第22話 明かされる事実、それでも少年は選択した

ここから主人公視点に戻します。


つまりは《蓮司視点》です


◆――――――◆――――――◆――――――◆――――――◆――――――◆


 灯歌から、現在知りえる全ての情報を、俺は得た。


 その上で、自分の存在が曖昧になるほどの激情を抱いている事には、変わりない。だが、一度犯した過ちは二度と犯さない。


 もう、灯歌と和人に止めてもらう必要は無い。


 心構えはできている。優先順位は違えない。


 鞠火を傷つけ、利用した奴らから鞠火の居場所を聞こうと思っていたが、その必要も無くなった。


 ならば、俺がやるべきことは一つだ。


 鞠火を助ける。それだけだ。



 俺は一時的な発散の意味も込めて、自力で拘束を破った。

 和人の血が染み込んでいる特別性だったようだが………あいつも甘い。

 わざわざダンジョン産のものではなく、普通の縄を使うなんてな。


 和人がこれを使った理由、その言い訳が目に浮かぶ。


『たんなる資源の有効活用ですよ~。それに、貴重なダンジョン産の物を蓮司さんを拘束するためだけに消費するとか、割に合いませんしね~。やるだけ無駄なら、消費しても問題無いものを使いますよ~』


 うん、想像できるだけに何だか無性に殴りたくなってきた。今度あいつに会ったら、お礼に訓練でもつけてやろう。絶対にそうしよう。



 一人でくつくつと笑いながらも、俺は灯歌から渡された資料に目を通す。

 

 ……ほう、かなり詳細に記されている。よく和人がこんなものを渡したな。

 いや、別に渡しても問題ない資料だからか。


 あいつの事だから、自分達を裏切り、利用までした連中をただで済ませる訳がない。別に俺が殺そうがあいつが殺そうが、既に連中の命を奪う事は確定事項だからな。


 もし、あいつらに協力者がいたとしても………その協力者も含めて殺すだけだ。仮に協力者なんていなくて、全てこいつらが企てて実行した事ならば、それ以上にこいつらは殺さなくてはいけない。


