第23話 狼通りの深部、そこは人が開拓できなかった土地
【朝日之宮】の南正門を出た俺達は、時間を考えて移動の負担を減らすために、俺の【ギフト】で作り出した二体の影の狼――――――〝カゲロウ〟に乗って移動する事にした。
狼通りの深部を目指して、廃都市の大通りを二体の影の大狼が駆け抜けていく。
途中、遭遇した魔獣に関しては、手を出して来たものにだけ迎撃し、他は無視していく。
だが、早乙女に自分の【ギフト】を身体に覚えさせるために、俺はなるべく戦わないようにして、早乙女に魔獣を倒させていた。
幾つもの黒緑の輝きが、魔獣を貫いていく。黒緑に輝く矢の群れは、目標を貫いてもなお、次なる標的を定めて
カゲロウに跨り、淡い黒緑の輝きを宿したボウガンを構える少年。
早乙女天音は顔に玉のような汗を浮かべ、真剣な顔で黒緑の輝きを宿した矢の群れを、魔獣を見据えている。
「――――――くっ!?」
しかし、魔獣の一体が放った風球が早乙女に迫るのを視界に確認し、堪らず彼はカゲロウに指示を出し、その場から離脱した。
その途端、集中力が切れて勢いよく肺にため込んでいた空気を吐き出す。
「はぁ!―――はぁ!――――」
集中していた事が災いしたのか、早乙女は暫くの間、忘れていた呼吸を思い出し、その苦しさに喘ぐ。
早乙女の苦しみの呼応するように、ボウガンから輝きが消えて、同時に戦場を翔び回っていた矢の群れも、力を失い地面に落ちる。
それを好機と見た風球を放った魔獣が、早乙女に向けてその顎を広げて襲い掛かる。
早乙女は瞬時に腰から大型の
………頃合いだな。
早乙女に襲い掛かった魔獣の胴体を、闇を塗り固めたような杭がいくつも貫く。
胴体を貫いた杭の隙間から紫の混じった赤黒い血液が零れ、杭を伝って流れ落ちる。魔獣が吐血した。
だが、瞬時に影の膜で早乙女を覆ったため、早乙女が返り血を浴びる事はなかった。
「………ざっと、三十秒ってとこだな」
死体と化した魔獣を杭ごと影に取り込み、俺は草むらの影から姿を現す。
「蓮司さん………」
何度も呼吸をし、緊張した身体を震わせて、早乙女が俺を見上げる。
「まだ自覚して間もないとはいえ、射出した三本の魔弾を操り、ホーミングさせて魔獣を倒す。この魔弾を操る最大の時間は三十秒ってとこか。まだまだ、実践で扱える段階じゃないな」
呼吸を整えて、気持ちを落ち着かせた早乙女が悔しそうに俯く。
「すみません………」
俺は早乙女の頭に手を乗っけて慰める。
「いいさ、むしろここまで出来る方が凄い。時間をかけて鍛えていけば、それなり以上に強くなるだろうさ」
「でも………今の僕じゃ、まだ無理って事じゃないですか」
早乙女はなおも悔しそうに俯いている。
俺は頭を乱暴にガシガシと掻いて、早乙女の頭を殴る。
「痛っ!?」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、今はそれを受け入れろ。その上で自分がどれだけ出来るかを把握して、やりたい事をやれるようにるにはどうすればいいのかを考えろ。お前がやるべき事は、そうやって悔しむ事じゃないだろ?」
「……………蓮司さん、もう一回お願いします!!」
早乙女が吹っ切れた顔で立ち上がる。
俺はそれを見て、めんどくさいと思いながらも、自分が楽しんでる事に気づいて、思わず笑みを浮かべる。
「よし、じゃあ次はあれな」
意地の悪い笑みで、俺は早乙女の相手となる魔獣を指さす。
「はいっ!――――――――って、あれは流石に無理ですよ!?」
俺の指さした方向には、二階建ての家屋程の大きさの体躯をした、狼に似た魔獣が歯を剥き出しにして唸っていた。
明らかに大規模な魔獣の群れを率いていた魔獣よりも強大な魔獣の姿に、早乙女は情けない声を上げる。
当然だ。明らかに今の早乙女ではギリギリ倒せるか倒せないかくらいの魔獣を選んだのだから。
情けない声を上げるのもしょうがないだろう。
