第16話 彼は逆鱗に触れた者を知る
《三人称視点》
植物に呑み込まれた都市の一角の、無数の瓦礫が転がる道路を、灰色の何かが走っていた。
灰色の何か正体は、灰色の樹木だった。樹木は獣の形の歪んでいて、まるで最初からこうなるように成長したようで、全く違和感のない姿をしていた。
「う~む………なるべく急がなきゃねえ。もし、レンレンが先に知っちゃったら、不味いことになる」
灰色の樹木の獣の背中には、女性が跨っていた。その女性は懸念の表情を浮かべて、想像しえる最悪が起きた時を想像し、額から冷や汗を流す。
「さすがにアマカズが
馬の尻を叩くが如く、女性は灰色の樹木の横っ腹を脚で叩く。
「急げ!ヤッ〇ル!!アマカズがレンレンに祟られる前に!」
彼女の名は梶灯歌。【朝日之宮】の限定指揮官を務める、かつての災禍の英雄の一人である。
…………あの、灯歌さん。不安なのは分かるけどネタに走るのはやめてぇ。
・・・
・・・・・
・・・・・・・
灯歌が急いで【朝日之宮】に戻る中、蓮司と早乙女の二人は早乙女の【ギフト】が何なのかを話し合っていた。
「お前の【ギフト】………単なるエネルギーのコントロールって感じじゃねえんだよなぁ………どっちかっていうと俺の影に近い」
「鏡峰さんの、ですか?」
蓮司が頷く。
「ああ。俺の【ギフト】は見ての通り、影を操る能力だ」
蓮司が自分の影を伸ばして、様々な形に影を変異させる。
実演されたものを見て、早乙女は様々な形に変わっていく影を見て、感心したように目を輝かせる。
「はあ~………かなり自由度が高い【ギフト】ですよね、それ」
「でも、ここまで出来るようになるまで、かなり時間がかかったんだぜ?」
早乙女は、信じられないとでも言うように、疑念と驚愕の混じった視線を蓮司に送る。
「そうなんですか?」
「ああ、最初はこんな感じに………」
様々な形に変異させていた影を、一度影の中に戻す。そして、最初の頃を実演しようと、蓮司は影から無数の棘を出現させた。
「うわっ!?」
突然、目の前で影から無数の棘が出現した事に驚いて、早乙女は僅かに上半身を反らす。
「こんな風に、単純な形しか操作できなかったからな、苦労したよ」
まだ自分の能力を上手く使いこなせなった頃を思い出しているのか、蓮司は虚空を見つめる。
しかし、今は思い出に
「俺のつくった影の獣と、お前の戦いを遠目で見てたけど。やっぱり、最後のあれがお前の本来の【ギフト】の使い方なんじゃないか?」
早乙女は影の怪物を消し飛ばした、あの最後の攻撃を思い出す。
「確かに……。あの時は無我夢中で、全身の力を右腕に込めて撃ちましたけど……さすがにあれはやり過ぎだと思います!」
早乙女は抗議の視線を蓮司に送る。
「俺は俺のやり方でやっただけだ。それに、お前これまで命懸けの戦いをしたこと無いだろ?」
「そんなこと――――――」
「たった一人で、誰も助けてくれない状況で。お前は戦った事があるのか?」
早乙女の言葉に覆い被せるように、蓮司は冷たい声音で指摘した。
早乙女は、蓮司に言われた事を聞いて、記憶を振り返る。しかし、彼は仲間と戦う事はあれど、たった一人で戦った経験は無かった。故に、彼は押し黙るしかない。
「極限の状態なけりゃ、気づけない事もある。戦闘系【ギフト】を得た奴は、それでしか気づけない事が多い………お前はその典型だよ」
「僕は………」
「まあ、こんな世界になってなかったら、今頃だいたい高校生くらいか?俺からすれば、良くここまで生きてこれたなって感心するよ」
素直に蓮司はそう思っていた。三年間、激動の時代を迎えたこの世界で、小学生か中学生に入ったばかりだろう年齢の子供が。折れずにここまで生きてきた。
その事実は、早乙女が感じるよりも大きく、快挙と言えるものだった。
淡々とした口調の中で、蓮司の僅かに羨むような感情を感じた早乙女は、聞かずにはいられず口を開いた。
「………蓮司さんは、どうやってこんな世界を生きてきたんですか?」
「………ほぼ一人で。自給自足をしながら生きてきたよ。まあ、仲間がいなかった訳じゃないが………」
「その………仲間の人は?」
なんとなく聞いてはいけないと感じながらも、少年の好奇心は無意識に蓮司に
蓮司はどんな感情を抱いているのか分からない無表情で、早乙女の顔を真っすぐ見つめて答えた。
「分かれた。まあ、個人的な事情だ。これ以上は詮索するな」
「あ、あの………はい」
早乙女は聞いた事を後悔したような気持ちになり、顔を伏せる。
蓮司は居たたまれない気持ちになったのか、ガシガシと頭を掻いて、強引に話を戻そうと自分から話し始めた。
「あ~………お前の最後の攻撃を見た時にさ。ふと思い浮かんだんだよ。まるで〝魔弾〟だなって」
「え・・・?」
――――――〝魔弾〟
その言葉を聞いた瞬間、早乙女の脳裏に何かが浮かんだ。
銃、長銃、弓、連弩、大砲………。
様々な武器が早乙女の脳裏を駆け巡り、まるで霧が晴れるような、清々しい気持ちが早乙女の胸に広がった。