 鞠火を利用し、【鉄火の牙】と【朝日之宮】を欺き、敵対する組織から逃げ遂せて、見つからずに暗躍し続ける手腕。


 そんな能力を持っていながら、ここまで俺達を掻きまわすような奴らだ。

 十中八九、その本質は悪に違いはないだろう。


 これからの世界を生きていく中、そういう頭のキレる悪人は邪魔だ。


 どちらにせよ、俺の逆鱗に触れた時点でこいつらの運命は決まっている。


 机の上に顔写真の載った資料を人数分広げて、そいつらの顔をしっかりと目に刻み込む。


 覚えた。



「生きている事が地獄だと、死が救いだと思えるように………殺してやるよ」



 十数人の顔を見ている俺の顔には、


 一対の赤黒い瞳が燃えるように燻り。


 十数人の顔写真を焼き尽くさんと、


 一対の瞳は――――――煌々と輝いていた。





・・・

・・・・・

・・・・・・・





 テントに入り口の垂れ幕を払い、外に出る。

 脅威はもう去ったというのに、住民の顔はどこか暗く。

 護衛を務めるだろう武装した者達は、物々しい雰囲気だった。


 近くにいたテントを警備している人に声をかけられて、灯歌からの〝詰所まで来て欲しい〟という伝言を受け取る。


 俺はすぐに詰所のテントに向かった。





 垂れ幕を払い、他よりも広いテントの中に入る。

 中では、全員が難しい顔や渋面などをしている。テーブルには大きめの地図が広げられていて、皆それを見て顔を顰めているのだろう。


 奥側に灯歌が腕を組んで、彼女も地図を睨んでいる。


「………灯歌、なにかあったのか?」


 俺は彼女に声をかける。その顔は、申し訳なさそうに歪んでいた。


「………すまない蓮司。私の予想が甘かった。私は君と共に五月女鞠火を助けに行けそうにない」


「いや、それはいい。どっちみち、俺は一人で行く気だったからな………灯歌、教えてくれ。なにがあったんだ?いや――――――何が起こりそうなんだ?」


 灯歌は一度、目を閉じて。何かを考え込むように僅かに俯く。

 暫く、考え込むのかと思ったが、思ったよりも早く灯歌は目を開き、口を開けた。


「………今から2ヵ月後、ここを目指して【大進攻】が迫っている」


 灯歌の口から出た言葉は、この場の何よりも重いものだった。


 【大進攻】――――――避けられえぬ災厄。魔獣共の大波。

 進む先を阻む一切合切を滅ぼす、最悪の現象。


 それが【朝日之宮】を目指して進攻しているという事を灯歌の口から聞いて、俺は聞かずにはいられなかった。


 だが、灯歌は俺が口を開くよりも先んじて、被せるように俺に続きを説明した。


くだんの【大進攻】は、狼通りではなく【朝日之宮】の東正門から進攻している。【大進攻】の進路上に【朝日之宮】があることは、黒田の調査によって既に判明している………蓮司、これが【朝日之宮】を襲う第三の原因さ。伝えるのが遅れてすまなかった」


 灯歌が軽く頭を下げて、俺に謝罪する。


「頭を上げてくれ灯歌。別に気にしてない。それに、今それを教えてくれたんだから、別に問題ないさ」


 俺は暗に灯歌が〝狼通りは進路上にないこと〟を教えてくれた事に感謝し、周囲にはバレないよう、軽く頭を下げる。


 灯歌の口元が一瞬、小さく笑みを描く。俺はそれを見逃さなかった。


 彼女には感謝しかない。


 俺とのやり取りを終えた彼女は、俺をこの場の会議に参加させるよう、取り計らってくれた。

 開いている場所は左側の一番端の方にしかなかった為、そこに席を用意してもらて、俺は腰かけた。


そして、中断された会議は再開した。



「……梶さん、やはり【朝日之宮】は……」


「ああ、捨てるしかない」


「しかし……」


「以前、起きた大規模な魔獣の群れ程度なら、この場の戦力で何とかできただろう。だが【大進攻】は違う。私でも周囲を気にする余裕は無いし、そもそも一人ではどうにもできない」