あ、参考にすると、能力を自覚させる為に早乙女と戦わせた影の獣の、だいたい二倍か三倍くらいの強さになっております。
当然、下手なコミュニティなら簡単に滅ぶし、前の二百万規模の魔獣の群れなら壊滅的ダメージを与えられるだろうな~。
そんな相手をご指名させていただきました。
「蓮司さん!死にます、絶対に死んじゃいますってぇぇぇ!?」
そんな魔獣に早乙女はカゲロウにしがみついて必死に逃げ回っている。
「早乙女………獅子は生まれたばかりの子を谷底に突き落とすもんだ」
「これじゃぁ谷底に突き落とすどころか、追い打ちに落石まで落とされるくらいの過酷さですよぉぉぉぉ!?ひいい!?」
なるほど、その表現の方が正しいな。
うんうんと頷いて、俺は逃げ回る早乙女に親指を立てて、笑みを向けた。
「グッドラック」
「この鬼ぃぃぃぃ!!!」
それから、死に物狂いで逃げ回った早乙女は、新たに走りながら魔弾を二つ操る事が可能となり、更に魔弾を操りながら同時に新たな魔弾を放つという芸当もできるようになっていた。
なお、二つくらいなら制限時間なく操る事ができたそうです。
よかったね!
「よくねぇよ!!」
・・・
・・・・・
・・・・・・・
―――――――――――現在位置、狼通りの中部
カゲロウに乗って魔獣の巣を越えた俺達は、狼通りの中部まで辿り着いていた。
ここまで来ると、もはや都市の面影は殆ど無くなり、むしろ小さな林が点々としているような様相になっている。
二体のカゲロウに見張りをさせて、俺達は一時の休息に倒壊した家屋の傍で野営をすることにした。
「なあなあ、いい加減、機嫌を直してくれよ」
「………蓮司さんの訓練は、鬼畜です。鬼畜の所業ですよ」
さっきの事をまだ引きずっているのか、早乙女の声は若干、低い。
「でも、命懸けになる事で出来ることも増えただろ?」
「やり過ぎですよ!」
俺の言葉に反抗して、早乙女が今日一番の声で叫ぶ。
「………これでも一応、理由があってやってることなんだぜ?」
早乙女はふくれっ面をしながらも、俺の話に耳を傾けようとしているのか、黙って姿勢を整える。
「聞きましょう」
「【朝日之宮】がどこまで知っているのかは知らないが、俺の経験を話させてもらうが。現状、今のお前では足手纏いにもならない。圧倒的に力不足なんだよ」
「そんなこと………!」
「あるんだよ」
何もふざけていない真剣な態度の俺を見て、早乙女は押し黙る。
「お前がさっき戦った魔獣は確かに、中部ではちょっとした群れの長だろう強さだ。ここでは他の魔獣に警戒される程の実力を持っているだろう。だがな?」
見本に俺は、早乙女が戦った二階建ての家屋ほどの狼に似た魔獣を作り出す。
俺は作り出した影の狼を指さす。
「こんな程度の魔獣、はっきり言って深部ではゴロゴロいる。強者ですらない」
冗談抜きの俺の説明に、早乙女がショックを受けたように硬直した。
「深部の魔獣は、実力があるだけでなく、狡猾で頭が良い。一部では人間に匹敵する知能を獲得した魔獣もいる………当然、それは【ダンジョン】に近づく程に強さは増していく。
そして、【朝日之宮】が相手をした魔獣の群れは、殆ど浅い所に生息している魔獣だ。まあ、中部に生息している魔獣も何匹かいたが………灯歌の頼みだったからな、そうした魔獣は優先するように俺が遊撃して潰しまわった」
未だにショックから立ち直れていない早乙女に、俺は容赦なく現実を叩きつける。……酷だが、これくらいは知っておかないと、この先で生き残れるのかも怪しいしな。
「今のお前が深部に言ったら、【ダンジョン】に辿り着く前に魔獣に狩られるだろうな。早乙女、ここは一部の強者が踏破できても、その深部までは人が開拓できなかった土地の一つだ。開拓できない程に環境が変化し、強力な魔獣が棲みついてしまったからこそ、狼通りは放置されている……この意味が、お前に分かるか?」
【文明の落日】を境に文明は崩壊し、人類はこの世界の頂点ではなくなった。
