第11話 それは朗報か、それとも凶報か

 どれくらい眠ったのかは分からないが、それほど長くはないだろう。


 目が覚めた時、俺は………正確には影の狼は、まだ狼通りを歩いていたから。


 静かに揺れる背中は心地よく、また眠気が俺を襲うが我慢する。さすがに夜眠れなくなるからな。


「しっかし、これは便利だな。他の魔獣が襲って来ない」


 自分でつくっておいて何だが、この影の狼は少々………いや、かなり凶悪な見た目をしている。


 ちょっとした小屋くらいの体格。赤黒い光を宿した三対の瞳。

 その爪自体が剣の如く鋭い刃であり、二尾の尻尾は槌にも鞭にもなる万能の武器だ。


 まあ、数が多かったから威圧させたりとか、単純で分かりやすい戦力にしたかったとか、見た目を狼にしたのも遊び心とか………。


 うん、カッコいいからいいや。


 俺は思考を放棄した。



 それから影の狼………めんどくさい、カゲロウと呼ぼう。カゲロウの背中に寝転がって、足をぷらぷらさせながら灯歌の言っていた【朝日之宮】を襲う三つの原因について思考を巡らせていた。



「(三つの原因の内、一つ目は解決したから………原因はあと二つ)」



 犯罪クラン【鉄火の牙】は、確かに【釼龍会】の傘下だ。

 だが傘下といっても名ばかりだった筈。


 それに、もし今回の大規模な魔獣の群れの原因があいつらにあるんだとしたら………【釼龍会】が黙っちゃいない。必ず何かしらの報復がある。



 【朝日之宮】は【獅子の床】が運営するコミュニティだ。


 昔ならいざ知らず、日本の両巨頭と呼ばれるまでに成長した【獅子の床】と抗争する原因をつくるなど、明らかに割に合わない。


「(あそこのクランリーダー、雨霧だったか)」


 記憶を漁り、【鉄火の牙】のリーダー格の男の顔を思い出す。


 凶悪そうに見えない、一見して穏やかな顔つきをした前髪の長い男性だ。ただ、犯罪クランのリーダーらしく、前髪を上げると狂犬のような男性に豹変する。


「(人を殺す事に慣れ切った糞野郎だが………馬鹿じゃあ無かった。【鉄火の牙むこう】で何かあったのか、それとも――――――)」


 起き上がり、俺に向かって飛んでくる火球を影を纏わせた腕で弾く。


 カゲロウから降りて、火球が飛んできた方向に目を向ける。


 そこには、片手を突き出しながら驚いた表情を浮かべた男性が一人。


 更に、男性の横には剣と盾を構えてるのと、機械弓コンパウンドボウで俺に狙いを定めてるのが二人。いずれも男だ。


「ちっ!」


 火球を放った男が素早く後退し、剣と盾の男が前に出る。


「………一応、聞いておくが。お前ら【朝日之宮】の諜報員か?」


 俺は確認の為に所属不明の男達に話しかける。それと同時にカゲロウに背中を守らせるように動かす。


「っ!なぜそれを!!」


「貴様、何者だ!その魔獣はなんだ!」


「まさか、貴様が【鉄火の牙】の誘引者か!」


 ビンゴ。どうやら灯歌が情報収集に向かわせた諜報員らしい。


 俺は両手を挙げて無害な事をアピールし、誤解を解こうと口を開く。


「俺は、狼通りから【朝日之宮】を強襲に来た魔獣の群れを遊撃するよう、梶灯歌に頼まれた者だ」


「なに?」

 