 【朝日之宮】を捨てる事に渋っていた者の一人の発言を、灯歌は容赦なく正論をぶつける事で黙らせる。

 反対意見など許さないという雰囲気の灯歌を前にして、ここを離れたくない者達は開こうとした口を閉じた。


「どうにも、できないのか………」


「くそっ、ようやく手に入れた安住の土地なのに………」


「仕方ない。土地よりも、今を生きる人々を守る事が我々の使命だ」


「………我儘わがままを言っていられる状況じゃないか」



 各々、胸の胸中を吐き出している中、一人の男性が疑問を述べる。



「梶さん、ここを捨てたとして、どうするんですか?」


「【獅子の床】の本拠地に向かう。ここから徒歩で二週間の距離だが、間には監視基地は総数で移動しても最低〝五日〟だ」


「本拠地に向かうんですか!?」


 彼らの何人かがざわめく。だが、動揺していない人も少数だがいるようだ。


「どの道、もう選択肢は残されていないんだ。やるしかない」


「しかし、移動経路には魔獣の巣があります。大人数での移動は不可能です」


「いや、問題ないよ、その為に私がいるんだ」


 灯歌が自信満々に彼らに告げる。


「予め、私が先行して道を。君達の仕事は護衛のみで良い。魔獣との戦闘を極力避ければ、万が一を防げる布石ができるからね」


 彼らの中では、この場で最強の戦力は灯歌だ。更に、彼女の【ギフト】は応用すれば戦闘以外でも使い道はいくらでもある。

 それを理解したのだろう。もう、彼らの顔に不安を浮かべる者は誰もいなかった。

 そうと分かれば、彼らの思考は今後の行動に向けられる。


「一斉に移動するのは危険ですね。何グループかに分けて移動すれば、非戦闘員に余計な負担をかけることも無くなるでしょう」


「そうした場合、どれくらいのグループに分けるかだな。それによって護衛する人数も変わってくる」


「高齢者や女性、子供を優先して移動させなければな。彼らの体力を考えて、どういう配置にするか………」


「確か発電のできる【ギフト】持ちが何人かいたな?彼らの協力を得て大型車両を使うのはどうだ?ゆっくりと動かせば、移動に問題は無い筈だ」


「それでは一人に対する負担が大きい。燃料はあるのだから、発電機を修理してそれを使おう。彼らに関しては非常に際し、協力を頼むという事でどうだ?」


「そうだな、それがいい。では、大型車両の保有数を確認しなければ」


「待て待て、お前が行ってどうする。それに関しては………君、大型車両の保有数を確認してくれないか?」


「あ、それならこちらに」


「ふむ……これなら、それほど細かくグループを分ける必要はなさそうだな」


「それでは、次にグループと護衛に配置を――――――」




 この場に全員が一丸となる事で、話し合いは速やかに進んでいった。

 途中、口論になる事もあったが、他の者が解決案などを出す事で、喧嘩になるなどして会議が滞る事はなかった。


 そうして、様々な事項が決まっていく中で、俺に関してどうするかの話が出たが………そこは、俺にもやるべき事がある旨を彼らに伝えて、協力できないことを謝罪した。


「気にしないでください。元々、これは我々の責務です。あなたはあなたのやるべき事を、我々は我々のやるべき事を。お互いに頑張りましょう」


 俺は彼らの一人一人と握手を交わし、その場を出ていった。






 向かう先は南正門。狼通りへと続く道がある門だ。



 南正門に辿り着いた時、そこには意外な人物がいた。



「お前は………」



 そこにいたのは、早乙女天音。彼が自分の本当の能力を自覚するために、俺自ら鍛え上げた少年だった。



「蓮司さん、僕も連れて行って下さい。狼通りの深部にある【ダンジョン】へ」


「なぜそれを」


「梶さんから教えてもらいました」


「あいつ………」


 なんでこいつに教えたんだ………。

 眉を寄せた顔で、灯歌がいるだろう方向に顔を向ける。


「待ってください。僕にも理由はあるんです。もしかしたら、蓮司さんが救おうとしている人は、僕に関わりのある人かもしれない」


「………それは、五月女鞠火がお前のだとでも言いたいのか?」


「………僕の父親には、前に結婚し子供を産んだ妻がいたそうです。僕は、父と再婚した母との間に産まれました」


「……………」


 俺は黙って早乙女の言葉に耳を傾ける。


「そして、父と離婚した女性の性が〝五月女〟だそうです。その人の子供の名前も、鞠火と父から教えてもらいました」


 早乙女の肩が震える。


「僕には、どうしても偶然とは思えない。もしかしたら、その人は僕のから。そう思ったら………居ても立っても居られない!!」


「早乙女………」


「もしかしたら違うかもしれない。それでも、僕は……」


「っ!」


「確かめずには、いられないんです……」


 彼は涙を流していた。とても、年相応には見えないくらい優秀な戦士だった彼が、今では年相応の子どものように涙を流している。


 色々な感情のこもった表情だった。自分がどれほどの戦力なのか、それを理解した上で、彼はここに立っている。


 それを理解した時、俺の答えは既に決まっていた。



 彼の横を追い越して歩き、南正門を目指す。


 彼は諦めたような顔をしていた。


 だから俺は踵を返し、彼に声をかける。


「おい、なにしてんだ。早く行くぞ」


 はっとした表情で、早乙女が勢いよく顔を上げる。


「蓮司、さん……?」


「行きたいんだろう?確かめたいんだろう?なら、行くぞ。【ダンジョン】に」


 涙を拭い、少年は走って蓮司の後を追う。


「はいっ!!」




 こうして、俺は早乙女を仲間に加えて【ダンジョン】に向かう事になった。

 恐らく、彼の考えは正しいだろう。

 それも、彼女を救い出してからだ。


 全部終わらせて、後はどうするかなんて考えず。


 今は―――――――――――彼女を、


 五月女鞠火を救う事だけを考えて、


 俺達は門を越えて、走り出した。



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