第15話 少年は恐怖を撃ち抜く

 

《三人称視点》



 灯歌と雨霧が秘密の密会を交わしている頃、少年は影の怪物と戦っていた。

 半身を纏う影の嵐が吹き荒れると共に、周囲に転がる大小様々な瓦礫が浮かび上がる。


「GURUOOOOOO!!!」


 影の怪物が吼える。怪物が吼えるの同時に影の嵐が一層強く吹き荒れた。

 浮き上がった瓦礫を影の風が纏わりつき、螺旋を描く。


「(……来る!)」


 少年――――――早乙女は、攻撃の予兆を見て、身構えた。


 瞬間――――――――――影を纏った瓦礫が少年に向けて殺到した。


 大小様々な瓦礫は天然の弾丸、または砲弾だ。それらは螺旋する影によって加速し、縦横無尽に飛び回る。

 少年はこれまでの戦闘経験から、ボウガンで撃ち落とすのが可能、不可能な瓦礫を瞬時に見切り、細かい破片も見逃さずに自らに近しい距離の瓦礫を撃ち落とす。


 ボウガンでは撃ち落とせない程に近い距離の瓦礫は、大型の山刀マチェットを駆使して叩き落す。


 それを繰り返す事で、何とか影の怪物の攻撃を防いでいる状態だ。


「はあ……はあ……ふう~」


 呼吸を整えて、次の攻撃に備える。しかし、受けの姿勢では、この怪物を打倒するなど、到底無理だ。


 だからこそ、観察する。蓮司は、戦う前に早乙女にこう助言した。


『あの影の獣には核がある。それさえ何とかすれば、あいつは消える。だが……それはお前がを使わなければ、無理だ。でなけりゃ絶対に倒せない。絶対に、な』


 早乙女は蓮司が自分に何度も言った事を反芻はんすうし、自分の力が何なのかを考える。


「(鏡峰さんは、僕の本当の能力が何なのか分かっているような口ぶりだった。もし分からないとしても、予想くらいはついている筈だ…………僕の本当の能力て、なんだ?)」


 しかし、影の怪物は早乙女に思考させる余裕を与えない。その凶悪な爪を振るい、早乙女の身体を引き裂こうと強襲する。


「GURUAAAAAAA!!!!」


 掠りもすれが、早乙女の身体など簡単に引き裂ける爪を、早乙女は額から冷や汗を流しながら避ける。


「くっ!?」


 早乙女がこの影の怪物と戦い続けて、はや一時間。


 彼は一度も影の怪物に近づけていなかった。

 否、一度も攻撃を与えられていなかった。

 半身に纏う影の嵐は、触れただけで早乙女の身体を簡単に弾き飛ばした。

 背後からの奇襲も、瞬時に影の嵐が全身を纏い、少年の攻撃を弾き飛ばす。


 そうして、また振り出しに戻るのだ。


 お互いにダメージは無い。少年の受けが上手いのか、それとも蓮司の調整が上手いのか。何にせよ、この生存競争は膠着状態に陥っていた。


 少年と怪物は睨み合う。


 影の怪物が咆哮し、影の嵐は呼応するように激しさを増していく。


 また、戦いが再開した。





・・・

・・・・・

・・・・・・・





 早乙女と影の怪物との戦いを遠目で見ていた蓮司は、瓦礫の上に腰かけて頬杖をついていた。


「………やっぱり、あいつまだ気づいてないのか」


 その目には呆れが混じっているが、それも仕方ないかとため息をつく。


「世界が終わってからの三年間。あいつは才能があったが故に、近距離で仲間の補助をしながら戦う事がメインになっていた……灯歌や【朝日之宮】の部隊のやつらに聞いた通りだな。天音の戦い方は


 影の怪物に自分の攻撃を通用しないと見るや、早乙女は受けの姿勢に切り替えて、相手の戦い方を観察するように戦い方を変えた。


「その切り替えは優れているが………少し、俺の怪物を甘く見てないか?」


 蓮司の瞳が、一瞬だけ赤黒く輝いて見えた。

 その瞬間、影の怪物は瓦礫を利用した攻撃を止めて、両手をクロスするように構えた。

 影の嵐が激しく吹き荒れる。怪物の両腕が不気味にうごめく。


「な、なんだ!?」

 

 影の怪物の新たな動きに、早乙女は動揺から声を上げる。それが、早乙女の判断を一瞬、遅らせた。

 その結果―――――――――――


「っ!!うわあああああ!!?」


 瓦礫に纏われていた影が早乙女の四肢を拘束し、余った影が早乙女の周囲を螺旋を描いて吹き荒れる。


「両腕の動きはブラフ。本命はだ」


 早乙女が影に拘束される様を眺める蓮司は、まるで教師のような顔で早乙女と影の怪物の戦いを見る。


「両腕の武器は使えない、四肢は拘束されまともに身動きが取れない。

 さあ・・・どうする?」


 早乙女に纏う影の風が、嵐に取り込まれるように影の怪物に引き寄せられる。

 早乙女は必死にもがき、影の拘束から脱出しようとするが、そうする度に影の風に切り刻まれて、小さな切り傷が増えていく。


 クロスしていた両腕を開き、抱きしめるような仕草で影の怪物は早乙女に両腕を伸ばす。


「ああ!ああ!?ああああ!!?」


 早乙女が〝死〟の恐怖から情けない声を上げる。

 ふと、早乙女の脳裏に戦う前に蓮司から聞いた、ある一言が耳に響いた。


 『生存競争だ』


 その一言が、早乙女の頭を正気に戻す。


「死んでたまるか………」


 ボウガンを握る右手を、なお一層強く握りしめる。全身に回していた、無意識に使っていた身体能力の強化を、ただの一つの右腕に込める。


 筋肉が悲鳴を上げる。


――――――知ったことか


 骨が軋む音がする。


――――――知ったことか


 神経が焼き切れるような痛みが響く


――――――知ったことか


「おおおおおおああああああああ!!!!」


 ぶちぶちと、右腕を拘束する影が引き裂かれる。

 右腕が自由になった。勢いよく、ボウガンを目の前の影の怪物の頭部に向けて構える。


 右腕を通して熱い何かがボウガンに流れ込む。


 早乙女は、ボウガンが自らの一部のように感じ取れていた。


「死んで………たまるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 引き金を引く。ボウガンの銃口、装填された一発の矢に、緑と黒の光が螺旋を描いて渦巻き、纏う。



 黒緑こくりょくの輝きが


 螺旋する光の一矢いっしが、放たれて――――――




「GI――――――…………」




 影の怪物の頭部を、消し飛ばした。




 その光景の全てを目の当たりにした蓮司は。


「―――――ははっ、マジかよ」


 心底、面白そうにその顔を笑みに歪めていた。


 

 影の怪物が、ただの水に溶けるが如く、足元の影に呑み込まれていく。

 それには早乙女を拘束していた影も含まれていて、支えを失った早乙女の身体を中空に放り出した。


 早乙女は意識を失っているのか、完全に脱力していて受け身を取る様子がうかがえない。


「しゃーねえなぁ」


 蓮司が早乙女のすぐ近くに残していた影を操作し、早乙女の身体に影を纏わせて、地面にそっと置いた。


 影を伸ばして早乙女の傍まで跳躍し、蓮司は少年の顔を覗き込む。

 その顔は、意識を失っているが穏やかな表情で、静かな寝息を立てている。


 蓮司は早乙女の頭を撫でて、ただ一言「よくやった」と呟いた。


 聞いているのかどうかは定かではないが、早乙女の顔は小さく笑みを描いていた………。



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