛けなかった。


 正解だ。あのまま追撃を仕掛けていたら、逆にこちらがやられていた。


 後退しながらも、二体の魔獣の口腔には緑と赤の光の粒がつどっていた。

 それは、口から発射する何らかの攻撃に他ならない。

 光の色からして、緑は風、赤は炎だろうか。


 天音が以前、戦った風球と同系統の能力だろう。


 これが魔獣の恐ろしさだ。肉体的に人間に優位に立ちながら、異能、超常の力を操る。魔獣が〝魔獣〟と呼ばれる所以だ。


 さて、ここからどうするつもりなのか。


 見た感じ、あの二体の魔獣はコンビネーションが得意そうだ。

 特に示し合わせたような動作をせず、自然に互いの力を高め合う攻撃を選択したのだから。

 一方が当たらずとも、もう一方が。

 例えどちらも当たらなくても、後退させる事はできる。


 群れの長であるばかりでなく、群れ同士で連合を組んでいる事から、恐らくかなり知能が高い。


 そして、


「ちっ」


感が良い。


 天音がけん制としてではなく、仕留めるつもりで放った上空からの魔弾の強襲を、見ずに避けて自分らを強襲した魔弾を追撃したのだから。


 これで、天音は四つの内、一つの魔弾を失った。


 片割れの魔獣が天音を嘲笑うように口角を上げる。

 侮ってくれるのは、隙ができやすいので大変ありがたいのだが。


 もう片方の魔獣は侮るような視線ではなく、観察するような視線を天音に向けている。


 自分より格上の魔獣が二体。しかも、相手は連携が得意ときた。


 こんな状況、逃走の一手しか無いが、やつらが易々と逃がしてくれるとは考え難い。つまり、今ここで残りの魔獣を殲滅するしか手はない。


 天音の頬が吊り上がる。


「上等……!!」


 両手に構えたボウガンと大型の山刀を構え直す。


 自分の内に流れる力……それを必要最低限を残して、それ以外の全てをボウガンと流し込む。

 後から気づいた事だが、天音の【ギフト】は汎用性が高く、応用がきく。

 別にボウガンに力を流し込んで発射せずとも、ボウガンそのものを強化する事ができるのだ。そして、その対象は恐らく自分が触れている、もしくは身に着けているもの全て。


 服に流し込めば、下手な魔獣の攻撃も弾く鎧となり、山刀に流し込めば、岩をも切り裂く刃と化す。


 天音の【ギフト】はとことん戦闘に向いているが、その本質は遠距離攻撃にある。今のように魔獣に接近して近接戦闘する事は、彼の本領ではない。


 しかし、天音にはそれを補って余りある才能センスがある。

 彼は魔獣と戦う度に新たな戦法を自力で編み出し、それを実践する度胸もある。


 いかに連携が上手かろうと、戦闘に参加せず日和見を決め込んだのは悪手だったな。


 今、お前たちが相手取っているのは、一人の人間じゃない。

 縦横無尽に空中を駆け回る四つの魔弾と、二刀流の戦士だ。


 いかに格上だろうと、完璧に全方位を警戒でき、完全に対応できる能力は無い。

 

 数の上で負けている上に、何度も傷を負わされた二匹の手負いの獣は、


 間もなく天音にその命を刈り取られた。





・・・

・・・・・

・・・・・・・





 魔獣の死体を血抜き処理をし、解体する。毛皮には色々と使い道があるので、剥ぎ取って影の中に収納しておく。

 天音がさっき倒した二体の魔獣の長は、他とは違い皮が二重構造になっていた為、剥ぎ取りには苦労した。


 毛皮の裏にはゴムのような性質を持った皮があり、打撃に強い特性を備えていたようだ。しかし、それも天音の強化した山刀には通用しなかったようだが。


 やや赤茶けた魔獣の皮を広げて、そのゴムのような感触に天音は驚きながら限界まで伸ばしたり、一束にして振り回したりして、遊んでいた。

 天音が振り回す旅に、ビュンビュンッと音を出しながら皮が伸びる光景は自分もやってみたくなるが………自制して天音に注意を出す。


 よし、後で俺もやろっと。


「お~……」


「おいこら、遊んでないで手伝え。これ結構、大変なんだぞ……」


「あっ、すいません」


「まあ、倒したのはお前だし、俺は何もしてないから解体は俺がやるが……せめて飯の用意くらいしてくれ」


 影から生成したナイフを握り、二体目の長の毛皮を慎重に剥ぎ取りながら、天音に指示を出す。

 ………二重構造ってだけで、ここまでめんどくさいとは……面白いけど怠いな。二回も皮を剥ぎ取らなきゃいけないとは。


「は~い」


 手に持っていた赤茶けた皮を、樹の葉っぱで造った即席の置き場所に、丁寧に畳んで置いて。

 天音はさっきまで生きていた魔獣の肉を木の枝に刺して、焚火の傍の地面に枝ごと挿して焼き始める。


 肉の焼ける良い匂いが漂ってくる。

 俺と天音は涎を垂らさないよう気を付けて、自分の作業に務めた。


「蓮司さ~ん、焼けましたよ~」


「ああ、先に食べててくれ。今、内臓モツを掻き出してるところだから」


 影で生成したナイフを影に戻し、自分の両手を手袋のようにして腕まで纏わせる。生臭かったり硫黄の匂いがしたり、めっちゃ臭いけど………うん、我慢できない。口元にも影を纏わせる。

 ふ~、無いよりマシ程度だが楽になったな。


 俺はそのまま内臓を掻き出し、掻き出した内臓を影で掘った穴に放り込んでいく。


 天音は一連の俺の動きに呆れた視線を送っていたが、無視して作業に努める。


「じゃあ、先に食べてますね………いただきます!」


 両手を合わせて、枝に刺さった肉を地面から抜き取る。

 程よく焼けて肉汁が滴る魔獣の肉。焼く前に少しだけ振りかけておいた塩が、良い味を出すと信じて、天音は野生児の如くかぶり付いた。


「んぐ、んぐ………ごくんっ――――――うまぁ!!」


 天音が蕩けた顔でほわぁ………と変な声を出す。


 ちくしょぉ、聞いてるだけで美味そうじゃねぇか………!!


 たぶん、流せたら俺の目からは血涙が流れてる。

 それぐらい悔しい、喰いたい。貪りたい。

 でも作業は途中でやめられない。


 ………歯がゆい!!!


 さっさと終わらせて、俺も肉が食いたい。

 今だけは何だか共有される食欲に抗わなくても良いきがする。


 ……………………。



「天音!ちゃんと俺の分も残しとけよぉ!!」


ふぁい!ふぁふぁっふぇまふよ!!はい!分かってますよ!!


 ったく、美味そうな声で喰いながら喋りやがって………!


 ………ふー、しょうがない。奥の手を使おう。


 影の中から、同時に並列制御できる手を複数生成!


 異なる作業を並行して行って、作業時間を大幅に短縮させる!


 ふっはっはっは、三年間で鍛え上げた俺の操作能力を舐めるなよ?


「うおおおおおお!!!!」


 待ってろよ!俺の肉ぅぅぅ!!!








「……………もぐもぐ(なんか凄い技術を無駄遣いしてる)」



 少し離れた場所で、焼いた肉を食いながら、呆れたような尊敬しているような驚嘆しているような、天音のよく分からない視線が感じられたが………。


 俺は無視して作業を猛スピードで終わらせて、肉にありつくのだった。




「肉うめぇぇぇぇぇぇ!!!」



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