 三人が訝しむように上から下まで俺を舐め回すように見る。どうやら、本当なのかどうか考えてくれているようだ。

 ・・・・こういう視線は、やっぱり不快だな。


「ならば、その魔獣はなんだ。その魔獣を従えている事こそ、貴様が【鉄火の牙】の誘引者の証なのではないか?」


 うーん、後ろを警戒するのが面倒だから出していたけど・・・・・うん、しょうがないか。


「こいつは俺の【ギフト】でつくった使い魔みたいなもんだ。魔獣じゃない。その証拠に、ほら」


 俺はカゲロウを影に戻して、自分の影に収納する。


「さっきも言ったように、俺は【鉄火の牙】に所属していない。そもそも俺は無所属だ」


「………どうやら、本当の事のようだな」


 剣と盾を油断なく構えていた男性が、構えを解いて俺に近づき頭を下げる。


「すまない。私は【朝日之宮】に属する諜報員の一人、石川という。どうか謝罪を受け入れて欲しい」


 剣と盾の男性――――――――石川さんに続くように、他の二人も頭を下げる。


「僕は新藤。さきほどはすまない。君の乗っていたのが魔獣に見えてしまってね。早とちりしてしまった。この通りだ、申し訳ない!」


「………黒田だ。すまない」


「いえいえ、俺も紛らわしいのに乗ってたし………別に気にしてない」


 俺の言葉に三人は申し訳なさそうに眉を寄せながらも、苦笑してそれぞれ「ありがとう」と礼を言われた。





・・・

・・・・・

・・・・・・・





 誤解が解けた後、諜報員の三人と合流した俺は、【朝日之宮】までの距離が近かった為、石川さん達から調査結果を聞きながら徒歩で向かっていた。


「………それで、やっぱりあの魔獣の群れは【鉄火の牙】が原因なのか?」


 俺の質問に石川さんが無言で頷く。


「調査した限り、今回の騒動は【鉄火の牙】の中でも一部の暴走のようなのだ」


「暴走?」


「ああ、今回の一件に【鉄火の牙】のリーダー格、雨霧は関与していない」


「へぇ……」


 なるほど、一部の構成員が馬鹿をやらかしたってことか。

 俺は続きの話に耳を傾ける。


「【鉄火の牙】の内部に潜入し、暴走した構成員を調査していたのだが……どうやら、単なる魔獣の誘引ではないことが判明したのだ」


「でも、新藤さんとか潜入に向いてそうな【ギフト】を持ってなさそうだけど……」


 俺の遠慮無しの物言いに新藤さんは「ははっ」と苦笑する。


「僕は元々、潜入捜査官をやっていてね。こういうのは慣れてるし得意だから、梶さんに諜報員をやらせてもらうよう頼んだのさ」


「そうなのか」


 正直、意外だ。まるで潜入に向いてなさそうな飄々とした態度なのに……いや、こういう人は見た目で判断はできないか。


「何か月か下働きで【鉄火の牙】に入って、色々な情報を入手して、そこの黒田に渡すっていう仕事さ」


「………」


 こくりと黒田さんが会釈してくる。見た目にたがわず無口なんだな。


 というか新藤さん、潜入捜査官の割にはお喋りなんだな………ちょっと疑いそうになったぞ?


「魔獣に【鉄火の牙】………灯歌から【朝日之宮】を襲う原因は三つあるって聞いていたんだが、三つ目の原因は何なんだ?」


 帰ったら聞こうと思っていたが……この際だ、この人達に聞いておこう。


「鏡峰くんには悪いのだが、我々は【鉄火の牙】に長期間、潜入捜査していたのでな。残念ながら三つ目の原因とやらは分かっていないのだよ。一応、梶さんから頭の中に入れておいて欲しいと言われていたが………」


 石田さんは「すまない」と軽く頭を下げる。他の二人に目を向けると、二人とも首を横に振った。


 どうやら、ここにいる人達は灯歌から三つ目の原因があるだろうことは聞かされているが、それが何なのかは灯歌から聞かされていないようだ。



「(………帰ったら必ず聞き出してやる)」



 頭の中で三つ目の原因が何なのか見当はついていた。だが、いまいち確信が持てないし、なぜそうなったのかも理解していないからこそ、候補から外していた。


 だが、恐らく俺の考えている事は当たりだろう。


 なぜだか、俺の中には言葉で言い表せない予感があった。

 これも俺の【ギフト】によるものか…………どうしてだか、うるさいくらいに胸騒ぎが止まらなかった。



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