三年間を経て、確かに人類は再び安住の地を奪還する事に成功した。
それでも―――――――――――奪還した土地は、極めて微々たるものだ。
日本の土地で、魔獣から奪還した土地は恐らく、3割弱と言ったところだろう。
【獅子の床】【釼龍会】【金剛城塞】【雪花団】
これら日本の四大クランによって、土地は奪還されたとしても、三年間では時間が足らな過ぎた。
それぞれのクランの本拠地は深部まで攻略し踏破した結果、開拓が可能な情報を入手する事ができた。そして、土地を開拓可能な豊富な人材があったからこそ、可能となったに過ぎない。
それ以外に関しては、手を伸ばせる程の余裕が無いというのが正しいか。
いずれにせよ、深部とはそういうものなのだ。
魔獣が生息している環境の〝深部〟とは、即ち人類を阻む最大の壁の一つなのである。
「開拓できなかった。開拓する余裕が無かった。それだけ、深部の魔獣は強力なんだよ。【朝日之宮】の戦力を見本とするなら、最低でも五倍………灯歌に匹敵する実力者―――――〝準英雄級〟が三人は必要だ………そして、今のお前はその域にすら至っていない」
早乙女が絶句する。その顔には絶望に一歩手前のような、悲痛な感情が浮かんでいた。
「お前がやるべき事はただ一つ。強くなる事だ。一先ずは〝準英雄級〟にならなきゃ話にならない」
俺に指摘された事で、早乙女は始めて認識したのだろう。自分が言った事が、深部に存在する【ダンジョン】まで行くという事が、どういう意味なのか。
正直に言えば、今の早乙女が深部に行くのは自殺行為だ。
日々、弱肉強食の食物連鎖の争いが繰り広げられる魔境で、今の早乙女が生き残れる筈がない―――――――――――絶対に。
「僕が……そんな、梶さんに匹敵するような、強さを………僕は、そこに至れるんですか………?」
迷子の子供のような涙目で、早乙女が俺を見る。
「知るか」
俺の返答に、早乙女は何を勝手に勘違いしたのか、今にも泣き出しそうに顔を歪める。
「その領域に至れるかはお前次第だろうが、俺に聞いてどうする………でもまあ、これだけは言ってやる――――――――お前には、それだけの才能がある。俺はそれを確信している」
早乙女の顔が、違う意味で歪んだ。今度はどこか嬉しそうに、救われたように。
……ちょっと脅しすぎたかな?この前、灯歌にも言われたばかりだし………。
折れたらどうしよう………そう考えた数秒前の俺を、俺は罵った。
そうだ、そうだった、こいつはこんなもんじゃ折れない馬鹿だったな。
「僕は………僕は、強くなれますか?」
早乙女の目は決意と覚悟に燃えていて、その顔は一人の戦士としてではなく、強くなろうとする男の顔をしていた。
その目を、その顔を見た時、自ずと俺の答えは決まっていた。
「そんなの、自分次第に決まってるだろうが」
俺の返答を予想していたのだろう。俺の返答を聞いた時、早乙女は自然に笑っていた。
その笑った顔を見て、俺は早乙女の頭を乱暴に撫でる。
「強くなれ、その手伝いくらいはしてやる。だが、あまり時間は残されていないんだ。これから急ピッチで訓練していくぞ…………ついてこれるか?」
生意気な笑みを浮かべて、早乙女が………いや、天音が俺を見上げた。
「当たり前でしょう!」
その顔を見て、俺はまるで弟でも出来たような気持ちになった。
そして、天音とのやり取りに、俺は既視感を覚える。
『――――――当たり前』
ふっと笑い、俺は同じ感情を抱かせた、その少女の顔を思い浮かべて。
「(案外、間違いでもなさそうだな)」
そう、心の中で呟いた。
その少女の顔を思い浮かべて、俺は再び決意を固める。
――――――――――――必ず、お前を救い出す。
でも、少しだけ待っていてくれ。生意気な弟分を連れて、そっちに行くからよ。
遠く、その方向に目を向けて、俺は密かに彼女への思いを強めた。
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