第13話 少年は強さを求め、恐怖した相手に教えを請う


 あれから二時間くらい経っただろうか。俺の話を聞いて全員が一つの覚悟を持った。それは、守りたいなら、その為なら人殺しになっても良いという覚悟だ。


 俺の話を聞いて、それでも人を殺したくないと言う者もいた。

 実際、そうだろうな。誰だって人殺しにはなりたくない。


 だったら、人を傷つける覚悟だけでも持っとけと、俺はそいつらに答えた。


 それからの訓練は、以前とは一味違った。


 連携の練度は変わらなかったが、一人一人の積極性が増したのだ。


 躊躇せず、殺す気の勢いで俺に挑むようになった。


 だからかな、戦いが楽しくなって、彼らの成長が嬉しくなって。

 俺は、この模擬戦で【ギフト】を解禁することにした。


 この模擬戦では全員が【ギフト】を制限するように言ったのだが………その制限を取っ払う事にしたのだ。



 俺がそれを言った時、中には本当に俺を殺してしまうんじゃないか?という疑問や恐れの声が上がったが……俺からしたら、俺の事を舐めすぎだろうっていう考えだ。


 説明するのも面倒だったし、手っ取り早く分からせるにはと、俺の力の片鱗を見せたら…………くくっ、全員の顔つきが変わったよ。



 そこからは文字通りの実践訓練。言葉はいらず、ただ俺という相手を倒すための戦いが始まった。





・・・

・・・・・

・・・・・・・





「さて、こんなもんか」



 本当に足腰立たなくなるまで追い込み続けて、もう殆ど動けないといった状態になった時、この訓練を終了した。


 俺?ああ、まだまだ余裕だよ。このくらい、ちょっときつめの準備運動ていどだ。


 ちなみに、それをまんま言ったら皆の顔が引きつっていた。


 うん、だろうね。


 息切れもせず、汗もかかず、全然疲れた様子もない。


 そんなの、普通に化け物だよね。俺もそう思う。



 ………あ、そうだ。



「俺からの餞別せんべつとして、〝化け物〟がどういうものなのか教えてやるよ」



 一様に、全員が訝しげに眉を寄せる。


 俺は彼らの返答を待たずして、を一瞬だけ解放した。







 瞬間――――――――――世界が止まった。







 いや、そう錯覚するまでに、彼らの肉体が、周囲の植物や虫が、地面に潜む微生物から空中を漂う極小の生き物まで…………。



 その全てが、この瞬間だけ統一した。



 動くな、と。




 の発生源たる青年から、全く目が離せない。

 

 動けば死ぬ。細胞に刻み込まれた生存本能が、彼らの全てを自ら静止させたのだ。



 そして、唐突には消えた。



 心臓が動く、呼吸ができる、指が動かせる。



 彼らの身体から冷や汗が止まらない。


 もたらした青年は、彼らの様子を一瞥し、こう呟いた。



「その感覚を忘れるな。それが、お前らを簡単に殺せる存在のだ。それを前にして、どうすれば良いかを考え続けろ

 ………俺の訓練はここまでだ」



 それから無言で立ち去る青年を目にした彼らは、麻痺したように動かぬ喉を振るわせて、一斉に声を上げた。



「「「「「「ありがとうございました!!!」」」」」」



 青年は片手を挙げて、その声に応えてその場を立ち去った。






◆◆◆






 ……おおかた。灯歌の思惑も、理解できていた。


 ここからが本番、彼を鍛える事こそが灯歌の頼みだったのだろうと思う。



「よお」



 目の前の少年の背中に声をかける。 



「――――――!」



 少年は今、俺が来たことに気づいて、純粋に驚いている。


 でも、なんら取り乱しもせず、少年は背後を振り返り俺を見た。


 やっぱり、こいつは良いな。



「俺が何をしに来たのか。それは分かってるよな?」



「………ええ。既に梶さんから聞かされています」



「お前を鍛えに来た………っつーより、お前のを気づかせるために来た」



「………僕は、あなたが怖い。こうして目の前に立っているだけでも、今すぐ逃げ出したくなる」



「そうか。なら、その恐怖を忘れんな。今からやるのは、模擬戦だとかの訓練じゃねえ―――――――」



 自身の背後に伸びる影を実体化させ、その姿を変異させる。


 思い描くのは、あの狼とも狐とも見て取れる、獣の似姿。


 その大きさは比べるべくもないが、眼前の少年がギリギリ生き残れるサイズまで、その影を広げる。


 

「――――――――お前が力を自覚するための、生存競争だ」



 影の獣人の半身に、影の嵐を纏わせる。これで、彼の敵は完成だ。


 後は、少年が死ぬ覚悟を決めるだけだ。


「さあ、心を振るわせろ、血を沸騰させろ、身体を熱くたぎらせろ」


  背後の影の獣人が咆哮した。


「お前の心火を見せてみろ」



 そして――――――――――――眼前の人への恐怖に震える少年は。




 両手に携えるボウガンと大型の山刀マチェットを握りしめて。




 獣人に負けない雄叫おたけびを上げた。




 少年の名は早乙女天音さおとめ あまね



 己の力を自覚するため、恐怖を捻じ伏せ、ここに立っている。



 その目には炎が宿り。



 眼前の怪物を射抜かんと、激情を湛えていた。






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