力の使い方。
今まで何で分からなかったと思える程、鮮明に【ギフト】の全容が理解できた。
半ば無意識に、早乙女は立ち上がり、少し遠くの瓦礫に向けてボウガンを構える。
蓮司は、早乙女の突如の奇行を目の当たりにして、既視感を覚えた。
その既視感に従い、蓮司は黙って早乙女の方を静かに見つめる。
「すぅ――――――――――」
自らの体内に巡る力。それを右腕を通してボウガンに注ぎ込む。
黒緑の輝きが、ボウガンの銃口に螺旋を描いて集まっていく。
これ以上、力が注げない限界に達したと感じた時、早乙女は静かに引き金を引いた。
瞬間、螺旋に渦巻く黒緑の一矢が放たれる。
それは狙い違わず、瓦礫を撃ち抜き、その後ろの方まで貫いていった。
「鏡峰さん………これが、僕の」
ゆっくりと振り返り、早乙女は心底嬉しそうに涙ぐんだ表情で、蓮司を見た。
「僕の、本当の能力です」
蓮司は何も言わず、少年の頭を乱暴に撫でた。
◆◆◆
早乙女が真の意味で【ギフト】を得た時、灯歌は【朝日之宮】に帰還した。
灯歌が【朝日之宮】を出た理由が何か、そして蓮司と話がしたいという旨を、伝言に来た黒田から聞いた蓮司は、嫌そうな顔をしながらも灯歌のところに向かうのだった。
灯歌が指定した場所は、狼通りの深部に近しい場所の廃ビル。
案内と称して同行した黒田を伴い、蓮司は目的地に到着した。
廃ビルの入り口付近で、灰色の樹木の上に腰かけた灯歌は、蓮司と黒田を出迎える。
「やっほーレンレン!みんなの事を鍛えてくれてありがと~!あ、黒田も案内ありがと。取り合えず、この周辺を見張っておいてくれるかな?」
満面の笑みでレンレンを出迎える一方、黒田の方はひらひらと手を振るだけで、しかも次の指示まで出す始末だ。
だが、黒田はなんの不満を浮かべることなく、首肯して指示に従う。
「……御意」
音も無く黒田の姿が掻き消える。彼もまた、実力者の一人ということか。
だが、自分の横で黒田の姿が消えても、何の反応もせず、ただめんどくさそうに灯歌の顔を見つめている。
「早乙女の件は何とかしたぞ。無事に自分の本来の能力を理解した」
「おおー!さっすがレンレン!仕事が早い!それで、参考までにどうやって彼の能力を理解させたのか聞いても良いかな?」
「別になんてことない。ギリギリ死ぬか死なないかくらいの敵を作って戦わせて、極限まで追い込んだだけだ」
平然と、特別な事はなにもしてないという風に、蓮司は言った。
だが、それを聞いた灯歌はドン引きだ。
蓮司の事をまるで鬼畜を見るかのような目で見る。
「………レンレン、それ荒療治すぎない?」
しかし、蓮司はむしろ当然という表情で、灯歌のやり方を厳しく指摘する。
「追い込まなけりゃ意味ねえだろ。あいつは少し楽し過ぎてる……どうみても甘やかしすぎだ」
「あっはっはっは~、私の方針はみんなで頑張るだからね~。それに、あの子は優秀だけど、まだまだ子供なんだよ?」
「はっ、戦えるなら戦えるように鍛えるってもんが、愛情ってもんだろ?可愛がるのは良いが、あいつの事を考えるなら死地に放り込むくらいはすべきだろ。こんな世界なんだしな」
「うん言ってる事は正しいけど、死地に放り込むのは明らかにやり過ぎだからね?」
灯歌がジトっとした目で見る。蓮司がサッと顔を横に向ける。
「はあ~……まあいいや、レンレンが鬼畜なのは放っておいて……」
「おい、別に俺は鬼畜じゃないだろ」
「………」
「おい、その可哀想なものを見る目を俺に向けるのはやめろ」
「………放っておいて~、レンレンに大事な話があるんだよ」
鬼畜扱いされる事や可哀想なものとして見られるのは遺憾だが、続く灯歌の真剣な表情と声に、蓮司は遺憾な気持ちを呑み込んでおく。
顔は不満げに眉を寄せていたが。
「【鉄火の牙】の一部の馬鹿が暴走したことは知ってるよね?」
蓮司は「ああ」と小さく頷いて、肯定する。
「確か、大規模な魔獣の群れの原因に関わっているかもしれないとか………」
「それ、完全にそいつらが原因………いや、元凶と言った方が正しいかな?」
「………どういう事だ」
「レンレン、心して聞いて欲しい。【鉄火の牙】の新入りのやつらは………恐らく、君のかつての仲間――――――――――
――――――――――――――空気が、止まった。
この場の全ての動きが、灯歌の発言を皮切りにして、
この場のみ、二人を除いて全ての時間が止まった。
そう、錯覚するまでに、全ての生き物が動きを止めた。
「――――――灯歌」
蓮司の瞳が、明確に赤黒い輝きを宿す。
影が呼応するように激しく
広がった影の上を、まるで蜘蛛の巣のように、赤黒い何かが張り巡らす。
「どういう、事だ?」
蓮司の瞳………そして、影の向こう側からこちらを覗く、何かの赤黒い八つの眼が………灯歌の身体を貫いた。
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