第17話 赤黒く燃ゆる瞳
久しぶりに見る蓮司の激情を目の前にして、灯歌はなんとか冷静でいられた。
今の蓮司の瞳は、まるで虫のように無機質で、どんな感情を抱いているのか伺えない。
しかし、周囲を威圧する気配に僅かに混じった怒気から、その胸中を何となく察することしか、灯歌にはできない。
事前に【ギフト】によって灰色の樹木を用意し、心構えをしたとは言え、こうして眼前で威圧されるとよく耐えられているものだと。灯歌は自嘲した。
「どういう、ことなんだ?灯歌………誰が鞠火を傷つけた?」
物理的な圧力を伴って、静かに蓮司が灯歌に問いかける。
灯歌は、必死に影の向こうからこちらを見る八つの眼を見ないよう心掛け、慎重に言葉を選んで蓮司の問いに答える。
締め付けるような痛みを、逸る鼓動を無理やり押さえつけて、なるべく平常でいる事に努める。
「それは、さっきも言ったように、【鉄火の牙】に入った新入りの、暴走だよ」
「………」
蓮司は黙って灯歌の言葉に耳を傾ける。
灯歌には、その様子が酷く不気味でしょうがなかった。
だが、瞬時にそう考えてしまった自分を叱咤する。彼は決して化物なんかじゃない。一人の人間なんだ、そう接すると誓ったのは誰だ?
灯歌は一度、軽く呼吸を整えて気持ちを落ち着かせる。
「なあ、灯歌。お前、和人の所に行ってたんだろう?だったら、そいつらの顔が分
かるものとか、明確なそいつらの情報、持ってないのか?」
予想していた返答に、予め用意しておいた返答を灯歌は口にした。
「蓮司、聞いてくれ。これは【鉄火の牙】を率いる者としての、雨霧の責任だ。一先ずは彼に任せてくれないか?」
灯歌が用意していた返答はこれだけ。後は蓮司がどう動くか………。
こうなった蓮司は、途端に読めなくなる。
【ギフト】によって感情があまり揺れ動かなくなってから、一度の激情で何をするのか、本当に分からなくなるのだ。
「そうか………わかった」
「蓮司………!」
分かってくれたか、そう思った数秒前の自分を、灯歌は激しく叱咤した。
「なら、和人の許可を取れば、それで解決だな」
蓮司の顔が、唐突に笑みに歪んだ。
灯歌は蓮司の発言から次の行動を予想して、説得しようと考えた自分を後悔した。
だが、今彼女がすべき事はただ一つ。
「蓮司………悪いが、君にはここに留まってもらう」
彼女は胸を握りしめて、【ギフト】の力を使った。
灯歌の右手に様々な緑の輝きが宿り、まるで彼女が光を握りしめているようだった。
「………灯歌?」
蓮司がカクンと首をかしげる。その仕草は、人間というより人形のようだった。
灯歌がいつもの不敵な笑みを浮かべる。
「【鉄火の牙】の一部の暴走は、雨霧の責任だ!!彼には組織の長としてやるべき事がある!それを邪魔させる訳にはいかない!!」
輝きが収まる。灯歌が右手を開くと、そこには灰色の種が複数あった。
灯歌はそれを地面に放り投げる。
「実れ!【灰之樹】よ!!」
灯歌が種に命じると、種は影の広がるコンクリートの地面を突き破って、地面に潜る。そして、瞬時に立派な大樹へと成長した。
既にあった灰色の樹木すら呑み込んで、灰色の大樹は廃ビルの前に大きく聳え立った。
「蓮司!君は私が止める!!」
じっと、戦闘の準備を整える灯歌を、何もせずに見ていた蓮司は。
赤黒い瞳に尚一層、暗い輝きを宿して。
ただ、ただ、その顔を
「……………ははっ♪」
笑みに歪ませて、嗤っていた。
・・・
・・・・・
・・・・・・・
――――――――――――一方、その頃【鉄火の牙】は。
「はっはっはっはっはっはっは!!おい!皆殺しにしていいのか!?ボス!!
俺はいつでも殺れるぜぇ?」
屈強な大男が、両手に嵌めた手甲を打ち鳴らして、好戦的な笑みを浮かべて後ろを振り返る。
「今回は殺るのはなしだ。俺が蓮司さんにぶっ殺される………それとも、お前が代わりに蓮司さんの相手をしてくれんのか?」
雨霧は冷静な声で、大男を諭す。
「はっはっはっはっはっは!!それは御免だ………」
「だったら大人しく目の前の獣畜生共を狩って来い。急がねえと、また梶さんに吊るされる」
「はっはっはっはっはっは!!了解したぁ!!」
屈強な大男――――――
「ああ~~~~憂鬱だなぁ。どっかの馬鹿のせいで仕事が増えた………こんな事なら、梶さんにカカオの大量生産でも頼むんだったな~」
雨霧は後頭部をガシガシと書いて、空を見上げた。
「………ボス、馬鹿を生きて捕獲したら、報酬、でる?」
黒頭巾を被った小柄な少女――――――
「一応、最低限の報酬として一人づつ三日分の米が貰えるぞ~」
米が報酬として貰える事に、天藤は目を輝かせる。
「………おお~。米、しばらく食べてない。ボス、オムライス、オムライス」
「あいあい、この騒動が全部終わったらな~」
雨霧は天藤の頭を撫でて、適当にあやす。
くすぐったそうにしながらも、気持ちよさそうに目を細める天藤の顔を見て、雨霧はほっこりする。
「うわっ、なにその顔………もしかして、ボスってばロリコン?」
「待て、俺はノーマルだ。ロリコンじゃない」
雨霧に辛辣な口調と共に侮蔑の視線を送るのは、改造した黒セーラー服に身を包む長身の女性――――――
赤石のロリ発言に、雨霧は即座に抗議する。
「どうだかね~。あ、まさか……私を手籠めに……?うっわ~救えない変態だわ。ボスってば最低~」
「おい」
雨霧の額に青筋が浮かぶ。これ以上は不味いと感じたのか、赤石は逃げるように前線に参加していった。
「ちっ……瀬良~!簡易拠点まで後どのくらいだ~?」
雨霧は顔を見上げて、大声で上空にいる怪鳥に向けて叫んだ。
声が届いたのか、怪鳥の背中から飛行帽とパイロットゴーグルを身に着けた男性――――――
『あと500メートルだ』
右手に持ったライトで発行信号により目的地までの距離を伝えた。
雨霧は大きくサムズアップした右腕を振って答えた。
瀬良は小さく頷き、怪鳥の背に戻る。
「さて、どうしたもんか………」
現在【鉄火の牙】は二つのグループに分かれて行動している。
一つ目はリーダーたる雨霧が率いる裏切り者の捕縛班。
二つ目はリーダー補佐の須崎率いる拠点での情報収集班。
雨霧のグループは万が一を考えて、幹部のみの少数精鋭グループで動いている。
一方、須崎のグループは情報収集を得意とする人材で構成された大人数のグループだ。
もし、拠点に何かが起こっても、拠点には須崎が控えている。
雨霧の率いる幹部たちは問題児だらけであるが、実力は持っているし、命令には忠実に答える…………ただ、彼らの性格が問題だらけというだけで。
灯歌との密会で決めた事は、やらかした馬鹿どもが【鉄火の牙】の構成員のため、自分達で一先ずの落とし前を付けるというもの。
そのための最大の障害となりえる蓮司に関しては、灯歌が受け持った。
「問題は梶さんがどこまで耐えられるかなんだよな~」
混迷期の激動の日々を知る雨霧は、蓮司がどれほど多くの外道のクランを滅ぼしたのか知っている。【釼龍会】の傘下として、蓮司と共闘したこともあるくらいだ。
そして、敵対した者への恐ろしいまでの容赦の無さも………。
「(かつての仲間を害され、利用までされた事を知ったら、間違いなく蓮司さんは矛先を馬鹿どもに向ける。それだけなら良いんだけどな~)」
雨霧は天を仰いだ。
「あ~あ、昔馴染みのよしみでクランに入れてやったとはいえ、ここまで迷惑かけるとはな~」
そうこう思考している間に、簡易拠点にしている廃ビルにたどり着いた。
道中、前線で昴たちが暴れまわった事で、魔獣共は彼らに近づかなくなっていた。面倒事が一つ消えたので、彼らはほっとしていたが………約一名の脳筋はしょんぼりしていた。
その約一名を無視して、瀬良を外部の見張りに残して、雨霧たちじゃ廃ビルの中に突入する。
「はっはっはっはっはっは!!お邪魔しまぁぁぁす!!」
昴が拳を振るい、簡易拠点のドアを殴り飛ばす。
雨霧を除いたその場の全員が中に入るが………既にももぬけの殻だった。
「ちっ………糞が!」
苛立ちを抑えきれず、雨霧は壁を殴る。壁が拳の形にめり込んだ。
「ボス!手紙があったよ!」
赤石が机の上に置かれていた小汚い手紙を手に取り、雨霧に見せる。
「貸せ」
赤石から手紙を受けとり、封を開いて手紙の中身を流し読みする。
内容を読み終わって、雨霧は片手で顔を抑えて笑った。
「はっは!まじかよ………」
「ボ、ボス………?」
「ふざけたこと抜かしやがって………真綾」
「は、はいっ!」
「通信機を寄越せ」
「どうぞ!」
赤石は即座に腰のポーチから通信機を取り出し、雨霧に手渡した。
「須崎、聞こえるか?」
『――――――はい、聞こえております、ボス。御用はなんでしょうか?』
「拠点のどこかに盗聴器か何かが仕掛けられてる。それを探せ」
『――――――は?盗聴器?………いえ、かしこまりました。すぐに探させます』
「それと、【鉄火の牙】の全員にこう伝えろ…………裏切り者の野良犬を、生きたまま捕縛しろ。無事な状態でだ。あの人の逆鱗に触れた者、裏切ったやつを全員、この俺の前に引きずり出せ」
『――――――かしこまりました。命令、拝聴いたしました。すぐにとりかかります』
通信を切り、通信機を赤石に返して、雨霧は両手で前髪を掻き上げた。
「必ず見つけ出して………生きたことを後悔させてやる」
前髪を掻き上げた、その顔は………狂犬の如く、凶悪な笑みを浮かべていた。
・・・
・・・・・
・・・・・・・
ズタズタに引き裂かれた灰色の樹木と共に、灯歌は地面に倒れ伏していた。
まるで何かに食い散らかされてかのような光景で、
灰色の樹木は、無残な姿で聳え立っている。
灰色の樹木と、倒れ伏した灯歌を前にして、蓮司は――――――
赤黒い瞳の輝きを燻らせて、
静かにその場に立っていた。
「……………ははっ♪」
影の向こう側で、灯歌を見つめる八つの赤黒い目が一層、強く瞬いた。
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